第二幕/ 第一節「草原の記憶/断章」
24/05/27 修正
第一節「草原の記憶/断章」
――草原があった――。
漠然と感じるのは一面の草の海。
そのただ中に段ボール箱があるだけ。
表面には張り紙があった。
”わたしを捨てないで”という文字。
捨てておいて、拾えという無責任なのか。
あたしは昔、動物を飼ったことがある。
だから人間の勝手は許せない性質だった――それが偽善でも。
ぱかりと段ボールが開いた。
ひょっこり出る無邪気な眼、小さな犬。
抱きあげる。
あれ?この張り紙の文字、
そこは普通は『誰か拾ってください』だろうに
なぜ――そんな――……
犬種が不明。たてがみに見える体毛。でも可愛い感じにも。
愛らしい……そうわかる。愛される為に生まれてきた子なのに。
キミは愛されていい。
無条件の愛もあるのさ。
いい愛情に出会えるといいね。
犬の顔がよく見えない。どこか見た気もした。
草原はいつしか雨が降り、川になりて、涙になった――
そんな、あったはずの――草原の記憶。
■
目が覚めた。
ひやりとした朝の冷気。まだまだ春先だ。
「夢か……捨て犬……可愛い、って痛!!あたた!」
体中バッキバキ。えぇと、あたしちゃんと布団で寝てる。
昨日……えぇと、何だっけ?
草原でわんこを抱き上げる夢より何かすげー体験をした様な……。
「第四陣、投下」
のし。
「……うげ」なんか頭の上に――
「……ねぇ王子。なに、この空き箱……?」
王子が布団の脇に来て、プラモの空き箱をあたしの頭に詰んでいた。
「王は暇を持て余すと箱を詰むのだ」
「……ねぇ。あんた女性と一緒に生活したことないっしょ?」
「妹とは仲良かったぞ」
「シスコンは姉の方じゃ?……妹もいるのか……って、はよどけぃ!」
「む。起きたな。体調不良ではないな」
すすっと、どかし始める王子。
「……おーい。そこはおはよう、しょ」
「ん?」
「朝の挨拶は”おはよう”――運命共同体とかでも基本は守ろうよ」
王子の顔みて思い出した。昨日の白い巨人と獣犬との闘い。
たった一日でこの齢十七年を上回る体験をしたのだ。
ガラクタなの天空の国の王子。
……こいつと半年間、
運命を共同して生き延びると約束したのだった。
「あーそぅだな。ん……ぉはよぅだ、ソ……ラ。これでよいか?」
「もごもご挨拶すんな」
同世代の女に免疫なさそだ……コイツ。
まー名前で呼んだしいっか。眠いし。
片足でけんけんしながらあたしの寝床へ寄って来たのかと思うと
笑ってしまう。
弱音を吐いたこいつとどっちが素なのやら。
朝だしカーテンを開ける。陽光は柔らかい。
「また奴らが来るかもしれない。用心せよ」
「あんたねー……朝からデリカシーのない」
「事実ではないか」
「ねぎらいの言葉とかさ、嘘でも言うの、女性には言葉よ、基本」
「……んー……ま、庶民にしてはよくやった」
げし。無言でこいつの足を蹴る。
「いや不完全な義体の部分は痛覚ないぞ。学び舎へ通う時間では?」
「ち。そうだけど……ん……私、どうやって帰ってきたんだっけ?」
ジャージ姿のままである。
「……帰還途中で寝堕ちたんで俺がお姫様だっこして寝かせた」
「うっそ」
「嘘だな」
王子の足をさらに蹴る。蹴る。蹴る。
「つまんないぞー王子」
「フィエーに無理きかせてギリ自力で帰還したのだ。感謝せよ。
ま、操縦者の生命力を強く消費するからな、初回なら尚更さ」
「お姫様だっこせずに寝かせはしたんだー。やーさしー」
「俺がフィエーニクスでつまんで放り込んでみせた」
「げーどうー♪」外道王子にさらに蹴り。
「あれ?でもジャージ新しいの着替えてるじゃんあたし」
「フィエーなら着衣を簡単に創造できる。その程度ならな。
どうもお前と相性がいいせいか。僅かなファウで作れた」
「……そりゃ凄いね。あの日に破けたジャージ、そっくりだ」
「そうか。マメだなフィエー」
「着せたのは?」「俺だといいのか」「……セクハラ王子」
結局、フィエー君は創造と同時に着せる形で現出してくれたらしい。
「昨日からそのセクハラというのは何だ?俺のあだ名か?」
一人称が俺になってる。自分で調べれば、と突き放した。
「……で?どうだったの……あのあと獣犬は戻ってきた?」
「獣犬?……あぁ、あのペロォタイプか。ないな。
機械種どもは執拗だが、それなりにダメージは与えていたのだろう」
「ふーん……」
再戦はすぐにでもあるってことで。大丈夫かこんなに疲労して。
去年末の郵便配達バイト、数日後に慣れて何とかなった。
あんな感じで慣れでいけるモノだろうか。
「あ……やだな。あたしすっごく和んでる。アンタに怒ってたんだった」
「む……」
「運命共同体でもさぁ、別にあんたと親睦結ばなくてもいいのよね」
「そうだな……」
ちょい意地悪か。でもまだ距離感が必要な気もした。
「根本的な質問思い出した。量産機って他にも襲ってくるんでしょ?
熟睡して起きなかったり、あたしが風邪引いて駄目ーとかな場合は
どう対処するつもり?」
「あぁ、フィエーがこの家に顔つっこんでる間は《アトモスフィールの大地》と
みなされてあいつらも中々手は出せないな。基本」
地表として発動する”何とかの大地”はそゆ処、ご都合で助かる。
「アトモ……あぁ、スケートのリンクとみなされるって事ね。へぇ、
地味にご都合な設定でいいよね」
「……ご都合設定言うでない」
じゃあウチの家族は一先ず、迷惑はかからないかな。少しは安心した。
あのわんこ獣があの朝、攻撃してこなかったのもそれだったか。
ぽん。あたしは王子へまた現代語辞典を突きつける。
「……ムカつきは収まってない。時間がかかるって。そこではい、
これ。あんたも地上民を勉強、生き抜く努力をOK?」
「ん……道理だな。努力しよう」辞典を受け取った。
「じゃ、あたしは学校行く準備をば……って、あー!」
「な、なんだコロコロ忙しい!」
「うっさい。後輩ちゃんに部活を紹介する約束してたんだよ」
「後輩?」
「朝からまた来てくれるかなーえへへーぷりちー」
可愛いオデコに逢いたい。
あんなわんこを拾う夢をみたせいだ。
ばばっとジャージをぬぐ、パンツとか見えてても相手は人形王子だし。
ブレザー制服は胸のリボンが簡易式なのがラクよねーとか
余計な事言いながら。
「だから!恥じらいを持て!見せたがりか!遊女か!」
「現役女子高生ソラさんだ。じゃね、鋭意努力!行ってくるわっ」
通学バックと手提げバックひっ捕まえて部屋を後にした。
人形めいた美貌が赤面で、ちょっとかわいいかもと思ったんだ。