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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
六章【道具使いと砂漠の塔】
50/64

06-07 救世の天使

 


 スフィアは状況を整理する。

 炎と氷の剣を携え、スフィアとホックの前に立ち塞がる男マドーン。

 剣も魔法も通用せず、二人掛かりで作った魔法障壁で攻撃を防ぐのが精一杯であった。

 敵の大技を防いだものの力尽き、もはやこれまでという所で地上へ置いてきた筈のアンジェリカが現れる。

 ……大きな白い翼を携えて。


「貴方は……貴方も、幻惑なの?誰かの、魔法なの?」

 アンジェリカはマドーンに問い掛ける。

 マドーンの光の剣を難なく防ぎ切った彼女の翼は、役割を終えて小さくなっていく。

「……仰る通りだ。道具使い殿」

 その問いかけにマドーンは首肯する。

「幻惑だと?どういう意味だ」

 目の前の男が幻だというのか。恐ろしき魔法剣士が幻だというのか。

 ホックは声を上げる。信じられないと言った様相は仮面の下からでも声に現れていた。


「ま、まさか……っ!!」

「ちょ、ちょっと、スフィアちゃん!!」

 スフィアはマドーンに走り寄っていく。突然の行動に驚くケルヴィン。

 制止する彼の事も構わずスフィアはマドーンの前に立つ。

 もはや敵意を持たない少女を前に、男は武器を構える事もなく彼女を見下ろしていた。


 恐る恐るマドーンの身体に手を伸ばす。手応えがあると思っていた男の身体は、するりとすり抜けた。

「本当だ……一度もあんたに痛手を与えられなかったのは、そういう事か」

 現実だと確信していたから、あたかもそこに存在するように見える。

 魔法障壁越しに受けた光の剣の衝撃は、今も手のしびれとして残っている。

 スフィア達の見ていた幻覚……マドーン将軍とはそういう存在だったのだ。

「我は、お前達がイメージする最強の魔法戦士。故に我の一撃は常にお前達よりも重く、速い」

「出鱈目な野郎だぜ……」

 幻覚だからこそ、際限なく強くなる。幻であると気付かない間は決して打ち勝てない。

 あまりに荒唐無稽な相手にホックは思わず不平を漏らした。


「しかし、見破られたからにはここまで。お前達には我が王に会って話を聞いて貰いたい」

 正体を見破られ、マドーンの姿が陰って行く。役割を終えた幻は、本来の虚ろなる世界へと消えていく。

 一行はマドーンの言葉に頷いてムーチョス王の到着を待った。

 四半刻程過ぎた頃だろうか。玉座の影から、一人の男が現れる。

「マドーン将軍を破ったか……」

 そのドワーフの男はぼさぼさの白髪に、伸ばし放題の白い髭。

 王と呼ぶにはみすぼらしい姿であったが、ドワーフと呼ぶには筋肉質で大柄な身体と

 見た者を震え上がらせるような眼光は、歴戦の戦士を思わせる。


 異様とも言える存在感を放つその男、ムーチョスの姿にアンジェリカは驚きの声を上げた。

「あ、貴方は!!」

 鐘の音に導かれるまま門に入ろうとするアンジェリカを引き止めた老人。

 仲間に置いて行かれ、行き場無く彷徨うアンジェリカに一つの道を指し示した老人。

 チョムスとは、この国を治めているはずのムーチョス王その人であった。

「てめぇが、本物のムーチョス王か?」

「今度こそ幻じゃないんだよね?」

 そんな男を前にしても、ホックはあくまで態度を崩さず王に接する。

 スフィアの心配をよそに、ムーチョスは口の端を釣り上げにやりと笑った。

「心配せずとも、ワシは本物じゃよ……マドーンよ。今までご苦労であったな」

「有難きお言葉……」

 既にマドーンの身体は、いつ掻き消えてもおかしくない程に薄く虚ろとなっていた。

 ムーチョス王はマドーンに対しねぎらいの言葉を掛ける。

 敬愛する王からの言葉にマドーンは感極まり、恭しく頭を下げながら消えていった。

「彼はよき戦士であった。ドワーフであるワシにも、忠誠を誓ってくれた」

「マドーンさんは、大切な人だったの?……死んじゃったの?」

 消え往くマドーンを見送るムーチョス王。アンジェリカの疑問に彼は優しく微笑み首を振る。

「あやつは生きておるよ。ワシのここに……ワシの妻と共に、幻の中に生きておる」

 胸に手を当て、ムーチョス王安らかな笑みを見せる。

 しばしの沈黙が続いた。


「そろそろ、いいかしら?」

 沈黙を破り、ケルヴィンが話を切り出す。

「貴方には話を伺いたかったのよ。どうしてこんなことを?」

 一行の本来の目的は不穏な動きを見せる西風の街ホープの調査だ。

 その結果、この国の王ムーチョスは国民を天まで届くような塔を建設させ、

 建設の過程で多くの民を浪費していた事が発覚したのだ。

「そ、そうよ!どうしてこんな酷い事をしたの?みんな、貴方の国民じゃないの?」

 アンジェリカは前のめりに、ムーチョス王を糾弾する。

 塔の下では、多くの人々が働かされていた。多くの人々が無意味に死んで行った。

 彼女と語り合ったチョムス老人。ムーチョス王も彼らの苦しみや嘆きを知っているはずだった。

「ああ、そうだ。ワシにとっては十八年前から変わらず愛すべき民であった」

「……あの女が現れるまでは、この国は本当に賑やかで平和だったのだ」

 ぽつり、ぽつりと語り出す。白髪の老人の、昔語り。


「サーニャ……旅の僧だと、奴は名乗った。女はワシに一つの大きな鐘と、一人の幼子を預けた」

 サーニャ。その名前にアンジェリカとスフィアの二人が強く反応する。

「この子に毎日、この鐘の音を聞かせ続けろ。そして一人前になるまで育てよと」

「女は見返りとして、この国に大きな財をもたらした。そしてこの国は更なる市場都市となった」

 ムーチョスは玉座に腰を降ろす。

 よく見ると足が震えており、老齢により足腰が弱っている事が伺える。

「子は不思議な力を持っていた。人形やぬいぐるみと心を通わせているような仕草を見せていた」

「自然と、赤子の周りには人形やぬいぐるみ。玩具や奇怪な道具が集まっていた。まるで赤子が呼び寄せているかのようにな」

「ワシは妻と共に子を育てた。有り余る愛情を持っていた」

「国は豊かになり、我々に天使が舞い降りた。息子が我々の手から離れ、ちょうど寂しくなっていた頃だ」

「幸せの絶頂だったよ。……あの様な事が起こるまではな」

 一つ、咳き込む。アンジェリカが心配になり、駆け寄ろうとするのを手を突き出して制する。


「三年程経ったある日。赤子にある異変が現れた」


「時折虚空を見つめるように、虚ろな目で手で空を掻いていた。時が経つにつれ、鐘が鳴るにつれ。赤子の奇行は過激の一途を増した」

 呼吸を整え、再び語り出すムーチョス王。

 アンジェリカはどこからか鐘の音が聞こえたような気がして、無意識に耳を塞いだ。

「それが鐘の効果に拠る物だと気付くのに、時間は掛からなかった。ワシと妻は……その幼子を大臣の夫婦に預け、遠くへ逃げるように命じた」

「遥か北の森で、静かに暮らすようにと。かの夫婦はそれを快諾し、北へと逃げたのだ」

 ムーチョスはアンジェリカに目配せをする。その仕草の意味に気付き、声を上げる。

「そ、それってまさか……!!」


「それがお前だ、アンジェリカ。まさかこのような形で再会する事になるとはな」



 アンジェリカが初めて道具を自分の手足のように扱えるようになったのは、八歳の頃だった。

 父と母は大いに喜び、彼女の頭を赤色に染めてくれた。天使様と同じ、赤い髪だ。

 しかし彼女はそれ以前から自分の持つ長い耳で道具の声を聞いていた。思えば、物心が付いた頃にはそうだったのかもしれない。

 そんな彼女のルーツが、森の奥にあるコボルドの村から遥か海を飛び越えたこの国にある。

 更に、自分の父と母を殺したサーニャがこの国に連れてきたのだとこの老人は言うのだ。

「お前が特別な使命を帯びていたのは、あの女の執着振りからしても明らかだろう」

 いつか回収するつもりだった所有物が、ある筈の場所に存在しない。

 あの女は血眼になってアンジェリカを探しただろう。

 そして彼女の居所が判明し、死霊使いデードスの身体を使って彼女の村を焼いた。


 ムーチョス王は更に言葉を続ける。アンジェリカは再び老人に意識を向けた。

「奴は鐘の力で国民を狂わせ、国全体を人質に取りこの塔を作らせると同時に、定期的に死体を提供するように告げた」

「愛すべき民に、王であるワシが死ねと言う事など出来ぬ。だからワシは生贄を無作為に選ぶ事にした」

「この塔を建てる過程で死んだ者を、奴に差し出した。……逆らえば、民は全員皆殺しだ」

 一同ははっと顔を上げる。サーニャはこの国で手に入れた死体をアンデッドにしていたのだ。

「奴が何の為に塔を作らせていたのかはわからぬ。だが、奴はお前を狙うに平行していつかこの塔を完成させるだろう」

 瞑目するムーチョス王。悔しさと、憤りが噴出する彼の瞳からは一筋の雫が流れていた。

 アンジェリカとスフィアは言葉を失っていた。

 風嵐の魔王サーニャの下した手は、遠い砂漠の国にまで暗き影を落としていたのだ。



 目元を腕で乱暴にぬぐい、、ムーチョス王はアンジェリカに問い掛ける。

「アンジェリカよ、ワシはお前に問おう」

「お前は、この世界を救う事を望むか?」

「えっ?」

 言葉の意味を量りかね、聞き返すアンジェリカ。

 そんな彼女に構わず、王は続ける。

「この世界の運命を背負い、戦い続けられると誓うか?」



「お前は、救世の天使となる覚悟はあるか?」



 また、玉座の間がしんと静まり返る。

『救世の天使』。王はそう言った。

 ただでさえ自身のルーツを垣間見たアンジェリカの頭は、

 珈琲に投じられた砂糖とミルクのようにかき回され声すら出せず、傍から見ても明らかに狼狽していた。


「はっ、面白い事を言う爺さんだぜ」

 腕を組み、声を上げて笑うホック。

「天使ってのはなぁ、俺の嫁さんみたいに綺麗で優しく、強くなくちゃなんねえ。それがこいつに勤まると思ってんのか?ああ?」

「ホックさんの言う事はともかく、救世の天使になるなんて。女の子一人に背負わせるには重過ぎる」

 ホックに同調し、スフィアもムーチョス王の言葉に難色を示す。

 しかし、決して二人はアンジェリカを見くびっている訳ではなかった。

 方々の戦いに於いて彼女に助けられた場面などいくらでもある。彼女の声に勇気を突き動かされ、戦局をひっくり返した場面もある。

 それでも、二人はアンジェリカは戦いの場に赴くより、人々に囲まれて笑っている姿の方が似合う。そう思っていた。


 スフィアとホックは、アンジェリカが『好き』なのだ。

 もちろんそれは恋慕や愛情、畏敬といった特別な物ではない。もっとふんわりとして、曖昧な。

 一言で言えば「なんとなく」。そこにいれば「なんとなく」ほっとするような存在。

 強く求めている訳ではないが、居なくなると「なんとなく」寂しく感じられる相手。

 それはホックがスフィアに、スフィアがホックに対して抱いている物と同じであった。

 それぞれに妻や想い人のいる二人を、アンジェリカは不思議な縁で結び付けていた。

 アンジェリカとスフィアとホックは、「友達」であった。


 そして「友達」であるが故、二人は気付いてしまった。

 アンジェリカは天使となるべくこの世に生まれ落ちた事を。

 天使となる事で、更なる戦いの渦中に飛び込んでいく事を。

 二人は二人を守った大きな翼を。今は小さくなった翼を背負う、小さな天使とその証を見つめていた。

「……ま、アンちゃんに助けられた私に言う資格なんて無いんだけどね」

 スフィアは肩を竦め、ため息をつく。

 自身の不甲斐なさと、アンジェリカを守るつもりが守られていたという事実を認めざるを得ないのだ。

 そんな彼女の様子を見ながら、ケルヴィンはくすくすと笑っている。

「そうね、アンジェリカちゃん、かっこよかったわ」

「照れるなあ」

 スフィアやホック、ケルヴィンの思惑をよそにアンジェリカはその褒め言葉を真正面から受け取っていた。


 ゴホン。更に大きな咳払いに緩んだ空気が引き締まる。一行はその咳払いの主、ムーチョス王に向き直った。

 ムーチョス王は、一同を見回しアンジェリカに目を留めた。

「……なるかどうかは、外の様子を見て決めるが良い」

「外?」

 首を傾げるアンジェリカに、ムーチョス王は玉座から立ち上がり王の間を出る。

 彼に促されるまま一行は塔の中の階段を降りていく。見張りに立っていた黒き鎧の戦士の姿は無く、塔は静けさに包まれていた。

 しかしある程度階段を降りていくと、階下が俄かにざわついている事に気付く。

 訝しげに首を傾げながら、四人は王を伴い階段を降りていく。

 それが黒い戦士を退け、命を拾った街の人々の声であると気付くのに、大して時間は掛からなかった。


 塔の最下階の入り口から一行が姿を現すと、そこは天使の帰還を待ちわびた人々の熱気で一気に沸きあがった。

「天使だ!天使が我らの前に降り立った!!」

「赤い髪の天使!アンジェラ様の生き写しだわ!!」

「ありがとう……!助けてくれて、本当にありがとう……!!」

 アンジェリカを囲み、口々にお礼を告げていく街の人々。全てアンジェリカに命を救われた者達ばかりである。

 そんな彼らにアンジェリカはただ所在無げに慌てふためいていた。


「おお、王よ……貴方様も無事だったとは」

 身なりの良い小太りの中年男性、この街の町長が王に気付き無事を喜ぶ。

 それに続くように、街の人々はアンジェリカから離れ、次はムーチョス王を囲んでいた。

「天使様、王様も助けてくれてありがとう!」

「王について良くない噂を流す輩もおりましたが……全ては出鱈目だった訳ですな」

「王様が俺達を無理矢理働かせて、塔の上で贅沢三昧だなんて。悪い夢だったぜ」

 街の人々は王の生存を祝い、皆一様に拳を天に掲げた。

 そんな彼らに対し瞑目するムーチョス王。意を決したように目を開き、自身の運命を決定付ける言葉を放つ。

「出鱈目では、無い」


 あれほど歓喜に賑わっていた人々が、静まり返る。

「ワシがこの国に起こった悲劇の発端である事は、事実だ」

「なっ……!!」

 町長は驚愕に一歩、二歩、後ずさるが、そこで足を止め再び王に歩み寄っていく。


「王よ……その言葉に、嘘偽りは無いのですな?」

「息子夫婦が血も涙も無い黒い鎧の者達に殺されたのも……貴方が原因だと仰るのですな?」

 何かの冗談であって欲しい。そう懇願するような町長の表情は戸惑いと苦悶に満ちている。

 だが、続けて放った王の言葉がそれを否定するものであった。

「……ああ」

「っ!!」

 町長の拳が、ムーチョス王の頬に突き刺さる。

 拳を受けた王はそのまま後方に吹き飛び、塔の壁に激突。

 頭を強く打ちつけ、血を塔の外壁に塗りたくりながら、ずり落ちるように地面へと倒れ伏した。



「貴方は……なんと言う事をッ!!」

 絶望に濡れた表情のまま、町長は王の胸倉を掴み吐き捨てるように言った。


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