01-06 臨時パーティ結成
翌朝、三つの同じ内容の依頼が酒場に舞い込んだ。
一つは、国から。南から襲い来る軍勢の対処と、首謀者の討伐。報酬は四千Eur.
一つは、教会から。南から襲い来るアンデッド達の対処と、首謀者の討伐。報酬は二千Eur.
一つは、アンジェリカから。南から襲い来るアンデッド達の対処と、首謀者ネクロマンサーの討伐。報酬は千Eur.
このうち、アンジェリカの依頼は酒場のマスターからすぐに棄却された。
理由としては公的機関が報酬を出してくれるなら、わざわざ一介の冒険者がポケットマネーを出す必要は無いという事。
また、三つの中で最も具体性の高い依頼を出したアンジェリカが、参考人として城へ出頭し証言をした方が、解決の近道になるだろうというマスターの判断からだった。
ほどなくして、教会からの依頼も取り下げられた。マスターの判断と同じ理由によるものだろう。
コール・タールの城は大通りを抜けた先。商店街、住宅街を抜けた更に奥、一番奥で大きく構えている。
船舶の乗船手形はもっと手前の役所で手続きが取れるので、アンジェリカ達がここまでやってくるのは初めてだった。
「近くで見ると、ホントに大きいのねぇ」
「アンジェリカ様、あまりきょろきょろなさると失礼ですわ」
周りを見ると、兵士や給仕の者が笑っている。アンジェリカがお城を珍しがるように、向こうも田舎者が珍しいのだろう。
「あ、こっちを見て笑ってるわ。失礼な人達ね!」
「失礼なのはこちらの方ですってば」
ぴしゃりと言い放つミツバ。するとアンジェリカは叱られた子供のように肩を小さく竦めてぺろりと舌を出す。昔から彼女には頭が上がらないのだ。
美しく緑に溢れた中庭を進み、城の入り口で軽く受付を済ませると、この事件の担当者であろう若者が扉を開けて入るように促してきた。
城の中は、豪華な調度品や観葉植物等が並べられており、アンジェリカが絵本で読んだお城のイメージそのものだった。
「忙しなくお掃除するメイドさん」や「仏頂面で立っている兵士」などまるで物語の中にいるようで、アンジェリカの中の女の子ソウルがうずうずしている。
それはミツバも同様なのだが、案内人の若者が歩きながら微笑ましそうに見ているので、恥ずかしそうに肩を小さくして歩くしかなかった。
「さぁ、こちらです」
案内された部屋は取調室。というよりは小さな客間に近い。
質素だが上品な。客人を迎える際に失礼にならない程度の内装で、アンジェリカが冒険者登録をする際に、一度だけ入った酒場の一室によく似ている。
案内人の若者は、二人を椅子に座るように促すと二人の名前、年齢、出身地。この事件について知っている事を丁寧に尋ねた。
アンジェリカ・ラタトスク。ミツバ・ラタトスク。それぞれ十八歳と十五歳。
ラタトスク家はコール・タールの遥か北西の島にある、森に囲まれたけむくじゃらの妖精コボルドの村の出身であり、ミツバの家族はアンジェリカの一族に仕えていた。
ミツバの両親が事故で亡くなった際に、アンジェリカの一族は残されたミツバを家族として受け入れ四人で仲良く平和に暮らしていたが、村に訪れたフードの男……死霊使いデードスが現れた事で一変。
デードスは亡くなった村民達を墓から掘り起こし、ゾンビやスケルトン等のアンデッドに作り変え、アンジェリカの両親を殺害し、生きている他の村民を襲い始め村を大混乱に陥らせた。
アンジェリカの活躍によってアンデッドは退けられたが、二人はデードスを追う為に生まれ育った村を出てこの町にやって来たのだ。
纏めるととても短い言葉で済ませられるが、アンジェリカはそれらをわざわざ感情をたっぷり込めて伝えるものだから話が進まない。
最初は聞き入っていた案内人だったが、三十分程過ぎた辺りで「そろそろ本題に入ってくれませんか?」と言い出す始末であった。
「ふむ……なるほど」
興味深そうに聞いていた案内人は取っていたメモを纏め上げる。
「デードスという死霊使いが、この町を狙うアンデッド達の首謀者であると」
「その通りです。デードスはとても危険な男ですわ」
ついに『お口にチャック』を命じられたアンジェリカの代わりに、ミツバが案内人に答えた。
その後は、デードス当人の特徴について触れていく。
ボサボサの青い髪をフードで隠すように被り、片腕にはアンジェリカが付けた大きな傷。一目見ただけで射抜かれてしまいそうな鋭い目つきを持つ、平均的な成人男性よりも頭二つ分ほど背の高い筋肉質な大男だ。
アンデッド。俗に言う生きている死体とは、供養されないまま放置された遺体が魔の瘴気によって変異したものである。
一見平和に見えるこの炭鉱城塞コール・タールは、かつて無理な開発によって南の平原が腐海に沈み、自然発生したアンデッド達が跋扈していた。
奴らは行動に志向性を持たない為、死角から攻撃すれば危険は少ないが、今回は違う。複数体で行動し、人間を明確に敵と見なして攻撃を加えてくる。
故に、数は少なくても非常に危険な相手であると言えた。
今でこそ汚れた土は取り除かれてはいるものの、供養しきれていない犠牲者の身体は未だ土の下である。
もし、デードスがその遺体を利用して、アンデッドを作っていたとしたら……。
「我々は、かつての過ちに今一度向き合うべきなのかもしれません」
沈痛な面持ちで、案内人はそう呟いた。
「おう、お疲れさん」
酒場に戻ったアンジェリカとミツバをホック、先輩冒険者のクールが迎える。
ケルヴィンはいない。もう船に乗った頃だろうか。
「証言してきたよ。二日後までに人を集めて掃討作戦に入るみたい」
「おう」
椅子を引き、どっかりと座るアンジェリカ。テーブルのポテトを摘み始める。
アンデッドは死を恐れぬ兵士であり、多少の攻撃で歩みを止める事はまずあり得ない。倒すには身体を全損するか、聖なる力で浄化する必要があった。
一撃で薙ぎ払えるホックのような巨体の持ち主で無い限り、一体につき一人。安全を期すなら一体につき二人以上が当たる事が望ましい。
国からの依頼は、アンジェリカと、教会から一人。そして冒険者の宿から数人が選出され受ける事になる。……猛り狂うアンデッド達を鎮めるには、聖なる加護を受けた神官の力が必要であるからだ。
アンデッドは人類にとって最もタチの悪い敵の一つであると言えよう。
「一体だけでも面倒だってのに、指揮してる奴が居るんだって?」
「ふざけているな。我々の神を冒涜する行為だ」
口々にホックとクールは言う。アンジェラ教会の道徳心は、何も一般人だけのものでは無い。
無頼とされている冒険者、果ては盗賊に身をやつした外道でさえも、その心に救世の天使アンジェラの教えを宿していると言われている。
故に、どんな悪党であっても教会を狙う事はまずない。それがこの世界に於ける神と天使への絶大なる信頼であった。
「けれど、それを今壊そうとしている人物が現れたってわけだね」
ギィ、と酒場の扉を開ける音。四人が入り口を見やると、見覚えのあるドワーフの女性が立っていた。
「こんにちは。トゲコロの酒場は、こちらでいいんです?」
トゲコロとはこの店のマスターの名前だ。
ドワーフの女性――シスター・エリーは周囲をきょろきょろと見渡し、知り合いを探しているようだった。
「あれ、エリーさん?どうしてここに――」
「お、おう。エリーの姐さんじゃねえか」
アンジェリカが言い切る前に、ガタリとホックが立ち上がる。
「なんだ、そっちから会いに来てくれるなんて珍しいな?」
普段は堂々と、誰に対しても尊大な態度で臨むホックが、自身の三分の一の体躯しか持たない女性を前にして豹変する。
否、当人としてはいつも通りのつもりなのだろう。しかし所々言葉に詰まり、心なしかそわそわしているように見えた。
アンジェリカは一目で理解した。彼は自分よりも小さな年上の女性に惚れているのだと。
「おっす、ホックさん。貴方も相変わらずだねぇ」
苦笑しながらシスター・エリーは挨拶を返す。
よく見ると、普段の修道服とは違い皮製の鎧とメイスを装備した一人前の冒険者の様相を見せていた。
「そうか、お前さんが協力してくれるのだな。いや、有難い」
クールによると、シスター・エリーは神官戦士として冒険をしていたと言う。
「君達の先輩だよ」とエリーはにっかりと白い歯を見せた。
トゲコロの酒場から選出された冒険者は、アンジェリカ、ホック、クール、エリーの四人。
他の宿からも同じく冒険者が駆り出されることになっており、総勢二十人の大規模な作戦になるそうだ。
「作戦概要はこれに書いてある。それ以上の事は当日、現地で聞いてくれ」
酒場のマスターに配られた洋紙に目を通す。アンデッドに対してはセオリー通り、一人一体を相手にしていくようだ。
だが、本来なら書かれているべきである事が書かれていないことにアンジェリカは気付いた。
「ねぇ、デードスは。こいつらの親玉はどうするの?」
アンデッドを作り出した元凶をどうにかしなくては、いくら雑兵を倒したところで意味が無い。
「そっちの方も心配はいらん。追って国から連絡が入るだろうからな」
手元に残した藁半紙でマスターはアンジェリカの頭をぽんぽんと叩く。子供扱いされた事に腹を立てるアンジェリカ。
そんなアンジェリカを見ながらマスターは思案する。彼女の道具使いとしての実力は、確かに過酷な戦闘に耐えるものだろう。
しかし、元を辿れば非力な女性である事に変わりはない。アンデッドがどういうものか理解していないという訳でもないようだ。
そうでなければ、自ら金を出してまで討伐依頼を出す事に説明がつかないからだ。
世間知らずの娘が、不死の魔物との戦いに駆り立てる何かがあると容易に予想ができる。
「突入隊の推薦くらいはしてやろう。後はお前さん次第だ」
だからこそだろう。マスターは、アンジェリカを止めようとはしない。
自分に娘がいればそれくらいの年頃であろう彼女の無事を、ただ祈るだけであった。