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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
六章【道具使いと砂漠の塔】
47/64

06-04 壁の向こう

 


 城壁の中は、地獄だった。

 土を掘り、石を採掘し、直方体に加工し、積み上げる。

 単純な作業の繰り返し。だが、非常に重労働だ。

 砂を深く掘られた塔の周りは土が剥き出しになり、あちこちにでこぼこと穴が開いている。

 照りつける太陽の下、多くのヒト、ドワーフ、巨人族、人魚族が働かされていた。

 石材を運ぶ者。穴を掘る者。塔の装飾を作る者。何らかの魔法構築の呪文を塔に書き込む者。

「はぁ、はぁ、水を……」

「休むな!!」

 耐え切れず地に膝をついた若者に、容赦無くムチが入れられる。

 そこに女も子供も老人も無い。彼らは顔を仮面で隠した鎧の戦士に監視され、休みも与えられず働かされ続けていた。


「娘が……娘はもう働けません。どうか、薬を……!」

 がっくりとうな垂れた七つ、八つ程の幼子を抱え懇願する父親。

「それはもう死んだ。そこの大穴に投げ入れて埋めるがよい」

 しかし鎧の戦士は親子を一瞥すると、あまりに残酷な要求を父親に与える。

「そ、そんな……!娘はまだ生きています!どうか薬を!!」

「王の為に働けぬ者など死んだも同然!!」

 父と娘にムチが入れられる。裂傷で血と肉がむき出しになり、太陽に皮膚を焼かれのた打ち回る父親。

「あ、ぎゃあっ……う、うぅっ……」

 更に激しくムチが入れられると、娘を庇っていた父親もやがて動かなくなり、それを鎧の戦士が確認すると父と娘は大穴へと投げ入れられた。


 ケルヴィンの案内に応じて城壁の奥へと踏み入れたホックとスフィアは、

 目の前の惨状に言葉を失っていた。

「こいつは、ひでぇもんだな……」

 最初に口を開いたのはホックだった。

「奴隷とか隷属って言葉を聞いた時には、あんまりピンと来なかったけど……想像以上だよ」

 スフィアは正視に耐えず、片手で目を覆っている。

 ここにアンジェリカが居たならば、怒りに任せて飛び出して行ったかもしれない。

 ミツバなどは顔面を蒼白させ、その場にへたり込んでいたかもしれない。

 そういう意味でも、彼女達をここに同行させなかったのは正解だっただろう。


「この国の人達、どうやらこの塔をどこまでも高く積み上げようとしてるみたいね」

 塔を見上げると、城壁の外からは見えなかった高所作業をしている者が見える。

 高所で危険な建築作業をしているにも関わらず、彼らは命を繋ぎ止めるはずのロープを身に着けていない。

「あぶねえな……あんな所から落ちたらひとたまりもねえだろ……」

 ホックが呟いた次の瞬間。

「……っ!?」

 不意に突風が吹く。

 この街の西の遺跡から吹いてくるこの風は、街の人々から希望の西風と呼ばれていた。

 風に煽られて壁にしがみつく作業員達。

 スフィア達が立っているだけでもやっとなこの強風は、高所で作業をしている彼らの命を散らすべく吹き荒ぶ。



 作業員の一人が、宙を舞った。



 背丈、体格からして人魚族の青年だろうか。

 彼は両手で空を掻きながら地面へと吸い込まれていく。

 スフィアには彼の表情は見えない。怒っているのか。泣いているのか。諦めてしまったのか。

 彼女の視線はいつしか空を掻くことさえやめてしまった青年を追い、空から地面へと落ちていく。

 不意に視界が暗転した。誰かがスフィアの目を手で隠したのだ。

「あたし達が向かうのは地上じゃないわ。塔のてっぺんよ」

 ケルヴィンの声が聞こえる。彼はスフィアの首を上の方向に優しく向けてから手を離した。

「大丈夫よ。彼は助かったわ」

 そう告げたケルヴィンの声は、かすかに震えていた。



「奴隷同士の顔見知りを作らないように、頻繁に人員を入れ替えてるみたいなの。結構なやり手だわ」

 そう言いながらケルヴィンは感心し頷く。

 昼にも街に人間がいたのはその為だろう。昼と夜で働く人員を交代させているのだ。

「反乱の決起を防ぐ為、か。そのお陰で作業効率が随分落ちているようだけど」

「そこが分からないのよねえ」

 スフィアの言葉にケルヴィンも疑問に顎を撫でる。

 能力に特化した人種を、わざと適性の無い仕事に割り振っているとしか思えない程に、人員の采配はあまりにも杜撰だった。

「力仕事を身体の小さいドワーフに任せて、手先の不器用な人魚族に細かい部品を作らせて」

「うん。魔法適性の低い巨人族に発動用の呪文を書かせてるみたいだね。……そこに例外もいるけど」

「あ?俺様は得物でブン殴るのが好きなんだよ」

 スフィアはホックをちらりと見やると、ホックは得意げにハンマーを振り回す。


「塔の見張りは入り口の二人。内部にも罠のようなものは見当たらないけど、監視は厳しいわね」

 岩場の陰に隠れ、塔の入り口を指差すケルヴィン。

 黒い鎧が光る戦士は、他の鎧戦士よりも格上なのだろう。

 兜の隙間から、手を休めている者がいないか目を光らせていた。

「こっそり侵入する?」

 問い掛けるスフィア。

「真正面から突破するに決まってるだろ。と、言いたい所だが……」

 答えるホック。二人はケルヴィンに視線を向ける。

「何があるか分からない以上、裏口から入るのが無難よね。ついてきて」

 三人は頷き合う。国民にこのような仕打ちを与えるムーチョスは、やはりまともな王ではないのだろう。




 眼前に立ちはだかるは、垂直に伸びた道。

 幾重にも重なる石垣で組まれたその道は、雲より高い頂へ向かうにはあまりにも頼り無い。

「裏口って、鉤爪かよ……」

 首を垂直に向けて、あんぐりと口を上げるホック。

 潜入捜査の際に塔の外壁に打ち付け、一歩ずつ登っていくスカウトの常備品が三つ。

 それらを使ってこの天をも穿つような塔を登っていけというのだ。

「あたしが先行するわ。危険がありそうだったらすぐに報せるから」

 ケルヴィンはに足を掛け、軽やかに駆け上がっていく。

「マジかよ」

 今日だけで何度呟いただろうその言葉は繰り返し、ホックも足を掛けようとする、が。

「私が真ん中で、ホックさんが一番下ね」

 スフィアに引きとめられる。ホックは訝しげにスフィアに訊ねた。

「お前、そういう時は普通上を見たら云々とか言わないのか?」

「あんたが落ちたら私が潰れて死ぬんだよ。だからホックさんが一番最後」

 苦虫を噛み潰したような顔をしながら、親指を下に向けるスフィア。

「色気の無い奴だな、おい」

「色気より命でしょ。私には帰る場所があるんでね」

 肩を竦めるホックに、スフィアはべ、と舌を出す。




 塔の外壁の途中途中にある踊り場で休みながら、一行は石壁を登る。

 西から吹く突風は、スフィアとケルヴィンによる風魔法で相殺していた。

 ここには石資源が豊富にあり、多少足を滑らせた程度なら土魔法でフォロー出来る。

 それでも一行はなるべく下を見ないようにしながら、手と足を動かした。

「スフィアちゃんって真面目ねえ。恋とかしたことないの?」

 ふと、ケルヴィンがそのような事を言い出す。

「無駄口を叩かずさっさと登ってよ、ケルヴィンさん?」

 冷たく返すスフィア。ホックは笑いを噛み殺している。

「な?可愛げがねぇだろ?」

「あら、スフィアちゃんみたいな子ほど、恋をすると変わる物なのよ?」

「なっ!?」

「まあ、心当たりがあるのかしら?」

 スフィアの思わぬ反応に、すかさずケルヴィンが食いついた。

「なっ、無い事は……ないけど」

 口ごもるスフィア。

「何だ、俺様か?生憎だが俺様には可愛い嫁さんが……」

「私は……国に残してきたんだよ。兄妹みたいに育ってきたけど、大事な人が」

 あくまで茶化そうとするホックを無視して、スフィアはぽつぽつと自分の事を語りだす。

 スフィアの脳裏に浮かんだのは、自分を守り大怪我を負ったタイガの事だ。

 彼は自分を敵の手から逃がす為にそれに立ち向かい、腕を折られ二度と剣が持てない身体となった。


 自分を庇って飛び出した背中が忘れられない。

 傀儡夫婦に骨を砕かれて尚、奴に追い縋った姿が忘れられない。

 食器さえ取り落としてしまいそうな、彼の手の震えが忘れられない。

「その人は怪我してもう戦えないけど、その人に守って貰わずとも戦えるようになりたい……ううん、私が守ってあげたいんだ」

 スフィアが戦う理由は、漠然とした世界の危機に立ち向かう為だけではなく義兄であり初恋の人でもあるタイガに報いる為の物であった。

 そして、無事に帰った暁には――

「そう……」

「ここからだと見えないけど、きっと今の貴方は女の子の顔をしているわね」

 ケルヴィンに指摘され、スフィアは自分の顔の紅潮に気付く。

「……ふんっ」

 どうせ見えないのに。強がって、彼女はそっぽを向いた。

 いつまで続くか分からない正気を保つ為に、三人は石壁を登る間、楽しい話をし続けていた。




「はぁい、ここで休憩しましょ」

 もう何度目かになるか分からない休憩。

 それまでに鐘は一度鳴った。そろそろ太陽が昇りきった頃だろうか。

「ぜぇ、ぜぇ、い、一体どこまで登ったんだ?」

「もう、随分と高いところまで登ったみたいだね。見て」

 ケルヴィンは下界を指差す。そこに広がるのはどこまでも続くかのような海だった。

 水平線の彼方には、スフィアの故郷である山岳の国グランディアの山が見える。

 ここまで来ると地上の様子は霞んでよく見えなくなり、地上で起こっていた営みも豆粒のようにしか見えない。

「……ひゅう。落ちたらただじゃすまねぇな」

 眼下の光景に背筋を冷たくしながら、ホックは口笛を鳴らす。


「こんな所まで、雲の上まで届くような塔を建てて。ムーチョス王は、一体どうしたいのかしらね?」

「さぁ?雲より高い塔なんて建てても地上なんて豆粒にしか見えないよ」

「そうだろうな。それじゃあ、後に残るのは……上、か?」

 一同は上を見上げる。地上に用が無いのなら、残りは遥か雲の上しか残っていない。

 ムーチョス王は、空に行きたいのだろう。上へ、上へと登って遥か遠く。

 そう、女神の国まで。




「ここか?」

 人の手で作られた塔は、やがて終わりを迎える。

 階層は五十を越えてから数えていない。夕日は西の空に沈み始め、夜の帳が降りようとしている。

 夜も更ければ、作業員も警備兵も殆ど居なくなる。

 ホックとスフィアは作りかけの塔の片隅で息を潜め、哨戒に向かったケルヴィンを待った。

「ただいま、やっぱり罠も何にも無かったわ」

「いくらなんでも無防備過ぎるね。いっそ、勢いに任せて突入しちゃう?」

 王は塔の最上階に仮の玉座を作り、日々贅を尽くしているという。

 さすがに夜ともなれば王も眠りに就くであろうが、実際問題としてそこに居る者は誰だっていい。

 一度玉座に入り込んでしまえば、その者に取り次いで貰えばいいだけの話だ。

「いいわね、それ。賛成よ」

「……クカカッ!そうでなくちゃなあ!」

 飛び込むなら今しかないだろう。

 三人は覚悟を決め、頷き合った。



 激しく木がひしゃげる音と共に、勢いよく玉座の間の扉が蹴破られる。

 木と鉄で出来ているだけの簡単な扉は、巨人族であるホックの体格ならば破壊は容易だった。

「がはははっ!俺様が一番槍だぜえっ!!」

 新たな相棒となったハンマーを振り回しながら、中に居るかどうかすらわからない相手に全身を使い威嚇した。


 しんと静まり返った玉座の間は、仮設と呼ぶにはあまりに絢爛であった。

 鏡面仕立ての大理石の床に、新品と呼んで差し支えのない綺麗な赤い絨毯が敷かれている。

 金銀の装飾が散りばめられた鎧が飾られており、槍を構えたその姿は今にも動き出しそうだ。

 特に目を惹くのは、窓に嵌め込まれたステンドグラスだった。

 青、赤、黄色に彩られたそれは、麗しき女神のような姿を模している。

 この一室を作るのに、どれだけの労と財を投じられたのだろうか。

 何も知らない者にこの一角だけを切り取って見せれば、どこかの王城と信じてしまうだろう。

 何より驚くべきは、ここが仮設の玉座であるという事だ。

 それは塔が完成した時か、上に新たな階が出来た時か、それともすぐ明日なのか。

 少なくとも一度以上は、この部屋は取り壊されてしまうという事になる。

 多大なる財をつぎ込んだこの玉座は、たった一人の王が贅を尽くす為に。

 ほんの一時の享楽の為だけに、一切の費用対効果を度外視して作られていたのだ。


 そんな玉座の間の中央に、その男は立っていた。

 一見すれば人魚族と見まがう程のすらりと伸びる長身を持っていたが、耳や手などのパーツは間違いなく人間のそれである。

 灰褐色の流れるような長髪と、禍々しく隆起した重厚な漆黒の鎧。

 腰に提げた二本の長剣は、一振りは炎を思わせる赤い剣。もう一振りは氷のように鋭く冷たい青い剣。

 目鼻立ちした顔を振り向かせ、闖入者たるホック、スフィア、ケルヴィンの三人を瞳で射抜いた。


「ぐっ……くくくっ!!」

 男から発せられる威圧感に、ホックはほんの一瞬だけ躊躇する。

 が、相手も長身とはいえ体格差は歴然だ。その差を確認し、ホックは今一度吼えた。

「てめぇがムーチョスって王様かい?大人しくお縄を頂戴しやがれえ!!」

 目の前に佇むヒトに、ケルヴィンは違和感を覚えた。

 ムーチョス王はドワーフであったはずだ。

 相手を訝しげに眺めながら、目の前の男に挨拶を交わす。

「お初にお目に掛かります。教会からの依頼で、こちらに強制捜査が入ったわ」

 恭しくおじぎをするケルヴィンとは対照的に、スフィアとホックは既に男に武器を向けていた。

「無駄だよ、ケルヴィンさん。下の惨状を見たでしょ?こいつがお話し合いに応じるとは、到底思えないんだよね」

 スフィアの背中から、勇者の青いオーラが立ち上る。

「何を企んでるか知らないけど、話を聞かせて貰おうじゃないの」

 スフィアが望むのは話し合いではなく、一方的な詰問。

 聞いた上で叩き潰す。首謀者や協力者が居るならば、そいつ諸共だ。



「王への客人かと思えば……不躾な侵入者であったか」

 武器を向ける三人を一瞥し、男は嘆息した。

「我が王は不在だ。すぐにでも、立ち去って貰おう」

 相手に出来ないと男は背を向ける。が、それで引き下がれる一行ではない。

「生憎と、そういう訳にもいかないの。さっきも言った通り教会からの依頼でね」

「何をしているか、聞かせて貰おうかしら?」


「立ち去らないというのなら、こちらも相応の対応をさせて貰う」

 男は腰に提げた二振りの剣に手を掛ける。

 その瞬間、燃え上がるような熱気と心まで凍るような冷気が同時に巻き起こった。

 それらは互いの熱と冷気で相殺される事が無く、それぞれが独立して三人に襲い掛かる。

「……あたし達、別に戦いに来た訳じゃないんだけど」

 二人の説得を諦めるケルヴィンが、武器のツメを手に取った。

 一触即発。ここに居る全員が臨戦態勢となる。

「なぁにを言ってやがる、ケルヴィンよ」

「せっかく奴さんが歓迎してくれるってんだ。受け取らなきゃ失礼だぜえ?」


 熱気と冷気が、最高潮に達する。二本の剣を持った男が、剣を交差させ、構える。

 雲よりも高い空の上で、邪悪な剣士との戦いが始まる。

「我はマドーン。魔剣士マドーン……我が王ムーチョスのしもべ」

 剣士は剣を抜き放つと、赤と青に煌めく刀身がその姿を現した。

「玉座という名の聖域を。貴様らの血で色鮮やかに飾ってやろう」

 魔剣士マドーンと勇者スフィア達の戦いを告げる鐘が鳴った。



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