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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
一章【道具使いと巨人戦士ホック】
5/64

01-05 幕間~カタストロフィ

 


「おうおう、アンジェリカさんよぉ」

「なんだい?ホックさん」

 炭鉱城塞コール・タール、コールの宿屋にて。

 撃破した駆動兵器、フォートレスから接収した大量の機械部品。

 それらを酒場に報告・引渡し、打ち上げのテーブルを囲むアンジェリカ一行。

「あれだけ大見得切っておきながら、結局駆動兵器をぶっ壊しちまって。かっこ悪いったらありゃしねぇなぁ?」

 いやみたっぷり皮肉たっぷりにアンジェリカをなじるホック。

「……むぐぐ」

 アンジェリカはぐうの音も出ない。

 自信満々に「できる」と言った以上、それを果たせなかった事への言い訳は出来なかった。


 そこに助け舟を出したのは、ケルヴィン達先輩冒険者であった。

「まぁまぁ、無事に帰れたんだから良かったじゃないの。ねぇ、クール?」

「ああ、回収した部品も殆ど綺麗な状態だ。報酬に上乗せがあるかもな」

 駆動兵器からは、歯車、シャフト、軸受け等の駆動部分と強固な金属製の外殻、神経とも呼ぶべき銅線等がほぼ破損なく回収できた。

 これらは現代の人類が作った道具や、飛行船の換えの部品として国に高く買い取って貰えるのだ。

 しばらくは生活に困らない金額が四人に支払われるだろう。海を越える為の手形の手数料を払ってなおおつりがくる。

 フォートレスの生存は適わなかったが、十分に大きな成果と言えた。

「もー、分かりました!次はしくじりません」

 食前酒を口にしながらアンジェリカは手をひらひらさせる。じんわりと苦みが口の中に広がっていく。

「けっけっけ、その言葉、覚えておくからな?」

 こんな態度であるものの、ホックはアンジェリカを十分に評価していた。

 大音量スピーカーを使い駆動兵器の動きを制限し、オルトロスのぬいぐるみの支援を受ける事で、駆動兵器の攻撃を捌く事がかなり容易になっていた。

 殆どの部品が無事で済み、報酬が大幅に増加する見込みが立ったのもアンジェリカの奮闘の結果によるものである。

 そんな事はホックも理解していた。理解した上でこの態度である。

 食前酒をフルフェイスを被ったまま、器用に呑み干すホック。

 朝早くに出発した時刻は夕方に傾きつつあり、酒場もにわかに賑わっていた。


「アンジェリカ様、皆様。本日はお疲れ様でした」

 酒場の手伝いをしていたミツバが、熱々の鉄板スパゲティを運んでくる。

 パスタにトマトソースが掛けられただけのシンプルな物だが、空腹を持て余していた一行にとってはこれ以上ないご馳走であった。

「あらぁ~、ミツバちゃんもご苦労様」

 ケルヴィンはスパゲティを受け取ると、フォークでカチャカチャと混ぜ合わせる。

 ソースとパスタが混ざり、ジュワジュワと音を立てるとトマトの香りが鼻の奥いっぱいに広がっていく。

「こうやって、二つの違う物が混ざり合って。一つの素晴らしい物になる」

 スパゲティを混ぜながら、ケルヴィンは語る。

 アンジェリカとミツバは真剣に。ホックはどこ吹く風で。

 相棒のクールは目線だけ向けてそれを聞いていた。

「それはあたし達パーティも一緒。国という集まりも一緒。男と女も、そうだと思わない?」


 ケルヴィンは混ぜる手を止める。

「あたしね、国へ帰って結婚するの」

 遠くを見つめるような視線は優しげで、とても穏やかな口調だ。

「わぁ、そうなんだ。姐さんおめでとう!」

 祝福の声を上げるアンジェリカ。

「素晴らしいですわ、ケルヴィン様。どのような方なのですか?」

 ミツバの催促に対してこんな子よ、とケルヴィンは写真を見せる。

 それはケルヴィンと同じ人魚族で、切れ長の瞳に艶やかな黒髪。しなりとした佇まい、整った顔立ちのどことなく気品を感じさせる女性であった。

「ラブって言うの。パパから貰ったお見合い写真を一目見て気に入っちゃった」

 にこにこと語るケルヴィンに対し、クールは何も言わず目を瞑っている。結婚宣言は即ち、パーティの解散宣言でもあった。

「みんなと仕事が出来るのはこれが最後だけれど、もし、冒険の先で出会う事があればよろしくね?」

 ちらりと、クールを見やるケルヴィン。クールは「ああ」とだけ答えそれきり何も言わなかった。

 冒険者には出会いと別れがある。アンジェリカはその一端を見た気がした。




『アンジェリカ、おはよう。おはよう、アンジェリカ』

 ベッドの中でまどろむアンジェリカに何者かが声を掛ける。

『朝だよ、起きて。アンジェリカ』

 布団に包まり、いやいやするアンジェリカ。

 誰もいないのにカーテンは開け放たれ、彼女の額に、頬に、口元に、穏やかな日の光が照らされる。

 まだ眠っていたい。この暖かさを享受していたい。そう思いながら布団を顔まで被るが、それは布団自身の意思によって空しく引きはがされた。

『今日は人形劇をしに行く日だよ。子供達が待ってるよ』

 そうだ、今日は人形劇の最終回の日だ。これを見せたらアンジェリカは再び旅立たねばならない。

 アンジェリカ自身の目的の為に。そして何より、ミツバの為に。

 ベッドが大きく傾き、どーんっ、転がり落ちるアンジェリカ。寝そべった床から見上げると、ベッドがおかしそうにけらけら笑っていた。

『おはよう、アンジェリカ。目は覚めた?』

「おかげさまで、素晴らしい目覚めでしたわ」

 アンジェリカはつーん、と口先を尖らせた。

 これが道具使いの朝だ。誰が見ていなくても、道具達が見ていてくれる。彼女は決して寝坊はできないし、間違った事をしないようにずっと見守って貰えるのだ。


「アンジェリカ様、打った頭は大丈夫ですか?」

 酒場で簡単な朝食を摂りながら、ベッドから転げ落ちたアンジェリカを心配するミツバ。

 大丈夫よ、と答えながらアンジェリカは自分の頭をさする。

「そういえば、今日は随分静かね」

 時刻は朝の七時辺り。普段なら同じように朝食を摂る冒険者達で賑わっている時間だ。

 それに気付いたのか、酒場のマスターが声を掛けてきた。

「昨日、お前さん達が部屋に戻ってからだな。人攫いが起こったんだ」

 失踪したのは教会住まいの親無し子の兄妹、ネックスとシータ。

 夜になっても戻らぬ子供を心配して、教会が酒場に依頼を入れたらしい。

 実際に攫われたであろう時刻は夕刻で、怪しい女が声を掛けていたという話もある。

「随分と物騒な話ね。……無事に戻って来てほしいわ」

 ホックとクールの姿が見えないが、彼らが解決に向かっているのなら大丈夫だろう。

 アンジェリカは仕事を通じて、二人の事を信頼していた。


「おーい、戻ったぞ」

 ホックの声だ。冒険者達が仕事を終えて酒場に戻ってきたようだ。マスターは彼らに歩み寄り、報告を待つ。

「どうだった?」

「あっさり見つかったよ。ガキ共にも怪我はねぇ」

 南の街道をさらに進んだ「若者達の町ジュブナイル」の付近で発見されたらしい。

 発見された際に、周囲に人影は無かった。本当に人攫いかどうかも怪しいそうだ。

「案外、町の外を出歩いて戻れなくなっただけかもしれんな」

 一息ついたクールが独り言ちる。現状では事件性が無い可能性も高い。

「これで五百Eur.ならちょろいもんだぜ」とホックは上機嫌だ。

 一方、アンジェリカの方も胸をなでおろしていた。

 人形劇の主な観客は子供やお年寄りだ。その中には、アンジェリカと懇意にしている者もいる。

 そこで暮らす孤児の兄妹も彼女と仲が良く、二人の無事を聞き、安堵のため息を漏らすアンジェリカだった。


 人々が行きかい、賑わっている大通り。ミツバの提案により、アンジェリカは二人で大通りに買い物に出かける事になった。

 気分転換にもなり、ネックスとシータの無事を確認したいアンジェリカはこれを快諾する。

「纏まったお金も入ったし、貴方もアクセサリーくらい付けてみたら?」

「もう、アンジェリカ様ったら」

 今日一日の間に寄っておきたい場所はたくさんある。

 コール・タールの役所で手形の購入手続きをしておきたいし、また、馬の牧舎で馬の構造も調べていく。草原を駆け巡りたいと望むフォートレスとの約束も果たさねばならないからだ。


 二人は大通りのはずれにある、大地神アンジェラ教会へと訪れる。

 大神パープルを支える女神の一柱、救世の天使アンジェラの教えを伝える教会だ。アンジェラは歴史上に度々登場する女神で、乱世の際には必ず現れ、同じ時代に生まれた勇者を支えながら共に旅をする存在である。

 美しさと優しさ、人を身分で差別しない平等性を併せ持ち、歴史上の露出も多いので信奉者も多い。アンジェリカもその一人であり、彼女の人形劇のシナリオは主に天使アンジェラの伝説を元にした絵本をなぞっている。幼い頃からの憧れの存在であった。

「こんにちわー」「こんにちは」

 天使を信奉する人々によってよく手入れされた庭を抜け、教会に入る二人。

 朝ミサを終え、ドタバタした雰囲気も過ぎ去った昼前の教会は、個人的なお祈りをする為に残っている者とその子供達がまばらにいるだけだった。

「こんにちは、アンジェリカさん。それにミツバさんも。」

 二人に気付いて声を掛けて来たのは、教会住込みのシスター・エリーだ。アンジェリカが教会の絵本を借りに来た際に知り合い、それ以来親しくしているドワーフの女性である。

 小柄な体つきに青と白の修道服、赤紫色のポニーテールが可愛らしい。厳しいがしっかり者で優しい、子供からも大人からも愛されるシスターだ。

「エリーさん、やっほー。」

 親しげに手を振るアンジェリカに対し、恭しくお辞儀をするミツバ。借りた絵本の返却やランチの美味しい洋食店、可愛い服の話題などひとしきり雑談を楽しんだ後、本題に入った。


「ネックスとシータ?もう戻ってきてるよ」

 エリーが手招きをすると、隣の部屋から様子を伺っていた兄妹が顔を出した。

 兄の方は元気者。やんちゃで生意気、外に出てケンカもするが小さい子供への暴力は絶対に許さないガキ大将である。

 妹の方は花が好き。いつも庭の手入れをしているのは彼女で、朗らかな笑顔で周りを安心させる、自身も花のような少女であった。

「おう、アンジェリカ!元気そうにしてるじゃん?」

 元気よく挨拶をするのは、誘拐されていた兄妹の兄の方であった。誘拐されていたであろう事実にもめげず、評判通りの憎まれ口と笑顔を見せている少年。

「…………」

 対する妹は、何も喋らない。それどころか、何かに怯えたように身を震わせていた。

「かわいそうに、よっぽど怖い目にあったんだね」

 そんな兄妹を、やはり教会のシスター達は心配しているようでどうにか慰められないものかと苦心しているらしい。

 事件の詳細については、兄妹から聞くしかないようだが、アンジェリカは今日の人形劇の準備もしなくてはならない。

「大変だけど、元気出してね」

 軽く励ましの声を掛ける程度に済ませ、夕方の人形劇に備えることにした。



 夕刻には、アンジェリカの人形劇が始まる。最終回の劇だけあり、人の入りは上々だ。

 大通りを塞ぐような盛況にはならなかったが、道行く人がぴたりと足を止めそのうちの何人かが劇を見ていく。アンジェリカはその光景に小さな満足感を覚えていた。

「お集まりの皆様、お待たせいたしました」

「ただいまより、アンジェリカ劇団の人形劇~勇者と天使~最終回の開幕となります」

 やや大げさに挨拶のポーズをとるアンジェリカ。お供の人形達もそれに倣う。

 俄かに起こる拍手。観客の方を見ると、ミツバとホック、ケルヴィンにクール、エリーにあの兄妹など何人か知った顔も混じっていた。

 恥ずかしい所は見せられないだろう。気合十分で臨むアンジェリカ。


 劇の方はミスもなく概ね順調に続いた。

 勇者ビクトリアと救世の天使アンジェラの勇気と友情、そして勝利の物語。

 倒したと思った大魔王が復活し、世界を混乱に陥れるが、勇者と天使が世界中の人の力を借りて、ついに大魔王を撃破する古くさいお話。

 アンジェリカはこのお話が大好きだったし、この国の人々もこの御伽噺を聞いて育っている。

 陳腐と言えば陳腐だ。しかし正しき心を持つ物語が、大なり小なり国民の道徳心を育む結果となり、アンジェラ教会がコール・タールのみならず、世界に於いて一大宗教となる根拠にもなっていた。

「めでたし、めでたし。ありがとうございました!」

 終幕の言葉を告げると、歓声と拍手を受けながらアンジェリカと人形達が深々とお辞儀をする。

 アンジェリカの語りも人形の演技もまだまだ未熟だったが、それでも観客達の声を聞く限りアンジェリカの劇は大成功だったと言えよう。

 エリーに促され、花束を持ってこちらにやってくる兄妹の姿があった。

 教会の子供達が感謝の気持ちを込めて作った花束だ。アンジェリカは感極まり、それを受け取ろうとしたその時。




『久しぶりだねぇ、アンジェリカ』

 不気味な声と共に少年の目がぐるんと回った。

 顎をカタカタと鳴らし始め、手足をがくがくと痙攣させている。

 その異様な光景にぎょっとなり、慌てて身を引くアンジェリカ。鼓動が高鳴る。額から頬へ気持ちの悪い汗が伝う。これは決して、アンジェリカにとって良いものではないと理解できた。

『酷いじゃないか。せっかくの再会だというのに』

 白目を剥いたまま、少年だったものはケタケタと笑うような動作を取る。

 さすがに違和感に気付いたのか、観客達がざわざわと騒ぎ始めた。

 その姿を見せ付けられた妹は今にも倒れてしまいそうな青い顔をしている。恐怖に張り詰めた表情は完全に凍り付き、もはや泣き出すことさえ出来ないようだった。


『私の事を忘れてしまったかい? なんなら思い出させてあげようか』

 少年の腕が、足が折れ曲がる。顎が外れ、腐臭のする液体を垂れ流す。しかし少年は崩れ落ちる事無く、まるで操り人形のように不自然な姿で立ち続けている。

 アンジェリカは「それ」から目を離す事が出来なかった。「それ」の紡ぐ言葉を、一字一句たりとも聞き漏らす事が出来なかった。

 忘れるものか。アンジェリカにとって最も不快である存在を。アンジェリカにとって。道具使いにとって。不倶戴天の敵であるそいつの名を。

「デードス……『死霊使いデードス』!!」

『覚えていてくれたんだね。嬉しいよ』


 死霊使い。死者の魂を弄ぶ者。道具の中で眠る魂に語り掛け、共に生きる道具使いとは相容れぬ者である。

 アンジェリカとミツバの旅立ちのきっかけとなる人物であり、必ず見つけ出して倒さねばならない敵であった。

「こんな、こんな事をして……許せないわ!!」

 拳を強く握り込む。奥歯を強く噛み締める。いつでも強烈な一撃を叩き込める準備を整えている。

『その表情を待っていたんだ。私に向けるその怒りを』

 アンジェリカをあざ笑うが如く、死霊使いは挑発を続ける。

『ああ、君を。早く私だけの物にしてしまいたい。早く会って、君を抱き留めたい』

 死霊使いの紡ぐ言葉は、ますますアンジェリカの憤りを増長させるばかりで、一触即発の張り詰めた空気は、いつ戦いが始まってもおかしくはなかった。


「『聖遺光セイント』!!」

 聖なる呪文が二者を分かつ。高位の聖職者にのみ扱える破魔の呪文だ。

 光が邪悪なる者を撃ち貫き、その光景がアンジェリカを正気に引き戻した。

『ちぃ……っ!』

 エリーの放ったセイントの魔法は、少年を大きくのけぞらせたものの、身体に巣食う邪悪な存在を祓うまでには至らない。

「よくもネックスを……未来を担う子供達をッ!!」

 胸の前で十字を切るエリー。立ち込めた白い光を指先で練り上げ、再び聖なる魔法を作り上げていく。

『この身体だけでは分が悪いか。ならば撤収するとしよう』

 身体をエリーに向けたまま、首だけアンジェリカの方へと向ける。

『私の城の一つへと招待しよう。案内人は、もうすぐ辿りつくはずさ。』

 それだけ言うと、少年の身体に纏わりついていた邪悪な気配は消え去った。

 そして同時に、先ほどまで動いていた身体も糸の切れた操り人形のように……ぷっつりと、力を失い。地面へと崩れ落ちた。


 静まり返る大通り。それを破ったのは観客の一人だった。

「なんだこれ……死体、なのか……?」

 ボロボロに朽ち果てた少年の身体を見て、そう呟いた。観客達のざわめきが一際大きくなる。いつ大混乱に陥ってもおかしくない。

 それを止めたのは、更なる大災害の予告――はるか南方からこちらへ向かい北上する、アンデッドの群れの存在を告げる報告だった。

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