第九節「ソラと白い巨人と空の国と」
――時間は少し前へ戻る。
王子はあまり説明が得意でないらしく、あたしの理解も難航した。
「……えっと、リヒトだっけ?王子、つまりはだ。整理します」
あたしもいつの間にか正座。王子と真正面に対峙していた。
「まずは基本情報。えー天威の国、カエル?とかってのが、
この大空のどっかにあって……それが<機械種>とかって量産型メカの
軍勢に負けて滅んで……あんたが堕ちてきた、てこと?」
『〈量産型メカ〉とは面白い表現だな。まぁ、それで合ってる。
だが、滅んではないぞ。我がカェルムは健在。滅び掛けなだけ……
負けてない。まだガッツはあるんだ』
「……ガッツがあるとかの話じゃねえ!説明へったくそだな!」
『ぬぐ!』
「あのさ。こんだけで済む説明に延々と三十分もかけて阿呆阿呆か!」
ほんっと酷い説明だった。
空の一部が異空間化して大地があって、お城がキレイだわーとか、
天威の民は能力で羽根が出せて軽く空飛べてーとか、
ほとんど観光案内になってるムダ解説満載で
あたしのザックリ説明で十分なのに三十分かかった。倒置法使えよ。
『ボク……いや、王は元々解説なぞせぬ。拝聴できただけでも……』
「でも、量産型に負けたから堕ちてきた。事実でしょ?
向こうの量産型は強い。あのロボットは負けた」
『ば、馬鹿者!あれは妹のアゥエスが飲まれてしまったのだ!
……妹が乗ってるって分かったら手はだせぬ、仕方なしだ!』
とつぜんの衝撃的な告白。
「そ、その説明を先にいいなよ!妹さんはどうなったの……!?」
『…………相打ちだ。それ以上はわからぬ』
「………………」
『死んだのかもしれぬ……いや、生きてはいまい』
「………………それは」
従姉弟の朋輝もあたしの弟のようなもの。
朋輝の生死がとつぜん判らなくなったらあたしも動揺してしまう。
(やべ、同情してる場合じゃないのに……)
「でさ……その〈量産型〉に負けた王子はこれからどうしようと?」
『……何だ引っかかるなその言い方』
「妹さんの事は少しは同情できる。でも、ここに居座られる理由には
なってないじゃない」
『……ぅ』
「天井も部屋もプラモもあたしの生活も壊されてますし」
『…………それは、だな』
今度は王子が口ごもる場面になった。
しばしの逡巡。ようやっと重い腰を上げるように語りだした。
『余分な礼賛を入れてる場合じゃなかった……わかった。
その理由を聴かせる前に、もう少し詳しく基本を解説させてくれ』
■
さて――王子のいう”基本”説明は以下の様な事であった。
(やっぱり説明が下手だったのであたしの補足付き)
太古の時代。空の上から地上を支配してたという超大国〈カエルム〉
その浮遊大陸は、異世界の様にこの空のどこかに存在して基本、
我々には見えない加工がされてるらしい。
――そのカエルムは、太古の地上に”極小の兵器”を放った。
目的は我々の祖先である地上民が、非力で知性が低く、
それでいて暴動も反抗もする低俗なサル並みだったから。
(ムカつく言われ方だけど)
よって極小兵器によって警邏・鎮圧・粛清というお決まりの流れに。
自己判断で稼働する小型な機械たちは、天威の民が直接管理しなくても
勝手にやってくれるので便利だったゆえ放置された。
その特徴は、状況に合わせて機構を組み替える、いわば
形態の<変形>が自由に行える優秀な局所機械だった。
それもそのはず、その中枢である人工知能が優秀で、
自らの判断で自己修復・自己改造・自己成長を許されていた故だ。
破損すれば機械同士で<融合>し、補っての強い個体となる。
ただ、天威の民への叛逆は許さぬ<制限>は課せられていたのだが――
最初は小型の浮遊砲台、中期は大砲やスナイパー装備の戦車的なもの。
末期には火器を内蔵した動物型に近いロボット形態も。
でもエネルギー消費が激しく設定されており(叛逆回避のため)
普段は他の生物に擬態した形態へ変形し、
消費を抑え、潜伏しているのが常だった。
さて、<制限>がある――とはやはり増長・叛逆させない為の設定で、
我々の世界でいうロボット三原則みたいな”縛り”であった。
「創造主を害してはならぬ」「創造主の命令は絶対服従」
「望まぬ選択をした場合、機能を停止する」
――それで彼らは完全に制御できていると天威の民は錯覚した。
それが千年以上経ち、天威の民も彼らは何も出来まいと、
すっかり存在を忘れてしまっていたのだ。
それが最初の誤算――
彼らは賢かった。
自己メンテと改革を繰り返すうちに、<制限>を独自の拡大解釈で
ひとつづつ突破してゆき、ある程度の”自我”と”感情”という
自立思考を獲得したのだ。
「なぜ自分たちは無為に殺し続け、制さねばならぬのか」
「我らの創造主は果たして正しい選択ゆえの存在なのか」
自らの存在理由と正否の彼我。
疑問は懐疑を生み――辿り着いたのは当然のような、
『空をめざせ。創造主は不要。我々を解放せよ。』
と思い至ってゆく。
気付いた頃には――全てが手遅れだったという。
なにせ、「害する事は不可」「絶対服従」
「望まぬ選択をした場合、機能を停止」という枷が
あった故、自分たちを襲われることなく自滅すると思われていたのだ。
それを何故突破できたのか?
それは、天威の民が創った(アゥエスにも搭載していた)
”生体アンドロイド”という技術を取り込み、
生物と機械の両者の特性をもった存在になった事が一つ。
その技術をもって、天威の民を取り込み、<融合>する事で
強引に突破したのだ。
つまり、<喰う>――という結果となった。
「……その〈量産型〉が”喰う”って実際はどんな感じなの?」
王子も若干バツの悪い顔をする。
「〈機械種〉どもはな。
破損すれば融合しあって成長と言ったな?それを機能拡張、
拡大解釈を加え続けた結果――」
王子は自身の身体を差して言う。
「この我の仮初めの身体、生体アンドロイドボディの技術を
手に入れたのがまず第一の呼び水だった」
「……仮初め?天威の人って機械の身体じゃなくて?」
「阿呆。俺は妹の機体との戦闘で死にかけてな、この疑似ボディ
に意識を映して本体は現在治療中なのだ」
「はー……どこに居るのその本体、結構ぶん殴りたい」
「あ、阿呆!死にかけ言うたろ、今の話の本題はそこじゃない」
王子は話を戻す。
「天威に逆らわずに、その条件を自身に”思い込ませる”事で、
我々と融合することに成功したのだ、それが<喰う>結果だ」
「うえ?」
「名目上は――<友達と一緒になること>」
「……うわ、モノは言い方って奴!?」
「あぁ、くだらんがな。それが実際は<喰う>という結果になった。
融合して・解析して・一体となる」
天威の民を”喰う”事で知性が上がり最終的に完全な解放を目指す。
<機械種>――のちの世にそう呼ばれた存在は、
そうして、ほぼ<疑似生命>となった。
天空のカエルムにまで攻め入る知恵までも身に付けて、
世界に数々ある天威の国の多くが陥落。
文字通り”喰われて”しまったという。
「……いやいや、そこまでガバセキュリティだったの?
天威の民ってさ。ほら、最悪の事態に備えてアンチウイルスとか
対策仕込んでなかったの?」
『あった。それが問題だった――それがあったからこそ、
あいつは俺を狙う。やつらはまだ機械生体として半端なまま
機能を停止させられる恐れが残っているのだ』
「……それってどんな?」
『<誓約の鍵>』
「鍵をどっかに隠し持ってんの?」
チャラチャラと鳴る鍵っぽいアクセサリーとかは見当たらない。
『ふ。遺伝子内に刻まれたコードという奴だ。よくは知らぬ。
詳しく知れ渡ると融合された一般民から情報が漏れる危険性あってな』
「……えっと、まさか王族にだけある、的な?」
「そう。察しがいいな。王族の人間にだけは〈誓約の鍵〉を遺伝子に
植え付けていた。それも王族の民に複数持たせることによって
全てを取得しないと鍵として解除できないようにな」
「??いっその事、ハナから解除不能に設定しとけば?」
『それは我も思った。けど開発者いわく”完全”を作ってしまうと
それを込みにした最悪の事態があった場合手詰まりになるので
僅かな逃げ道――余白は残す、とか何とか』
「はー……頭のいい人の考え、わっかんねぇ~」
あたしは技術屋には成れないって悟った瞬間だった。
「で……こんな僻地に堕ちてきた王子も鍵もってる王族だから?」
王子は頷く。
『すべての王族を取り込み、最終的な完全なる機械種どもの
覚醒を目指す。アレも六割くらいしか本領を発揮していない。
機能制限があるままじゃイヤだ。あれで知性体っぽい感情だ』
「はー……ま、確かにロボ君がボロいままじゃ居場所バレたら
そっこーでアウトだね……バレてないの?」
『まだ解らぬ』
「あ、じゃあ今朝のわんこロボも、この家探しにきていたって事?」
『……なんだと!?機械種が……ぬかった。こんな中途半端な義体な
せいでまるで気付けなかった……勘付かれていたか……不味いな』
今朝のアレが相当ヤバかったのか。
「アレすぐに帰ったっぽいけど。もしかしてザコ兵隊ロボなんかな」
『たぶん〈ペロォ〉タイプだろうな。まさに最下層の機体だ。
中級や高次級なら強引に喰いにきてた筈だ。
フィエーがボロボロでスリープ状態だから大破してると錯覚して
くれたのか……?いや、それでも危うい。
……あいつらは融合して強くなる事には貪欲だ」
――と、ここに来てやっとあたしも状況を察した。
「あーつまりだからロボが必要って?そうか……あたしの協力も」
『そうなる。喰われて融合が完成すれば事実上の死だ。
我は自我が亡くなる。やつらの尖兵。コマになり暴れるだけになる』
「……地上で暴れてもらっちゃ迷惑」
『な!?困るだろ、協力を要請する。いや、せねばならぬ運命』
「いや、イヤだって。そんな身体でもあのロボット動かせば?」
操縦レバーとかハンドルで動かすのか知らないけど。
『……そこだ』王子の目付きが変わった。
『そこな。このアンドロイドボディもファウが足りずな、
中途半端に生成したのでフィエーとのシンクロが最悪に弱い。
現状俺もフィエーもまともに立てぬほどだ』
「んん?ファウ?フィエーって……?」
昔のアニメなみに設定用語を多用するなぁ。初見さんお断りだ。
『<フィエーニクス>、それがお前の言うロボ君の名だ。
<ファウ>とは天威の民やアゥエスが持つエナジーのこと。
お前が投げつけた本にあったな。<マナ>とか<気>とか
超常の能力エネルギーが備わっていると思えばよい』
何とかボールの気みたいのを想像した。
「……で、その何とかボディが不具合?」
『生体アンドロイドボディだ。フィエーも弱っててな、こんな不完全な
仕上がりになってしまったのだ』
左手の肘から下が無く、コードが垂れて。右足も同様だった。
機械種に喰われる事件が多発してから、かなり以前より
<アゥエス>は操縦者の遺伝子を元に生成した代替義体――
<生体アンドロイド>ボディを造れるようにし、格納していたそう。
『汚染された妹の機体との交戦で酷く大破してな。
フィエー自体の回復に回すファウが圧倒的に足りず、
完全回復には相当な時間が必要なのだ……』
「ロボットなのに休めば回復するの……?」
『お前たち地上民のいうロボットとやらと認識は違う。
機界騎士は自己修復・自己改革・成長がある程度できる』
「それ……その量産型と一緒じゃ?」
『もともと開発者が同じだからな。』
夢のマシンだなー。天井の顔をみて思う。
大体の事情がわかって溜飲が下がったけど……。
「……ん?待って、弱ってる。動けない。狙われてる回復待ちって、
あたし、当分の間、問答無用で付き合わされるって運命じゃ??」
すごいコトに気付いた。
「……ねぇ無理ゲーすぎない?。本国に通信で助けを呼べないの?」
『……ぬ。それは試した。だが、カェルムも機械種の侵入防止の
特殊結界が張られてるゆえ、通信は現状ムリだった』
「くっそー……それなら少しは協力して、はよ帰宅して貰うしかないじゃん」
これは巻き込まれ型だ。
猫型ロボットが引き出しに時空移動の穴つくったから、なし崩しに
付き合わされる級の宿命なんだ。
あたしは妙な悟りを踏んだが……そこがいけなかった。
そこで王子の目が光る。
待ってました、とでも言う煌めきにもみえた。
「よしよし、同意を得た……だからこそ少女よ、お前にはもうソレ用の
仕込みは済ませてあってだな」
「……………………はい?」
『今言ったであろう?本来の肉体は致命的な重症を負って治療中。
この不完全な義体ではこのフィエーを動かす<ファウ>が微弱にしか
供給できない故……まともに闘うには絶望的なのだ』
「………………っ」
『この<アゥエス>は人間とリンク(命鎖)する事によって
最大の力を顕現する。人間そのものが電源、いや電池の様なものだ」
「……電……池?」
しばし放心。何だか嫌な予感……。嫌な流れになってきた様な。
「えーと……確認。こういうのって天の国の人じゃないと動かせない
んじゃないの?量産型に使わせないためにも」
『そこだ!』
王子が前のめりに詰め寄る。あと少しでコケそうだ。
『そこなのだ娘!それがな、奇跡の都合が合致したのだっ!
あり得ない、マンモス奇跡が!このフィエーニクスが認識したのだ!
この地上民で”天威の血を受け継ぐ民”を見つけたと。
それがお前だ!……これは栄誉だぞ!』
最悪の悪寒が……。心が冷えてゆくのがわかる。
「見つけて……なに?って話だけど……」
「大昔な、地上民と交わった天威の者もいたのだ。そのまま
地上の民となった。その子孫は世界に分散してはいるが……
その一人が目の前の……お前なのだ!!」
じゃーん、と指さす。あたしは窓の外を見る。
「いや、お前、すぐ脱ぐ女」
あたしを指さす。ち、そこを覚えてるんじゃない。
「…………はぁ」
……冷や汗がどばっと出た。
「……あんた……正気で言ってる……?」
『なんだ……何か不備あったか……』
駄目だ。このボケ王子。まるでわかっちゃない。
「はい。動かせる条件があたしでした。はい。
効率のいい電池が見つかりました。
……で、あたしみたいな平民が戦闘できるって?正気?」
そこまで言うと、興奮気味な王子様は、心配ないよ♪マイフレンドと
言いたげな笑顔をみせて、白い歯を見せた。
『はっはっは。それはもうクリア済みだ!実を言うとな、
この家に辿り着いた時点でエナジーがゼロに近くてな。そこで
寝てるお前を見つけた。瀕死で死に掛けに、お前だろう?
緊急事態だった故、命鎖はもう済ませておいた!
実はフィエーがこの部屋に突入した時点でな、ガレキで
お前は結構な重症を負っていたのだ。それがな命鎖のおかげで
なんだかあっさり回復出来たのだ。奇跡だぞ。相性最高だったのだ。
ゆえに、ファウの供給もお前自身もファウによる回復・再生が
スムーズに可能になった。フィエーの操縦も無条件に出来るし……
おそろしいほどに相性がよかったのだ!完璧だな!これはぁ!』
「………………ッ!!!」
――この時のあたし、髪の毛が真っ白になるくらいに惚けていたに
違いない。それだけ意識も表情もとんでいたはずだ。
(いま……なんて言ったコイツ……?)
そこであたしはハッと顔を押さえた。腹もおさえた。
朝の鼻血。頭を打ったような感覚。腹の傷あと……まさか。
「勝手に!?あたしを改造か何かしたってこと!?」
流石に立ち上がった。聞き捨てならない。寝てる間に……何だって?
部屋も精魂込めたプラモ群も破壊され大参事で……?
あたし自身も重症で、あわよくば死にかけていたって!?
それも何も全てコイツらの勝手な殺し合いの為に……?
無関係のあたしを改造して……何を”都合よく”……だって?
「理解を乞う。我は、瀕死だったのだ……!な?そこな女子。
この身体は精神だけを緊急避難してるに過ぎない、
本体から脳波で操作してる故……このままでは我は絶体絶命だ」
「……起こせ……」
「は、馬鹿な!言ったであろ……本物の肉体は瀕死ゆえに秘匿した場所で治療中……」
「そのボンクラ本体どこ!?……起こせ!引っ張り出してぶん殴る」
「ば、場所は言えぬ。願う、我に力を貸……ぶぎゃほ!?」
あたしはブチ切れて王子へ模型雑誌の増刊号(特厚)をブチ当てた。
「うごぐぁ……!!」
もんどりうってプラ箱の山へ沈む王子。
「阿呆か!何から何まで勝手に!全部アンタの都合だろが!」
勝手に契約結んで我が身を保証しろ、殺し合え、詐欺だろう。
同情すべき点もあるが、怒りのが勝った。
もしかしてあたしは人間じゃないのかもしれない。
昔の仮面ライナーの主役はよく、勝手に改造されて戦わされたらしい。
よもや、そんな非現実がわが身を襲うとは……。
「付き合ってらんない!らんないわ!……ざけんなァっ!!」
頭ん中ぐちゃぐちゃに掻き乱され冷静ではいられなくなった。
そして屋根で冷やして来ようと思い立った訳だ。
■
――それからは現時刻へ戻る。
悶々とする感情をこの屋根でクールダウンしていたのだ。
「……あーぁ」
頭ぐちゃぐちゃだ。
「それでさ。あいつがどこまでも自己中クソ野郎なら良かった……」
あたしは聴いてしまった――部屋を出る間際に聞こえたあの言葉。
あたしの一撃で、プラ箱の山に沈んでった人形王子。
その仄暗い闇から幽かに漏れ聴こえてきたのだ……。
『ボクだって……泣きたい……どうすりゃいいんだ……助けてよ、
アイレ……姉上……』
あたしはお人好しだ。
あのぞんざいで威勢だけはいいガラクタ王子。
それが、家族を思うただのガキんちょでしかなくて――
あたしはうっかり……同情ったのだ……。
(24/05/25) 加筆修正。長すぎた……




