第十二節「ソラとフィエーニクス、起動と」
とりあえず四年ぶりの修正更新はここまでです。また少しづつ
機界騎士フィエーニクスの中、雲海が一つ晴れた。
外界が映し出される。
雲というフレームに覆われた窓のようで幻想的なスクリーン。
プロジェクションマッピングして映し出した映像のよう。
ロボものと言えば、メインカメラからが定番だけど、
他人の観た感覚を共感してる感じ。
「娘、頬けてる場合ではない!来るぞ!」
「うぇ!?」
機械種の獣は眼前に迫っていた!形相が怖すぎてビビる。
「……や!どうすんのヤメ……!」
あたしは思わず頭をガードしてしまう――が、
フィエーニクスがほぼ同じ様に動き、獣のキバをガードした。
「え?……この子、あたしと同じ動き……!?」
「そうだ。光球にイメージを注げば操縦桿なぞいらぬ。
我らはそう操舵する。文字通りの舵取りだ。
フィエーニクスはお前の分身となって外敵を屠り鎮める!」
自分の酔う言い回しヤメ!と唸るも、
……この感覚……妙な温かさ……高揚感……やば、ちょっといいかも。
獣の牙の猛襲を振り払い、大きく後方に着地した。
「――え?まって!?……足元、民家が潰れちゃう!」
「案ずるでない」
しかし、破砕音も悲鳴もなく、民家は健在。足元を見る。
「え!?浮いてる!?待ってコレ……足元に……透明な地面がある?」
足下に、何か透明な床があり、そこに白い巨人は着地していた。
でも民家のわずか上空に留まっている。……不可思議な光景。
「<アトモスフィールの大地>だ。
元は量産機に課していた《誓約》の一つ。
”人間のみを屠る”という名目。その効率で先人はこんな力場を
地表に作った。もしくは”喰い”始めたあやつらの好きにさせない
故かもしれぬ。だから我ら機界騎士も使わせてもらう」
王子自身も詳しい原理は完全に知らないらしい。
レイライン(龍脈)だか磁場に混ぜた斥力と特殊力場だかって、
難しい説明あるらしいと後で聞いたがあたしに理解できるはずもない。
機械種は普段は動物や鉱物に擬態しており、
その状態だとその力場の影響は受けないらしい。
あくまでも”本気モード”のとき有用の、何とか大地だそうだ。
「よっくわかんないけど、んなご都合なら、グレイト有難い!」
後で気づいたけど、音もなく忍びよって来てた訳だ。
直前まで擬態して(忍んで)って事だろう。普段は何の姿なのやら。
さて、
街の少し上空の見えない地面(奇妙な言い方だけど)に着地し、
ぴょんぴょん軽快にジャンプして後退、滑るように街中へ踊り出す。
あの寝こけてたロボットが、はるる野市のわずか上空で踊る奇妙。
「すごい、スケートのリンクだわ、これ!」
そう、街中がまるまるアイススケートリンクになった様だった。
すいすいと、流麗なる滑走でビルを、民家を、鉄塔の上を滑り征く。
ロボット動かしてるよか、スケートショウを体感してる挙動。
「フィエー君、だっけ。キミ、いいね!こんなに軽い。
あぁ、ちょっと……やる気になってきた……悪くない!」
想像してたよりも自由だ。この直感的な感じ……いい!
「フィエー君ではないフィエーニクスだ。王のアゥエスだ。名を……」
「いいね!フィエー君!こう、すごく空を駆けたいよフィエー君!」
「聴けぇえい!!!」
獣もジグザクとフェイントをかましながらこちらをかく乱。
……かと思えば突然の噛みつきで強襲、背中の外装に食らいつかれる。
「にゃろ!痛いよ!」
返す刀でアゴへ回し蹴りを叩き込む。
堅い!痛かった……<痛み>の感覚が何だか伝わってくるのだ。
「この……しつけがなってないよ、わんこ!」
肘鉄で追い討ち。
さすがにかわされ、獣は間合いをとる。何て機動力。
この街で一番の繁華街デパートの上に退避、唸りをきかせてくる。
「……ふぅッ!王子だっけ、このフィエー君、何か武器ないの?」
「だからフィエーニクスと……まぁよい。ある。だがまだ回復が最低限だ、
《生み出せ》ない。今は徒手空拳でヤツを屠るしかない」
「生み出……せない??徒手空拳?……素手で闘えってこと!?」
本来ならミサイルとか背中のバインダーやらから発射するんだろうか。
「ペロォは高等な攻撃手段に乏しい。あっても最下層の雑魚の攻撃だ。
こんな弱ったフィエーでも抗える」
「ふーん……」
(フィエー君が本領ならもっと凄いってことなの?)
たぶんあたしという電池がいるからって前提なんだろうけどね。
最低保証……けど、喰われて終わる恐怖を知ったんだ。
是が非でもあのアホ犬に、躾のパチキかまさんと気が済まない。
背後にいる王子は憮然と構えている。
「先ほどの唾液あったろう。機械種の<融合>能力の一つだ。
開発者が同じといったろう。融合には融合だ」
「え?フィエー君もヨダレ出せるの?」
あんな美形な女性顔からヨダレ垂れるのを想像した。マニアック!
「あ、阿呆!んな下品な事させるか!あるのは<融合>能力だ」
「だよねー良かった」と、すぐに気付く。
「あ、でも。こちらが喰う、と……どうなるの?結果」
「こちらが主導なら噛みあえさえすれば我が能力にプラスされる」
「ヨダレとばせるんか」「言うと思った阿呆め」
ツッコミが早い。
「フィエー君自身の回復能力も増す?」
「増すな。相対的に完全回復への時間も縮まる。力が強まる訳だしな」
「……やる気でた」
「……ほう?」
あたしと《アゥエス》は腰に手をあて仁王立ち。ばん!
「そこの野良わんこ!あたしは!《日常》を守りたいの!
普通が大好き!《日常》があたしの世界なの……だから!」
指をビシっと指し示し(フィエー君もやってくれてる)
「今から!アンタをしつける!飼い慣らす!あたしのしもべ、
蒼穹の<日常>におなりなさあああぁぁい!」
夜のとばりにあたしの怒声。
見えてたら駅前は拍手喝采、大フィーバーまったなし!
どう!?この響き……バチクソ決まったっしょ!
これは素敵。自画自賛。こんなに格好いい立て口上、
獣犬もたぶん、ここぞとびりびりシビれてる……!
ぱこ!
「阿呆めが」小突かれた。
「痛っ!……なによ!」
「ワケ判らん宣告でヤツがひるむか。劣勢はかわらん」
「ひるませるとか関係ないっしょ!しつけしちゃる、って心意気よ」
獣はうなり声をあげてこっちを見据えてる。
「上手く取り込めねば死か、し損ないで大損だ。緊張感もて」
「っだー!さっきは泣きごと言ってた奴の台詞じゃないね!」
「なっ……おま!?」
王子が赤面するのも構わず気がつくと、獣犬が眼前に迫ってた。
あたしは獣の両脚を掴むとそのまま後方へ……、
「はい、そこどいて王子。ちょいと久々の我が柔道……!」
巴投げで勢いのまま、ぶん投げた。
足を腹へ軸にして、相手の力をもって投げ抜ける投げ技。
「……なんだと?」王子が少し声をあげる。
「〈柔よく剛を制す〉って言ってね。合気道とか、
こーゆーのは相手の力を最大限に利用するの多いんよ……!
それなら少ないチカラであいつを弱らせられる、OK?」
「……ほう!」
ちょっとは関心をみれた。高慢な王子を関心させられて満足。
獣は驚いたのか少し後退。
警戒しつつもビルの群れを隠れ蓑にするも(触れないらしいけど)、
またもかく乱戦法に出てきた。
あっちはやる気もエネルギーも満タンで全くやんちゃな奴だ。
「……おまえ、武道の経験があるのか?」
「ん……ちょいとだけ。父が何故か武道、色々通わされた」
中学まで何か惰性でやってた、剣道も。朋輝は未だ剣道続けてるけど。
あの父親は少々わからないトコがある。
「……だが、美しく……ないな」「はぁ!?」
ふいに王子がのけぞる。
そこで両手を広げ、何だかパフォーマンスを始めた。
「おぉ!そこな機械種の犬!フィエーニクスは偉大なる〈姉君〉の尊き守り神ぞ!
華麗で美麗で激烈ほふるのぞ!下がれ、慄け、我が神威にペロれ!」
………………真顔で言うのか……。
背景にバラが視えた。馬鹿が見えたとも言う。
「(あー……優勢になると慢心して調子コキまくるタイプか……)」
「……あのさ」「何だ」
「このジリ貧で華麗だハヤシライスだ言ってられる?お花畑囲ってる?」
「おまえなぁ!至高たる姉上を知らないから言えてるんぞ!凄いんだぞ、謝れ!」
猫型ロボットに出てくる金持ちのお坊ちゃんレベルだわ。ショボい。
「……そのお姉さん、弟が他力本願のジリ貧な今をみたら?」
「…………ぐ……」
「……はいはい。姉上への美辞麗句はあとでね。ここはおねーさんにお任せ。いい?」
「……これ以上壊すなよ……」
「オモチャしぶしぶ貸すお子様か!」
「……ふん。ならば」
あたしの頭をぽんぽんしながら
「柔よくイヌを制してみせよ!」とふんぞる。
「そのぽんぽんムカつくなッ!このガラクタ王子!!」
あたしの怒声に呼応するように獣の咆哮。
繁華街のビルの間隙を抜け、縦横無尽に駆け巡る。
執拗な噛みつき。爪の振りかぶり。目まぐるしい。
ヒットアンドアウェイ、世話しない。
《ロボット獣》と称したけど実際、《犬》だ。
わんこで十分だ。獣犬だ。誰にも懐かない野良わんこ。
だって……「飼い慣らすから……ねッ!」背負い投げ!
そこからあたしは袈裟固めをかける。
相手の片腕を自分の左脇に抱え込み、右脇で相手の顔を抑え込む寝技だ。
「ね……こっからどうやんの!?」
「<融合>か……なら俺が指示する」
暴れる獣。
あたしの街の上で柔道技とかシュールすぎる光景だが、やらなきゃやられる。
「ヤツの身体のどこかに核がある、個体によって場所が違うがな。
<虹緑色>の宝珠の形をしてるヤツだ。そこに手を置け。
そこからは俺が天威の法にて《機界融食》する」
「こうりょく……?」
よく見ると眉間か額に、綺麗な緑色の輝きがあるのを見つけた。
「このエメラルドグリーンっぽい色の?」「それだ!」
<虹緑色>……謎の呼び方だけど蛍の放つ光の様だと思えばいい。
フィエー君の右手はわんこ獣を抑えてるゆえ、左手でそのコアってのを探す形だ。
幸い、ひたいにソレっぽい宝石の様のモノが見えた。
「オデコの切れ目に見つけた……!これね!?」
「キーワードが必要だ!唱えながら意識の波長を重ねほぐす!」
「重ね……ほぐす?はぁ、感覚的だけどとにかく、必殺技名ね」
「叫べ!『【融和】フェデルガメーション!』」
「え、えっと……フェデルた……何だっけ」
「フェデルガメーション!だ」
「あたし、舌ったらずなんだよ……」
漫画の登場人物はよく舌かまないなって思う。
ぎぎ、という獣犬の抵抗。暴れ狂う。
どこが量産機だって位、圧が強い。
「や!ちょっと暴れないで!……動く、なぁ~!」
手足で支えてる筈なのに軋むし歪むし、何か痛いし、
やっぱこっちのが力弱いらしい。
「ぬぐぐ……抵抗が……逃げ……ないで……よ!」
ぐぐぐ、とフィエー君の頭部を寄せて……あと少し……よし!
「おんどりゃー!日常になりさらせぇー!」
と、乙女にあるまじき雄叫びと共に宝玉に瞬間、触れられた。
「えと、フェルガ?……フェガルデ?……んと……なんだっけ?」
「ええい!お前が仮操者なのだ、言霊が発動条件だ!早く……!」
と、そこで……
ガシュウウゥという、何だか気の抜ける音。
真面目な話してる最中に腹の虫が鳴いた様なマヌケ感……なに?
「え?……何、どしたの?」
「ち……やはり足りなかったか」
フィエーニクスの力が抜ける。がっくりとうなだれてしまう。
あぁ、ロボもの作品、EVEであった活動限界なアレか……!
「うあ!」
その隙をついて獣犬は拘束をとき後ろ足であたし達を蹴り飛ばした!
結構な勢いで飛ぶあたし達。
アトモ何とか大地のせいで、ビル街の上を跳ねるおかしな状況だ。
軽く電車一駅分くらいは距離はねて後退してしまった。
「うが!……痛!!これ、まさか活動限界??」
「あぁ、それだな。お前とリンクしたおかげで急速充填は出来たが、
やはり調整不足もあって限界がきた」
「……そんな!それじゃ形勢逆転になっ……って……と……あれ?」
――はるる野市の夜景は静かだった――
獣の姿はすでになかった……不思議な事に。
こんなロボプロレスなんて何もなかったかの様に。
「はぁ、はぁ、み……見逃してくれた?」
「……わからん……」
急に騒がしくなった。いや、繁華街の喧噪が耳に入ってきただけだ。
地方都市の残業サラリーマンやOLの帰宅の気配、平日の夜が戻った。
がっくり力が抜けるわたし。フィエー君もへたれて項垂れてる。
「……ふ、はは……力抜けた……ノドがらがら……」
「気を抜くな娘」
「え?……あいつまだ居るの?」
「違う。この場で気を抜くと足場が解除されて座礁するぞ」
「それはすっげー嫌だよ……」
我が街を壊したくはない。どういう理窟なんだか。
あたしはどっと疲れがこみ上げてくるのを抑え踵をかえす。
「………………ね。王子」
「……ん?」
「よくて半年だから」
「あぁ」付き合うのは半年と理解してくれたらしい。
「実際、あたしを勝手に巻き込んで改造したのは許せない」
あたしは王子のぴしっと指を立てて示す。
「あんたは家族を失ってる。あたしも家族と友達を失ったりするとか、
想像したら血の気が引いた。<日常>は奪われたくない。
だからこそ、この街の平穏を護りつつ回復に努める。
機械種とか言うのを確実にこらしめる……そして」
さらに鼻先にびしっと指先を突き詰める。
「アンタとあたしは対等。平民と王とか無し!運命共同体!いい?」
「ん、あぁ。承諾した」
「違う!対等なら、わかったよ、とかタメ口!」
「……わかった」
若干驚いて目を見開ている王子。
”そんな事をいう女もいるのか”、とつぶやいた様にも聞こえた。
でも、
感謝や謝罪とか続かない辺り王様の気位なのか。いいよ、今は。
「――付き合うよ、半年だけのあたしらの」
「そうだな。頼むぞ。我らは運命共同体だ」
運命共同体。事務的な関係というか、実際そうだ。
目を伏せた王子……何を想っているのだろうか。
「それにあたしは蒼穹っての」
「ん?」
「あたしの名前。お前とか娘じゃなくてソラって呼ぶ。それも契約」
「……ふむ、わかった。ではソラ。我はリヒト。半年間の運命共同体、成立だ」
「そうそ、素直がいちば……ん」
王子の胸をぺちんと平手で叩き……あれ?
そこから記憶が無い。睡魔が……。
夜気の肌寒さが――興奮状態が解除されて熱が抜けたのだろう。
眠りに落ちる瞬間、うっすら思った。
あいつは今までどう生きて、ここに堕ちてきて何を考えていたのか。
その答えは最後の最後になって彼から聞かされるのだが、
この時のあたしはただ夢中で日常を確保するのに必死だったはず。
<日常>が流転してトンデモ設定まみれ――
白き城<フィエーニクス>は静かに我が家の天井を塞ぎ眠りに着く。
いったいこの不思議な関係がどうなってしまうのか。
<量産型少女ソラ><ガラクタ王子リヒト><白い巨人フィエー君>
平民少女と王子様とボロボロボットが半年生き残るための――
トンデモ共闘生活という<日常>が、幕を開けたのだった――
【第一幕・終わり】
(24/05/26)修正。とりあえずここまで。続きの修正はまたいずれ