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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
七章【小さな天使と大教会】
55/64

07-04 二人の薬師


 

「行って、ポッポさん。どうか二人に手紙を届けて」

 一体の鳩の人形が、大教会の窓から飛び立つ。

 巨人族の漁村で戦った駆動兵器アシッドレイクの部品で作られた鳥の人形は、主人の親友である勇者スフィアと巨人族の戦士ホックの元へと旅に出る。

 アンジェリカが大教会に滞在し始めてから既に一月が過ぎ去ろうとしていた。

「スフィアさん、ホックさん。今頃どうしているだろう……」

 彼女達から手紙が届いた事は、一度も無い。

 二度、三度ほどこちらから手紙を送っているが、ポッポさんが手紙を持って帰ってきた事も無い。

 二人とも、自分の事など忘れてしまったのだろうか?不安に思う毎日であった。

 また、この時期からアンジェリカは帽子を被る事が多くなった。

 赤い色に染めた髪が伸びるにつれ、地毛の黒い部分がどうしても目立ち始める。

 大好きな赤い髪と、生来の黒い髪の、二つが交じり合うこの時ばかりはどうしてもみっともなく見えて、頭を隠す事が増えていった。


「あら、ごきげんよう。アンジェリカ。……アンジェリカ?」

「えっ?あ、マリアンヌ……ちゃん。おはよう」

 あれから、マリアンヌとすれ違う事は何度もあった。

 その度に呪術医イオンの言葉が脳裏を過ぎる。

『天使となったアンジェリカ殿とミツバ殿を一箇所に集めて……始末をする為に』

 法王レイアとマリアンヌが、アンジェリカに対する害意を匂わせている事。

 それがさも事実であるかのように、呪術医イオンはアンジェリカへと吹き込んでいた。

 故に、アンジェリカは無意識にマリアンヌを避けていた。

 決して突き放すような事は無いが、以前のように積極的に声を掛ける事は無くなった。


「何ですの?あの態度」

「お嬢があんまり苛めるから、弱っちまったんじゃないか?」

 弱々しく背中を丸め、去って行くアンジェリカを見つめながら肩を竦めるマリアンヌと、

 それを見てくくっと苦笑するドワーフの護衛戦士クール。

「いじっ……まぁ、それなら少しでも早く脱落してくれるのを願うばかりですわ」

「……はぁ、やれやれ」

 クールはアンジェリカの様子にいち早く気付いていた。

 どんな時でも太陽のように笑っていたアンジェリカが。

 凶悪なアンデッドに立ち向かったアンジェリカが。

 久しぶりの再会で、自分に対して嬉しそうに駆け寄ってきたアンジェリカが――今はあんなにも苦しそうではないか。

 クールは彼女をそっと追いかけ、声を掛けてやる。

「アンジェリカ、どうした?元気がなさそうだが」

「あっ、クールさん。……あのね」

 少しだけ、表情がぱっと明るくなるアンジェリカ。しかし。


『――他の誰にも、言ってはならぬ事ですぞ』


「……っ、な、なんでも、ないの。気にしないで」

 すぐに、何かに怯えたように表情を曇らせ、口をつぐんでしまう。

「そんな風には見えないがな。つらいなら、相談に乗るぞ」

「なんでもないっ!……ごめん、しばらく放っておいて欲しいの」

「お、おい!……ふぅ。さて、どうしたもんかな」

 小走りで駆け出すアンジェリカの背中を目で追い、クールは肩を竦めてため息を吐いた。




「薬ぃ~。薬はいらんかねえ~」

 大教会のエントランス内で、大きな声で呼びかける女が一人。

 背中にリュックを担ぎ、ノボリを掲げたピンク色の髪を持った珍妙な薬売りが人々の注目を集めていた。


「あら、薬屋など呼んではおりませんわ」

「呼ばれてなくても現れるのが、ホタル印の薬屋でさぁ」

 マリアンヌは愉快な闖入者に気付き、声を掛ける。すると薬売りの女がニコニコしながらいくつかの薬を取り出していく。

 風邪薬、湿布、痛み止め、便秘薬や強壮剤に恋の病に効く薬まで。

 女性の神官や巡礼者が喉から手が出るほど欲しがりそうな薬を選び、陳列していった。

 するとやはり付近に居た女性達が集まって、みるみるうちに薬が売れていく。


「そこな可愛いお嬢さん。化粧品には興味ありませんかい?」

「化粧は女のたしなみですけども……では、これを戴いていこうかしら。」

 ふんと鼻を鳴らし、マリアンヌはいくつかの化粧品と頭痛薬を選び取って行った。

「まいどあり、若いのに偉いねえ。ところで、ここの偉い人に挨拶をしたいのだけど」

「法王様の部屋ならあちらですけど。その前に、ちゃんと手続きを踏んでくださいまし」

「親切にありがとうねえ、お嬢さん。薬ぃ~。薬はいらんかねえ~」

「……なんですの、あの失礼な方は!」

 マリアンヌに礼を言って、薬屋は去って行く。

 そんな彼女に、マリアンヌは腕を組み、不機嫌そうに悪態を吐いていた。



「薬ぃ~。薬はいらんかねえ~」

 大教会の渡り廊下で、大きな声で呼びかける女が一人。

 背中にリュックを担ぎ、ノボリを掲げたピンク色の髪を持った珍妙な薬売りが人々の注目を集めていた。


「なんだ、薬屋か?こんな所にまでやってくるとはご苦労な事だ」

「やぁ、立派なお髭のドワーフさん。どこか調子の悪い所はないかい?」

 商魂逞しい薬売りに、クールは感心したように頷く。

 薬売りがからからと笑いながら、先ほどと同じように薬を広げようとするとクールは手を突き出し首を振った。

「いやいや、俺は全くの健康体だ。すまないが薬は買ってやれん」

「そいつはざんねん。それなら、なんだか調子の悪そうな人はおらんかね?」

「ふむ……そういえば」

 クールには覚えがあった。ここしばらく、アンジェリカの顔色が優れない事を。

 普段は花のように笑っている、彼より少し年下の友人を。

 年上の男である自分には話せないかもしれないが、歳の近そうなこの薬売りになら悩みを打ち明けられるかもしれない。

「親切にありがとうねえ、お兄さん。薬ぃ~。薬はいらんかねえ~」

「……これで、少しでも事態が好転すれば良いのだが」

 そう願って、クールは薬屋にアンジェリカの居場所を告げた。

 そう思わせる何かが、去って行く薬屋の女から感じられたのだった。



「薬ぃ~。薬はいらんかねえ~」

 大教会の中庭で、大きな声で呼びかける女が一人。

 背中にリュックを担ぎ、ノボリを掲げたピンク色の髪を持った珍妙な薬売りが人々の注目を集めていた。


 アンジェリカは中庭のベンチに腰掛け、ぼぅっと空を眺めていた。

 スフィアとホックは遠い空の下で、何をしているのだろうか。

 からくり仕掛けの鳩、ピジョンは今も手紙を届ける為に空を飛んでいるのだろうか。

 ぼーっとした頭で思い返しながら、見上げているのは四方を壁に囲まれた、箱庭の中の狭い空。

 そんなアンジェリカを、中庭でくつろぐ騎士や神官達は、心配そうに様子を伺っていた。

「やあやあ、そこの可愛らしいお嬢さん。なんだかお顔色が優れないようで?」

「そ、そんな事は……あれ?」

 ふとアンジェリカに掛かる女の声。

 視線を下ろすと、そこには見覚えのある顔があった。印象的なピンク色の髪に、愛嬌のあるおどけた口調。

 かつて港町ディープブルーで出会い、山岳の国グランディアで交流を深めた薬売りのケイがアンジェリカの目の前に立っていたのだった。

「お久しぶりでやす~。アンジェリカさん!」

 愛想の良い笑顔を向けながら、ケイはアンジェリカに手を振っている。

「ケイさん!本当にケイさんなの?」

「おっとっと。いやはやその通り!ホタル印の薬屋ケイとはあっしのことでさぁ」

 アンジェリカは立ち上がり、ぎゅっとケイの手を握った。

 ケイはアンジェリカの突飛な行動にたじろぐが、何故か照れ臭くなり左手で自身の後ろ頭を掻いていた。


「ケイさん、ケイさん。どうしてここに?」

「私は行商の薬屋ですから。どこにでも現れるよ~」

 落ち着きを取り戻したアンジェリカは、ケイと共に座り互いの近況を語り合う。

 カラカラと笑い冗談を言うケイ。そんな彼女の冗談も、疑心暗鬼となったアンジェリカの心を癒していた。

「……ここだけの話、私はスフィア王女から遣わされて来たんだよ」

 そっと、声を潜めて耳元で囁くようにケイは告げる。

 アンジェリカは驚いて目を見開く。

 そのまんまるな瞳が可笑しくて、ケイはくすりと笑みを漏らした。

「アンジェリカさんが一人になって寂しくなるだろうからって。いいお友達を持ったねえ」

「寂しいなんて、そんな事は……ある、かも」

 ケイは決して、アンジェリカを忘れていなかった。その事実は彼女にとってとても嬉しくて、嬉しくて。

 思わずこぼれる笑みをケイに見られるのは少し気恥ずかしかった。

 だってケイは、そんな彼女を見て本当に安心したように笑っているから。


「友達は、何人か出来たの。騎士のテイルさんと神官のブルームさん」

 ぽつり、ぽつりとアンジェリカは語り出す。

 アンジェリカはこの一月の間に、幾許かの交友関係を築いていた。

 同年代の騎士と神官の男女と友人になり、お茶を飲んだりお話をしたり。

「二人ともよくしてくれて、本当に嬉しい。だけど……」

「心配ごとが、あるんだよね?私はその為に来たのさ~」

「うわわっ、お手数をお掛けします」

 おどけて見せるケイに、ぺこぺこと頭を下げるアンジェリカ。

 その光景は、傍から見れば大層滑稽な物だっただろうが、それを笑う者は周りには居なかった。

 神官も、騎士達も、アンジェリカの様子を見ながらほっと胸を撫で下ろしていた。

 アンジェリカを心配していたのは、ケイだけではなかったのだ。




「こっちがミツバの病室よ。ずっと、起き上がらないの」

「どれどれ、見せて。……ふむふむ、なるほど」

 ミツバが倒れて起きないという話を伝え、アンジェリカはケイを連れてミツバの病室へと訪れる。

 ケイはリュックから聴診器などの道具を取り出し、軽く診察を行う。

 脈に異常はなし。呼吸も時折乱れを見せる事以外は至って正常。

 少なくとも今のケイに分かる事は無い。との事だった。


「おや、お客人かな?」

 がらりと引き戸が開く。扉の向こうから、診察を終えて戻ってきた呪術医イオンがひょっこりと顔を出す。

「あ、こんにちは。イオンお婆様!」

「おお、アンジェリカ殿であったか。して、そちらの方は……」

 恭しく挨拶をするアンジェリカに、にこやかに対応するイオン。

 しかし隣に居たもう一人の来客に目を向けると、老婆の表情は戦慄に強張った。

 その顔に浮かぶのは驚愕、焦り、そして憎悪。

「貴方は……っ!!」

 そしてそれは、ケイも同じであった。

 怒りと悲しみ、憐憫。様々な感情を乗せてイオンとケイは互いに睨み合う。


「どうしたの?イオンお婆様。それにケイさんまで」

 突然変わった空気にアンジェリカは戸惑い、問い掛けた所でようやく自分が迂闊であった事に気付く。

 イオンとケイは元々師弟関係で、今はその関係を絶っている状態であると。

「い、いや、なんでもありませんぞ。久しぶりだな、ケイよ」

「やあやあ、お師匠さん。お元気そうで何より何より~」

 険悪さを剥き出しにしていた二人は、慌ててアンジェリカの前で取り繕う。

 アンジェリカは自身の迂闊さに後悔しながら、いそいそとケイを病室から連れ出した。


 病室の中から飛び出して、ほっと一息を吐くアンジェリカ。

「ごめんなさい、イオンお婆様とケイさんは……」

「気にしない気にしない。私としてもわだかまりなんてもう無いからねえ」

 そう言ってケイは笑う。

 しかし二人がアンジェリカに見せた表情は、並々ならぬ感情をない交ぜにしている事は明らかであった。

 そんな事を考えながら、アンジェリカとケイは廊下を歩いていた。

 あそこにミツバを残さざるを得ない事を気に掛けながら。




 廊下を歩くアンジェリカに、声を掛ける者が居た。

「やっほう、アンさん」

「こんにちは、アンジェリカさん。そちらの方はご友人かな?」

 ここ一月の間に友人となった白銀の長髪を持った青年、騎士のテイル・ミースとサイドテールの金髪が可愛らしい少女、神官ブルーム・マーダラだ。

 三人は大教会の中でも比較的年齢が近く、すぐに打ち解けあっていた。

「あっ、テイルさん。それにブルームさんも!」

 この広い大教会で出会えた偶然に喜び、アンジェリカとブルームは互いの手を取り合って跳ねていた。

「おっ、お友達が来たようだねえ。それじゃ、あちきは法王様に会ってくるよ~」

「ありがとう。ケイさん、またねえ」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 アンジェリカと別れ、ケイは一人大教会の廊下を歩く。

 真っ白で染まり余計な物が目に入らないその世界で、かつての薬の師イオンを想う。

「本当に、変わってくれればそれで何よりさ。だけど……」

「全然、変わっちゃあいなかった。あの瞳。その陰湿な仕込み。そして」

「薬で誤魔化しても、私の鼻は誤魔化せないよ。あの死臭……」

 かつての師への嫌悪で、顔が歪む。

「あの頃の呪術医イオンとおんなじさ。このままじゃ、アンジェリカさんも拙い事に巻き込まれる」

「さーて……あちきも根回しさせて貰うとしやすかねえ」


「薬ぃ~。薬はいらんかねえ~。なんにでもよく効く、ホタル印の薬だよ~」

 大教会の廊下で、大きな声で呼びかける女が一人。

 背中にリュックを担ぎ、ノボリを掲げたピンク色の髪を持った珍妙な薬売りは法王への謁見を決めた。



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