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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
六章【道具使いと砂漠の塔】
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06-06 幻の剣士と勇者の倫理

 


 戦いの気運が高まる、仮設の玉座の間。

 スフィア、ホック、ケルヴィンの前に立つマドーンという男は、二対の剣と自身から立ち上る黒い魔法力を以って、三人を威圧した。

 炎の剣は鉄をも焼き焦がし、氷の剣は魂さえ凍りつかせる。

 黒い魔力は数多の生者に恐れを抱かせ、突き刺すような眼光は風よりも速く、獲物を捉える。

 この世に存在する如何なる剣士も、この男と対峙するだけで敗戦を悟るだろう。


 先手必勝とばかりにホックがいの一番にハンマーを振り被る。

「おらおらおらぁぁッ!!」

 それは彼が最も得意とする真正面からの愚直な攻め手。

 その一撃に込められたパワーは駆動兵器アシッドレイクに乱打したあの一撃一撃と同じ物だ。

「遅い」

 マドーンの剣撃が、音を置き去りにした。

 ハンマーを振り下ろした先に男の姿は無く、男は既にホックの背中を切り裂いていた。

「がはぁっ!?」

 傷口から氷が発生し、彼の背中をみるみるうちに凍らせていく。

 ホックは血を吐き出しがっくりと膝をつく。

「ホックさんッ!!」

 スフィアがホックに駆け寄っていく。

 右手には炎の魔法が、左手には癒しの魔法がそれぞれうっすらと赤と緑の光を湛えている。


「射抜けっ!炎の矢(ファイアアロー)ーッ!!」

 左手でホックを治療しながら、右手で炎の魔法を投げ飛ばす。

 炎の矢はマドーンの目の前で三つに弾け、三方向から敵へと襲い掛かった。

「ふんッ!」

 真正面からの炎が、同じ炎の剣で両断相殺される。

 が、背中とわき腹を狙った炎の矢がマドーンの身体に着弾。

 男の鎧にわずかばかりの傷と焦げ痕を作った。

「当たった!!」

 スフィアはぐっと拳を握る。

 だが活路を見出したその表情は、すぐさま驚愕と苦痛に青ざめた。

「お前の一撃は、軽い」

 マドーンの回し蹴りが的確にスフィアの腹をえぐる。

 その勢いのまま蹴り飛ばされ、スフィアの身体が王の間の壁へと激突する。

 彼女もまた苦痛に顔を歪め、しかしその瞳からは光は消えていない。


 スフィアの目から戦意が消えていない事を確認し、マドーンは右手をかざす。

「魔法とはこういうものだ……陰影の槍(シェイドランス)

 マドーンの右手に黒い魔法力が集中する。

 虚空より次々と影の槍が現れくるくると回転を始める。

 その数が二十、三十となった時、その全てがスフィアへと照準を向けた。

「くそっ、マジックシールドッ!!」

 一斉に放たれる影の槍。咄嗟に詠唱をし展開された魔法の障壁が影の槍を弾いていく。

 一つ防ぐ事にスフィアの腕に衝撃が走り、魔法力が削られていく感覚を味わいながらスフィアは歯噛みする。

「ど、どうにか防ぎ切れ……」

 最後の一撃を防ぎ切った。そう思ったその瞬間。

「脆い」

 一際大きな槍が、魔法の障壁と衝突する。

 槍が弾けると、障壁はガラスが砕けるような音を立てて割れ消えて行った。

「ぐぅぅっ!!」

 障壁に消費した魔法力を補充しようと、血液が煮立つような感覚と耐え難い痛みがスフィアを襲う。

 甚大な魔法力の消耗がスフィアの生命力に大きな反動を与えたのだ。


「二人とも、大丈夫!?しっかりして!!」

 堪らずケルヴィンが声を上げる。

「前に出るんじゃねえ!てめぇは斥候だろ!!」

「私らが倒れたら、ケルヴィンさんが皆に報告するんだよ」

 駆け寄ろうとするケルヴィンを、ホックとスフィアが諌め下がらせる。

「あんただけは五体満足じゃないといけない。分かるよね?」

「もうっ……」

 ケルヴィンは悔しそうに歯噛みをする。

 彼は生粋の戦士ではなく、冒険者達の進むべき道と帰り道を示すべき存在なのだ。

 彼のような斥候がいるからこそ冒険者は敵の配置した罠や敵の数を知る事ができる。

 彼のような斥候がいるからこそ冒険者は背後からの奇襲を恐れる事無く街へ帰る事ができる。

 しかし彼は今起こっている戦いの場に於いて……ケルヴィンは劇的な貢献を残す事はできないのだった。


 マドーンはそんな彼に一瞥もくれてやる事もない。

 報告しに行くのならばするがいい。そう言いたげに彼を無視し、ホックの方へと歩み寄った。

「それでも勇者か?最強を名乗る戦士なのか?がっかりだな……。殺す価値さえもありはしない」

「……テメェだけは、ぶっ潰す」

 期待と落胆、そして失望。いくつもの感情をない交ぜにした瞳で氷の剣をホックにに突きつけるマドーン。

 マドーンを見上げ、ホックは憤りに歯を軋ませ、兜の下から睨みつける。

「挑発に乗るなよ、ホックさん。どうにかして隙を探るんだ」

 ふらふらになりながらも立ち上がるスフィア。

 治癒魔法で自身の傷を癒しながら、相手を観察する。


 隙を探る。そう言った当人でさえ、かの剣士に探るべき隙はあるのかと疑っていた。

 敵は常にスフィア達の一歩上をゆく。

 どんなに重い一撃も、どんなに速い連撃も、どんなに強力な魔法でも、相手はそれより僅かに重く、速く、激しい反撃で相殺し、スフィア達にじりじりとダメージを与え続けていた。


 ホックは凍りついた背中を強引に割り、立ち上がる。

 スフィアとホックは武器を構えながら互いを守るようにじりじりと双方の距離を詰め、敵の攻撃に備えた。

「次はこちらから行かせて貰おう」

 マドーンが両手に持った剣を構え交差させた。

 炎と氷が合わさる。二対の剣は一つとなり、一つの巨大な光輝く剣となった。

 光の剣を大振りに振り回し、腰の後ろに据える。それは異界フソウから伝わる居合いと呼ばれる構えに似ていた。


 スフィアは義兄であるタイガが、この世界で量産出来る大剣ではなくフソウのカタナを使って居た頃、一度だけ見せて貰った事があった。

 精神を極限まで高め、感覚を鋭敏に研ぎ澄ませ、切っ先に全てを集中し、一瞬を見切りカタナを放つ。

 その刹那の斬撃は空を斬り、地を砕き、海を割る。

 ともすれば天地創造を成した神すら斬れると冗談めかしてタイガは言っていたが、目の前で高まり続けるそれは、まさしくそれをも成すに相応しき精神の濁流であった。


「ホックさん、魔法力を貸せッ!!」

 明らかに『まずい』。そう察したスフィアは咄嗟にホックの手を取る。

『{吸魔魔法アブソーブ』を発動し、強引にホックから魔法力を吸い上げる。

「うおっ!?」

 極大となった光の剣がホックの魔法力で展開されたマジックシールドと衝突。

 突然のスフィアのアブソーブに驚きながらも、ホックはふらつきそうになる身体を踏ん張って耐えている。

「防げえええええええッ!!」

 マドーンとスフィア。二者の間に激しい火花が散る。

 激しく舞った火花は視界を白、赤、青と明滅させ、目を覆いたくなるような光の濁流が玉座の間で発生する。

 けたたましい破裂音。金属が擦れるような不快な音。マジックシールドがガラスのように砕けるキラキラとした幻想的な音。

 二人分の魔法力で作られたマジックシールドは破壊と同時に即再生され、光の剣による致命的なダメージを防ぐ。

 何度、障壁の破壊と再生を繰り返しただろうか。永遠に続くかと思われた光の濁流が徐々に減衰していく。

 マドーンが構えによって溜め込んだ二対の剣のエネルギーが尽きていく。

 光の剣が消え、赤と白の光さえ失った二対の剣に戻った時。マジックシールドは役割を終えて今度こそ音を立てて消滅した。


「……はぁっ、はぁっ!!」

 糸の切れた人形のように崩れ落ち、膝をつくスフィア。

 額から脂汗が垂れる。力尽き、もはや武器も握れない。

 殆ど死に体の状態であった。しかしマドーンは自身の秘技を防がれ驚愕していた。

「……二人分の魔法力でより強固なマジックシールドを張ったか」

「咄嗟の判断で俺の魔法を凌駕したのは褒めてやろう。だが、二度目は無い」

 再びマドーンは二対の剣を構え直す。霧散した筈の力が、また彼の剣に集まっていく。

「くそっ……!!」

 スフィアは拳で床を殴り付ける。大技を機転で乗り切り、ようやく繋いだ命が無駄であったと気付く。

 これほどの絶望はあろうか。目の前の剣士はまさしく今まで対峙した相手とは比較にならない『化け物』であった。


 勝ち目が無い。そう思った矢先。相手は何を思ったか、武器の構えを解いた。

 膨れ上がった闘気の光が陰り小さくなっていく。

「もう、やめにしようじゃないか。これ以上の戦いは無意味だろう?」

 マドーンは二人にとって驚くべき言葉を発した。

 このまま戦えば相手の勝ちは決まりである筈なのに、手を止める必要があるのか。

 スフィアもホックも、マドーンの言葉を量りかねていた。

「今までの非礼を詫びよう。お前達は強い」

 そんな二人を見据え、言葉を続けるマドーン。

 張り詰め続けていた緊張が、ほんの僅かだけほぐれる。

「そして、これから先の戦いの中でもっと強くなる……殺すには惜しい人材だ。ここから立ち去るならば、適切な治療をした上で背を追わない事を約束しよう」


 自分より遥かに強い剣士が、自分の才能を見出し惜しんでいる。

 本来ならば喜ぶべき事だろう。……この場が戦いの場ではなく、評価した相手が敵でさえなければ。

「だが、これ以上向かって来るならば容赦はせん。分かるな?」

 再びマドーンは二人を見つめる。ほぐれていた空気がまた張り詰める。

 逃げ出すか、あくまで戦うか。迷うスフィアの隣でホックが小さく笑い出す。

「俺様に……尻尾を巻いて逃げ出せってのかあ……?くくく、嘗めやがってえ……ッ!!」

 確かに笑っている。しかし握られた拳はかすかに震え、息遣いも荒い。

 明らかに怒りで血が煮え滾っているのがスフィアにも分かった。

「選べ。お前達の運命を」

 戦うか、逃げるか、二つに一つ。

 見逃してくれるというのなら逃げるべきだろう。逃げて態勢を整え、反撃の機会を探るべきだ。

 また、教会を通してこの男の上司、即ちムーチョス王と交渉するという手もある。

 王が何の為にこの塔を建てさせているかは分からないが、相手の望む利益を与え、塔の建設だってこのような形でなければ協力を持ちかけられるし、友好的な関係を取れるかもしれない。

 この場は引くのが正解だ。それで間違いない筈なのだ。


「……あんたは、どうしてムーチョス王に従っている?」

 だが。一つスフィアは確かめねばならない事があった。

 この男がどういった存在なのかを。

「民をあんな風に苦しめる王を、どうして……守ろうとしているんだ?」

「それが、我だからだ。ムーチョス王の直属のしもべ。マドーン将軍だからだ」

 マドーンは淡々と答える。スフィアはその答えに嫌な予感が走り、続けた。

「もし、あんたの王がこの国の枠を越えて他国の侵攻を。他国の民を殺す命令を下したら……あんたは、それを成すのか?」

 マドーンは先ほどとは違い目を伏せ逡巡し、答える。

「王がそのような命令を下すとは思えない。王は如何なる人間にも優しきお方だ。そのような事を望む筈が無い」

「だが、もし、万が一そのような事があれば……我は、他国への侵攻を開始するだろう。お前達の仲間も、家族も、根絶やしにするだろう。必ずな」

 目の前の男はそれだけ答えると口を結ぶ。それはスフィアの最も聞きたくない答えであった。


 この男には王への絶対的な信頼と信条がある。否。『その二つしかない』。

 この男は言葉通り、王の命令ならば一切の躊躇をしないだろう。その瞳がありありと語っている。

 何より、男の言葉とスフィア達が下で見た実情が食い違っている。

 ムーチョス王は他国へ侵攻し、その国の民を殺す事を望む方ではないとこの男は言った。

 如何なる人間にも優しいお方だと、確かに言った。


 スフィアの脳裏に一つの仮定が浮かぶ。

 下で起こっている悲劇はムーチョス王の望むものでは無いのではないか。

 ならば民を虐げているのはこの男でもかの王でもない。その後ろにいる別の存在ではないか。

 恐らく血も涙も無いそんな存在に、かの王は従わされているのではないか。


「……そうか、そういう事なら。やっぱり、引けない」

 スフィアは結論を下した。この男は今、最も危険であると。

 扱う者によって善にも悪にも変わる絶対的な力であると。そしてその力は今、悪の手に渡っているのだと。

「そうだぜえ、スフィアよ。お前の言うとおりだ」

 気付けばホックも立ち上がっていた。

「見逃してやるだあ?ざけんじゃねえ。てめえみたいなやばい奴を残して国へ帰れるかよ」

 ホックの声に怒気が籠る。命令があれば自分達の故郷も襲うとはっきり言われては見逃せないのだろう。


 勇者とは、ただ強敵を倒すだけの存在ではない。

 これまでに出会った人々。これから出会う人々。大切な友人達を守る為の存在なのだ。

 タイガやホックの妻エリーに害が及ぶ。命令があれば手を下すと言って憚らない男をどうして信用できようか。

 ここで断ち切る。目の前の存在は、この世界にとってあまりにも危険すぎる。

 スフィアの中の天使(アンジェラ)が囁く。『目の前の男はただの暴力である』と。

 スフィアの中の勇者(ビクトリア)が囁く。『この男を見逃すな』と。

 十七年掛けて作り上げた彼女のちっぽけな『倫理』が、彼女を強く突き動かしていた。


「……ほう」

 スフィア達が武器を構えると、マドーンは驚き目を見開く。

 二人の反応に関心を抱き、感心したように頷いている。

「お前達は今、最も愚かな選択をした。己の未来の芽を自らの手で摘んでしまった」

 目の前の男から発せられる威圧感が膨れ上がる。

「さらばだ。有望な戦士達よ」

 二対の剣が再び赤と白に光り輝く。二つの輝きが合わさり、また一つの大きな剣となる。

 二人の体力と魔法力を根こそぎ奪い去ったあの攻撃が、再び放たれる。



 ふわりと、温かい風が二人を包んだ。

「翼よ、二人を守って!!」

 聞き覚えのある声。地上に置いてきたはずの優しき友人の声だ。

「なっ……!?」

 視界を白い何かが塞ぐ。

 それは羽毛だった。羽毛の壁が、マドーンの光の剣を完全に防いでいた。

 羽毛の壁が、左右に分かたれる。

 まず視界に入ったのはマドーンの表情だ。

 自身の切り札を難なく防がれたその表情は努めて冷静だが、二人の背後にいるその人物に畏まり、その場に跪く。


 二人は後ろを振り向いた。赤い髪に長い耳が特徴的な少女。

 人懐っこく、お調子者で、少し臆病だが誰とでも打ち解ける心優しい娘。

「アンちゃん……」

 スフィアの親友である、アンジェリカだった。

「おい、アンッ!なんでてめぇがこんな所にいるんだ!!」

 ホックにとっても彼女の来訪は予想外だったようで、混乱と怒りでがなり立てている。

 それはスフィアにとっても同じである。自身の倫理を持たないこの男の前に立たせるのは、危険だ。

「アンジェリカちゃん、その翼は……?」

 しかしケルヴィンはそれよりも背中の翼に注目しているようだった。

 咄嗟に出したのだろう翼を小さくさせていきながら、アンジェリカは恥ずかしそうに身を捩る。


 幾許かの時間が流れた。アンジェリカはやがて前へと歩み出し、二人の前に立って頭を下げた。

「スフィアさん、ホックさん。本当にごめん……私は二人の決意を土足で踏みにじった」

 しかしすぐに顔を上げて、キッと二人を、ケルヴィンを、その奥にいるマドーンを睨んだ。

「でも、見逃せない。やっぱり二人には生きていて欲しいから」

 スフィアははっとなり、改めて自分の身体を見る。

 全身に傷を負い、あちこちから出血している。光の剣の一撃はマジックシールドを貫通し、自身に甚大なダメージを与えていた。

 それに気付くと全身が痛み出した。残り少ない魔法力を使用し、傷を癒していく。


「私は道具使いだから。消え往く魂を、一つたりともその手から零さない」

 アンジェリカはマドーンの方に身体を向け、告げる。

 続く言葉はかの男だけでなく、この場に居る全員へと向けられる。



「だからお願い。どうか戦いの手を止めて」

 それは、小さな天使の懇願であった。

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