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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
一章【道具使いと巨人戦士ホック】
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01-09 戦闘!死霊使いデードス

 



 やられた。その場に居た全員が満場一致でその思考に至っていた。

 熟練の腕を持つ戦士も、年若い魔道士も、アンデッドに強いはずの神官も、敵の集団から放たれる毒を含んだ悪臭には成す術が無かった。

 次々に倒れていく勇敢な戦士達。そんな中、アンジェリカだけは猛毒の霧を自身の服の袖で庇いながら、なおも立ち上がっていた。


「貴方達だけが頼りよ……よろしく、お願いね」

 アンジェリカは一体のぬいぐるみと、九体の人形を解き放つ。臭いに扮した毒を完全に無効化できるのは彼らだけだ。

「ホックさん、ホックさん……まだ、意識はある?」

 ホックの姿を見つけると、膝をついている男の身体を揺さぶってやる。


「けっ……お前が倒れてねぇのに、俺だけ寝てられるかよ」

 あくまで悪態を吐くことをやめないホックだが、既に意識を保っているのがやっとなのは明白である。

 状況は明らかに分が悪い。普段通りなら問題は無いが、戦力を奪われた一行は、アンデッドに無抵抗のまま殺されてしまうだろう。

「みんなを運び出して欲しいの。このままだとみんな死んじゃうわ」

 アンジェリカは懇願する。

「こいつらを運び出したとして、お前はどうするんだ」

「私が時間を稼ぐから。お願い」

 分かりきった事を。アンジェリカはそう言いたげであった。


 ホックは舌打ちした。

 今回の仕事が相当に危険と隣り合わせである事は、十分に覚悟していたつもりである。

 しかし、こうも一方的に。何も出来ないまま、無抵抗のままやられる事になろうとは。

 軽い気持ちで仕事を請けた当時の自分を殴ってやりたい衝動に駆られる。


 けれど、だが、それでも。

 自分の身長の半分も無い小さな女が、屈する事無く立っている。自分だけの兵士を持ち、ネクロマンサーという恐ろしい敵を相手に戦おうとしている。

「負けてらんねぇよ。なぁ?」

 斧を杖代わりに立ち上がろうとするホック。

 重力のように圧し掛かる倦怠感。重くなった身体を、自らの腕力で無理やり持ち上げていく。

「おい、アン。三分だ。三分だけ時間を稼げ」

「三分。それまでに神官共を起こして助けに来てやる」

 アンジェリカは背を向けたまま何も語らない。

 それを肯定の意思と確信したホックは、シスター・エリーと神官の男性を担いで部屋の外へと飛び出した。


「君の頼りにしていた友達は、逃げてしまったようだよ?」

 二人のやり取りを見た上で、デードスはアンジェリカを言葉で揺さぶる。

 なるほど、確かにホックが戻ってくる保証などどこにも無い。このまま逃げて行くことだって出来るだろう。

「ホックさんは逃げないわ。必ず戻ってくる」

 今にももつれそうな足を押さえながら、アンジェリカは道具達に指示を出す。

 立っているのがやっと。そんな状況であと三分も持つのだろうか。彼女自身も半信半疑だった。

「どうかな。どうやら彼は現実主義者のようだから……敵わない相手に立ち向かおうとは、しないんじゃないかな?」

 顔に手を当て、デードスは笑いをかみ殺す。目を細め、頬を引きつらせ、腹を抱える。心の底から相手を馬鹿にする笑い。

 勝者の笑みと呼ぶには、それはあまりに醜悪であった。

「現実主義者なら尚更。貴方みたいなやばい奴、ほっておくもんですか」

 ここまで、四十秒。時間の流れが非常に緩慢に感じる。永遠に引き伸ばされたと錯覚しかねない、地獄の時間だった。


 ホックは神官達を部屋の外へと降ろし、頬を叩き起こしてやる。

「おい、起きろ。解毒の呪文を頼む」

 先に目を覚ましたのは、ドワーフの神官であるエリーの方だった。鈍い痛みに頭を抑えながらも、エリーは自分とホック、もう一人の神官に解毒を施してやる。

「ごほっ、ホックさん……ごめん。油断したよ」

「いい。それよりアイツだ」

 ホックが指差した先は、今も戦いが続いている最奥部の部屋。そこで戦い続けているであろう、アンジェリカのことを指していた。

 神官の二人が気をつけていれば、解毒の呪文を掛けながらの再突入は可能なようだ。

「我々はアレに敵うのか? 一度引いて態勢を整えるべきではないか?」

 男性の神官が言うのも尤もな意見だった。戦闘不能者は現在四人。対する相手の数は何体残っているか計りようが無い。

「ああ、俺もそう思う。どう見ても形勢不利だろうよ。だがな」

 そこで言葉を切ったホックの顔は、決意に満ちているようだった。


 ホックが部屋を出てから二分が経った。まだ、戻ってくる気配は無い。

「今ここで貴方を逃がせば、間違いなく被害は拡大するわ」

 アンデッドがこちらに向かって来るなら、オルトロスが炎で牽制をする。アンデッドが倒れた仲間を襲うなら、銃兵隊が腕や足を撃ち落とす。

 こちらから攻勢に出る事が出来ない以上、形勢が快方に向かっていく事は無い。

「これは、数少ないチャンスなのよ。貴方を捉えて、倒す為のね」

 しかし、それでもアンジェリカの心が折れる事は無かった。

 デードスがアンジェリカを狙っているように、アンジェリカにとってもも同じくデードスを倒す千載一遇のチャンスだった。

 アンジェリカは気付いていた。自分と道具だけで戦うのが不可能である事に。頼りになる仲間達とともにあらねば、巨悪と戦い続けられない事に。

 まして今回は、戦いの才能の塊とも言えるホックが居る。神官のエリーが居る。ベテラン冒険者のクールも居る。

「この機会を逃したら、いつ貴方を倒すチャンスが訪れるか分からない」

 デードスを倒すのは誰でもいい。いっそ、自分自身が止めを刺せなくても構わない。

 繋ぎでいい。活路を見出せ。時間を稼げ。それが仇敵を倒す道筋になるのなら。

 腐臭の中に混ざる毒霧から口元を守りながら、アンジェリカは戦い続けると決めた。


 視界が揺らぐ。足元が覚束なくなる。毒が皮膚から身体を蝕んでいく。

 もう少しだけ頑張って。アンジェリカは道具達の魂に語り掛けた。

 アンジェリカの意識が薄れていく度に、オルトロスの炎は弱っていく。アンジェリカの意識が遠のいていく度に、銃兵隊の動きが鈍っていく。

 手や足が動かなくても、意識だけは保っていなくてはならなかった。

「残念だよ、アンジェリカ。私は君を見込んでいたというのに」

 大げさに肩を竦め、デードスは蔑みの言葉を投げ掛ける。

 同時に、アンデッドの動きが止まった。もはや攻撃を加える必要さえ無いと判断したのだろうか。

「見込んでいた……ですって?」

「小さな森の奥深くの村から天使の力を感じた」

 残り少ない気力を振り絞り、アンジェリカは訊ねた。しかしアンジェリカの問いには答えず、デードスは続ける。

「姿を隠したアンジェラを炙り出す為に、僕はその村に火とアンデッドを放ったのさ」

「そうしたら君が現れた。赤い髪と彼女と似た名前を持つ君がね」

「幸運だったよ。懐かしい匂いがした。十八年振りだね、アンジェリカ。大きくなった」

 捲くし立てるデードスに、アンジェリカが問い質したい事はいくつもあった。だが、口はもう動かない。顎や舌の筋肉さえ麻痺してしまったのだろうか。

 ただ一つ言える事は、デードスは根っからの悪人である事だった。

「こいつを世に放ってはいけない」アンジェリカはそう思った。


 限界は、唐突に訪れた。

 操り糸がぷつりと切れた人形のように、アンジェリカはその場に倒れ込む。

 アンジェリカの道具も、いずれも動く事は無い。

「残念だよ、アンジェリカ」

 デードスが右手を挙げると、アンデッド達が一斉にアンジェリカの元へ群がって行く。

「君を殺しはしないさ。私だけの可愛い人形になって貰おう」

 人形。デードスの操る死の人形。恐らく、アンデッドの事なのであろう。

「君が天使でなくても関係無い。身体が腐り落ちぬよう、防腐も施してあげよう」

 アンデッドの一体が、アンジェリカを担ぎ上げる。

 アンジェリカがアンデッドになる事があれば、次はその身体を使いミツバを攫うだろう。

「君とミツバ。二人並べれば、さぞかし美しいだろうな」

 村を焼かれた時の記憶と同じ。視界が真っ赤に染まっていく。

 意識の途切れる間際、アンジェリカの目に迫り来る数体のアンデッドが映っていた。


「悪いが、そいつは置いていって貰おうか」

 途切れそうな意識を繋ぎ止めたのは、ホックだった。

 斧の一振りでアンジェリカを担いだアンデッドを水平に両断し、

 肩から零れ落ちかけたアンジェリカを左腕で受け止める。

「あ……う……」

 助けに来てくれてありがとう。

 顔全体が痺れて、アンジェリカはその一言さえ伝える事が出来ない。

「……遅れて、すまん」

 アンジェリカが床に降ろされると、シスター・エリーが駆け付け治療を施していく。

「アンジェリカさん!……今、治してあげるから」

 解毒の呪文リカバー。精製された解毒薬と女神によって賜れた言霊を掛け合わせ、身体を芯から治癒していく呪文だ。

 言霊によって毒を取り除き、機能停止した臓器を解毒薬で補完する。

 痺れ毒を受けながら戦い続けたアンジェリカも、この術を施す事によって重い後遺症を免れる事ができた。

「エ……り……」

「無理に喋っちゃ駄目。もう大丈夫だよ」

 アンジェリカの手を握るエリー。

 エリーの手の暖かさを感じたアンジェリカは、安心したのかそのまま意識を手放した。


「こちらの冒険者達は、皆無事のようです」

 他の者の治療を終えた神官の男性が戻ってくる。

 どうやら、アンジェリカ程の重症を負った者は他にはいないようだ。

「良かった。それじゃあ後は……ホックさん達だけだね」

 仲間の無事を聞き、エリーは安堵した。


 一太刀。もう一太刀。また一太刀。

「けっ、雑魚共が」

 鎧袖一触とでも言うべきか。ゾンビも、スケルトンも、ホックの圧倒的な暴力の前に切り伏せられて行った。

「おらおら、そこのおチビさんよ。今謝るなら、命だけは取らないでやろうじゃねえか」

 少なくともこの俺様はな。とでも言いたげに、にやりと笑う。

 対するデードスは、下僕たるアンデッドが次々に倒されていながら焦りの顔一つ見せる事も無く、攻撃指示を出し続けていた。

「不気味な野郎だぜ」

 思ったままの印象を、そのまま口に出す。

「嬉しいね。そう演出した甲斐があったものだよ」

「演出だぁ?」

 デードスの発した言葉の意味を探るホック。

 演出。そう見えるようにデードス自身が演じ、調整していたという事だ。それは即ち、敵はまだ余力を残していたという事になる。

 判断の分かれ目。ホックの前に二つの選択肢が提示される。

 一つは会話を長引かせ、仲間の回復を待つ選択。もう一つは、相手を挑発し、自分にだけ意識を向けさせる選択。

「良かったぜ。ちょうど暴れ足りねぇと思っていた所なんだよ」

 ホックは迷う事無く後者を選んだ。


「いいねぇ、その意気や良し。気に入ったよ!」

 そう言った瞬間、デードスの胸が風船の如く膨れ上がる。

 はち切れんばかりに膨らんだ彼の胸はローブを突き破り、肩から生えてる腕とは別の二本の腕が露になった。

「お、おい、まさかお前、自分の身体を改造したのか?」

 大抵の事態には驚いてやるつもりはない。

 そう決め込んでいたホックでさえも、デードスの異常な変態に驚愕せざるを得なかった。

「違……たぶ……ん、アレ……は」

「アンジェリカさん!起きちゃ駄目!休んでて!!」

 わずかばかりの意識を取り戻し、起き上がろうとするアンジェリカをシスター・エリーが強引に押さえ付けた。


「この素体はなかなか悪くなかったよ。人間の身体にしては大柄だし、何より頑丈だ」

「てめぇ……何を言ってやがる」

「死霊使いが、自分の身体をアンデッドにする訳が無いだろう?」

 要領を得ない。そう言いたげなホックの様子にデードスは笑いを噛み殺す。

「この身体は、"僕"の実験材料なのさ」

 デードスが一言語る度に周りの空気が重く、ドス黒くなっていく。

 不意に耳鳴りに襲われる。空気が振動しているかのような錯覚を覚える。その度に、目の前にいる四本腕の怪物の存在感が増大していく。

 皮膚の色が緑色に変わっていく。全身の筋肉が隆起していく。

 赤い瞳が宝石のように硬質化する。青色の髪が暴れ逆立ち、耳元まで口が裂けたその姿は、凡そ人間とは呼べない化け物そのものであった。

「デードス!"僕"の最高傑作よ!目の前の男を殺せ!喰らい尽くせ!!」

 その言葉によって、ホックを含むそこに居た誰もが、ようやく事の重大さに気が付くことになった。

 デードスの口から放たれるデードス自身に向けられたその命令は、ここにいない誰かによるそれであることは、もはや誰の目から見ても明白である。


「何者だ、てめぇは!そいつを操って何を考えてやがる!!」

 ホックの問いかけに、デードスだった化け物は高らかに笑う。

「"僕"の名前はサーニャ。それ以上の事が知りたいのなら……こいつに勝てたら教えてあげるよ。"人間"」


 ブツリ。という音が聞こえた気がした。

 その瞬間、何かの枷が外れたかのようにデードスだった化け物は虚空に向かい大気を揺るがす咆哮をあげた。

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