第九節「ソラと雨が近づく気配と」
24/06/02 修正
雨の音がする。
「ソラ……ソラ!何を寝惚けてる!集中しろ」
「ん……え?あぁ、そだ、戦闘中だった」
ペロォ型は獣犬ばかりじゃない。マダニ型以外にも現れる。
あれから――いくつかのノラ機械種との交戦があった。
鼠などの小動物系もあり、なかでも虫系がとくに多い。
今日の相手も虫。なかでもだいぶ厄介な奴だった。
初夏が近いはるる野市は雨。フィエー君も濡れそぼる。
フィエー君も少し回復してか、全身のヒビが大分無くなっていた。
「……恋縫ちゃん」
あたしは逢えぬ恋縫ちゃんに気が気でならなくて、逡巡してた。
――妙に足が長くて全身が細長い巨大な機械種と対峙していた。
細長虫(?)はこれでいて動きが結構に機敏だった。
「……むーめんどぃ……これ、何て虫だっけ」
「地上種を俺に聴くでない……ええい、スイスイとちょこまかと!」
敵はスィーっと天威リンク(勝手に名付けた)を六つ足で滑りながら移動。
かと思えば口から何か触手を伸ばしてくるやっかいな敵だった。
「そか。梅雨になると見かける奴!……えっと」
とにかく移動がトリッキーで素早い。
「あぁ~胴体があんな高いんじゃ、宝珠狙いにくい」
胴体はこちらより二倍ほど高い位置にあり、六方に手足が伸びてる。
「せめて、我が姉上の剣が顕現できればな……」
「フィエーソードとかあるの?」
「大剣があった。が、堕ちて来た時の戦闘で爆散してしまった。
あの優美で壮麗たるデザインが……」
「今はムリぽなのね?」
「姉上本人でないと無理であろうな」
大剣の記憶を持つ姉でないと完全には、という事らしい。
聞いてるとカッコよくて勇壮な武人の女性って感じ。
逢う機会なんてないのに、何だか姿が想像できた。
「あ、思い出した名前。アメンボだこれ!水たまりによく居る」
「緊張感のない呼称だな」
眼下の旧道に、水たまりが出来てるのを見て思い出した。
梅雨の時に水たまりに居て、すいーすいーと可愛いんでチビの頃よく眺めてた。
「飴棒」が語源らしい(まんまだ)
「英語だとウォーターストライダーってちょっとかっこいいの」
「それはいいな」のんきに呼称談議してても対策がわからない。
「って、ぐあ!」
不意打ちに跳ねられた!空中でもっかい跳ねられる。痛い。
「痛い!ひき逃げコンボとか性格悪いよ!」
「くぅ、虫ごときが」
「機械種ってさ、虫を取り込むの好きなの??」
「色々取り込んだ原型の特性に引っ張られる事もあってな。
エネルギー消費の高い哺乳類より、動かない事が多い虫のほうが
都合が良いのであろう」
〈戦闘形態〉と呼んでいる今の状態だと消費がデカいのだから
なおさらだろうな、と付け足す。
壁のクモが、冬場ずっと動かないで過ごしてたの視た覚えがある。
「うげ!それじゃGも出たら勝てないよ!あたし速攻で辞退します」
「Gとは何だ?」
「ゴキ……あー夏まで居たら目撃者になれるよ」
しかしアレ、どう倒そう。
「きゃしゃな足なのに硬くて素早い、接着剤もムリそう」
動かないかと思ったら、素早く移動しての攻撃。まさにアメンボ。
右往左往で隙を伺うも予想外の角度から来る。
上からの足で踏みつぶしにもくる。
「うわ!くっそークチバシでも吸引してくるんか!アメンボくん」
部活終わりに遭遇。疲れてた。通信機が早速役に立ってくれたけど。
「……よし、なら試すか。今の回復量ならまず生み出せる」
「手があるの!?」
両手を伸ばし、手の平を「X」の字に交差させて構える。
「<ファウを一点集中して小刀とする。〈ファウ・ラスター〉という」
「ファウって何だっけ」
「エネルギーだ覚えよ。エネルギー・ナイフを現出させる」
「おーヴァンダムヘヴィアームドカスタムのビームナイフかー」
「名前長ッ!いいか?あやつの足攻撃の間隙をぬって胴体へぶち込む」
「おっとあたしが主導だった。できるかなー」
「現状のファウ総量では一回限りでガス欠だ」
「プレッシャー!」
だがやるしかない。猫ちゃんみたいな、無為な犠牲は駄目だ。
「いっちゃるッ!!」
こちらも滑るようにスケーティングし、奴との間を計る。
巨大な脚という柱の間を掻い潜り、すぐには旋回できないとふんで
間隙を狙う!アメンボ程度に負けるかっての!
「今だ!振り向き……放てっ!」
「くぁあ!!当たって水たまりに帰れえ!!」
しかし、
「足で……ガードされた!?」「くそ!無駄な知恵を」
するとばぎゃ、と脚で蹴り上げられた。宙に舞う。
そこに鈍いダメージがフィエー君の腹を貫いた。
そのまま体躯を持ち上げた。痛みの感覚がくるの辛い。
「痛っ!いたた、捕まった!?……あぐ、ネタ切れだってのに」
「……虫ごときに!」
このまま持ち上げた状態で喰う気だ。
アメンボの頭部なんてこんな間近に見る機会なんて無い。
頭部の口元が鋭角になっており、触手が出てきて伸びてくる。
「あぁぁぁ痛い痛い、アメンボに刺されてあの世はイヤ!」
「耐えろ!仮とは言えリンクしてるからな。辛いだろうが、
だが……く……ファウが吸われていく!」
(後で調べた処、本家も溶解液を出して溶かして吸い取るらしい)
首元を刺されてエネルギーを吸い取られる……せっかくの回復を。
「さ、さらに隠しダネない!?何か物騒な内臓武器……踵から隠し包丁とか」
「物騒通りこして大道芸だな!もう一回位ラスター出来れば……!
駄目だ、吸われてるので……足りぬ……」
「そんな、替え刃のないカッターじゃ……ゲームオーバーだ」
こんな形で大ピンチとか……半年もたないなんて。
「……恋縫ちゃんにも逢えてないのに……!」
――何故か浮かぶ恋縫ちゃんの顔。あのもの悲しい。
〈見捨てないで〉……その言葉にほっておけない自分がいる。
「……恋縫ちゃんに逢えないまま終わるのなんて嫌だ……」
「お前、いまの状況で何を……」
「だってえ!恋縫ちゃんと逢ってさぁ、はっきりさせないと!
終わるに終われないんだよ!」
やりかけのTVゲームがあると気になって仕方ない依存症。
「……恋縫ちゃん!逢いたかった!逢って伝えたい!……のに!」
しかし――予想外のハプニングは起きた。
「……あえ?……アメンボの動きが止まった……」
「何だと!?」
恐る恐るアメンボを見やる。そこには意外な光景が飛び込んできた。
「獣犬!?」
「あのわんこ……何で!?」
アメンボの背に、獣犬が鎮座ましていた。
だが視線はアメンボに向いている……そして、
ちょうど背中の中央にある、虹緑色の核を噛みちぎった!
「え!?」
そのままコアを口に挟んで高らかに挙げると、バクバク食べ始めた。
閃光。
獣犬が輝く……吸収融合を終えたと言う事なのか。
「……まじ?……わんこ、コア食べちゃった……」
「……あり得るのか?」
そこからは早かった。
一通り完食すると咆哮、獣犬は疾走し飛び去ってゆく。
コアを抜かれたアメンボは、
「……コア抜かれて……またオブジェに」
ざぁ、と霧散して大気に消えていった……雨の中、銀色の霧のように。
茫然としてたせいで、獣犬が何処に行ったのかを見失ってしまった。
「……助けられ……たの?」
「馬鹿な……機械種が機械種を?……助けるはずも」
ざー、と言う雨音があっけない終わりを告げていた――
機械種にも意思があるとは聞いてたけど、理由が解らない。
”お前を倒すのはオレだけだ”みたいな漫画のライバルキャラのような
思考なんてある訳ないだろうに……。
答えの無い問いは雨に溶けて――
……ついに。
ついに、……”あの日”は……やってくるのだった。




