04-07 再訪
暗い、閉ざされた世界に光が差し込む。
うっすらと目を開けると、眩しさに一瞬だけ目が眩む。
光に慣れてきた頃――もう一度、ゆっくりと瞳を開くとそこには親しい家族の顔があった。
「う……あ……お兄…ちゃん?」
「ヤマメ!」
最初に目に入ったのは、心配そうに覗き込む兄の顔だった。
「大丈夫か?どこか、痛い所は無いか?」
「うん、大丈夫……」
ヤマメが目を覚ます。
その様子を見守っていた一家は、一様に驚きと喜びの声を上げた。
「ヤマメ!」
そこには、父のくしゃくしゃになった顔が。
「良かった、目を覚ましてくれて本当に嬉しいよ……」
そこには、涙を滲ませる母の顔が。
愛しい両親が、並んでヤマメが目覚めるのを待っていた。
「お父さん、お母さん……」
「ごめんなさい……私、お父さんとお母さんに酷い事を……」
謝罪しようとするヤマメを、両親は制する。
「いいんだ。いいんだよ」
「お前さえ無事なら、もういいんだ」
思わず泣きじゃくりそうになるヤマメを、両親はいとおしげに抱きしめた。
「いやあ、一時はどうなる事かと思ったけど」
「ね。丸く収まって良かったわ」
再会を喜ぶ家族を遠目に見て、アンジェリカ達はほっと胸を撫で下ろした。
道具達に励まされ、リラックスを心がけながらヤマメの魂に取り付いた影の衣を取り除く。
言葉にすれば簡単だが、どうしても押し寄せる緊張の波を少しずつ解しながらする作業は、やはり彼女の身体に負担を強いる事になっていた。
魂に直接触れるという事は、相手の本質を弄る事だ。
それがタブーのタブーたる所以なのだろう。
この場に一段落付いたところで、アンジェリカ、ミツバ、スフィアの三人は村の広場で今後の予定を組み立てる事になった。
「これからどうしようか。サーニャの情報待ち?」
「国家間で指名手配されましたから、すぐ見つかるはずですが……」
風嵐の魔王サーニャがどこかで発見される事があれば連絡を受けられるように根回しをしていた為、三人娘はひとまず待機――あるいは現状維持を決め、漁師の村に滞在する事に決めた。
「それまでは、あの子を鳥にする方法を考えなきゃね」
もう一つの目標を、思い出しながら。
姦しい三人娘の座談会も終わり、いざ散開となった時。
アンジェリカは村の入り口に、見覚えのあるドワーフの女性の姿を見つけた。
「ん?あの人は……」
「ドワーフの女?あの親子以外にドワーフが来るなんて」
アンジェリカに釣られるようにスフィアも彼女を見つけ、首を傾げる。
「ちょっと待ってください、もしやあの人は……」
ミツバもその姿を覚えているようだった。
遠くに見える小柄なシルエット。簡素な皮鎧に、そして神官である事を示す聖印。
それはアンジェリカ達がよく知る人物。
かつて炭鉱城塞コール・タールでアンデッドを相手に共に戦った、シスター・エリーその人であった。
エリーはこちらに気付くと、こちらに向かってくる。とてとてという擬音が似合いそうな走り方だ。
相手がアンジェリカ達である事に気付かないまま、道を尋ねてきた。
「すみません、フィッシャーマンさんのお宅を知りませんか?」
「やっぱり!やっぱりエリーさんだわ!」
アンジェリカは相手がエリーである事を確信し、全身を使って彼女との再会を喜ぶ。
「アンジェリカさん、それにミツバさんも。久しぶりだね!」
思わぬ再会に驚いたのは相手も同じなのだろう。エリーは一瞬目を見開くが、声の主がアンジェリカである事に気付くと、彼女は優しい笑顔を見せていた。
三人で再会を喜び合っていると、一人蚊帳の外であったスフィアがつまらなそうに彼女達を見つめていた。
「あー……アンちゃん、この人はどなた?」
「お友達かな?紹介してよ、アンジェリカさん」
アンジェリカとミツバを交えて、スフィアとエリーの自己紹介が交わされる。
「よろしくね、シスター・エリー」
「こちらこそよろしく。スフィアさん」
心優しきドワーフのシスター・エリーと、グランディア生まれの戦士、勇者スフィアはすぐに意気投合をして堅い握手を交わしたのだった。
山を越えた隣国に、女性が一人向かい往く。その理由と言えば、もはや一つしかないだろう。
「それで、それで。ついにホックさんの所に行く決心がついたのね?」
エリーはホックに会いに来たのだ。
彼の言葉に心を動かされ、遅れながらもそれに応えるべく自らの足でやってきたのだろう。
「……うん、恥ずかしながらね」
「恥ずかしがる事なんてないわ。素敵な事よ」
アンジェリカの言葉にエリーは目を細め、白い歯を見せた。
照れ隠しなのか、頬をほんのり朱色に染めて気恥ずかしそうに頬をかいている。
「エリーさん……か?」
震える声に一同は振り返る。そこには妹と共に付近を散策していたホックが立っていた。
彼にとっては予想だにしない者の来訪。修理されたフルフェイスの下には恐らく驚愕の表情が宿っていただろう。
「ホックさん!エリーさんが来たのよ!ホックさんの待ちに待ったエリーさんが!」
アンジェリカはホックに駆け寄り、ぐいぐいと引っ張る。
ホックはその手に引かれるまま、シスター・エリーの元へと歩み寄っていった。
「……久しぶり、ホックさん。遅くなってごめん」
エリーは自身に歩み寄る大きな影に、少しだけ申し訳無さそうに微笑む。
「いや、いい。来てくれて……その、なんだ。嬉しい」
「照れちゃってる。可愛い所あるじゃん」
「う、うるせえ!」
からかうスフィアにホックは照れくさそうに。
決して表情は見えないが、誰が見ても分かるように、そうしていた。
「貴方が、ヤマメちゃんだね。初めまして」
ほどなくして、エリーはホックの一家に迎え入れられた。
彼らの父と母はもちろん、安静にすべきヤマメもまたエリーの顔を見たいと姿を現した。
「ヤマメ?ほら、挨拶しろ」
ホックはヤマメに挨拶を促す。
ヤマメは、エリーは兄が好いている女性だと十分に理解していた。
それなのに。否、それ故に。
「今更、何をしに来たんですか?」
今の今まで応えなかったこの女性に、つい、悪態を吐いてしまう。
「ヤマメ!」
妹の思わぬ言動に驚いたのだろう。ホックはヤマメを叱った。
ヤマメは兄の叱咤の声にはっとなり。
「……すみません、失礼な事を言ってしまって」
すぐに、謝罪の言葉を入れる。そして。
「ようこそ、巨人族の漁師の村へ。私達は貴方を歓迎します」
アンジェリカに向けた物と同じ。だが、その中に渦巻く心の内だけが違うのか、
やや不満げな表情で歓迎の挨拶を述べたのだった。
「どうやら、あんまり歓迎されてないみたいだね」
ぷいと顔を背けるヤマメに、笑って受け入れるエリー。
「すまん、妹が失礼な態度を取っちまった」
ホックは妹の態度に困惑し謝罪を入れるが、エリーはいいよと首を振る。
「可愛い妹さんだね。それに、随分お兄ちゃんっ子みたいだ」
目を瞑るエリー。
アンジェラ教会でも、一人の人物に強く懐く子供は余所者につっけんどんな態度を取る事はよくあるそうだ。
気にしてないよと苦笑するエリーに、ホックと三人娘はひとまず胸を撫で下ろした。
「今日はうちに来てくれてありがとう。長旅で疲れただろう?荷物、運ぶぜ」
「ありがとう、助かるよ」
エリーの荷物をホックはひょいと持ち上げる。
彼の意外な優しい行動に、アンジェリカとスフィアは声を上げる。
「あのホックさんが、女の子に優しくしてる!」
「私達に荷物持つなんて言ったことないのにねー」
「お前らはいらねーだろうが!」
呆れて声を上げるホック。アンジェリカとスフィアは楽しそうにけらけらと、ミツバとエリーは苦笑しながら家へと戻っていった。
「おう、エリーさん、よくきてくれたなあ」
「本当に嬉しいわ。さぁさぁ、どんどん食べてくださいな」
ホックの父トアミと母ミナトは自分達と歳の近いエリーを、すんなりと受け入れた。
やはりホックにとっての『いい人』がやってきたのが嬉しかったのだろう。
アンジェリカ達が村に来た時以上のご馳走をエリーに振舞っていた。
「ありがとうございます、お義父さん、お義母さん。戴きますね」
「お酌をしますね、エリーさん」
「おっとっと、ありがとう。ヤマメちゃん」
食事を楽しむエリーに、ヤマメは甲斐甲斐しく寄り添い酒の酌をしている。
その様子は一見してわだかまりは無く、アンジェリカ達のよく知る愛想の良い彼女の姿だった。
フィッシャーマン一家とエリーのやり取りを、少し離れた所で観察する三人娘。
「なんだかんだで、上手く行きそうじゃない?」
ヤマメとエリーの様子を見て、そう評価するアンジェリカ。
だがスフィアは首を振って否定する。
「いいや、ヤマメちゃん、かなり無理してるね。それにエリーさんも」
「分かるのですか?」
スフィアに促されてアンジェリカとミツバはもう一度、二人を目を凝らして見つめる。
よく見ればヤマメはホックとエリーの間に座り込んでいるし、
お酌をしていない時は我慢ならないように拳を強く握り込み震わせている。
エリーの方もそんなヤマメに気付いているのか、笑顔もどことなくぎこちない。
「あの頃の私と義母上程じゃないけど、ぎくしゃくしてるね。放置するのはまずいよ」
それが二人に対するスフィアの評価だった。
居づらくなった三人娘は席を外し、家の外に出て作戦会議を始める。
「サーニャもヤタックも、人の心の隙を突いて自分の思い通りに動かそうとしていました」
ミツバの言葉に、アンジェリカとスフィアが頷く。
二人のいつ決壊してもおかしくないこの関係を、どこで悪い奴らに利用されるか分からない事だ。
「ああ、そうだね。だったら……」
「私達で、先にその隙間を埋めちゃおう!」
三人は頷き合い、拳を高々と挙げて鬨の声を上げた。
名付けて『エリーとヤマメの仲良し大作戦』。開幕である。




