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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
七章【小さな天使と大教会】
57/64

07-06 大地槍アース・グレイブ

 



 大教会の夕暮れ。騎士テイルと神官ブルームは二人連れ立って廊下を歩く。

 夕日が窓から差し掛かり、肌寒い風が身を震わせ、二人の距離をほんの少しだけ近づける。

「寒いねえ」

「ああ、そうだね」

 二人は歩きながら語り合う。今日の仕事の話や昼休み中にあった出来事、夕飯の話など取り留めのない物ばかりだ。

 特に最近は、この頃出会った年下の友人アンジェリカの話題で持ちきりだ。

 よく笑い、よく食べ、よく眠る。気ままに生きる彼女は、見ていて飽きなかった。

 三人は度々お茶や菓子を持ち寄ったり、遊びに出かけたりしていた。

 時々、彼女の笑顔に陰り見えるのは二人も気付いていた。

 その原因が、彼女の妹に等しい少女ミツバにあるということも。

 二人はアンジェリカに付き添い、ミツバの見舞いに行くことがあった。

 眠っている幼い少女は顔立ちこそ違うが、纏っている雰囲気はアンジェリカに似ている。

 アンジェリカはミツバの頬を撫でたり、手を握ったりして現世との接触を増やしていた。

 彼女達のやり取りを見ているからこそ二人は彼女から目を離せなかった。

 目を離せばミツバを連れてどこかへ消えてしまいそうな気がした。


 ミツバの見舞いに行ったアンジェリカを迎えに病棟を訪れた際、二人は病室から飛び出していくアンジェリカの姿を見かけた。

「おや、あれはアンジェリカさんじゃないか?」

「本当だ。おおい、アンさん!」

 テイルは声を掛けるが、駆け出していくアンジェリカの背中には届かない。

「行っちゃった。聞こえてないのかな?」

「だが、随分と焦っているようだった。何かがあったのだろう」

「気になるな。ちょっと探ってみます?」

 テイルはくいくいと肘でブルームのわき腹を突いた。テイルの指し示した先はミツバの病室があった。

 二人は頷き合い、そっと病室の扉に手を掛ける。しかし。

「それは、ちょっと待ってほしいな」

 背後から声を掛けられる。近付いてくる気配など無かった。

 警戒しながら二人が振り返ると、そこには見覚えのあるピンク色のショートボブの女性がにこやかに手を振り立っていた。

「貴方はあの時、アンジェリカさんの隣に居た……」

「ホタル印の薬売り、ケイでござい~。どうぞお見知りおきを~」

 ケイと名乗った女は白い歯を見せウインクした。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 法王謁見の間。法王レイアとその娘、マリアンヌを目の前にしてアンジェリカは跪く。

「『大地槍(アース・グレイブ)』ですか……」

 この大教会に収められた宝具の名を、法王は呟いた。

「お、お願いします、法王様!ミツバが助かるかもしれないんです!!」

 アンジェリカは立ち上がり、懇願した。ミツバを助ける千載一遇の機会を逃してはならなかった。

 頭を下げるアンジェリカに、それを見下ろす二人の間に長い沈黙が流れる。

「……その槍を使えば、本当に貴方の妹が助かるのですね」

「お母さま!」

 法王の言葉にマリアンヌは大いに戸惑った。

 法王はただじっとアンジェリカを見つめて、そう告げる。

 眉一つ動かさない法王の表情からは、彼女の感情や思考の一切を読み取る事が出来ない。

「分からない、けど……でも、その人はそう教えてくれました」

「ですから、貴方にそれを吹き込んだのは誰かと聞いているのです!」

「そ、それは……!」

 おずおずと言葉を続けるアンジェリカ。マリアンヌの追及に口ごもってしまう。

 それみたことか。そう言いたげにマリアンヌは腕を組み鼻を鳴らした。

 また、三者の間に沈黙が訪れる。法王の出す答えを、アンジェリカは身を固くして待っている。


「いいでしょう。いつか貴方にも会わせると決めていましたから」


「お母さま……よろしいのですか?」

 マリアンヌは法王に問い掛ける。母の前でしか見せない、不安げな表情だ。

「家族を想う気持ちは、私にも理解できます。貴方がもし同じような目に遭ったとしたら、私も同じ事をするという事です。……マリアンヌ」

 法王はそんなマリアンヌの頬を撫でる。優しげに微笑み、けれどその目だけはどこか悲しげで。

 マリアンヌは思わずその手を取り、愛おしそうに母の手を撫でる。

「ついて来なさい。かの槍はこの大教会の四階に安置されています」



 夜を待ち、法王と、アンジェリカと、マリアンヌは大教会の四階へ続く階段を登る。

 誰一人声を発さない。とても静かな廊下。

 窓の外から聞こえる小鳥の声も、巡礼者達の祈りの声もなりを潜め、今は三人の靴音だけが廊下に響いている。

 そして先頭を歩く法王が足を止めた時、三人の目の前にはとても大きく、重々しく、堅牢で。厳重に施錠された扉が立ち塞がった。

 アンジェリカとマリアンヌが扉のかんぬきを外そうとするがびくともしない。

 しかし、法王が手をかざすと閂はまるで乾いた軽い木のように法王の右手に収まった。

 金属が軋むような重苦しい音を辺りに響かせ、宝物庫の扉が開かれていく。

 法王が中に入るのに気付かず、ただ扉を見上げていたアンジェリカは、マリアンヌの左肘に突かれながら急かされるように法王についていく。

 宝物庫の中には、『それ』以外に何も無かった。

 小さな小屋の一つほど建てられそうなスペースの中央に、『それ』だけがぽつんと佇んでいた。

 飾り気の無い、真っ白な矛槍が突き立てられている。


「こ、これが……大地槍?」


 とても神秘的だった。

 まるで眠り続けているかのように、ただ静かに、月の光に照らされながら。

 全てを拒絶する神聖さを保ちながら、愛する誰かに起こされる事を期待しているような矛盾。

 かの槍を一言で表現するなら、それはまるで乙女のようであった。

「貴方の望む大地槍は目の前に。でも、どうかお気をつけなさいませ」

「使い手と認めぬ相手には容赦なく傷つける、意志のある槍。それが伝説の宝具たる所以ですわ」

「……これがあれば、ミツバは……」

 アンジェリカは息を呑み、大地槍に歩み寄る。

 目の前の宝具を前に、気後れしながらも一歩一歩近付いていく。手を伸ばせば届きそうな距離に、近付いたその時。

「いけないっ!!」

 法王が声を上げると同時に、槍から凄まじい閃光が迸った。

「きゃああああっ!?」

「アンジェリカ!!……くぅっ!!」

 閃光は電撃となりアンジェリカを襲い、身体中を流れる電流によってアンジェリカは即座に身体の自由を奪われる。

 マリアンヌはすぐさまアンジェリカに駆け寄り、槍から身体を引き剥がそうとするが槍の力によって弾かれてしまう。


「大地の怒りのエネルギーが逆流したのでしょう。悪い事は言いません、早々に諦め……」

「アンジェリカ、手を離しなさい!!」

 マリアンヌは、アンジェリカを止めようと叫ぶ。しかし。

「ミツバ……これがあれば、ミツバは助か……ぐううっ!?」

「お母さま、アンジェリカを止めてください!このままでは……」

 マリアンヌはアンジェリカを止めるように母に進言するが、母は無言のまま動かない。

 アンジェリカは決して手を離さない。電撃を食らわされても、身体が動かなくても。

 皮膚が焼き傷つき、そこから赤い血を滴らせたとしても。

 槍に触れたその手だけは、決して離すまいとすがり付いている。

「……アンジェリカ」

「伝説の宝具とはいえ、道具に過ぎません。道具使いたる貴方なら、使い方は分かるでしょう?」

「お母さま!何を仰っているのですか!!このままでは彼女が……っ!!」

 死んでしまう。そう言葉を呑み込むマリアンヌ。

 法王はただ一点を見つめる。鋭く目を見据えて、口を固く結び。

 稲光を受けてなお手を離さないアンジェリカを見定めるように。

「大地槍……どうか、私の声に応えて」

 アンジェリカは、槍に語り掛ける。

 たとえ伝説の宝具であっても道具は道具。道具使いにとって道具はしもべであり、相棒であり。

 そして、かけがえの無い友人なのだから。

 道具使いに従えられない道具は無い。自由を制限されながらも、自身の身体を槍の方へと引き寄せ抱き締める。

「今は、貴方の力がどうしても必要なの。大事な人が、苦しんでいるの」

「今だけでいい。どうか、力を貸して。お願い……」

 再び声を掛ける。今度は道具使いとして。強く握り締め、相手を支配し、力を見せつけ、従えるように。

 やがて槍は光を収めていく。身体に回り続けた電流も止み、アンジェリカの身体に自由が戻る。

 同時に彼女の身体はビクンと跳ね上がり、床に膝をついてしまう。


「抑え込んだ……?で、でも」

 アンジェリカは槍を杖のようにして立ち上がる。両肩に力を入れるが、ぴくりともしない。

「大地槍が貴方を殺さないように攻撃を止めたのです」

 法王がそう告げると、アンジェリカは愕然とした。

 持ち上がらない。槍は決して、アンジェリカを使い手として認めた訳ではなかった。

「さぁ、そこに置きなさい。本当の使い手が現れるまで、槍は眠り続けなくてはなりません」

「い、嫌だ……ミツバを、ミツバを助けるんだ」

 アンジェリカは法王の言葉を拒絶した。

 倒れそうになる槍を全身で支えながら、あくまで槍を届ける意志を捨てなかった。

 槍の柄を両手に持ち、槍を引きずっていく。


「待ちなさい、そんな身体でどこへ行くというのです!?」

 マリアンヌはアンジェリカを引き止める。

 それでも、アンジェリカは歩みを止めなかった。

「貴方は槍に拒絶されたのよ!その重さが証拠だわ!!」

「その槍を置いて行きなさい!貴方は選ばれなかったの!!」

 マリアンヌは絶叫する。今すぐにでも治療を受けねば、アンジェリカの命は無い。


「一人では無理でも……」

「三人なら、どうかな?」

 柔らかな緑の光が立ち上る。

 はっとして顔を上げると、宝物庫の入り口にはアンジェリカのよく知る人物が立っていた。

「テイルさん、ブルームさん……」

 白銀の騎士テイルと、黄金の神官ブルーム。

 ブルームの癒しの魔法によって、アンジェリカの身体の傷はたちどころに癒えて行く。

「馬鹿だなぁ、アンさんは。つらい事があるなら相談してくれればいいのに」

 テイルはアンジェリカに駆け寄り、大地槍の穂先に手を触れる。

「本当に一人でやらなくちゃいけない事なんて、実はほんの少ししか無いものだよ」

 ブルームは二人の間に入り、アンジェリカに治療を続けながら槍の中ほどを持ち上げる。

「そういうことさ。……よっと、本当に重いなこれ」

「よくその細腕で運ぼうと思ったものだ。でも三人なら……」

「おうとも。三人なら、全然平気さ!」


「二人とも……ありがとう」

 三人に、ずしりと槍の重さが掛かる。だが、三等分ならば、持ち上げられる。

 テイルとブルームはアンジェリカににかっと笑顔を向けた。


「アンジェリカ!騎士テイル!神官ブルーム!お待ちなさい!ああ、もう!」

 マリアンヌは去って行く三人の背中を追い、声を上げる。

「お母さま!お母さまもどうか止めて下さいまし!!」

「いいえ、マリアンヌ。よく見なさい」

 法王が指差す先。大地槍にマリアンヌは目を向ける。

 三人が担いで運ぶ大地槍に、少しだけ。ほんの少しだけ光が灯っていた。

 その光はアンジェリカを攻撃した時よりも、柔らかでそれでいて力強く。

「……かの槍の目覚めの時は近いのかもしれません」

 小さくなっていく三人の背中を見つめながら、法王はぽつりと呟いていた。


 アンジェリカ達は大教会の中庭を訪れる。

 首尾よく大地槍を入手出来たならば、呪術医イオンとここで合流しようと約束していたのだった。

「本当に持って来なさるとは……ほっほ、期待以上ですなアンジェリカ殿」

 静かな中庭。暗がりの中から、ゆらりとイオンが現れる。

 イオンは周囲を見回し、テイルとブルームの姿を認めるとにこやかな笑顔から一変、眉を顰めた。

「しかし、どうやら余計な物まで連れて来てしまったようで」

「余計な物って、僕達の事か?」

「呪術医イオン殿。これは一体、どういうことですか?」

 不躾な態度にむっとするテイル。ブルームもイオンを問い質すが、イオンは二人の事など相手にしないと言った様子でアンジェリカにだけ向けて言葉を続けた。


「さぁ、アンジェリカ殿。その槍をこちらに」

「……はい」

 三人はイオンの前に槍を静かに置き、二歩、三歩と下がっていく。

「確かに預かりましたぞ」

 嬉々として槍の前に屈み込むイオン。しかし、老婆の目の前の槍はただ沈黙するばかりで、特別な力があるようには見受けられなかった。

「どれ、一つ触って確かめ……!?」

 訝しげにイオンが槍に手を掛けたその瞬間。



「イオンお婆様!!」

「ぐ、ぐおおおおおおッ!!」

 槍はイオンに鋭い牙を向ける。激しい稲妻がイオンの中を駆け巡る。

 しかしそれは、アンジェリカに向けたそれとは大きく様相を変えていた。

 赤色の稲光がバチバチと激しく音を立て、まるで燃え盛る炎のようにイオンの肉を焼く。

 それはアンジェリカの時のような自己防衛ではなく、槍がイオンに向ける明確な殺意だった。

「そ、そんな……ど、どうすればいいの!?」

「どうにもならないよ。呪術医イオンはここで死ぬ」

 戸惑うアンジェリカ。そこに同じく暗がりから声を掛ける者が現れた。

 それは、いつになく神妙な面持ちを取った薬売りのケイだった。

「槍を何に使うつもりかは知らないけど、彼女の悪しき心を槍は見透かしたんだね」

「ぐあああああああッ!!」

 イオンの口から絶叫が漏れる。ひび割れた皮膚から穢れた血を噴き出しながら、死んだ魚のように瞳は濁り、

 異国の装束はズタズタになり。身体中の筋肉も、骨も、神経もボロボロになっていく。

 それでも槍の攻撃は止むどころか、激しくなるばかりであった。

 アンジェリカも、テイルも、ブルームも、イオンに与えられた仕打ちにただ打ちひしがれるばかりだ。


「槍は絶対に攻撃を止めない。お師匠さんが死ぬまで、絶対に手を止めないんだ」

 拳を固く握り、ケイはそう吐き捨てた。



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