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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
八章【小さな天使と氷の仙草】
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08-02 雪の光精スノーベル

 


 雪の中の行軍を終え、道中で亡骸の埋葬を済ませた一行は氷雪の町フリージアに辿り着いた。、

 石造りの建物にぼんやりと光る街灯のランプは、薄暗い空の下でも街を暖かく照らしてくれる。

「ここが……フリージアの町。幻想的で綺麗なところね」

 厚い雲に空が覆われ、まだ夕刻少し前のこの町はまるで夜の世界のようだった。

 街灯の光を雪が反射し、キラキラとした白銀の絨毯。

 アンジェリカはその光景にうっとりとし、くるくると回りながら白い絨毯に足跡を残していく。

 まだ赤みの残る髪をサラサラと靡かせながら、赤い天使は雪を舞う。

 朝の雪かきを終え、町の人々は誰もいない。精々、木こりの薪を割る音が響く程度だ。


「うう、そろそろ寒さが限界だよ。どこか暖かい場所に行こう」

「こっちだ。酒場に案内するからついてきてくれ」

 ブルームはぶるぶると身体を震わせ寒さを訴えるテイルに苦笑し、彼の手を取り歩き出した。

「ほっ……あったかい」

 一行は町で一番大きな酒場に到着し、ほっと一息をつく。酒場の中はまだ夕刻だというのに

 大人も、子供も男も女も、酒場の中で料理を食べ酒を呑んでいた。



 マリアンヌは受付のカウンターへと歩んでいき、中年の女性に声を掛ける。

「ごきげんよう、女将さん。アンジェラ大教会の予約があったはずだけれど」

「おお、マリアンヌちゃん。久しぶりだねえ」

 マリアンヌの姿を見かけた酒場の女将は、宿の台帳を確認する事もなく一行を迎え入れた。

 にこにこと迎え入れる女将にマリアンヌは呆れて顔を顰める。

「ちゃんをつけて呼ぶのはやめてくださいませ。それより、お部屋の準備は出来ていまして?」

「ああ、もちろん空けておいたよ。夕飯はお部屋で済ますかい?」

「ええ、騒がしいのは好きではありませんの」

 それがいつものことであるかのように、マリアンヌは承諾した。

 マリアンヌは毎年行われる巡礼の際、宿泊室で静かに一人食事を摂り、他の騎士達にはある程度己を律するように伝えつつ自由にさせていた。

 騎士達は特に揉めごとを起こす事は無く、それで恙無くこの地の巡礼は成功を収めていたのだ。


 しかし、今年は例年とは違った。教会の者とは違う人物が二人も同行いる。

「俺達は酒場で呑み倒すぜ。なあ、テイル?」

「私も酒場がいいな。コール・タールで冒険者をしてた時を思い出すもの」

 ドワーフの護衛戦士クールと新参者の天使アンジェリカだ。

 マリアンヌにとっては部外者であるこの二人がマリアンヌにとっての「いつも」を壊す事はマリアンヌには容易に想像できた。

「分かってるじゃんか、クールのおっさん。僕達は一階の酒場に繰り出すよ。アンさん達はどうする?」

「じゃあ、私も付き合おうか」

 しかも、かの二人に引っ張られるように騎士テイルと神官ブルームも彼らに同調している。

「マリアンヌちゃんは、一人でいいのかい?」

「構いませんわ。……と、言いたい所ですが……」

 女将の言葉にマリアンヌは一行を一瞥する。

「教会の者が酒場に繰り出すのなら、見張ってないといけませんわね」

 マリアンヌは頭を抱える他に無かった。



「かんぱーい!」

 乾杯の音頭を取り、一行は思い思いのドリンクを口付ける。

 男達はアルコールのキツいリキュールをぐいっと一呑みし、ブルームは異界フソウから流れてきた希少な梅酒を嗜む。

 アンジェリカとマリアンヌはホットココアを火傷をしないようにちびちびと飲んでいた。

「この国じゃ、子供もお酒を呑むんだね」

 アンジェリカはココアを啜りながら、ちらちらと周囲を見渡す。

「酒を呑んで身体を温めるんだ。ここではそれが当たり前さ」

「私達はアンジェラ教の代表なのですから、未成年は呑んではいけませんわ。いいですわねアンジェリカ?」

 国や宗教によって成人の年齢は前後するが、アンジェラ教会を国教としている国家は概ね二十歳前後となる。

 アンジェリカの住む村では十六で成人となるが、実際の飲酒はミツバや両親によって控えるようにと言われていた。

 ちょうど、今のマリアンヌのように。

「わかってまーす。むむむ、うらめしい」

「の、呑みにくいなあ」

 アンジェリカはテイルを恨めしげに睨む。


「まぁいいや。おじさん、このげんこつハンバーグを持ってきてくださいな」

「あいよっ!お嬢さんにはちょっと大きいが構わないかい?」

 酒を呑めないなら料理で楽しめばいいとばかりに気を取り直してハンバーグを注文すると、

 親切にも量について忠告され頭をうんうんと唸らせるアンジェリカ。

 思いついたようにポンと手を打ち、ブルームにそっと耳打ちをした。

「ブルームさん、半分こしましょ。ブルームさんのおかずも半分欲しいな」

「いいね、それでいこう。マスター、スパゲティの大皿と……取り皿をもう二つほど追加で頼むよ」

 酒場のマスターは手早く注文をメモしていく。

 他にも大皿の料理をいくつか注文し、ブルームと二人で一つの盛り合わせを楽しむのだ。


「はいよ、お待たせ」

「わぁっ、本当に大きい!」

 どっさりと大きなハンバーグが音を立てる、同時にいくつかの料理が運び込まれアンジェリカはごくりと生唾を飲み込む。

「それじゃ、約束通り半分こだ。今から取り分けるよ」

「はぁい」

 ハンバーグを半分に切り分け、フライドポテト、フィッシュナゲット、ボウルサラダにオニオンスープ。

 ブルームが手際よく取り分けていくと、アンジェリカの目の前にちょっとしたご馳走が盛り付けられていった。


 ハンバーグを一口齧ると、じんわりと口の中に肉の旨味が広がっていく。

 デミグラスソースと肉汁が絡み合い、濃厚な脂の味わいが舌を楽しませる。

 フライドポテトを口に運ぶ。歯を立てればカリッと音を立て、熱々のじゃがいもが顔を出す。

 火傷しないようにはふはふと空気を取り込むと、揚げたてのフライの香りがアンジェリカの鼻と、口と、喉を突き抜けた。

 シャリ、シャリ、シャリ、と咀嚼する。塩味の利いたポテトを口に運び呑み下すまでの一サイクル。

「うーんっ、おいしい!」

 それを繰り返す度に、アンジェリカは声を上げた。


「お前さんも加わりたいんじゃないかい。なぁお嬢?」

「慎みなさい、護衛戦士クール……慣れ合うつもりは無いと何度も申し上げた筈です」

 アンジェリカとブルームの食事風景を見つめるマリアンヌをからかうようにクールは笑う。

 マリアンヌは不機嫌を露わにし、腕を組んでそっぽを向く。

「やってみりゃいいじゃないか。おっちゃん、げんこつハンバーグ二つくれ!」

「つまらない事をなさらないで。少し、風に当たってきますわ」


「おいおい、お嬢。飯はどうするんだ?」

「要りません。そちらで食べなさってはどうですか?」

 クールはハンバーグの追加注文を取るが、

 マリアンヌは立ち上がり、厚着をし直し外へと出て行った。

「マリアンヌ様は勿体無いな。きっと月みたいに柔らかな笑顔を見せてくれるだろうに」

 あくまでも頑なな態度を崩さないマリアンヌを見送りながら、テイルとクールはため息をついた。


 食事を終えたアンジェリカは、マリアンヌの姿が無い事に気が付いた。

「ご馳走様でした。あれ、マリアンヌちゃんは?」

「風に当たると外に出て行ったよ」

 クールとテイルに尋ねるアンジェリカ。

 酔いどれとなった二人は呂律がやや回らないといった様子で、虚ろな目のまま受け答えする。

「まあ!小さい子一人で外に出すなんて、風邪を引いたらどうするの?」

「賢い娘だし、そう遠くには行くまい」

 擬音にして表現するならぷんすかと、二人の態度に、頬を膨らませてアンジェリカは憤った。

 マリアンヌが年齢にしてはしっかりしていることなど分かっているのだ。

 それでも、自分より小さな身体などすぐに冷え切ってしまうだろう。

「ちょっと見てくるわ。クールさん達は反省してね?」

 同じく厚着をして扉に手を掛けるアンジェリカ。振り向いてべーっと舌を出した。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 白い雪の降る、フリージアの町の街路をマリアンヌは一人歩く。

「まったく、隙を見れば馴れ合おうとしてくるんだから」

 薄明りの中ぼやくマリアンヌ。

 マリアンヌは天使となる為に生まれてきた。救世の天使の子として、その存在を大教会以外に秘匿されていた。

 他所の国では彼女は「神官達のリーダー」として通っていた。十二歳の若年でありながら騎士と神官の両方を纏め上げる天才。

 氷狼のぬいぐるみも魔法の力を持った特別な狼の域を出る事はなく、彼女達の戦いは歴史に記されない。

 いくら魔物を倒しても、神官達の活躍として処理されるのだ。


「私の仕事は、人々の笑顔を守ること」

 マリアンヌは一人呟く。彼女は現状に満足していた。

 天使として生まれた彼女は、天使としての振る舞い方しか知らない。

 天使とは戦士だ。悪しき者から人々を守る戦士だ。

 魔物を倒し人々の笑顔を見る事が彼女の喜びであった。それだけが、彼女の聖域だった。

 故に彼女は、その聖域を侵す者を許せなかった。


「道具使いアンジェリカ……もう一人の、『天使の子供達(エンジェルチルドレン)』。」

 彼女の目の前に現れた、もう一人の天使の名を呟く。

 戦士としての実力はそこそこ。否。彼女と肩を並べる程にはあるその娘は、しかし自身を『人間である』と思っている。

 マリアンヌは決してアンジェリカそのものの事は嫌ってはいない。むしろ好人物であるとさえ思っていた。

 いつも機嫌が良さそうに笑っている彼女は、自分が働きかければいつでもそれを引き出せる笑顔銀行のようなものだ。

 そして同時に、自分の態度がそれに陰りを生んでいる事にも気付いていた。

 聖域に踏み込んでくる彼女に対し、刺々しい態度を取る自分に嫌気が差していた。

「私は彼女とは違う。一人で戦う事で、一番力を発揮できる『天使の子供達』なのだから」

 マリアンヌはアンジェリカに「一般人」で居て欲しかった。自分に守られるべき存在であって欲しかったのだ。

 それが、マリアンヌの。天使の存在理由だった。


 街灯の光を全身で浴びる。ぼんやりとした光が、冷たくなった身体を温めてくれる気がして。

 気づけば、彼女の唯一の味方である氷狼のぬいぐるみフェンリルが寄り添っていた。

 背中のたてがみを撫でると、気持ちよさそうに目を細めて喉を鳴らす。

 しんしんと降り積もる雪は、彼女の心に積もる何かを覆い隠してくれた。



 チリン。小さな鈴の音一つ。

『そこのお嬢ちゃん、そこのお嬢ちゃん。こんなところでどうしたの?』

「えっ?」

 マリアンヌは辺りを見渡す。

 日が暮れたフリージアの町は、街灯の明かりだけが視界の頼りだ。

 チリン、チリン。小さな鈴がもう二つ。

『外は寒いよ、おうちにお帰り。それとも、私と遊んでくれるの?』

「貴方は……何者なの?姿を現しなさい」

 鈴の鳴るような子供の澄んだ声の主を、マリアンヌは探す。

 すると街灯に照らされた白い雪の一つ一つが小さな光となって、やがて小さな姿を映し出した。

 それは妖精だった。人間の子供程の小さな妖精は驚くマリアンヌの顔を見て悪戯っぽく笑う。

『あたいは光精。雪の光精スノーベル。この町でずっと生きている』

『あたいと一緒に遊びましょう。雪合戦して遊びましょう。小さな天使さん』

 小さな妖精の一人が、マリアンヌににっこりと微笑み手を差し伸べた。


 くるくる、くるくる。雪の中を踊る。

 妖精達の奏でる輪舞曲にマリアンヌは振り回されるばかり。

 たくさんの妖精が、マリアンヌの手を繋ぎたがる。小さな妖精達が作る大きな輪。

 くるくる、くるくるくる。街灯の光の下、妖精とマリアンヌが踊る。

 雪の中で躓きそうなマリアンヌを、妖精達が助け起こす。

 くるくる、くるくるくるくる。バツが悪そうに口を窄めるマリアンヌ。

 負けじと回る。加速していく。少しずつ、早く、早く。

 くるくる、くるくるくるくるくる。ぱっと手を放す。

 白い絨毯に投げ出されるマリアンヌと妖精達。彼女達の身体に、白い雪が降り積もる。

 からからからと笑う妖精達。空を見上げても、星々は見えない。街灯だけが頼りの、真っ暗な世界。

 雪の上で寝転がる。着込んでいるので寒くはないが、周りに何も見えないと、まるで世界に自分しか居ないようで。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 アンジェリカはマリアンヌを探して、大声で呼びかけていた。

 雪がしんしんと降るだけの静かな町。けれど、その雪の静かさに、アンジェリカの声も覆い隠されてしまう。

「おおい、マリアンヌちゃん!……わわっ、大丈夫?」

 マリアンヌは町の真ん中で、仰向けになって倒れていた。

 慌てて駆け寄り、上半身を助け起こしてやる。彼女の顔は少し赤い。熱っぽいようにも見える。

「ねえ、マリアンヌちゃん。この子達は一体だあれ?」

『あたいは雪の光精スノーベル。貴方もあたいが見えるのね』

 くるくると回り、おどけて見せるスノーベル。人懐っこい笑顔を見せると、マリアンヌに寄り添った。


 妖精達は小さな子供の姿から、雪のように小さくかすかな姿に変わっていく。

『ありがとう、小さな天使さん。あたいたちも楽しかった』

 いくつもの数に分かれて、小さな雪たちは口々にお礼を告げる。

『二人にいい事教えてあげる。氷の神殿、ここから北に。氷の神殿、待っている。氷の女神が、待っている』

「え?」

『氷の女神、フリージア。今か今かと、待っている。二人が来るのを、待っている』

 そう言って、アンジェリカの問い返しに答える事も無く。

 雪の光精スノーベルは、手に触れた雪のように、溶けて消えてしまう。

 静寂が戻る空の下。アンジェリカはただ呆然と、それを見送るばかりだった。




「スノーベル……アレは本当に、そう名乗ったんだね」

 ブルームと街路で合流し、雪の道を二人は歩く。

 マリアンヌを背に負うアンジェリカは、まずその軽さに驚いた。

「お、下してくださいませ!恥ずかしいですわ!!……くしゅん」

 背中の後ろから抗議するマリアンヌ。

 アンジェリカはずり落ちそうになった彼女の身体を負い直す事で返事とする。

「ブルームさん、あの子を知っているの?」

「ああ、知ってる。アレに関わって無事で済んで良かったよ」

 問い掛けるアンジェリカ。ブルームの表情は一転、神妙な面持ちになる。



「アレは。あいつらは。人の皮を被った、悪魔のようなものさ」

 そう告げたブルームの顔は、今までにアンジェリカに見せた事の無い沈痛な物だった。


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