第四節「ソラと仔犬の泣き声と」
24/05/29 修正
「……なんだ?何しょぼくれておる?」
「……別にいいでしょ。あたしのプライベートだ」
帰宅後に王子に勘付かれて問われる。
「あんたは回復に専念しなよ。あとお勉強」
恋縫ちゃんにフラれてクサクサしてますあたしです。
ジャージに着替え(王子がまた狼狽えた。慣れろ)
寝転がりながら模型雑誌に適当にペラペラめくる。
「ふむ、インターネットとは面白いな。地上民の文化がわかる」
「うえ?……あ、あたしが教えたんだっけ……そいや日本語読めるの」
「それが便利な事にな、生体アンドロイド義体には知識の補完が
成されててな。だから日本語もすぐに理解できて話せてる」
「はー……どこまでもご都合設定だねぇ」
「十年前にこの日本に行った事がある天威人が居たそうでな、
その者の知識がフィードバックされてたらしい」
「ほー……それは都合がいい」
なんか恋縫ちゃんで頭いっぱいで適当に流す。
「獣犬が出没したとかってない?」
「ペロォタイプか。ないな。しょせんは最下層」
「それだけ気を付けてればいいのかー」
「……ん?そうでもないぞ。野良機械種はうろうろしてる」
「は!?なんでそんな大事な事言わないの?」
「その獣犬より弱いザコだ。アトモスの加護がある現状では手は出せまい」
「そいつらがあたしを狙う可能性は?」
「………………」
「あるのに考えてなかったな!!」
「ば、ばかを言え、想定はしておる。対策法を検討中だ!」
信用できねー顔のあたし。王子も気まずい顔で目をそらす。
「早めに考えておいてよね。あたし喰われたら終わりなんでしょ?」
竜地といい、女性の気持ちがわからない系なのか……
■
「はぁ……理由なんていらない……恋縫ちゃん……欲しかった」
翌日、そしてもう部活が終わる。
あんな事あって恋縫ちゃんが姿を見せるはずもなく――
「なぁ……他に部員の宛て、探そうぜ」
「恋縫ちゃんがイイんだもん!つか、何だよ昨日のは!
何かあったにせよさ、あの態度は無い!」
「……うっせ。幼馴染は……色々あんだよ……」
むくれる竜地。その色々が知りたいんよ……。
「して、迦土よ、彼女に訳アリで、それは詮索しまい。
ただ彼女には何か違和感がある……そう発言にみたが、どうか?」
夜鳩がシビアに顔を覗かせる。そうなの?
竜地はいつもどこか不機嫌な顔だけど、これには得心あった様だ。
「それも詮索じゃねぇか」と反論するも、竜地は渋々と語りだした。
「……そうだ。違和感……は感じた。
あいつは顔と声はほぼ俺の知ってる白戌だ。
ガキん頃以来だけど母親似で美人だったからな。しかし雰囲気、
オーラみてえなもんが何かちがう。
そうかと思えば俺の前では昔っぽい挙動不審り方だ……わかんね」
「……高校デビューでイメチェンって線じゃないの?」
「かもしれんが。説明がムズい。あいつ、ウチの近所だからな、失踪事件まえに
一度見かけた思い詰めた顔がな……引っかかってはいたんだ。
それが突然、忘れたかの様に陽気なキャラにるのか……?」
あたしの観ていた可愛い後輩恋縫ちゃんは……演技……?
「名前の通り可愛い感じばかり見てたけど、でも……」
でも、と思う。彼女とはまだ少ししか話をしてない。
彼女の過去と今が直線上だと認識するには何もかも足りてないのだ。
「あの子と……直接話がしたい……絶対力になりたい」
「おい……!」
竜地はまたか、という顔でしかめる。竜地も思い出したのだろう。
中学の時の話だ……トラブルになって人間関係への慎重さを学んだ。
人には踏み込んではいけないラインってのがある。
自分がそうだからって他人も同じだろうなんてのは甘い認識だ。
人の心は知ったかぶりで関係にヒビを入れてはいけない。
「あいつなりに何かある。お前また、踏み込むのか?」
「恋縫ちゃん、”変わりたい”って模型部に来たの」
「……変わる……」
「今までの、違う自分になりたいって、何でそれが模型部なのか
ぜんぜんわかんないけど」
「……俺がいるこの部活に入って関係やり直してーってか?」
「そう、なのかも。竜地だってプラモ大好きな訳じゃないのに
入部してくれたし。高校で新しく始めるいい機会なんじゃないの?」
「……お、お、俺は……俺も……う。ぐ」
なんでそこで赤面してるの竜地。真面目な話だよっ。
そこで竜地は盛大にはぁ、とため息をつく。
「ま、やっぱそれでも余計な詮索なんだわな……けどよ」
髪をボリボリかく。
「”それでも幸せにあってほしい”……か」
「……偽善だってわかってる。でも」
あたしのスローガンみたいになってる、でもそれがあたし、
汪鳥蒼穹の矜持だ。
「あの子の高校生活の”これから”をあたし達の輪で包んであげたい。
今、これからが重要だから」
幼き日からの矜持。
偽善と罵られても手を差し伸べる。あの日の――、
太陽兄と月子姉がしてくれたように。
あたしも誰かに手を差し伸べる。除け者にはしない。
あたし自身が非難されても、心が救われる人が一人でも増えればいい。
竜地があたしの頭をぽんと叩く。
「オレも厳しすぎたか。てんで話してねー。いまのあいつを知らねえ。
だから、俺も付き合う。事情を聴く」
「竜地……ありがと」「まかせろ」
こういう時の竜地は頼もしい。竜地も「主役」っぽい。
あの夢が予知夢の様なものなら、なおのこと。
――見捨てない――
その日から、恋縫ちゃんと逢って話そうとあたし達は赴くのだった。
■
「……恋縫ちゃん……」
「……なんでか逢えねえなぁ……」
家の近辺でもよ、と愚痴る竜地――ここ中庭にて。
……あれから、一週間が過ぎていた。
恋縫ちゃんの教室を遠巻きに眺めて、竜地と昼食しながら観察だ。
あの娘が教室でる処を抑えて対話に臨む――そういきかったのだけど。
「なんか!教室にいるっぽいのに、廊下に出たと思ったらいないの!」
「……何故だ?……忍者かあいつ」
どうにも妙だ。
まるであたし達が待ってるの知ってるかの様に彼女の気配が消える。
クラスメイトさんにも伺うも”えと、居ますよ。授業受けてますし”
と言うではないか。
どんなマジック使ったらあたし達を避ける事が出来るのやら。
「あんた、相当嫌われたね……」
「俺達の過干渉を知って、逃げてる節ねえか?」
「…………はぁ、どうしたらいいの……その菓子パン美味しそうね」
「阿呆、なけなしの昼食だぞ。お前はユイナさんのお弁当じゃねーか」
「あらま、本当ですわ」「てめー……」
などとコントしてる場合じゃなかった。
一年の教室は1-A、端っこで校門寄りだ。
「あれ?ソラ姉?」「あ。朋輝。朋輝がいたじゃん!」
そういや朋輝も同じクラスだった。何故気付かなかった。
ふらりと中庭に通りすがった従姉弟にあたしは頼む。
「ね、朋輝。悪いんだけど白戌恋縫ちゃん呼んでくれる?」
「なんだ?先日話してた白戌の件か……ん。待ってくれ」
しばしの問答ののち、クラスメイトに伺ってくれた。
「白戌さん?あの子ならやっと登校して……あれ?誰も知らない?」
恋縫ちゃんと最近見知った仲になったという寅璃ちゃんて子だ。
クラスメイト達は小首をかしげてた。
先程までクラスに居たのに、と。
他の女生徒さんも、さっき授業は受けてたよね、と言うだけで。
「女子にセクハラでもしたのかソラ姉」
「ちげーし!でもさ……丁度いい。ね。朋輝、見かけたらRINEでもいい、連絡して」
朋輝をそう送ったものの解決には程遠い気がしてきた。
竜地がため息をはく。
「困ったぜ。逢いもしない。あいつ……俺ん家のすぐ近所なんだがよ、
まったくすれ違いもしねぇんだよ。家のすぐ近く通っても全然でな」
……と、何か気になる発言を聴いた。
「え……いま”竜地の近所”って言ったの?恋縫ちゃんの、家?」
「ん?ウチの裏手だぜ……ほんっとにガキの頃からお兄ちゃんと
妹ごっこやってたな」
「ぶほ!いや、そこまで聞いてねーって」
ロリ恋縫ちゃんとショタ竜地という絵面で鼻血出そうになったものの。
「そ、それは美味し……じゃない。おかしいよそれだと。
あたしの家の近くに住んでるからってほぼ毎日朝来てたんだよ彼女」
……仔犬の夢がちらつく――『わたしを捨てないで』――……
「何だそれ、なんでそんな嘘を……」
シンプルな願い。余計なお世話。わかってはいるんだ。でも……、
「でも、恋縫ちゃんの、本当が見たい!」
「……そうだな」
竜地は重い腰をあげた。
「余計なおせっかい承知だがな。恋縫のママさんに先日の件もあって
顔見せしといたほうがいいし、そのついでに恋縫の事も伺う」
「……いいの?」
「お前のおせっかい過干渉グゼが移っちまったって奴さ」
「うん。うん……そうだ。そうだね、行こう
このままじゃ何か後味悪い……頼むよ」
こうして、押しかけの干渉をしに、あたし達は彼女の家に
向かうことになったんだ――