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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
八章【小さな天使と氷の仙草】
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08-06 降り積もる雪と氷の女神フリージア

 


 三度目の腰を下ろしての休憩中。

 焚き火を五人が囲んで座る。アンジェリカとマリアンヌがちょこんと並んで座り、マリアンヌの右隣にドワーフの護衛戦士クールが、アンジェリカの左隣に神官ブルームが座った。

 神官ブルームの隣には騎士テイルと、マリアンヌが従えたアイスゴーレムが座る。しかし。

「なぁ、マリアンヌ様?」

 騎士テイルは新たな仲間であるアイスゴーレムを一瞥し、マリアンヌに苦情を申し立てた。

「何かしら?騎士テイル」

「なーんで、こいつが付いてきてるのかな?僕が倒した筈なのに」

「私が修復して、従えたのですわ。もう襲ってきたりはしないので安心しなさい」

 そんなテイルの抗議にもマリアンヌはどこ吹く風で、茶筒に入った紅茶を大事に飲んでいる。


「なるほど、それは分かったよ。分かったけどさあ。なんで僕にべったりなんだよぅ」

 心なしかアイスゴーレムはテイルによく懐いているように見えた。

 テイルを膝に座らせ、太い氷の腕で抱き締める行為は彼(彼女?)なりの親愛の行動なのだろう。

 だがテイルとしてはたまったものではない。なんとか抜け出そうと身を捩るが、

 ゴーレムの腕は固く閉じられ人間の力では容易に振りほどけなかった。

「さあ?こればっかりはその子に聞いてみませんと」

 必死にもがくテイルに、我関せずのマリアンヌ。

 二人のやり取りがなんだかおかしくて、アンジェリカはくすりと笑ってしまう。

「あーっ、笑ったな!酷いやアンさん」

「ごめんごめん、私が聞いてみるわ」

 抗議止まぬテイルを落ち着かせ、アイスゴーレムに向き直る。

 それは少しばかり首を傾げたが、彼女のしようとする事をすぐに理解してこんこんと語り始めた。


 アイスゴーレムはアンジェリカとマリアンヌにだけわかる言葉で、自身の気持ちを伝える。

 アンジェリカは彼(彼女?)の声に聞き入りながら、時に目を丸くして驚き、時に目を細めて微笑む。

「この子、テイルさんが気に入ったみたい。自分を倒した貴方に憧れてるんですって」

「ぶふっ!」

 ブルームが噴き出した。

 じろりとテイルはブルームを睨むが、ブルームはすっと視線を外した。

「こいつは傑作だ!モテモテだな、テイル?」

「よくないよ!ブルーム、君も笑ってないで助けてくれ」

「ふふふ……いや、悪い悪い」

 腹を抱えて笑うクールにテイルは不満そうにあぐらをかき、頬杖を突く。

 そんなテイルを宥めるように、ブルームは獣肉の串焼きを差し出した。


 アイスゴーレムの話を熱心に聞き入ると色々な事が分かった。

 この神殿には多くの宝が眠っている事。それを求めて今までに多くの者がこの神殿に入り込んだ事。

 その度に彼が追い払っていた事。その宝の中には、確かに氷の仙草があるという事。

 そして、仙草は神殿の最奥にあるという事……。

 アイスゴーレムは、一行ならば。特に、自分を仕留めたテイルこそ仙草を持つに相応しいと締め括った。

「何しろ、ここから先に何があるか分からないし、これからよろしく頼むよ」

「なんで仲良くなってるんだよぅ……」

 ブルームが手を差し出すと、アイスゴーレムは頷き彼女の白い手を握りつぶさないように優しく包む。

 釈然としないテイルだが、心強い仲間が増えたことには変わり無い。

 一行はこの巨大な氷像を迎え入れ、共に手を取り合い戦おうと誓い合った。


 神殿の探索は終盤へと近づいていた。

 クールの見立てによれば、外から見た神殿の外観から察するにもうすぐ神殿の最奥が近いようだ。

「お前ら、心の準備はいいか?この奥には何があるか分からんからな」

 氷の神殿は、扉でさえ氷で作られている。

 透明度の殆ど無い氷の扉からはその奥から一際強い冷気が吹き込んでくる。

 その冷気は微量ながら魔法力を含まれており、何か大きな存在がそこに居る予感をさせていた。

「怖いなら下がって居なさい。私が出ます」

「おーけー、扉を開けるよ」

 テイルは扉に手を掛け、力を込める。

 重々しい大きな扉とは裏腹に、扉は軽く少し押してやるだけで音を立てる事も無く開いていった。


「何も……無い?」

 開かれた扉の奥、かつて庭園であったであろう大広間はがらんどうだった。

 一面の土の地面が広がるばかりのそこは、生命の息吹は感じられない。

「ここが最奥なのよね?氷の仙草はどこにあるのかしら」

「ここは特に冷えますわ。早々に用事を済ませ、撤収しましょう」

 そう言って自身を抱き、身を震わせるマリアンヌ。

 一行は周囲を見渡すが何も無い。

 微かに冷たい魔法力だけが不気味に薄っすらと感じられるばかりであった。


「あったー?」

「ダメだな、それらしい草一つ見つからない」

 一行は目を凝らして地面とにらめっこをするが、成果は上がらなかった。

 じゃりじゃりと土の中の霜を踏む度に、気力が消沈していく。

 このような不毛の地で、どれだけの植物が生きていられようか。一旦探索作業を切り上げ、集合する。

「ここまで来て……。ごめんね、みんな」

 がっかりと肩を落とした謝罪するアンジェリカ。彼女に寄り添う道具達も心なしか元気が無い。

 だがテイルとブルームの二人は気にするなと微笑んだ。

 過酷な道のりも、その挙句の空振りも、二人にとっては織り込み済みなのだろう。

「僕達は君に付き合って来ただけだからね」

「諦めるのは早いだろう。まだ、探索できていない場所もある」

「俺はお嬢の付き添いだ。これも仕事のうちだぜ」

「私はスノーベルを追ってここに来ただけです。アンジェリカには関係ありませんわ」

 それはクールとマリアンヌも同じであった。

 アンジェリカも含め、彼らは自分の都合でここに訪れている。

 成果が無いからといってアンジェリカを責め立てる者はここには居ないだろう。



「それに……件の仙草の事なら、そこに居る者に尋ねればよいのではなくて?」

 マリアンヌはちらりと後方を見やる。

 土の地面だけが広がるそこに、小さな雪の一粒が舞い散る。

 そしてそれは光り輝き、小さな妖精となった。雪の光精スノーベルだ。

「いらっしゃい、いらっしゃい。天使様。いらっしゃい、天使の騎士様たち」

「す、スノーベル!」

 驚き声を上げるアンジェリカに、スノーベルがけらけらと笑う。

 舞い散る雪の結晶が次々とスノーベルとなり、彼らは左右に分かれて広がっていく。

 まるで誰かの為に道を作っているかのようだ。

「待ってるよ、待ってるよ。フリージア様が。僕達のお母さんが」

「待ってたよ、待ってたよ。天使様たちを」

 待っていた。女神が、フリージアが。

 彼らの語る言葉の意味を頭の中で考える間も無く、屋内であるはずの中庭に一陣の風が起こった。

「きゃっ……!?」

 冷たい風に煽られよろけるアンジェリカ、ブルームに支えられながらなんとか踏ん張る。

 ふと見上げると雪も風も止んでいた。中庭に感じられていた微かな魔法力が部屋の中央に集まっていた。

「お疲れ様、スノーベル」

 部屋の中に透き通るような声が響いた。

 集まった魔法力は無色透明から色が付き、捏ねられた粘土のように

 次々と形を変えながら、地面へとふわりふわりと降りてくる。

 それの一挙一動を見逃すまいと、それを凝視する一行。だが見続ける事が出来たのは一瞬だった。

 魔力の塊から放たれるあまりにも眩い閃光に、思わず目を瞑ってしまう。


「ま、眩しい……ッ!!」

 目を閉じても光は瞼の奥の眼球へと容赦無く突き刺さり、痛みに思わず目を腕で覆うアンジェリカ。

 視界の一切無い世界の中、先程の声がか細くも鋭敏に彼女の耳に届いた。




 ――最初に、大地がただそこにあった。

 大神は大地を光で照らし、世界が姿を見せた。

 光に照らされた世界に、大神は火山を作り獣が生まれた。

 やがて力は熱と冷気の二つに分かれる。冷やされた世界に水が現れ、魚を生み出した。

 熱と冷気は風を生み、鳥を作り出す。世界に生命が溢れた。


 最後に大神は人々を作り、世界に愛が注がれた――




 言葉が止むと、光もまた収まっていく。

 目の痛みが治まり、真っ白な視界が色を取り戻す。

 視界の戻ったアンジェリカは、目の前の人影に気が付いた。

 眩い金色のショートヘアと、一見して麻で作られた簡素な服。透き通るような白い肌。

 少し吊り上がった幼さを感じさせる青い瞳に、整った顔立ちを持つ少し浮世離れした少女。

 降り積もる雪と氷の女神フリージアが、一行の目の前に降り立った。

 しかし目の前にいるのは人間でも魔物でもなく、妖精でもない存在。純粋な力であった。

 たとえそれが人の形を取ったとしても、それは決して人間ではない。


「あ、貴方が……女神様?」

 アンジェリカは恐る恐る問い掛ける。

 目の前の少女は彼女に向かいにっこりと微笑んだ。

「初めまして。私は降り積もる雪と氷の女神フリージア。この地を治める神の一柱です」

 フリージアと名乗った少女は、愛想よく笑い恭しくお辞儀をした。

「お初にお目に掛かります、フリージア様」

「私はアンジェラ教の大教会法王の娘マリアンヌ。『天使の子供達エンジェルチルドレン』の一人です」


「わ、わわわ、私はアンジェリカです。ど、どうぞお見知り置きを……?」

「そんなに畏まらないでください。私と貴方達の立場は同じなんですから」

 マリアンヌと、彼女に促され挨拶を返すアンジェリカ。

 畏まる二人の少女に、氷の女神はくすくすと笑う。




「すごいな、あれが女神様って奴か……」

「少し若いが別嬪さんだ。将来美人になるぜ」

 二人と一柱のやり取りを、テイルとブルーム、クールは遠目に見つめていた。

 女神の人間離れした、美しさいう言葉でさえ形容し難い『何か』に目を奪われる男性陣だが、

 ブルームだけは女神の姿に言葉を失っていた。彼女の様子がおかしいことに気づき、テイルが声を掛ける。

「どうしたんだい?ブルーム」

 だがブルームはただ慄くばかりで言葉を返さない。

「どうしたんだよ、君がそんなに取り乱すとは珍しいぞ」

 テイルがブルームの肩を掴み揺さぶると、ようやく震える声で言葉を絞り出すばかりだった。

「アーシャ……!まさか、こんなところで再会するなんて……!!」




「私達と同じ……それは、どういう意味ですかしら?」

「そ、それより、フリージア様!氷の仙草を知りませんか?」

 マリアンヌは女神の言葉の意味を問おうとするが、そこをアンジェリカが割り込んだ。

 アンジェリカの本来の目的、氷の仙草。彼女の友人にしてメイドである少女を助ける万能薬だ。

「それがあればミツバを……親友を、助けられるかもしれなくて!」

「氷の仙草……ええ、もちろん知っています」

 女神が右手を掲げると、指先に青い光が集まってきた。

 青い光の正体はこの付近に漂う冷気であった。冷気が女神の指先に圧縮され、魔法力の結晶となった。


「仙草は、正確には草の類ではないんです。とても寒い吹雪の日に、雪と氷の魔法力が凝縮されて生まれた結晶なんです。」

 フリージアはそう呟くと、視線を上に空を仰いだ。

「だから今日みたいな吹雪の日なら、きっと……ほら、聞こえてくるでしょう?」

「え?……本当だ、聞こえる!」

 耳をすますと、氷の結晶がパキパキと音を立てている事が聞こえた。

 結晶は薄い氷の膜となり、膜の一枚一枚が花弁となり、茎となり、葉となった。

 女神の手から生まれたそれは、女神の手から離れ宙を舞う。

「手をかざしてください。そして、それを決して手放さないで」

 氷の仙草がひらひらと舞い降り、アンジェリカが両手をかざすと一つの草花がすっぽりと収まる。

「わわっ!?こ、これが氷の仙草……」

「やったね、アンさん」

 探し求めた万能の秘薬『氷の仙草』が今、アンジェリカの手の内に。

「ありがとうございます、フリージア様!」

「喜んで貰えて、よかったです」

 アンジェリカはそれを落とさないように受け取ると、腰に提げたポシェットに大事にしまい込んだ。


「よし、用事は済んだな?早い所帰ろうぜ」

 女神の降臨からの一連の流れを見守り、口を出さずに居たクールが言葉挟んだ。

 クールはちらりと、マリアンヌを見やる。

 長い間冷気に晒されて居た為か、マリアンヌの身体を微かに震わせていた。

「ここは生き物がゆっくりしてていい場所じゃない。そうだろう?」

「私は平気よ、クール」

 そう告げるマリアンヌの唇は震えていた。

 よく見ると血色も悪く、小さな身体でかなり無理をしていたことが分かる。

「マリアンヌちゃん!……ごめんなさい、気が付かなくて」

「それじゃあ、フリージア様。私達はそろそろ帰りますね。本当にありがとうございました」

 マリアンヌの大事を取り、一行はフリージアにお礼を告げて帰り支度を始める。しかし。


「ちょっとだけ、待ってくれないかい?」

 それを遮る声が、中庭に響いた。




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