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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
六章【道具使いと砂漠の塔】
48/64

06-05 芽生え

 


 ホープの町の昼下がり。二度目の鐘の音に耳を塞ぎ、やり過ごした後に

 宿の自室に道具達を集合させ、アンジェリカは今後の作戦を立てていた。

「それで、まずはあの塔に忍び込んで様子を探ってみるべきだと思うの」

「突入するのは鐘の鳴らない夕方になってからになるわ。手筈は分かってるわね?」

 アンジェリカの言葉に、ローシャの人形銃兵隊は敬礼をして返す。

 炎の双頭獣オルトロスは行儀良くお座りをし、雷の羊メリーさんも気合を入れるように電気の火花を散らす中で

 風の三毛猫ミケランジェロだけは興味が無さそうにソッポを向き、あくびのような仕草をしていた。

「よし、いい子達ね。それじゃ、夕方まで待機しましょ」

 アンジェリカはそれらの仕草を各々の首肯であると取った。

 英気を養う為、出店で購入した果物を齧りながら、夕方を待つ。



 夕陽が西に沈み始め、夜の帳が降りようとしていた頃。

 アンジェリカと道具達は、塔への道に立ち塞がる城壁の前に立つ。

「これだけ長いはしごがあれば、中に忍び込めるはずよ。んしょっと」

 アンジェリカは銃兵隊達を肩に乗せ、用意しておいたはしごを登る。

 城壁の高さは巨人族の成人男性の二倍同程度であり、登頂に少々の時間を要したが

 しんと静まり返る街に監視の目は無く問題なく完遂される。



「……っ!!何、これ……!」

 城壁を登りきったアンジェリカの目に飛び込んできたのは、我が目を疑う光景であった。

 ムチで打たれる若者。親子共々殺され、穴に埋められる父と娘。掘った穴をまた埋め直す女性。

 ヒトも、巨人族も、ドワーフも、人魚族も。皆一様に黒き鎧の戦士達に監視されながら

 意味があるとも無いとも付かない作業を延々と繰り返していた。

「こんな事が、中で起こっていたの?」

 しばし呆然となるアンジェリカ。彼女が思考を取り戻したのは、彼女の脇から一つの影が走り去った時だった。


 三毛猫のミケランジェロが単身、塔に向かって走り出す。

「ミケランジェロ!待って!まずはこっそり忍び込んで……!!」

 アンジェリカは慌ててぬいぐるみを呼び止める。しかしそれが鎧の戦士の注意を引く事となった。

「何者だ!!」

 戦士の一人がアンジェリカを見咎め、叫ぶ。

 彼女はその声に驚き城壁から落下。強かに身体を打ち付ける。

 痛みに呻きながら顔を上げると、そこにはムチを持った黒き鎧の戦士が目の前に立っていた。


 一瞬、血の気が引くアンジェリカ。

 背筋に伝う冷たい感触に耐えながら道具達に命令を下す。

「迎撃するわ!銃兵隊!攻撃準備!!」


 反応は、無い。道具達は微動だにしない。

 銃兵隊も、オルトロスも、メリーさんも、ミケランジェロも。

 彼女の声に呼応せず、鎧の戦士に攻撃を行わない。


「……?どうしたの?みんな!攻撃よ!!」

「オルトロス!炎を吐いて!メリーさん、電撃よ!!」

 やはり、動かない。

「そ、そんな……道具たちが、言う事を聞かないなんて!?」


「死ねェッ!!」

 戦士の一人が、アンジェリカに向かいムチを振るう。

 ムチの接触と同時に、彼女の腕や頬に激しい痛みが走る。

「い、痛い!痛い!みんな、助けて!!」

 身を裂くような痛みに半狂乱となって叫ぶアンジェリカ。

 だが、道具達はこちらを見て首を傾げるばかりだ。

「ど、どうして……どうして、動かないの?」

「お願い、やめてぇ!!」



「えっ……!?」

 何かが、足に触れる。

 死を覚悟したアンジェリカは、足に触れたそれを目にして驚愕した。

 オルトロスの舌がアンジェリカを舐めていた。そして彼の身体は、鎧の戦士の身体をすり抜けていたのだ。

「身体を、すり抜け……!?」

 鎧の戦士はオルトロスの事など気にも留めず、相変わらずムチを振るい続けている。

 オルトロスも鎧の戦士も、互いを認識していないのだ。

 それに気付いた瞬間、先ほどまで感じていた痛みが酷く虚ろで曖昧な物へと変わっていた。

「ま、まさか!!」

 意を決し、アンジェリカは手を伸ばす。目標は目の前にいる鎧の戦士の身体だ。

 手を伸ばし、戦士の身体に触れる。手ごたえが無い。

 身体の中で手をかき回すと、戦士の身体が煙のように空気と混ざり合っていき、いつしか霧散していた。


「消えた……消えちゃった」

 アンジェリカは後ずさる。自分を囲みムチを振るっていた戦士は幻だった。

幻惑魔法イリュージョン……海竜の時と同じように、私は魔法に掛かってたんだ」

 ふと、腕を見る。腕にはムチで打たれた痕が確かに残っている。

 幻を本物として認識していたその瞬間、非現実の痛みが現実を凌駕していたのだ。

「ねえ、みんな。この人達が幻だって気付いていたの?」

 アンジェリカはオルトロスを抱き上げる。ぬいぐるみはやはり首を傾げるだけで、

 主の言葉の意味を理解していないようであった。

「この痛みも、怖い人達も、みんな嘘だったんだ……」

「……それならっ!!」

 確信し、駆け出す。

 幻の戦士など恐ろしくは無い。それを皆に伝えねばならないと。


 丘人魚族の青年は連日の石材運搬に疲れ果て、倒れ伏す。

 そこを鎧の戦士に見咎められ、ムチによる罰を受けていた。

「うわああああっ!やめてくれええっ!!」

「もたもたするな!石材を運べッ!!」

 地面に転がり、のたうち回る青年に戦士のムチが容赦なく振り下ろされる。

 一度、二度、三度、四度。何度もムチに打たれ続けた青年の精神は限界に達していた。

「それっ!!」

 突如、戦士の姿が掻き消える。

 アンジェリカの投げ入れた石が戦士に命中し、鎧の戦士は霧散した。

「なっ……!?」

 目の前に起こった事態に目を見開き、口をあんぐりと開けたまましばし呆然とする人魚族の青年。

 そんな彼にアンジェリカは駆け寄り声を掛ける。

「もう大丈夫よ。ここにいる人達はみんな私がやっつけてあげる!」


 抵抗を見せれば消える幻覚であるならば、数多の奴隷達の中には奴らの正体に気付く者も居ただろう。

 ならば奴隷達を日々シャッフルさせていたのは、彼らの間に信頼関係を作らせない為ではないだろうか。

 たとえ鎧の戦士の弱点を知ったとして、誰も話さない。話したとして、誰も試さない。

 何万回も同じ様な事が起こればいつかは発覚する事であるが、

 隷属の鐘の効果によって試行するという思考さえ奪われたとすれば無理のない話である。

 何故ならば、その幻は本物だと信じる者の前では確かに本物であり、触れられる存在だったからだ。


 巨人族の女性は、繰り返し、繰り返し、穴を掘り埋める作業を続けさせられていた。

 意味を問えば、ムチで打たれる。拒否をすれば、更にムチで打たれる。

 身体の大きな巨人族であっても、この戦士に対抗する事は難しい。

 彼女の振るう拳よりも素早く動き、的確にムチを入れていく鎧の戦士を前に女性は抵抗する気力さえ失っていた。

「オルトロス!あの人のやや右方向に炎噴射!!」

 アンジェリカの指示によって、オルトロスの炎が戦士の姿を掻き消す。

 道具達に戦士の姿は認識できないが、適切に座標を指示すれば道具達は正確に攻撃行動を行った。

「な、一体、何っ……!?」

「私はアンジェリカ。貴方達を助けに来たのよ」

 事態を把握できない巨人族の女性に、アンジェリカは手を差し伸べる。

 絶望的な状況から差し伸べられた救いの手は、女性の心に希望の光を灯したのだった。


 アンジェリカは人々を助ける傍ら、体力と精神力の残っている者に協力を求めた。

 彼女一人では、限られた時間でどれだけの人が助けられるか分からない。

 一人ひとり助けている間に、どれだけの人が死んでいくか分からない。

 故に一人でも多くの協力者が必要だった。

「怖がる事なんて無いわ。勇気を出してあの幻の戦士をやっつけるんです」

「……し、しかしだな……」


「銃兵隊、前方と後方に一斉射撃!!でも、人間には当てないで!!」

 躊躇する身なりの良い小太りの中年の男性をよそに、前方と後方の戦士が消える。

 そのあまりのあっけなさに、恐らく街の有力者であろう男性は驚きと怒りの声を上げた。

「なんだ、これは……私達は、こんなものを恐れていたのか!?」

「こんなものの為に、街の仲間は死んでいったのか!?」

「決起だ!これ以上、犠牲を出してはならない!!」

 流れが、大きく変わった。


 人々は、最初こそ鎧の戦士に強い恐れを抱いていた。

 しかしいつしか、戦士に石を投げる者が現れた。

 誰かの投げた石が戦士をすり抜けて姿が掻き消えた事を確認すると、人々はこぞって戦士達に反撃を開始する。

「このっ……今まで、よくもやってくれたな!」

 ある者は、ムチで打たれて足腰を壊してしまった。

 ある者は、父や姉、弟などの家族を奪われた。

 ある者は、将来を約束されるほどの美貌を傷つけられた。

「お返しだ!俺達の未来は、俺達の手で取り戻す!!」

 アンジェリカが投げ入れた勇気は、水面の波紋のように人々へと伝播していく。

 それに従い、採石場に存在した多くの黒い鎧の戦士達も姿を消していく。小さな勇気が、少しずつ加速していく。


 鎧の戦士達がこの場から居なくなるのも時間の問題であった。

 もう大丈夫だろう。アンジェリカは確信したその刹那。

「……っ!!」

 突然、背中に痛みが走りうずくまる。

 背中に熱が篭り、皮膚が裂け、何かが現れるかのような。

 例えるならば、アンジェリカの背中から別の生き物が誕生するような痛みだった。

「ど、どうかしたのか?」

 彼女の近くで戦っていた近くの青年が彼女の異変に気付き、駆け寄る。

「う、ううん、なんでもありません。それより、どうか私に力を貸して!」

 アンジェリカは反射的に笑顔を作る。

 額からは脂汗が流れ、熱の篭っていた背中は今度は逆に凍りつくように寒くなる。

「そして、同じように苦しんでる人達を助けてあげて……城壁の中から、皆の力で黒い戦士を追い出しましょう」

「あ、ああ……分かった!」

 すがるような彼女の言葉に、青年は息を呑む。

 青年が振り絞るように声をひり出すと、アンジェリカはほっとしたような表情を見せ、踵を返し走り出した。


 青年は走り去る少女の背中を目で追い、驚きに目を見開いた。

 彼女の背中には、小さな、白い翼のような物が生えていたのだ。

 ともすれば見逃してしまいそうな、小さな小さな翼。

 しかし小さなそれは、未だ幼い少女の新たな力の芽生えの証であった。

「あの方は、あの方はまさか……ッ!!」

 アンジェリカの小さな背中を見送りながら、青年は唇をかみ締め、恩ある彼女に報いる為に駆け出して行った。



「これで、こっちの方はもう大丈夫ね。後は……」

 これだけ決起の規模が大きくなれば、もはやアンジェリカの手も必要無いだろう。

 ほっと一息を吐き、彼女は改めて塔を睨む。

「きゃっ!?」

 突然の突風。西風が、アンジェリカや街の人々を吹き飛ばさんと吹き荒れる。

 それと同時に、戦いの場のある一角にざわめきが起こった。

「お、おい、あれ……!!」

「人が、落ちて……!?」

 見上げる。風に煽られ、塔から離れた黒い影が宙を舞っている。

 それはみるみるうちに地上へと吸い込まれるように落下していき、地面との激突は避けられないだろう。

「あの高さじゃ助からねえだろう……ご愁傷様だな……」

「そんな……そんな!!」

 誰かが諦めたように嘆息をした、その瞬間。


 アンジェリカの背中が燃え上がるように熱くなる。

 彼女の中の何かが、彼女を強く突き動かす。

「そんなこと、させるもんか!!」


「あ、あんた、その翼は……!?」

「翼……ですって!?」

 気付けば、アンジェリカの背中には白く大きな翼があった。

 大空を舞う白鳥のような。ふわりとした、柔らかく暖かい翼。

 翼は囁く。あの小さな影を救えと。

 翼は囁く。救える命は、何一つ取りこぼしてはならないと。

「空中で受け止めて、あの人を助けるッ!!」

 自分の中の何かに突き動かされるまま。翼を広げるアンジェリカ。

 銃兵隊の何体かをポーチに入れ、ぬいぐるみを背中に乗せて。

 彼女は大地を蹴り、飛び上がった。


 飛び立ったアンジェリカを襲ったのは、凄まじい空気の圧力だった。

「っ!!」

 遠のきそうな意識を堪え、小さな黒い影……少年を空中でキャッチする。

 まずはその少年を安心させようとにっこり笑いかけようとするアンジェリカ。しかし。

「だ、大丈夫ですか!?……くっ!!」

 翼の発現と、圧し掛かる空気圧。そして落ちてきた人間を強引に受け止めた際の負荷が彼女の身体に一気に押し寄せる。

 二度、三度と意識が遠のきかかる。しかしその度に翼に熱が篭り、アンジェリカの意識を引き戻す。


「う、うおおおああああっ!!」

 力を振り絞り、空を蹴る。

 中腹の踊り場にやっとのことで足を掛け、少年をゆっくりと降ろすと、アンジェリカはその場に崩れ落ちた。

「はっ……はぁっ……!はぁっ……!!」

「ぼ、僕を……助けてくれたのか?」

「もっ……もう、大丈夫よ……。ぐっ、ううっ……」

 全身に疲労が襲う。床に手を付き、乱れた呼吸を落ち着けようとするが彼女に掛かった負荷がそれを容易には許さない。

「翼が、小さくなって……いや、それよりも……助けてくれて、ありがとう……正直、もうダメかと思ったよ」

 散りゆくはずだった命を拾われ、少年は深々と頭を下げた。

 少年の無事を確かめ、アンジェリカはようやく自分の成した事を理解するのだった。


「いいえ……それより、下の様子は見えるかな?」

「鎧の戦士は、幻影だったの。貴方達はもう、無理矢理働かされる事は無いんだよ」

 眼下には、少年と同じく命を拾われた者達が喜びの声を上げていた。

 石材を運んでいた若者も、穴を掘って埋めなおした女性も、街の有力者である中年も。

 小さすぎて見えないが、彼女達には確かに彼らの声が聞こえていた。

「うん……聞こえるよ。人々の、勝利を喜ぶ声が」

「死んで行った仲間が聞いたら、きっと喜ぶよ。……本当に、ありがとう」

 改めて礼を言って、少年は塔を下っていく。


 幾許かの時が流れた。陽は既に落ち、空には月が昇っていた。

 身体を休め、体力を少しばかり取り戻したアンジェリカは、道具達に支えられながらやっとの事で立ち上がる。

「私も、行かなきゃ。皆のところへ……」

 そう言って、塔の中へと消えて行った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「やはり、彼女でしたか」

 喜びの声を上げる街の人々を遠目に眺めながら、ラブは呟いた。

 力の発現を確認し、彼女は口の端を釣り上げる。

「一刻も早く、教会に報せなくてはなりませんね」

 彼女の姿は影となり、闇夜へと溶けていく。

 そこに居た人々は誰一人として彼女に気付く事は無く、互いの無事を喜び合っていた。


「道具使いアンジェリカを。……新たな救世の天使を、我らの教会へと迎え入れる為に」



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