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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
七章【小さな天使と大教会】
58/64

07-07 呪術医イオン

 


 夜の大教会。静けさと暗闇が支配するはずの中庭は、

 槍の発する稲光によってそこだけまるで火を灯した部屋のように赤く照っていた。

「悪しき……悪しき心って、どういうこと?」

 アンジェリカは問い掛ける。だが、その言葉に返す者はここには居ない。

「おのれッ!おのれェッ!!たかが槍如きに!道具如きに殺されてなるものか!!」

 槍に翻弄され、半狂乱になってわめきたてる呪術医イオン。

 槍の攻撃の手は休まる事を知らず、電撃を受け続けたイオンの手から生気が薄れ枯れ木のように朽ちていく。


 やがてイオンは力尽き、膝をつく。身体から焦げた肉の臭いがし始める。

 それでも彼女は決して手を離す事は無かった。

 アンジェリカは直感した。イオンもまた自分と同じく譲れない何かを守っているのだと。

 イオンを死なせてはならない。槍をイオンから引き剥がすべくアンジェリカは駆け出すが、何者かが彼女の前に立ち遮った。

「そこまでです、呪術医イオン。その槍から手を離しなさい」

「法王ォ……ッ!!」

 アンジェリカの前に立った人物、法王レイアはイオンを見下ろし勧告する。

 法王の傍らに寄り添ったマリアンヌも、氷の狼フェンリルに攻撃準備をさせていた。


 法王が現れたことによって、イオンはその瞳にわずかばかりの光を取り戻す。

 睨み合う法王とイオン。忌々しげに見上げるイオンとは対照的に、法王の瞳には動揺と憐憫が混じる。

 法王が現れた事で迷いが生じたのか、イオンは目を瞑り逡巡する。その間にも、槍はイオンの命を削り取っていく。

「手を離しなさいと言っているのです。……このままでは、本当に貴方は命を落とします」

 法王はイオンを見かねて、言葉を重ねる。先ほどとは違い、明確な警告だ。



「ぐ、ぐぐぐ……かァ――――ッ!!」

 執拗な電撃に耐えかね、イオンはついに槍を投げ捨てる。

 カラカラと音を立てて槍は床を滑り転がっていく。

「かッ……はぁッ!はァ……ぐっ!」

 電撃から開放され、イオンはがっくりとうな垂れる。

 全身から血を噴き出し、呼吸さえ苦しいのか、何度もえずいている。

「イオンお婆様ッ!!」

 アンジェリカは再びイオンに駆け寄って行く。このまま治療を受けなければ危険だ。しかし。

「……近寄るでないわッ!!」

「きゃっ!?」

 顔面を蒼白させたまま、イオンは『爆裂魔法ブラスト』を炸裂させる。

 無防備に上位の攻撃魔法を受けたアンジェリカは、爆風を腹部に直撃させて宙に舞う。

 すわ地面に激突という所で後方で見守っていた騎士テイルに受け止められ、事なきを得た。


「……あんた、随分酷い事が出来るんだな」

「ああ。貴方とアンジェリカさんは、まるで本当の祖母と孫のように仲が良かったじゃないか」

 アンジェリカを地面に優しく下ろし、テイルと神官ブルームはイオンを睨み激しく詰った。

 少なくともアンジェリカはイオンによく懐いていたし、イオンの方もそんな彼女ににこやかに対応していたはずだった。

 なのに、どうして。アンジェリカ達の頭に疑問が浮かぶ。

「孫のようにじゃと?ふん、馬鹿馬鹿しい」

 イオンはそんな彼女達の疑問を吐き捨てるように唾棄した。

 ミツバについて相談した事も、二人で笑い合った事も。全ては無意味であると断言した。

「儂の孫は……儂の愛しい孫はどこまでもディーナただ一人じゃよッ!!」

 その言葉が決定的だった。

 俯くアンジェリカを見下げながら、イオンは喉を鳴らして言葉を続ける

「くく……っ!尤も、その娘が風嵐の魔王の下に降るというなら、今までのように接してやらんこともないがなァ……!!」

「私達を裏切るんですの!?」

 イオンの心は、既にサーニャの元へと下っていた。

 激昂し、マリアンヌが叫ぶ。攻撃指令を下そうとする彼女を、法王が制止した。


「裏切る?ククク……カカカ……」

 イオンは嘲るように笑いながら、赤色の粉末をばら撒いていく。

 行動を起こす前に取り押さえようと駆け出すテイル。

「いけない!テイルさん止まって!」

 アンジェリカの声と同時に、テイルは急ブレーキを掛ける。足元から火が一瞬だけ燃え上がり、具足の先端を焼いた。

 イオンが振り撒いたそれは摩擦で強烈に発熱する火薬の一種だった。

「おおっと!それ以上近付かぬ方がええぞ。ここから先は楽しい楽しい爆薬地雷原じゃからなあ」

「一歩でも踏み入れたらドカンッ!じゃ。どうした?近付く勇者殿はここにはおらんか?」

 見回すイオン。前に出る者が居ないと確認すると笑いを噛み殺し、後ずさる。

「槍は手に入らなかったが、多くの死体をこの地で手に入れた。お前達が駒として扱った者達が、お前達に牙を剥くのじゃ」

 イオンはそう言うと空に魔法陣を描き出す。

 二、三言呪文を唱えると身体は影に溶け、地面へと染み込むように消えて行く。

「――面白い事になりそうですなあ。なぁ、レイア殿」

 イオンが姿を消し、中庭に再び静けさが残った。


 呆然と立ち尽くすアンジェリカ、彼女を慰めるように肩に手を置くテイル、

 アンジェリカの治療を再開するブルーム、イオンを探そうとフェンリルに哨戒させるマリアンヌ。

「……貴方は未だ、ディーナの事を引き摺っていたのですね」

 各々がそれぞれの反応を示すのを他所に、法王はイオンの消えた地面を見つめていた。




 翌朝、中庭でイオンと対峙した四人が法王に招集された。

 先頭にアンジェリカ。そのすぐ隣にケイが付き添い、その後ろには騎士のテイルと神官のブルームが傍らで待機していた。

「ふぁ、あ……随分朝早くに呼び出されたなあ」

「法王様が来るぞ。控えるんだ」

 退屈そうにあくびをするテイルを、肘で小突き嗜めるブルーム。

 静かな謁見の間にコツコツと靴音の響く音が聞こえると、テイルは半開きになった口を慌てて閉じようとして舌を噛んだ。

 痛がりながら口元を抑えるテイルに、アンジェリカはくすくすと笑いブルームは呆れながら肩を竦めていた。

「どうやら、集まったようですね」

 法王レイアが姿を現した。その傍らにはマリアンヌも寄り添っている。

「法王様、昨日あったことや呪術医イオンについて教えてくれませんか?」

 アンジェリカが申し出る。法王は頷くと、続きの言葉を促す。

 こうして法王とアンジェリカ達の質疑応答が始まった。


 まず、呪術医イオンとは何者か。イオンは異界フソウからやってきた巫女(シャーマン)のような存在であった。

 若りし頃の法王の前に二人の幼子を連れて現れ、法王と共に今の大教会を築き上げた。

「呪術医イオンは、私の旧知の友人でした。彼女の薬の腕を買い、この大教会へと招き入れたのです」

 イオンは今までに多くの人々を助けたのだという。

 それが、何故。法王の頬に雫が伝う。

「イオンお婆様は……呪術医イオンは以前からああいう人だったんですか?その、死体を盗んで……」

 アンジェリカの問いに法王は目を伏せる。昔を思い返すように沈黙し、彼女を首を振りはっきりと否定した。

「いえ、以前の彼女は本当に人々を想い治療に当たっていました。全てを変えたのは……」

「ディーナの死、でしょうな~。ああいう根に持つタイプは何年も起こった事を忘れないんでさあ」

 おどけるようにケイは言った。この場に居た者達の視線がケイに集まる。


「ディーナって誰?ブルーム、知ってるかい?」

 疑問を口に出したのは騎士のテイルだ。テイルはこっそりとブルームに質問する。

 ブルームは思い当たる名前を頭から捻り出し、一人の人物へと突き当たった。

「……もしや、五年前の騎士団長ディーナ・グラ殿の事か?」

 ディーナ・グラは齢二十歳にして、大教会の騎士団長となった高名な剣士だった。

 スライサーと呼ばれる魔法の刃を飛ばし、魔物だけでなく駆動兵器とも対等に渡り合える実力を持っていた。

 そんな彼女が、戦いの最中に死んだ。傷を受けた訳ではなく、突然苦しみだして。

 原因は分かっていない。

 教会の者達も、もちろんイオンも大いに悲しんだが、その後もイオンは大きく態度を変える事もなく

 これまで通りに人々を薬で助け続けていた。……少なくとも、教会からの視点では。


「あっしは、あれの事はよぉ~く理解しておりやす。あれはきっと、孫娘ディーナの復活を望んでるんやしょう」

 ケイはその頃、イオンの師事から離れたのだという。

 イオンはディーナが死んでから、魂を肉体に呼び寄せる術などの書かれた怪しげな書物ばかりを集め始めたり、

 人間の死体をかき集めて綺麗なパーツを繋ぎ合せたり、決して外部の者に見せる事は無かったが、それはまるで……。

「まるで、ネクロマンサーみたいだね」

 誰かがそう呟いた。




 質疑応答を済ませ、天使と騎士達は解散しそれぞれの自室へと戻っていた。

 アンジェリカ、テイル、ブルームの三名は法王の指定する特別任務へと当たる事となり、今回の件について吹聴する事は控えるようにと釘を刺された。

 事実上の緘口令だが、イオンが離反した事実が知れ渡るまでに多くの時間は必要無いだろう。

「しっかし、大教会のお医者さんが本当に死体を盗んでたなんてなあ」

 部屋から菓子や紅茶をかき集め、テイルとブルームはアンジェリカの部屋へと向かった。

「アンジェリカさんはイオン殿に騙されてたんだ。へこんでいてもおかしくない」

「だからこうやってお菓子を持って、励ましに行くのさ。ちょいとつまみ食いしちゃえ」

 お菓子を一つひょいと口に入れるテイル。たちまち口の中に甘みが広がり、思わず顔を綻ばせる。

 つまみぐいに呆れながら苦笑するブルーム。テイルを嗜めつつ、アンジェリカの部屋をノックした。

「彼女の分はちゃんと残しておくんだよ。アンジェリカさん、遊びに来たよ。入っていいかい?」

 どうぞと声が掛かる。テイルとブルームは頷きあい、部屋の戸を開けた。


「二人ともいらっしゃ~い」

 二人を迎えるアンジェリカは、彼らに背を向けて窓の外を見ていた。

 よく見ると彼女の手から一羽の白い鳩が飛び立って行く所だった。

「やっほー、アンさん。思ったより元気そうだね」

「今のは、鳩かい?アンさんは鳩なんて飼ってたんだ」

 鳩が遠くの空に消えていく事を確認し、アンジェリカは二人に向き直った。


「うん、私の道具の一つ鳩のポッポさんよ。こうやってたまに手紙を飛ばしてるの」

「元気ですか?とか、そっちはどうですか?とか。返事が来た事は無いけどね」

 肩を落とし、少しだけ残念そうに笑う。

「そうなんだ。やっぱり、寂しいかい?」

「寂しいよ。でも二人がいるから全然平気」

 そう言って、アンジェリカは照れ臭そうにはにかみ二人の手を取る。

 手を取られた二人は互いを見合い、くすりと笑って彼女の手に自分の手を重ねた。


 部屋のテーブルに色とりどりのお菓子が広げられる。

 ケーキにタルト、ビスケットにカラフルな金平糖。どれもアンジェリカが好きな物ばかりだった。

「私ね、どうにか自分でミツバを起こす方法を考えてみようと思うの。今までイオンお婆様だけに頼ってたから」

 ビスケットを齧りながら、アンジェリカは呟く。アンジェリカの抱える問題は、同じく大教会が抱える問題でもあった。

 多くの神官を抱える大教会は怪我や魔物による毒には女神の奇跡で問題なく対応できる。

 しかし病や自然の毒に関しては、異界から持ち込んだ薬の力に頼らねばどうにもならないのだ。

 イオンに頼りきっていたのはアンジェリカだけの話ではない。大教会も等しく、呪術医イオンに寄り掛かっていた。

「だから、だからね。今度は私が頑張ろうって思う。もちろん、きっと一人だけじゃ難しいから」

「二人にも、協力して貰えない……かな?」

 おずおずと協力を申し出るアンジェリカ。

 部屋の本棚には、絵本に混ざり医療に関わる本がいくつか納められていた。

 また彼女の机の上にはそういった本が散乱しており、似たような症例が無いか調べている形跡があった。


 二人は顔を見合わせる。

 やがて頷きあい、アンジェリカの方を見て。

「もちろん!ダメな訳が無いって」

 テイルは屈託無く白い歯を見せた。アンジェリカの表情がぱっと明るくなる。

「ミツバちゃんかあ。彼女も笑ったらきっと夜空の星々のように綺麗なんだろうな」

 ミツバの笑顔を夢想するテイル。にまにまとしたその表情は傍から見ればだらしない。

「私も付き合うよ。この男から目を離すと何をするか分からないからね」

 そんなテイルに嘆息しながらも、ブルームも彼と同じ考えであった。

「くすくす。ありがとう、二人とも」

 二人のやり取りに、アンジェリカもまた笑みを零していた。


 一人は無理でも、三人なら。

 三人ならばきっとミツバを起こす事が出来るとアンジェリカは信じた。



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