第八章「朋輝といつもの笑顔の想い出と」
「――では、こちらに」
カツリと一転、改札口の方向へと歩みゆく狼。「よよ!?まさか電車移動?」
ここいわゆる駅ビルなので直通だ。「(……人気のない処に向かうのか?)」
狼は懐から取りだしたカードを改札口でピッ!と通す。
「ですよ?カード一枚で狼も運んでくれる機械。マジ文明の利器バンザイです」
電子カードTSUUCAだ。「機械種が庶民道具もってるよよ……」
電車が動き出す。丁度バリアフリーな座席が無い空間があり対峙して立つ。
「これこの前の電車移動と同じ方角っぽいね」「えぇ、ちょいと離れないと
いけない些事がございましてね」ドア窓際で飄々と答える狼。
「ふん……」どうせ詳細は明かさないだろうと黙る朋輝。
アイレは警戒して朋輝の後ろにしがみついて離れない。
「……少し雑談でもしましょう。人間の情報が増えると私は嬉しい」
「その情報で俺達が劣勢になるマヌケは望まない」「おぉ?正論です」
外はまだ明るい。眩しそうに外を眺める狼。
「相手が大事すぎてかえって後手後手になる……人外の私には解らない心理です」
独り言のように……いや実際独り言だろう、狼は語りだした。
「本当は不器用なくせに器用に振る舞って空回り。ツッコミ処満載です」
「(……よよ、あの狼、独り言うるさいよよ)」ぼそっとアイレ。
「…………」しっと指で制す朋輝。あいつが何を言いたいか図りたいと。
「自身も一度命を落として九死に一生、それでも遠き友を想う。まるで
詩人の生き方ですな」「…………」何だかじくりとくる話だ。
自身の髪をまたこよりにしていたが、くしゃっと潰す。
「それを美徳だとか恋慕だとか、その余剰した憐憫で悪化してるというに」
やはり独善でよくは解らない。だが、何かが引っ掛かる。
「さて、独り言はおしまいです。そろそろお楽しみターイムというヤツです」
終点についた。駅を降りると人気のない公園に案内される。
「ここまで来れば、ショトカしてもきっとバレません……では!」
すると狼はシミァン型の姿に戻り、朋輝たちをくわえ背に乗せ走り出した。
「ショートカット……ってよよよ~~~!?」「くっ」
恋縫のペロと違い容赦がない走り。朋輝がアイレを抱きながら毛に掴まる。
「と、と、飛ばされるよよ!」「俺達が死ぬぞ!加減しろ狼」
「……おっと失礼、人間は脆弱でしたね」気持ち速度が緩やかになる。
いくつもの山を越え森を抜け、降り立ったのは――
「湖……?」「こいつは……たぶん、奥多摩湖だ」見覚えがあった。
「ここは色々曰くあり気の地なのですが……まずはあちらをご覧下さい」
そこには――「またダム?」「小河内ダムだ」奥多摩湖の北東にあるダムだ。
すると、
そのダムの水面に――何かがそびえる様に立っているのが判る。
「何よよ?手?手が――突き出してる……?」「……なんだ!?」
巨大な何かの腕が、何かを掴んだまま水面から出ているのを目視できた。
「待て、……あの手の平の先……」「あ……雉子ッ!?」
黒焦げで泥に汚れた腕の先、握られた手の先に人影が視えた。
狼はダムの淵、舗装された通路に二人を降ろすと自分も人型になり降り立つ。
「はい、本日の優勝杯になります」またイヤミな紳士の素振りだ。
首だけ出ているが、あの個性的な栗毛のショートヘアは雉子だろう。
(慌てるな……解り易い挑発だ)俺の反応をみて愉しんでやがる。
「稚子……巻き込んで御免ね。それに」「アレってやはり?」
アイレは頷く「うん、あれはシュライクの左腕……最後の部品よよ」
「はい。土砂に埋もれてたんで、貴方がたの呑気な発掘を待つより
私がほいっと発掘しときました」
ホネが折れたと腰に手をあてアピール。
「ムっカつく喋りだけど……微妙に親切なのが腹立つよよ」
朋輝は歩み出る。
「ふん、いいぜ。お前をぶちのめして雉子を救う。とっととやるぞ」
「そうですね。早くしないとあの腕、沈んでいきますし」
「何だと!?」そういえば、あの腕はどうやって自立しているのだろう。
「私は”機械腫瘍”という自前の粘土的なモノを生成するのが
得意でしてね、コネって腕の土台に使ってます」
「それが……時間で溶けるのか?」
「正解。構成がモロいので水分で徐々に崩れてくる様にしてあります」
「流石ガラクタだな。じゃぁお前もモロく破壊してやるよ」
「いいですねぇその余裕。ここは仮面ライナーのロケ地だと教わりました、
正義と悪の戦闘にはおあつらえ向けという訳です」
こいつ誰から聴いたんだよ?とも思うが挑発の一貫かもしれない。
「お前が悪で俺らが正義だ……それでいい」フ――、と狼が微笑する。
「では参りましょう!悪は悪らしく!初手は貴方に合わせてこう……!」
ヴァン!ザム!
狼は人型のまま、右手と左脚だけをオオカミ型のモノに戻してみせた。
その姿はまるで――「それは俺の真似か?ハンデなしのつもりか」
「そう!条件互角で勝つ、悪はいいですぞヒーロー!」
剣と狼と――闘いが始まった。
■
「ち……ふぅ、はぁ」
「いいですね!剣道で鍛えた胆力とダンスの腰のバネ、機動力が高い!」
シュライク腕の翼には何か浮力らしきモノが少し働いてくれていて、
わずかに飛んだり跳ねたりと足場を替えながら奥多摩湖の湖面、
周囲を舞台に攻防が続く。
アイレ曰く「アゥエスのファウを操れてて飛んでるよよスゴイ」らしい。
僅かに舞える程度なのだが、社交ダンスの様に舞って――闘っているのだ。
(こんなん無我夢中だっての!)
そんなアイレは銀糸を寄り合わせ翼状にし滑空したりして器用に
朋輝のサポートに徹している。失速して落下する朋輝を受け止めたりとか、だ。
土曜日で観光客も多いなか、朋輝の気苦労も倍化する。
小さな羽根を射出するも、狼レアンは嬉しそうに評価しながら薙ぎ払う。
「すごい、ユニークですクレバーです!」「手加減しているつもりか!?」
「いえいえ、このボディではだいぶ本気」「口だけではなぁ!」
ドボォ!と狼の腹に蹴りをかます。
「面白い、この人間ボディも痛覚らしきものをイメージできてます」
「は?それも粘土細工の身体だろが」
くるくると後方へ回転。湖の真ん中付近にある神社の屋根へ降り立つ。
「いえいえ。この身体は恋縫さんと同じですよ……喰ったのです」
「…………!?」
「まぁ、意識も私が主導権頂きましたんで……肩書だけこの人間のままです」
だから航空機移動とか役職とかまんま人間扱いで楽できるのだと。
「妻も子もいるようですよこの身体の方」「……な、んだと!?」
――恋縫の身体については本人が語ってくれた。
通常時はほぼ人間だけど細胞内の機械種と融合しているので組成を容易に
組み替えられるらしい。意思を持つ極小生体融合の機械。
(……俺がこいつを殺せば……母体の男性の家族が……)
攻防はさらに続く。ヤツの狼の腕や脚をこちらのシュライク腕でガードする。
朋輝の真似をして腕から体毛を射出する狼。体毛といっても機械の針でしかない。
「く……この!」ガードを諦め距離をおく、自身の羽根をばら撒きかく乱。
隙をみて腕の殴打、加速を活かしての足蹴。だが狼の体躯はゆるりと躱す。
「む……」何かに気付く狼。後退した足場がもろく、崩れて体勢を失する。
「こいつぁ!」朋輝の打撃が稲妻の如く叩き込まれる――しかし。
腹に殴打をくらった狼はあからさまに顔をしかめる。そしてその腕を掴んで――
「貴方……よもやこの人間体の家族の身を案じて――手加減してますね」
「!!!??」
バギャス!狼の容赦ない肘鉄の打擲――「ぁぐっ!」
朋輝はそのまま崩れ落ちる。「朋輝!!」アイレが受け止め軟着陸する。
「……はぁ、くっだらない」
着陸した朋輝の上に蹴りの追い討ちをかまそうと迫る狼。
「や!駄目だって」アイレが朋輝を抱きしめたまま飛び退く。
しかし、跳び退いた先――死角から狼が現れ朋輝を脚で受け止め、
「姫さま、邪魔です」狼の腕でアイレを引き剥がした。「あぐ!」
湖沿いの雑木に叩きつけられるアイレ。「……く、アイレ!!」
「ふう……情報なんて与えるもんじゃないですね、わたし反省」
倒れた朋輝を足蹴を一蹴。グリグリと踏みつけ、ため息をつく狼。
「アイレ……」
打撃にしびれて呻くアイレに手をのばす朋輝
ドグァス!「ぐ……」その手も踏みつぶす狼。呆れ顔だ。
「はー、くだんない。手加減されては貴方の本気が視れないではないですか
さーて……どうしたものか」朋輝の苦悶もどこか愉し気に値踏む。
アイレを見、朋輝を見、……そして長考もなく狼はダムを見上げた。
「ねぇ貴方、あの腕を回収できたら姫君のアゥエスが再生できるって本気で
信じているんですか?」「……な、に?」意外な言葉。
そうだ。何故疑わなかったんだろう――アイレもよく解らないと言ってた気が。
はぁ、と嘆息。
「……愚かですねぇ。あんな汚染まみれの部品。いくら回収しても、
我ら機械種にだけ有益な道具にしかなりませんよ?」「………………」
狼は呆れ顔。「あー……これはガチで信じてた顔ですね。わたし悲観」
苛立ち混じりなのか、ガン!と朋輝の腕を踏みつける。
「さて、そんな事実を踏まえても状況は変わらないので――」
「――うん。じゃ、こういう事態に備えたアレ、やっちゃいますか」
軽く言うと、巨大オオカミの姿にもどり、朋輝をつまみ上げ、狼は
ダムの方へと移動する。「ぁ、朋輝……」打撃のショックで軽く意識を
失していたアイレがその後ろ姿に気付き、のそのそと付いてゆく。
■
シュライクの腕はだいぶ沈降が進んでいた。
稚子はぐったりしてうなだれていて表情がよく見えない。
オオカミと朋輝が着く。そのまま朋輝を通路へ放り捨てる。
「稚子……」朋輝は気力が抜けてへたり込んだままだ。
「――さて、貴方の本気を引き出すために喝を入れて頂きますね」
「なに……する気だ」「だから、”喝”ですよ」人間風に言うとそうですよね、と。
狼がウインクをする――すると、シュライクの手の平がギギと稼動し始めた。
そしてそのまま人差し指と親指が開いたかと思うと……、
「ま、さか……てめぇ」「そうですね。優勝杯に何もしないとは言ってません」
がしっ、と二本の指で雉子の頭部を挟みこむ。これは、このままでは。
雉子はされるがままだ。「やめろ……やめろよ」
「さりとて私の失策ですが――このままでの手抜き勝負では意味を成しません」
「……闘う……だからやめろ……」
「あーダメです残念。私の母体の人間にも、このメス個体にも同情してしまい
本気が出せない今の貴方――そんな手抜きで生死の争いが出来ますか?」
「出来る……、だから」
「……言葉は簡単、私の見立てはそうは思わない。なら、すっきりしましょう」
「やめろ……冗談だろ。や、やめてくれ」
朋輝が這いつくばって懇願する。
「だーかーら。迷いを絶って即本気、なら早いに越したことはありません」
アイレもやっと追いついた。シュライク腕の中の雉子を見上げ、事態を察する。
「……!?雉子……ぇ」目を白黒させるアイレ。「朋輝!待って……」
アイレの静止は『朋輝……』という稚子の声に遮られる。
顔を上げる朋輝。「だめ……」うなだれて操られた指に挟まれうめく声。
『来ちゃ……駄目……』稚子の声だ。いつもの声、いつもの友人、
……朋輝にとって、身近過ぎて当たり前の隣人になってしまった女の子
――だから、
「そら、さっさと覚醒したまえ」
バキ。
乾いた音が湖畔に響いた。
木の枝を折ったにしては重く。破壊にしては小さい音。無情の音。
操られたシュライクの指が――十五年の生を閉じる音であった。
「……あ、あぁ……」
朋輝は最後まで視れなかった……。
地面に顔を埋めその瞬間を視界に収められなかった。
「朋輝……ぁの」アイレは巨大狼が合間にあったせいもあって、
すぐに近づけなかった。いや、この状況では……声の掛けようもない。
だん。
朋輝は地面を叩く。一回、そして二回。そして両手で殴打し始める。
「ぁあ、あぁ……あぁぁあああああああああああああああ」
――「おかんかよ」『JKだぞ』――『ソラ先輩は知らない、そこさ』
慰めるために慣れないヴァイオリンを弾いて制服で現れた女の子――
いつも、どこにでも、母親顔で現れる幼馴染――……しわがれ声で、
笑顔だけがいつも朋輝の脳裏を埋める少女。
――それが。
――――その小さくて大きい少女が。
狼は満足した。犬や猫と同じ様に、ん~~とストレッチ風にする。
「ふむ、さて。人間種は、その怒りで真の力が出せると聴いてます――さぁ」
殴打が止んだ。
朋輝はゆらりと立ち上がってくる。泥で涙でまみれた少年の顔。
だが表情はよくわからない――いや、これは……。
「朋輝!……ま、待って!!」アイレが近づこうと……だが、ためらわれる。
気配が――オーラが――いや、実際に何かの揺らぎが視えたのだ。
朋輝を覆う怒気が……形をもって空気を揺らいでいる様に見えるのだ。
「おぅ、それです……いいですね。同種の消滅で性能が上がる人間の――」
「だまれ」
「――……ッ」狼の声が止まる――巨大狼のままなので表情がわからないが、
「そうそう、私に怒って下さい。それで真の戦闘になり」「うるせえ」
またも朋輝の声に遮られた。
「…………ほしい、こいつを……滅し尽くす……力を」
朋輝は腰に手をやる。ベルトの位置で何かさすっていた。
儀式か何かなのか――いや、朋輝を知る者ならすぐに検討がついたハズだ。
「……変貌……そうだ、変貌しなきゃ……雉子も、好きだった」
それは特撮の仮面ライナーの変身セリフ。朋輝と話を合わせたい一心で、
雉子も平成ライナーシリーズを観ていた。始めは興味なかったくせに、いつしか
朋輝よりもハマって観ていた少女の朗らかな気質。笑顔しか想い出せない。
――――だから言う、”変貌”と。
「”変貌”……!」
グァン!右手がシュライク化する。
バァン!ダァン!左脚も、右脚も――そして、
……ヴァン!”左手も”変化した。
「――――――――え?」狼の愉悦の声色が消える。
「朋輝……?」アイレさえも蒼白した。
おかしい。そう、そんな訳は……ないのである。
左手は、いま目の前の水面から覗かせる部品だ――では、これはなんだ。
「お……おぉこれは予想外……え……えぇ?」
愉悦を続けようと調子を取り直したものの、次第に笑みが――凍ってゆく。
朋輝が、次第に胴体さえも異形の姿へと変貌してゆく。
「……そうだ、もっとだ……こんなゴミ……二度と……」
それはついに朋輝の頭部をも覆い、すべてが全てに変貌をとげてしまう。
「な……何です、それは……汚染……いや、ちがう……まさか!?」
「朋輝……ダメ……そんな……嘘だ」アイレが口元を覆う。
それは――まさに変貌だった。
全身がシュライクと化したまま、次第に巨大な――本来のシュライクの
サイズへと巨大化して……変わってゆく。
「そんな……そんな……そのような……バカな……!!!!」
狼の声がついに驚愕と――絶望に染められてゆく。
そしてそれは巨大狼のレアンをも超える、本物の王家アゥエス・シュライクと
完全に同じ容姿になって完成したのだった……。
『稚子……雉子……ごめんな……』その声は誰にも届いてない――……。
ダムに起つ巨大な狼と巨大な王家アゥエスの肢体。
こうして――狼レアンの目論見は成功を越え――、
完全なる誤算となって降りかかったのだった。
大分長くなりました。次回は挿絵ほしいやも……