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第十三節「ソラと仔犬のメッセージと」

24/06/02 修正

変化へんげが始まった――。


御髪みぐしが翼の様に閃き、まるで背中から生えてくる様に

あの独特のフォルムへ形質を再編してゆく――何度も観た、

あの禍々しい脚・たてがみの様なモノまでがあたしの

記憶のそれと合致してゆく――。


――あたしは問う。

「なぜあたしは疑問に思わなかったのか?」


”なぜあの朝、獣犬が現れた直後に彼女が現れたのか”

”一週間失踪の後、なぜ彼女は無傷で記憶がなかったのだろうか”

”獣犬の額に触れた翌日に同じ場所に絆創膏があったのか”

”家に伺ったあと、なぜ竜地と別れた直後に襲われたのか”

”何故アメンボからあたし達を助けたのか”


――彼女は初めから意識していた――あたしを、目の仇として。

獣犬に乗っ取られたのか。彼女自身の意思なのか。

悲しいくらいにあたしはその可能性を意識の外に追いやって――


……正直、信じたくなかったのだ……。


『ソラ!動け!!…そのクソ犬はお前を喰いたがってる!!』

呆然とするあたしに通信機の王子の喝がとぶ。

そうだ。ここは学校。フィエー君はすぐには来れない。

マダニ型の時の触手の様なのが何とかの大地を貫いて仕掛けてくるかも

しれないのだ。

「……ぅっく!恋縫ちゃん!恋縫ちゃん……そんな!!」

恋縫ちゃんだった肢体は獣犬の頭部に溶け、

完全な《あたしの記憶する獣犬の姿》へと変貌を完成させた。

いや、……もともとの姿へ戻ったのか……!?

何とかの大地のせいで上空で着地する形になる。

雄々しい体躯。たてがみをなびかせたフォルム。僅かに見える両目は

あたしを睨み付ける。明らかに。あれは敵意の意思だと。


(――恋縫ちゃん。竜地と仲直りしたかったのに、その機会を奪った

 憎い相手だとあたしを見ていたんだね……)

機械種の姿で――様々な想いであたしに攻撃していたんだ。

衝撃的すぎて、しばし我を忘れていたあたし。

しかし次の瞬間、すぐにでも生死の危機を悟ることになる。

ぐわっと獣犬が膨らり、ハリネズミの様になった。

いや、ちがう。

たてがみが広がって無数のヤリ状のものが現れ――

「え!?なに……」

それがこちらに向きを変え、射出されるではないか。

ジャ!ジャ!と細長い針の様なものがこちらに向かって飛んでくる!


「え!?嘘!?毛針!?うわっ!!?」

まるで某妖怪漫画の主人公のアタマから出される毛針の様なモノが

あたしを射殺そうと無数に射出されたのだ。

一本一本が成人男性より大きい毛針。当たったら間違いなく即死。

死ぬ――!!あたしはがむしゃらに転げ、飛びのいた。

ギリギリの反応で、直撃だけは避ける事に成功した。


しかし「……あぐっ!?」右の脇腹を掠めた毛針が制服の横っ腹を

射貫いていた。胴体に直撃はしなかったものの、衝撃波みたいなもので

上着は避け――裂傷を負ってしまった。血がにじんでくる。

「……マジで、殺す気……だ」

牙の様な鋭利な塊りは至近距離で見れば巨大で、殺傷能力は十分だ。

(誓約が幾つか外れてるから、あのサイズは何とかの大地を通すんだ……)


痛みに呻きながらそのまま旧校舎の影に転げ、隠れる。

「フィエー君にはあまり効かないけど、あたしを殺すには十分なんだ」

もう容赦はしない。

(何もかも壊して、すべてを終わらせる気なの……?)


すべてを――と思考したことで今更ながら竜地の姿が無い事に気付く。

「……ッ!やっぱ居ない!?竜地、まさか!食われたの……!?」

思い通りにならない現実なら、もう彼女は<日常>を捨てる気なんだ。

あたしが追い詰めた。

破滅を望む笑顔。終わってしまえという終末感を見た。


「……やだよ。やだ。やだ……竜地のそんな最悪な死に方」

吐き気がした。先日の猫の様に銀色の塊になった竜地が獣犬に……!?

「食べられて終わる――」

王子に散々聴かされた天威の国の終末――それが現実の目の前の出来事として

あたしの眼前で起きてしまったのだ。

「あたしが……竜地を殺した――?」


『――それは早計だぞソラ。奴はその男子とやらを喰ってはいまい』


通信機の王子の声がそれを否定した。

「だって……!」

『竜地とやら、鉄橋の事件の輩だろう?帰り際、フィエーが

徒歩で帰宅するその者の生体波長を登録してたらしい。フィエーが

伝えてきた。その竜地という男は消失していないと』

恋縫ちゃんを探すこの数週間で竜地が我が家に立ち寄る時もあった。


「じゃ、……どこに……!?」

『推測でしかないが、獣犬の中に取り込んだままなのではないか?

 その娘が想い人を簡単に殺しはしまい』

「……そう、希望……もっていいのかな」

『もたねばならぬ。機械種に取り込まれて生還したケースも少数だがあるのだ』

恋縫ちゃんの表情を思い浮かべる。

本当に――すべてを終わらせたかったのだろうか?


ざん!目の前にまた無数の毛針が刺さる。あたしを見つけた様だ。

校舎裏の樹木が毛針でなぎ倒された。いけない。このままでは誰かが死ぬ。

「……!!……わかったッ!!!」

あるのならば……!迷っている場合ではない。

あたしの足は力強く地を蹴る。走り出す。毛針攻撃を避けながら。

フィエー君が来るまで時間を稼がないと!

なるべく人気ひとけのある処を避け、獣犬の死角になる場所へ。

幸い旧校舎だけあって生徒は部員以外寄り付かない。

放課後なのも助かっていた。まだすぐには部員は来ないだろう。


「恋縫ちゃんは完全に死んでないんだと思う……!」

『なぜそう思う?』

これは賭けだ。

機械種に完全に喰われたならば――あんな生々しい表情はしない。

「――機械の塊が、あんな苦しそうな悲鳴を顔に浮かべないんだ!!」

やはり誓約のせいで建物は破壊できないらしい。

獣犬は体育館の上に移動してゆく。

見通しのいい位置から飛び道具で射貫くつもりか。

新校舎に隣接された体育館。少し距離がある。

「この隙に!」

思い切って、開いていた旧校舎の窓から中へ飛び込んだ。


「取りあえずバレないよう、校内で王子の到着を待つよ!」

『それが無難だ。誰かが喰われるのはもう勘弁だ……死ぬでないぞ』

王子の気持ちもわかる。

自身の身になって痛感した。竜地も恋縫ちゃんも死なせはしない。


旧校舎の中へ――三階まで登り、角の教室へ。

空き教室は倉庫代わりでモノが散乱してる。窓からこっそり伺う。

獣犬はキョロキョロと周囲を見回していた。

獣犬が索敵能力か何か持ってたら面倒だけど、どうやら見失ってくれたらしい。

「しかし……でも」恋縫ちゃんの正体が獣犬だった……か。

あの夢はまさにそのままだった。

虹緑色の宝珠は機械種の魂のようなもので、あたし(アゥエス)が触れた事で

獣犬《彼女》の意思が流れ込んできたんだと思う。

それは相互で伝わってた。だから彼女もあたしの家庭事情が見えてたのだろう。


――『わたしを捨てないで』――


やはりキーワードはそこだ。

「恋縫ちゃんという自我は消えてはいない……死んでないよ!

 死人が《捨てないで》なんてメッセージ、残すわけない!」


サブパイロット(副操縦士)となっている王子の駆動だと

フィエー君はそう素早く動けないって聞いた。

到着まで時間はまだかかる――希望は捨てない。

竜地を救う――恋縫ちゃんを救う――

欲張りなあたしは、希望こぶしを握りしめた。


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