01-04 決戦!駆動兵器フォートレス
駆動兵器を止める。そう言ってアンジェリカは炎吹き荒ぶ戦場へと駆け出して行った。
「ちぃっ!!」
ホックは、アンジェリカが何をしようとしているかを自分なりに理解した。
兵器を破壊せず止めるには、起動の逆。
恐らく兵器に命令を与える何かがあるとして、そこから停止コマンドか何かを入れる必要があるのだろう。
正直に言えば、この駆動兵器と真正面から。ましてや、アンジェリカを守りながら戦う自信はホックには無かった。
しかし幸いにも、隣に立つオルトロスのぬいぐるみの牽制によってかなり戦いやすくなっている。その上でアンジェリカ自身が自分の身を守りつつ戦うというのなら、任せてもいいとさえ思っていたのだ。
「んしょ、んしょ」
……駆動兵器をよじ登ろうとするアンジェリカの姿を見つけるまでは。
「よいしょ、よいしょ。もう少し」
アンジェリカの方はといえば、停止命令を出す気など毛頭無かった。
正規の手順で停止させてしまっては、別の何者かが起動命令を出せば元の木阿弥になってしまう。
また、コンソールの破壊は二度と起動できなくなるという意味では駆動兵器の破壊と同義であった。道具使いであるアンジェリカにとって、そんな選択肢などありはしないのだ。
ならばどうするか。アンジェリカは駆動兵器の魂に直接語り掛け、おとなしくなってもらおうと考えていた。
戦いの為に生まれた駆動兵器。本来は人を守る為に生まれたはずのそれは、魔物によって人を傷つける為の存在となっていた。
「そんなこと、貴方にとっても不本意のはずよね?」
外殻を登りながらアンジェリカは語りかける。しかし、駆動兵器からの返事は無い。
もっと。もっと高みへ。自分の声が届くところまで……アンジェリカは駆動兵器の外殻を登り続けた。
「待っててね。必ず助けてあげる」
ふと地上を見やると、ホックがこちらに向かって何かを叫んでいる。兵器の駆動音によってよく聞こえないが。
「もしかして、私を応援してくれているのかしら?」
駆動兵器を壊すことなく機能停止させることが出来れば、アンジェリカは一躍ヒーローである。
それは絵本の伝説の勇者のように。人形劇で演じた救世の天使のように。
観客が三人と一体だけというのが少々寂しいが、まぁそれはそれとして。
そんなことを夢見ながら、アンジェリカは心を躍らせる。
「大丈夫だよ!私、頑張るから!」
何かを叫び立てるホックに応えるが如く、アンジェリカは地上に向かって精一杯手を振った。
「アイツは……ノンキに手なんか振りやがって!」
全身を使って迫り来る武器を捌くホック。守勢に専念することでこの場を凌いでいるが、いつまで持つかは分からない。
アンジェリカの作戦が通じなかった場合、攻勢に出なくてはならないが、いよいよもって危険な状態になってしまえば、撤退も視野に入れる必要もあるだろう。
そうなれば間違いなく仕事は失敗だ。己の輝かしい経歴に傷を付けることになる。
逆に、アンジェリカの作戦が成功したならば、貴重な発掘品を破壊することなく国に献上することができる。仕事が大成功になるだけでなく、王族へのお目通りも叶うことだろう。
「しょうがねぇなぁ……今だけは信じてやる」
二つに一つの賭け。ホックの未来を決めるであろう人生の分岐点。
「おい、アン!絶対にしくじんじゃねぇぞ!!」
その賭けに、ホックは乗ってみることにした。
「どっこいしょ……っと!」
アンジェリカは既に頭の付近にまで登りきっていた。
「さぁ、応えなさい。名も無き駆動兵器よ!」
アンジェリカの声が届いたのだろうか?駆動兵器の頭の奥からバチンと破裂音が立ち、みるみるうちに出力が落ちていく。
武器を構える腕はうな垂れ、膝は折れ地に着く。燃えるような単眼のライトが消灯する。駆動兵器の戦意が一時的にでも失われのだ。
「よーし、いい子ね。そのままおとなしくしていなさい」
作られた物にも心がある。魂がある。アンジェリカはその魂に語り掛け、駆動兵器を止めることに成功したのだった。
この事件は何事も無く解決する。その場に居た誰もがそう思っていた。
その刹那、更なる破裂音が兵器の頭の奥から鳴り響く。何度も。何度も。アンジェリカの声を掻き消すかのように。
すると駆動兵器はアンジェリカを振り払うかのように全身を揺さぶり暴れ始めた。
「ちょ、ちょっと!止まりなさいってば!!」
止まらない。それどころか駆動兵器を揺り動かす出力は上昇の一途を辿り、発せられる破裂音は、アンジェリカの頭の中さえも侵食しようと勢いを増し続けた。
ここからでも届かない。彼の魂はもっと、もっと。更なる奥底で眠っている。彼の魂は、硬い硬い外殻の中に守られている。
もはや、近づく術は存在しない。破壊する以外の選択肢は存在しなかった。
「うらあああッ!!」
全身のバネを活かし、ホックはオルトロスを抱え駆動兵器の頭に飛び移る。
飛び乗ると同時に、ガシャリと大きな音を立てて駆動兵器が一瞬躊躇するかのように動きを止める。
「ホックさん!?」
その非常識とも言える行動に驚きを隠せないアンジェリカ。
「ここまでお膳立てさせておいて、失敗したなんて言うつもりじゃねぇだろうな?」
「馬鹿が。そんな事はこの俺様が許さねぇ」
ホックは諦めそうになるアンジェリカに斧を向け、叱咤する。
「だ、だけどこの鎧が……!」
頭の外殻を指差すアンジェリカ。この奥に駆動兵器の頭脳とも呼べる核があるのは間違いないだろう。
「けっ、こんなもんに手こずっていたのかよ」
力いっぱい斧を振り下ろすホックだが、外殻には傷一つつかないようだ。
それでも彼は不敵な笑みを止めることは無い。
「一見硬いように見えるこの鎧だがな……必ず弱点はあるんだよッ!」
オルトロスをむんずと掴み上げ、叫ぶ!
「やれえええええ!!燃やし尽くせえええええええ!!」
ホックの掛け声と同時に、オルトロスは外殻へと炎を吐き出す。
ゴオゴオゴオと吹き荒ぶ炎が、外殻の温度をみるみるうちに上げていく。
激しく軋む外殻鎧。頭部の異常に気付いたのか、振り落とそうと駆動兵器は頭を振り回す。
「おらおらおら、振り落とされんなよおおおおッ!!」
「きゃああああっ!?」
アンジェリカは必死に掴まっているのがやっとだ。
そうこうしているうちに、外殻が熱を持ち赤く変色し始める。それは外殻が焼け、柔らかくなっていることの証であった。
「そーらよッ!」
ホックは炎を出し疲れたオルトロスをぽいっと投げ捨て、黒焦げた部分に力一杯に蹴りを入れると、思いのほかあっさりと。
駆動兵器の外殻はボロボロと崩れ落ち、大きな穴を開けてしまった。
「これでいいだろうが!さぁ、後はお前の出番だぜェ?」
「へっ?」
「へっ?じゃねぇ!」
状況についていけないアンジェリカを、ホックは穴へと蹴り入れた。
駆動兵器の内部をごろごろと転がり落ちるアンジェリカ。二、三箇所ほど身体を打ったのだろうか。腕や脚が痛い。
「あいててて……もう、乱暴しないでよ!」
「そこからなら声が届くんだろ?お前に任せたから何とかしろ!」
アンジェリカは上方のホックに向かい抗議をするが取り付く島も無い。
目の前を見ると大量のコードが縦横無尽に敷かれ、その中心に赤く光る部品が存在していた。恐らく、これがこの駆動兵器の魂。電子頭脳なのだろう。
「今度こそ……」
アンジェリカはそれに手を近づける。熱い。長く触れていると焼け爛れてしまいそうだ。
それでももはや手は引けない――ホックが、オルトロスが、道を拓いてくれたから。
「私は道具使いアンジェリカ。どうか、私の声に応えて――――」
その瞬間、アンジェリカの頭の中が白く染まった。
『ア……ア……』
アンジェリカの意識に何かが語り掛ける。恐らくこの駆動兵器のものだろう。決して聞き逃すまいと、アンジェリカは耳をそばだてた。
『アンジェリカ……道具使い……』
「そうよ、道具使い。貴方を助けに来たの」
今にも消え入りそうなか細い声に、優しく語り掛けるアンジェリカ。
あくまで自分は味方であると。それを伝える事を心がけた。
「まずは貴方の名前を教えて?」
名前。それは存在を決定付ける物。人間や動物だけではない。人形や生活道具、武器に至るまで、使う者の愛着によって付けられる事もある。
それはこの駆動兵器でも同じであるはずだった。
『名前……ぼくはフォートレスと呼ばれていました』
フォートレス。異国の言葉で砦を意味する言葉。この駆動兵器は、かつてはその大きな身体を以って人類を守っていたのだろう。その名に相応しき、まさしく砦のように。
だが、そのフォートレスは今、人類に牙を向けていた。これはどういうことなのだろうか?
訝しがるアンジェリカを前に、フォートレスは続ける。
『ぼくは役割を終え、数百年眠り続けていました』
『けれど、眠っている間にぼくの電子頭脳は書き換えられ、人類を攻撃する命令を流され続けるようになったのです』
「そうだったの……」
この世界に現存する駆動兵器の殆どは、人類に敵意を向けている。
現代に残る資料には元々人間の味方とされていたが、魔物か。狂人か。はたまた人間を憎む悪しき神によるものか。それらの存在によって改造され、人を襲う凶器(狂気)に囚われる。
だが、フォートレスを始めとした駆動兵器らは本当はそれを望んでいない。彼らは、今でも人類を友として愛しているのだ。
「ねぇ、フォートレス。私は貴方を助けたい。貴方が囚われた狂気から解放してあげたいの」
アンジェリカは言葉を紡ぐ。
物言わぬ相手の魂に語り掛け、救ってやれるのは、魂の言葉を聞く長い耳を持つこの娘だけであった。
『ぼくの心は。魂は。狂った思考回路に支配されています。解放は不可能です』
思考回路。駆動兵器に狂った命令を下す電子頭脳。これを止めない限り、フォートレスの凶行を止める事は出来ない。
「私に貴方を壊せというの?」
硬い外殻に守られた電子頭脳は、直接的な物理干渉を想定されておらず、多少の負荷を掛けてやればあっさりとショートさせることができる。
しかし、それは同時にフォートレスの命なき命を奪うことと同義であった。
「……悔しいなあ。せっかくここまで来たっていうのに」
アンジェリカはがっくりと肩を落とす。
道具の生殺与奪は、道具使いが握っている。彼らを生かすも殺すも。道具使いが決めなくてはならない。
フォートレスの末路は、この時代で目覚めた際に既に決まっていた。
『お願いします。道具使い(マスター)』
アンジェリカは鼻を擦り、手袋を付けて末端の配線を千切る。
「フォートレス。貴方は、もし生まれ変わるとしたら何になりたい?」
火花を上げた配線を、駆動兵器の核に近づけながら問いかける。
別れの前の、ほんのわずかな対話。
どうせ助けられない命なら、せめて、せめて。彼の望む来世を作ってあげたかった。
いつになるかはわからない。口だけの約束になるかもしれない。だが、目の前の魂を救えなくては道具使いである意味が無い。
「それ」は道具使いにしかできないのだから。
『ぼくは……馬になりたい』
フォートレスがか細い声を上げる。
『こんな狭い砦じゃなくて。広い草原を自由に駆け回りたい』
『アンジェリカを、背中に乗せて』
戦いに疲れた道具の、小さな願いであった。
「……分かったわ、フォートレス。貴方の願い通り。いつか、必ず。」
指先の火花がひときわ強くなる。
「だから、その時まで……おやすみなさい」
アンジェリカの千切った、まだ帯電している電線がフォートレスの電子頭脳に触れる。
――そして、視界はスパークした。