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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
五章【道具使いと外海のアンデッド】
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05-04 潤いのサファイア

 


 おだやかな海に沈んでいく海竜の死体は、朝日が昇ると共に光となって消えて行った。

 そしてアンデッド達との束の間の共闘もその場で終わる。

 共に戦った戦士達はそれぞれの船に戻り、それぞれのあるべき場所へと帰って行く。

 生者はおだやかな海へ、死者は嵐の海へ。もう二度と会う事は無いだろうと思いながら。


「ただ働きだよ、ただ働き!」

「ただ働きだぜ、ただ働き!」

 船へと戻ったスフィアとホックは同じ様なことを言いながら

 ベッドの上でごろごろと転がっていた。

 今回の戦いは目の前の障害を排除しただけであり、誰かから依頼された訳でも拠点に進入した敵を撃退した訳でもない。

 教会から少しばかりの報酬はあるだろうが、得られる物が無いと冒険者としてはやる気を失ってしまうだろう。



 戦いを終えて思い思いに身体を休める戦士達。

 そんな彼らの部屋に遠慮の無いノックの音が響いた。

「お疲れ様です、戦士の皆様。お体の方は大丈夫ですか?」

 客人は丘人魚族の友人であるケルヴィンの、その妻であるラブ船長であった。

「皆様に、報酬のご相談がございます」

 金銭が入っているだろう封筒を取り出すと同時に、冒険者達の視線が一斉に注がれる。


 報酬額自体は、一万二千Eur.と巨大な魔物を倒した報酬としては十分な物であった。

 しかし彼らが目を見開き、興味を示したのはそれではない。

「綺麗だねえ」

「とても美しいですわ……」

 アンジェリカとミツバはそれに目を奪われ、うっとりとする。

 その青い宝石は、沈みゆく海竜リヴァイアサンの死体から接収した物であり、

 親指の関節一つ分の大きさにまで美しくカットされ、ラブ船長の手の上で煌びやかに輝いていた。

「これは、皆様が持つに相応しい物かと……」

 ラブ船長はにっこりと微笑み、アンジェリカに向けてそっとそれを差し出す。

「わわっ、貰っちゃっていいんですか?」

 差し出された宝石を恐る恐る受け取るアンジェリカ。

 落としてしまわないように。青い涙のように見えるそれを手から零してしまわないように。

 両手で大事に抱え、胸に抱きふっとため息をついた。


「でも、どうしましょう。せっかく戴いたのに一つしかありませんわ」

 ミツバが困ったように呟くと、ホックとスフィアの目が光る。

「じゃあ、こいつは一番活躍した俺様の物だな!」

 ホックはアンジェリカの手からひょいと宝石を取り上げ、値踏みするように宝石を手ににやにやと笑う。

 これ一つでコール・タールの一等地が買えるであろう宝石を光に透かす……彼の妻、エリーとの優雅な新婚生活を妄想しながら。

「活躍したのは私だろ。私があいつの魔法を封じたんだから」

 青い竜を倒した証である青い宝石は、自身の名を上げるに相応しいとスフィアがホックの手から素早くそれを奪い去る。

 込められた魔法力も高く、腰に提げた短剣にでも埋め込めば更なる強力な魔法を放てるだろう。

「パーティのもんはリーダーたる俺のもんだろ!」

「あんたがいつリーダーになったって?」

 やいのやいのと騒ぐ二人。一つの宝石の為に醜く我欲をむき出しにして争っていた。


 大切な友人達がたった一つの宝石を前に争うその様子はアンジェリカにとって正視に耐える物ではなく、

 奪い合った末に宙を舞う宝石を手でキャッチし、二人の視線が彼女の手に集中するその瞬間に。

「あんまりケンカをするようなら、仲良く四人で分けちゃおうか?」

 アンジェリカはぷっくりと頬を膨らませ、どこから取り出したか小さな金槌を取り出しぶんぶんと振り回す。

 このまま二人が喧嘩を止めなければ、そのまま振り下ろすつもりだった。

「わわっ、冗談だよアンちゃん!」「分かったから、それだけはやめてくれぇ!」

 ホックとスフィアははっとなり、慌てて争う手を止める。

 そして二人で肩を組み、あたかも仲良しであるかのように振舞った。

「こんな時ばっかり息ぴったりなんだから」

「どうか、どうか、ケンカはやめてくださいまし」

 縋り付く二人に肩を竦め、本当は仲が良いこの二人の顔を見合わせ嘆息した。


 そんな三人とうろたえるばかりのミツバを微笑ましげに見つめるラブ船長。

「そう仰ると思いまして、こんなものを用意致しました」

 そう言ってラブ船長は一つのアクセサリーを四人の前に差し出す。金の装飾が施されたブレスレットだ。

 アンジェリカはいくつか開いた穴の形に閃き、手にした宝石を嵌めこんでみる。

「ぴったり嵌るわ」

「これを、皆様で共有するのです。貴方がたパーティの財産として」

 ラブ船長は頷き告げる。アンジェリカ達を四人で一組のパーティであると認め、四人の力で得たそれを四人で共有すべきであると。


 一つ、二つ、三つ、四つ。そのブレスレットには五つの穴が開いていた。

 奇しくも、この世界に存在する五体の竜の数と同じ。一同ははっとなり顔を上げる。

「風竜ワイバーン。そして、海竜リヴァイアサン。五体の竜が、短期間で二体も人の世に現れた……何かあるとは思いませんか?」

 四人が息を呑む。魔王の襲来を目の当たりにしたスフィアや、二体の駆動兵器と正面から戦い、目の前で人間が異形の化け物になるのをその目で見たホック。

 その両方を見届けたアンジェリカは、それぞれが自身の魂に刻み付けられた記憶を脳裏に映し出す。

 いずれ、そう遠くない将来に起こるであろう大きな災厄の予感が、その場に居た全員の心を苛む。

 この青い宝石の湛える輝きが、いつかそれらに対する切り札となるのならば――

「探し出してまで討伐せよとは申しません。しかし、あの者達がもし人々の生活を脅かす事があれば……」

 ラブ船長はスフィアとホックを交互に見回し、最後にアンジェリカの瞳を真っ直ぐに見据えて。

「勇者スフィア様、戦士ホック様、道具使いアンジェリカ様……あなた方のお力を貸してくださいませ」

 深々と頭を下げた。


「だとさ。どうよ?お前ら」

 ラブ船長には少し席を外して貰い、アンジェリカ達はテーブルを囲み話し合う。

 海竜との戦いは、教会の騎士や神官。アンデッドの戦士達を交えたとても大規模な物であった。

 万が一他の竜と対峙する事になれば、同等かそれ以上の戦闘になる事が予想される。

「私は別に構わないよ。元々勇者ってそういうもんだしさ」

 勇者ビクトリアの子孫であるスフィアは、自分の使命を少しも疑ってはいなかった。

 より強い相手と戦う事で勇者としての名が売れ、それが最終的に多くの人を救うと信じていた。

「俺も報酬さえ貰えればな。だが、マジでヤバい時は逃げさせて貰うぜえ?なんたって俺様は新婚さんなんだからよ!がは、がは、がは……」

 とにかく生活費が稼ぎたいホックも(自身に致命的な危険が及ばぬ範囲で)乗り気である。

 夫婦だけではなく、いつか生まれるであろう子供の事も考えればいくらお金があっても足りないだろう。


「そう言うと思ったよ。……それより、アンちゃんの事だ」

 二人はアンジェリカとミツバを見やる。

「アンちゃんは勇者じゃないし、ホックさんみたいにお金が入用って訳でもない。ただ親の仇を追う為に、戦い続けざるを得ないだけだ。違うかい?」

 人助け、金儲け、そして敵討ち。

 スフィアとホックの二人と違い、アンジェリカには倒すべき敵が明確に存在する。

 寄り道をすればするほど、目標が遠ざかる旅である。


 故にどこかで、二人と道を分かたねばならなかった。

 もちろんスフィアも親の仇をアンジェリカと同じにしているが、それは彼女の目的の通過点に過ぎない。

 目指すべきはその更に先にあると言いたげに、スフィアは目で告げていた。

「……うん、私はサーニャを追って旅をしているから。だけど」

 いつか訪れる別れ。スフィアの瞳から目を逸らし、それでも一緒に居たいとアンジェリカは言葉を紡ごうとする。

「じゃ、この話はおしまいだ。アンちゃんは無理に竜と戦う必要は無い」

「あっ……」

 しかしスフィアは強引に話を打ち切り、ホックを伴って部屋を出て行った。


「お話は、終わりましたでしょうか?」

 部屋を出た二人を待ち構えていたのはラブ船長であった。

「教会としましては、彼女にも竜との戦いに加わって欲しいと思っておりましたが……」

 アンジェリカの特別な力を知り、その力を恒久的に借りたいと考えていた彼女は、アテが外れて困ったように笑っていた。

「アンちゃんが不思議な力を持った冒険者なのは確かだよ。でもね」

「あいつはどこまでも一般人だろう。俺様みたいに戦士になるべくしてなった戦士じゃねえ」

 スフィアの言葉にホックも同調する。

「そういうこと。あそこで打ち切らないと、アンちゃんは絶対に戦うとか言い出すよ」

 一旦言葉を区切り、スフィアは首を振る。

「それはダメ。ああいう化け物じみた連中は、自分から喜んで戦いに身を投じる人間にしか太刀打ち出来ないんだ」


 冒険者とはいえ、必ずしも戦いに赴く必要は無い。

 アンジェリカが風嵐の魔王の討伐を望むなら、目的が一致しているので協力したい。

 しかしスフィア達はそれ以外の……例えば、教会の都合などで彼女を戦場に出したくはなかった。

 冒険者とはあくまで教会に保護された幼き労働者であり、彼らの働き口は戦士以外にもいくらでも存在するのだから。

 戦いに適した身体を持つホックや、戦う為に腕を磨いてきたスフィアと違い、アンジェリカは道具と対話する力を持つだけの少女である。

 そんな彼女はスフィアにとって庇護すべき民であり、かけがえの無い友人でもあった。

 敵だと思っていたアンデッドを、通じ合えると知るや否や友人として素直に受け入れる。

 そんなアンジェリカだからこそスフィアは守るべきであると確信していたのだった。

「アンちゃんは戦士に向いてない……それはいくら実力があっても変わらないよ。ラブ船長さんも分かるよね?」

 じろりと、ラブ船長を睨むスフィア。それは消極的な拒否。もしくは、静かな勧告であった。

 教会が一般人であったアンジェリカを無理に起用しようとするならば、こちらも手を貸す訳にはいかないという。

 静かに、あくまで静かに。スフィアはさりげなく警告をする。


 しばらくの睨み合いの時間。先に白旗をあげたのはラブ船長であった。

「……そうですわね。私から見ても、彼女はとても優しい方に見えますから」

 ふ、とため息をつき肩の力を抜くラブ船長。

 無理強いするのが得策では無いと分かっているのだろう。

 スフィアやホックが予想していたよりもあっさりと、彼女は身を引いた。

「そもそも、竜と戦うと決まった訳じゃねえ。言っとくが、ヤバいと思ったらマジで逃げるからな」

 肩を竦めてホックが念を押す。金は欲しいは命は惜しい。

 それはラブ船長も織り込み済みのようで、こちらに関しても無理強いはしないと宣言する。しかし。

「……ですが、一つ覚えておいて下さいませ。奴らは、決して貴方がたを放っておいたりはしないと……」

 ラブ船長の表情からは、先ほどまでの生真面目ながらも柔和な雰囲気はなりを潜めていた。

 瞳に宿るのは、同情と憐憫。そして諦観。

 ホックとスフィアはその真意を推し量る事が出来ず、去っていくただ彼女を見送るばかりであった。。



 取り残されたアンジェリカとミツバは二人、船室の中でくすんできた赤い髪の手入れをする。

 ミツバが髪に櫛を入れると、赤い染め毛の根本から、アンジェリカの生まれ持った美しい黒髪が見えてくる。

「……竜と戦え、かぁ。なんだか話が大きくなってきたね」

 ミツバに髪を弄られながら、アンジェリカはぽつりと呟く。

「びっくりだよね。私はただ、サーニャを追ってただけなのに」

 赤と黒が混じり濁った髪の色を一度抜き、赤色に染め直す。

 戦いに疲れたアンジェリカ達の、月に一度の楽しみであった。

「アンジェリカ様、無理に戦いに赴く必要はありませんわ」

「でも、ミツバ。私はみんなに何も返せてないの。スフィアさんやホックさんにいつも守って貰っているのに、何も返せていないのよ」

「それは……そんなことは……」

 言葉を紡ごうとして、口ごもるミツバ。自分の言葉が慰めにならない事は既に気付いていたのだ。

 ミツバの気持ちに応じるように。気落ちしたアンジェリカの心の傷を癒すように。二体のぬいぐるみは主人の頬を舐める。

 その感触は布以外の何物でもないが、ぬいぐるみ達の行動は確かにアンジェリカの心を慰めていた。

「あはっ、くすぐったいわ。……ありがとうね、君達。それにミツバも」

 アンジェリカは二体のぬいぐるみを愛おしげに抱き締め、ぬいぐるみ達とその製作者であるミツバに礼を告げる。

 二人の間に言葉は要らなかった。何故なら、ぬいぐるみ達が代わりに気持ちを伝えてくれるから。


「私、二人の役に立ちたい。ううん、今まで助けてくれた人みんなに恩を返したい」

 目を瞑り、逡巡するアンジェリカ。

 くすんだ髪色は鮮やかな赤色に生まれ変わり、気分を一新して見上げる。

「その為に今の私が出来る事はなんだろう……うん、考えておくね」

 見上げた先にある、不安げに見下ろすミツバに向けて。

 にっかりと、白い歯を見せて笑った。




 航路は一路、更なる西へ。

 日の出の光を背に受けながら、一同は西の海を睨む。

「おっ、見えてきたぜ。あれが砂漠の大陸か?」

 ホックが前を指差すと、前方にうっすらと大きな影が顔を出した。

 大陸が視界に入ってくるとそこから飛んできたであろう砂塵が一同の顔を覆う。

「げっほ、ごっほ、うぅ、口の中がじゃりじゃりするわ」

 口の中を砂だらけにして咳き込むアンジェリカに呆れ、スフィアは肩を竦める。

「口、閉じなよ……それで、私達はあそこで何をやらされるの?」

 スフィアの言葉に一同の視線集まり、ラブ船長の次の言葉を待つ。

 彼女はごほんと一つ咳き込み、そして。

「皆様には、あの国。西風の街ホープでとある調査をして頂きます。そして、必要によっては……」



「国王ムーチョスを、捕らえて頂きたいのです」

 粛々と、教会からの依頼内容を告げた。



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