01-07 アンデッドとの戦い
コール・タールの兵士長に引率され、南の街道、若者達の町ジュブナイルの付近までやってきた総勢二十人の冒険者達。
南からやってくるだろう、アンデッド達の姿はまだ見えない。
冒険者は四、五のパーティに分けられ、兵士長からの出陣命令を待つばかりであった。
「この度は、このような危険な作戦に参加してくれた君達に感謝する」
兵士長は胸に手を当て、深々とお辞儀をする。アンジェラ教会式の感謝の礼だ。冒険者達もそれに倣った。
斥候から入った情報によると、南からやってくるアンデッド隊は十七、八体。それらが、正確に。一歩の歩調も乱さずこちらへと向かっている。
一人一体を宛がっても十分に間に合う数のようだ。
兵士たちの姿はない。
魔物と人間との戦いに於いてはまず冒険者や教会の神官戦士達が戦力として宛がわれ、必要に応じてその国の兵士の戦力が投入されていく。
それが各国とアンジェラ教会の間に結ばれた盟約だからだ。
「随分と統率されているな。どうやら指揮している者が居るというのは本当らしい」
ドワーフ自慢の顎鬚を弄りながら先輩冒険者のクールが独りごちる。
「関係ねぇよ。何が来てもぶっ潰すだけだ」
バトルアックスを肩に担いだフルフェイスの大男、ホックはいつも通り自信を曲げない。
そんな様子を見て苦笑を隠さない神官戦士シスター・エリー。
アンジェリカの人形を見つけ、顔を綻ばす。
「可愛い人形だね。アンさんはそれで戦うんだっけ?」
「ええ、そうよ」
絵本の中に登場する、異界ローシャの軍人を模して作られた人形だ。
ふわふわとした黒い帽子に赤い軍服が勇ましさと情熱を表しているのだろうか。
きりっとした表情に長い筒型の銃を携え、小さな腰に更に小さな剣を提げ、十体の小さな兵隊が列を乱さず整列している。
「この子達は、村を出る前に作ったの。ずっと一緒なのよ」
何度も改良を重ねながら使い続けている、長年の相棒であった。
「ホックさんにはこれを貸してあげる。ミツバのお手製よ」
取り出したるは双頭の獣、オルトロスのぬいぐるみだ。
アンジェリカの両手から離れたオルトロスは、ひょいひょいと鎧を駆け上がり、ホックのフルフェイスの上を陣取った。
似合ってるよ、とくすくす笑うシスター・エリー。クールも釣られて噴出してしまう。
ホックの方はといえばやはり面白くないようで、腕を組み口を開かない。むすっとしているのが、フルフェイスの上からも手に取るように分かる。
そんな事も露知らずぬいぐるみはのんきに大口を開け、あくびのような動きを見せていた。
「後は……トゲコロの酒場の冒険者だけか。おい、そこの図体がデカいやつ」
「そうだ、そこの愉快な頭をしているお前だ」
兵士長の呼びかけで、冒険者一同からどっと笑いの声が上がった。
肩を怒らせのっしのっしと歩いていくホックを見送っていく。
「ちょっとからかい過ぎたかしら?」
さすがにやり過ぎた自覚があるのか、心配になるアンジェリカ。
「なぁに、あれくらいでちょうどいい」
そんなアンジェリカを大丈夫さとクールは慰める。
巨人族は元々争いを好まぬ朗らかな種族だが、その巨体故に他種族から恐れられやすい。
ホックは身一つで名を上げようと考えていたため、当人にせよ周りにせよ、ますます壁を感じていたそうだ。
「あいつ自身は、本来はユーモアのある愉快な奴さ」
顎鬚を弄りながらクールはくっくっく、と笑いを噛み殺す。
言われてみればなるほど、ホックはいかつい格好をしているが、エリーへの態度を見ると確かに、それは年上の女性に対する憧れ。年相応の若者のそれである。
そう思うと、ホックがなんだか可愛らしく見えてきたアンジェリカであった。
そうこうしているうちに、ホックが戻ってきた。兵士長との話は、どうやら敵のアジトの突入部隊についてらしい。
トゲコロの酒場のパーティは、ホックという屈強な戦士とベテランの斥候であるクール。
そして神官戦士のシスター・エリーと人材が豊富である為に、突入部隊に適しているとトゲコロからの推薦があったそうだ。
だが、推薦の最後の後押しをしたのは、アンジェリカの出した依頼であった。
未知なる敵の相手に、新進気鋭の冒険者をぶつけようと考えるマスターはあまり多くない。才能ある芽は育てねばならない。簡単な依頼を宛がい、経験を積ませる必要があった。
しかし、当人が望めば話は別だ。冒険者には必ず夢がある。目的がある。倒すべき敵がある。
その夢は。目的は。倒すべき敵の討伐は。冒険者自身の手で果たされなければならない。
酒場も、そこに所属する仲間の冒険者も、「来たるべき機会」に出会った際はその支援を一切怠らない。
「相手の親玉とは因縁があるんだろ?あん時の顔を見りゃ分かるさ」
ホックの言葉に、エリーとクールが頷きを返す。トゲコロの酒場の冒険者達は、確かにアジト突入の推薦に値する実力者ばかりである。
それでも、推薦の最後の後押しをしたのは、やはりアンジェリカの出した依頼であったのだ。
アンジェリカの切望がなければ、ホックとクールはアンデッドを退けた時点で撤退していただろう。エリーはネクロマンサーによって弄ばれたネックスの仇を討つ為に、別のパーティに参加していただろう。
「私は、お父さんとお母さんの仇を討ちたい」
バラバラになるはずだった四人が今ここにいる。アンジェリカの願いがこの四人を結びつけたのだ。
「お願いします。手を貸してください」
頭を下げるアンジェリカに、仲間達はそれぞれのやり方で頷いた。
アンデッド達は既に目と鼻の先にまで迫っている。剣を構えた骸骨剣士の部隊だ。
「一匹たりとも後ろに通すな!コール・タールは我々で守り抜くのだ!」
開戦の号令と同時に冒険者達が前線へと駆け出した。
アンデッド達は冒険者の一団を避けようと散開するが、それがかえって一対一の状況を作りやすくしたのだった。
人数が足りているので、神官達は万が一に備えて後方で待機する。
「おらあああッ!!」
まずは果敢に躍り出たホック。
ホックはその圧倒的な体格差と大きな戦斧で、骨の魔物スケルトンの頭を叩き割る。それでも歩みを止めないスケルトンに臆する事無く、返す刀で上半身を丸々粉砕した。
これには周囲からどよめきが起こる。巨人族は戦闘に出る事が滅多に無い為、その活躍を目にする機会も稀であった。
彼らの暴力が他の種族に向けられたとしたら――頼りになるが恐ろしい存在でもあった。
そんな畏れと尊敬の目に気付いているのか、いないのか、ホックは周囲に苦戦する者が居ないか、気を配らせているようだった。
逆にクールは、ホックのような圧倒的な腕力を持ち合わせていない上に、ドワーフ特有の体格の小ささによって、不利な戦いを強いられていた。
痛みは歩みを止めるが、アンデッドにはそれが無い為に生半可な攻撃では有効打にはならない。
故にクールは腱を目を付ける。身体の部位と部位を繋ぐ腱を切り、バランスを崩し自壊させる事を狙った。
容赦なく振り下ろされる剣を、クールは盾で防ぎ全身で踏ん張って耐える。
「ぐっ、重い一撃だ……だがッ!!」
クールは剣を受け止めた盾を斜めに傾け、剣を滑らせると受け流された力は地上へ激突する。
倒れ落ちたスケルトンの腱に繰り出される剣の一閃。
壊れたアンデッドは死ぬのか。痛みはあるのか。意識はあるのか。生者の立場では知る由も無い。奴らは黙して語らないからだ。
だが少なくとも、動きを封じられたアンデッドは二度と町へ歩みを進める事は無いだろう。
アンジェリカはホックのような戦闘力も、クールのような戦闘経験も持ち合わせてはいない。それらを補う為に、アンジェリカは二人が持たない"道具"を持っている。
「みんな、頼んだよ!」
アンジェリカの声に応じ、人形達が銃を構え飛び出していく。
一斉に放たれる銃弾は、迫り来るスケルトンへ的確に撃ち込まれていったが、痛みを感じないアンデッドに、点の攻撃は致命傷になり得ない。
「第二陣!剣を抜け!!」
重ねた号令に反応し、十体のうちの五体が剣を抜きスケルトンへと飛び掛った。
敵の身体を支える骨に一閃、二閃、三閃、四閃。無数の銀の閃きが不死の魔物に襲い掛かる。
小柄な身体に見合った小さな剣でも、銃弾を撃ち込まれ脆くなった骨には十分だ。致命傷を与えられたスケルトンは自重に負けて崩れ……落ちない。
次の瞬間、スケルトンの剣が白く光った。振り下ろされた凶刃は人形の一体を的確に捉え、一撃をまともに受けた人形は成す術無く地面へと叩き付けられてしまう。
嫌な音がした。
地面というこの世界で最も大きな、最も重く硬い鈍器を全身に受けた人形は無残な姿でちらばり、ピクリとも動かない。
剣を持った四体の人形も。銃に弾を込めていた五体の人形も。ただ一点を凝視している。
動かなくなった、たった一体の人形を。主人の手によって作られた兄弟を。
「しっかりなさい!まだ戦いは終わっていないわ!」
アンジェリカが喝を入れる。その声にはっとなった人形達は、スケルトンに向き直り、更なる銃弾と剣撃を浴びせた。
一撃。更に一撃。やがて、スケルトンが崩れ動かなくなってもアンジェリカの制止が入るまで、人形達は攻撃の手を緩めなかった。
人形達の悲鳴と慟哭は周りの者には決して届かない。
ただ一人、アンジェリカだけが聞き届ける事が出来た。
戦いは概ね一方的なものであった。
一体のアンデッドに対して一人、もしくは二人以上で応対する事を厳守していた為か、幸い大きな怪我をした者が出る事も無く、少々の切り傷、打撲傷も後方に控えていた神官達によって治療された。
一息をついた冒険者達が互いの労と功をねぎらいあう。
日の出と共に出発した冒険者の一団だったが、戦いを終えた頃には既に夕刻を回ろうとしていた。
「おう、お疲れさん」
壊れた人形の、砂の混じった部品を袋に詰めて野営地へと戻ったアンジェリカをホックとクール、エリーの三人が迎えた。
エリーの手招きに応じて、テントの前の焚き火の近くに座るアンジェリカ。
「大丈夫だった?アンジェリカさん。怪我はない?」
「ええ、私は大丈夫よ」
アンジェリカは手をひらひらさせて、無事である事をアピールする。
先ほどの袋を開くと、バラバラになった人形が痛々しい姿を見せていた。無事な部品、ダメになった部品が入り混じっている。
いくつか取り替えなくてはならないが、直らない訳でもないようだ。アンジェリカはほっと胸を撫で下ろした。
替えが利くからこその道具使いだが、長年愛用していた道具が壊れる様は何度見ても心臓に良くなかった。
とはいえ、明日は敵の本拠地に乗り込む事になる。それまでは残り九体の人形でやりくりするしかない。
「なんだ、それ。壊れたのか?」
焚き火の奥に座っていたホックが声を掛けてきた。
「うん、最期まで勇敢に戦ってくれたわ」
「そうか」
そう言ったかと思うと、腕を組み空を見上げた。
「あんまり、気を落とすなよ」
「うん」
相変わらず、ホックの表情はフルフェイスに遮られ見えない。が、彼が気遣ってくれていることはアンジェリカにもすぐに理解できた。
日が沈もうとしている。一日が終わり、新たな日が始まる。広がろうとする夕闇を、焚き火の赤が負けじと染め上げようとしていた。