04-06 決着!駆動兵器アシッドレイク
「さあて、第二ラウンドと行こうじゃないか」
酸の霧に包まれた洞穴の中で、二体の怪物が武器を持ち睨み合う。
ヤタック教団の首魁、アウグスは目の前の巨人に慄いていた。
駆動兵器アシッドレイクは、彼らの神ヤタックより賜った決戦兵器である。
世界各地から幼子を攫い集め、自身の仲間に引き入れる事が目的の彼らは、彼らと対立する冒険者をおびき寄せ、暗殺者団員や彼ら所有の駆動兵器等で撃退していた。
並の冒険者ならば、彼ら暗殺者や駆動兵器に敵わないからだ。
そして冒険者が撃退され、奴らが酒場で仲間を集めだした頃には速やかに撤退する。
それがヤタック教の戦い方であり、今回もそうなるはずであった。
だが、目の前に居る巨人族の男はどうだ。
たった一人で、駆動兵器に立ち向かうパワーを持っている。
たった一人で、駆動兵器相手に立ち回っている。
たった一人で、今にも駆動兵器をねじ伏せようとしている。
アウグスは心の中で舌打ちした。
神の子として生まれ落ちたその瞬間から、常に穏やかな凪がそよいでいた心の中で、今はホックという名の嵐が吹き荒れ狂っている。
彼が警戒すべきは勇者スフィアと道具使いアンジェリカだけだと思っていた。
彼らの神ヤタックも同じような予言をしていた。だのに。
目の前にいる巨人は。駆動兵器を相手に鬼神のように暴れる男は、勇者に匹敵する脅威だった。
「駆動兵器アシッドレイクよ。左へかわせ!」
気付けば、アウグスは声を上げていた。
目覚めたばかりの勇者に倒されてしまうのは想定内であるし、問題は無かったが。
もし駆動兵器この男に倒されてしまうようなら……男の力を量らねばならなかった。
アウグスが目にした全てを、ヤタック神に報告せねばならなかった。
その過程で自分が捕縛され、処刑されるならそれでも構わない……。
もしそうなったとしても、ヤタック神は、この戦いの全てを掬い攫い上げてくださるからだ。
「おらおらあああッ!!」
巨人族の男の武器が、駆動兵器アシッドレイクの左腕を砕く。
アウグスはちらりと、道具使いアンジェリカを見やった。
あの少女は、常に自分より遥かに強い人間を侍らせている。
勇者スフィアはもちろん、アースの村で対峙したハイランダーの女やこの巨人族の男を集めたのもやはり道具使いの力に拠るものなのだろう。
「総員、撤退せよ。目の前の敵に構ってはなりません」
もはや限界であった。アウグスは暗殺者達へ撤退の指令を出した。
既に数人の仲間が勇者達によって捕縛されている。
彼らがアンジェラ教の裁判に掛けられた場合、どうなるかは分からない。
だが、それでも自分だけは逃げられない。それがヤタック教団暗殺者の首魁としての役割だ。
この戦いを最後まで見届けなくてはならないのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
双方激しく打ち合う、駆動兵器アシッドレイクと巨人族の男ホック。
既に両者は目も当てられない程にボロボロになっており、それでも両者は手を止める事は無く、相手を打ち倒す為に互いの武器は振るい何度も、何度も打ち据えた。
事態は、動いた。
不意にホックが足を取られ、バランスを崩す。
それを好機と捉え、駆動兵器の強烈なハンマーの一撃が振り下ろされた。
強烈な酸をフルフェイスに浴びせられ、錆びて崩れそうな兜。
ハンマーで強烈な打撃を食らい、ボロボロになった兜が弾かれる。
「ホックさんッ!!」
アンジェリカはこのとき初めて、フルフェイス越しではないホックの顔を目にする事になった。
鋭い瞳に目鼻立った精悍で逞しい顔立ち。黒い刈り上げた短髪から滴り落ちる赤い血。
「痛くねぇなぁ……」
その表情に憎しみは宿っていなかった。
「こんなもの、ヤマメの受けた傷に比べたらよ……」
妹の心を、尊厳を、魂を。傷つけられながら、何も出来なかった彼自身の悔しさが。
悲しみが。叫びとなって大気を奮わせる。
「全然ッ!痛くねえんだよッ!!」
斧によるフルスイングが駆動兵器アシッドレイクに打ち付けられる。
二度、三度、四度。ホックは攻撃の手を休めない。
ホックの兜を弾き落としたハンマーは粉砕され、
酸の霧の残量も既に空となっているのか、噴出は止まっている。
それでも駆動兵器は、魂に刻まれた憎悪に従うままホックを倒さんと前へと進む。
「いい加減に……止まりやがれッ!」
振り払ったバトルアックスにヒビが入り砕け散った。
酸で脆くなった挙句、何度この堅い敵に打ち込んだかも分からない。
「相棒……今まで、サンキューな……」
腕の痺れ。笑っている膝。朦朧とする意識。限界なのはホックも同じであった。
故に。次の一撃で沈めると決めた。
愚直に突き進む巨大な敵。
ホックは既に満身創痍で、立っているのもやっとの状態であった。
しかし彼は笑った。否、笑っている『ように』見えた。
見開いた目は爛々と燃え上がり、白い歯を見せ、食いしばるように。
迫り来る敵の前で膝を曲げ、縮こまる。
「この戦い、俺様の勝ちだ」
ホックのヘッドバットが炸裂する。全身のバネを使い、飛び上がる。
彼の頭蓋は駆動兵器アシッドレイクへの顎と直撃し、敵の首を千切り飛ばした。
頭部を失った駆動兵器は相手を見失い、所在無げに二歩、三歩足を進め。
大地を震わせ、倒れ伏した。
「大丈夫?ホックさん!」
駆け寄るアンジェリカとスフィア。
「ったく、無茶するんだから」
ホックは巨大な怪物が地に落ちたことを確認すると、がくりと膝をつく。
回復魔法を掛けてもらいながら、折れた斧の柄を杖にしたまま、リーダー格の男から目を離さない。
対する男は、放心したように虚空を見つめていた。
男はしばらく天井を仰いでいたかと思うと、瞑目しうな垂れる。
そして携帯していた武器を捨て、両手を挙げて。
「どうやらここまでのようですね。投降致します」
自身の敗北を、認めたのだった。
戦いの終わった洞穴では、駆動兵器アシッドレイクであった部品が散乱し、それが生み出した酸の池がいくつも出来上がっていた。
アンジェリカは、どうにかして彼を――この大きな竜を助け出し仲間に引き入れたかった。
「好きにしろよ。俺は知ら……げほっ、げほっ」
酸の霧を吸い込み続け、肺の奥まで焼けたホックが激しく咳き込む。
それだけで先ほどの戦いが凄まじい物であった事が理解できる。
「無理に喋らないで。治りが遅くなるよ」
呼吸するのも辛いであろうホック。そんな彼に回復魔法を掛けながらスフィアは肩を竦めた。
散乱した部品を、酸の海に気をつけながら出来うる限り拾い集めるアンジェリカ。
彼が天使の御許へと召される前に、存在が希薄となった魂の在り処を探らねばならない。
やがておぼろげに存在を知覚出来た駆動兵器の魂を、アンジェリカは見逃さずに捕まえる。
その魂に触れてみると、彼の魂は依然として黒い影に覆われていた。
「この影を祓えば、この子の心は元に戻るかもしれない。けど」
影に覆われた魂に迂闊に触れれば、以前のように破裂してしまうかもしれない。
そうなれば、駆動兵器アシッドレイクという存在は完全に消えてしまうだろう。
アンジェリカは躊躇した。自分がこの魂の運命を左右して、本当に良いのかどうか。
「貴方なら、出来ると思いますが。道具使い?」
声の正体は、意外にも先ほど捕らえた暗殺者の首魁だった。
逃がせる部下を全て逃がし、自ら拘束されたこの男。
何を考えているのかが分からない、虚ろでくすんだ色の瞳。
だが、その声は確信を持っているようにも聞こえた。
「貴方の力は尊い力。神から賜った天使の力。違いますか?」
男の言葉にズキリと、僅かに頭が痛んだ。
アンジェリカは過去にも同じ言葉を聞いていた。
「どうして、貴方がそれを知っているの?」
それは、母の言葉だった。
「全ては我が神の御心のままに」
そう言ったきり、男は目を閉じ何も語らなかった。
アンジェリカは、彼女を心配そうに見上げる銃兵隊人形の一体を抱き上げた。
「ねぇ、貴方はどう思う?」
そう言って、問い掛ける。
人形はしばらく考え込むような仕草をし、意を決したようにアンジェリカを見上げて。
『どうか、助けてあげて欲しい』
そう告げた。
他者を憎む気持ちを天に持って行かせたくない。
同胞を慈しむ気持ちは、人間も道具も同じであった。
アシッドレイクの魂に向き直り、そっと手を近づける。
魂はぽわりと柔らかな光を放つが、すぐに影が差し黒く濁ってゆく。
これを剥がせるのは、道具使いであるアンジェリカだけだろう。大きく息を吸い込み、また息を吐く。
黒い影の隅を、指で摘む。
少しずつ、刺激しないように。影の衣を優しく剥がしていく。
魂の色に少し赤みが差した気がした、その瞬間。
アンジェリカの頭の中でガンッ、と激しく警鐘が鳴り響く。慌てて剥がしかけた影の衣を戻すアンジェリカ。
魂の表層は、その存在の心を司る部分がある。
それを剥がしてしまっては、アシッドレイクはアシッドレイクで無くなってしまうだろう。
自分の道具使いの勘が生んだ警鐘が鳴り止んだのを確認し、彼女はふっと一息を吐いた。
『大丈夫だよ。君ならちゃんとできるから』
『ボクたちが、一緒に居てあげる』
銃兵隊の人形達が、ぬいぐるみ達が。恐らく外で待機をしているヒッポカムポスも。
アンジェリカを見守っている。アシッドレイクが助け出され、彼女と共に歩く事を願っている。
『さぁ、気持ちを落ち着けて。リラックスをするんだ』
『貴方なら、きっと息をするより簡単な事のはずよ』
道具達の励ましの声に後押しをされながら、改めて魂と対峙した。
アンジェリカは先ほどより、より優しく。無理に剥がそうとせず、撫でるように。
魂に纏った影の衣を、こそぎ落としてゆく。
魂を刺激しないように、傷つけないように、静かに、優しく。
次第に、アシッドレイクの魂の影が薄れ、輝き始める。
それはとても力強い輝きであった。
生きようとする力。燃え上がる炎のような生命の力。
それは、アンジェリカの手を借りずとも、自ら影の衣を破り去ろうとしている。
もはやそれは、アシッドレイクとは呼べない存在であった。
彼は彼自身の意志で、自分ではない何かになろうとしていた。
「新たな命よ。貴方がなりたい物は一体何かしら?」
アンジェリカは問い掛ける。
目の前にいる魂は、自らの望む姿を自由に思い描いていた。
『ワタシは、鳥になりたい』
アシッドレイクだった魂は、空を翔る竜をかたどった駆動兵器であった。
しかし大きく堅い鋼の身体を宙に浮かす事は出来なかった。
いつしか背中の翼はもぎ取られ、リザードマンのような姿の兵器に成り下がっていた。
戦う力など無くてもいい。重い身体が邪魔ならば、捨て去りたい。
アシッドレイクは鳥になりたかった。空を飛びたかったのだ。
アンジェリカはそんなアシッドレイクの願いを聞き届け、頷く。
「私はまだ未熟だから、いつそれが叶うか分からないけれど……でも、きっと。必ず、貴方に空を飛ばせてあげる」
アンジェリカはそっと手を伸ばす。戦う事しか知らなかった駆動兵器だった魂に。
「だから……だから、私と一緒に行きましょう」
にっこりと、微笑んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ヤタック教団暗殺者の首魁アウグスは、
道具使いアンジェリカが駆動兵器の魂に触れる瞬間をしかとその目に刻んでいた。
彼の目で魂を見る事は出来ない。しかし、彼女の言葉と仕草がそこに魂の存在を感じさせていた。
アウグスはヤタック教の首魁として子供を攫う仕事をする傍らで、救世の天使となるべき少女を探す役割も、彼らの神ヤタックによって拝命されていた。
魂と語らい、道具を下僕として従えるだけでなく、優れた戦士や英雄、王族、才能ある人々。
そういった者達を常に傍らに置いた道具使いという存在。
彼らの神ヤタックが、何故彼女を危険視するのかは彼の知る所ではない。だが。
彼女は、誰の物になってもいけないのかもしれない。
アウグスは直感的に、そう思った。
アウグスは、道具使い、勇者、そして巨人族の戦士の三人に心を奮わせていた。
今だけは、暗殺者のリーダーとしてではなく、ヤタックの子としてでもなく。
ただのアウグスとして、彼女達の営みを眺めていたいと思っていたのだ。
アンジェラ教の冒険者達に捕らえられた彼らがどういった扱いを受けるかは分からない。
しかし、既に仲間の多くは逃がした。ヤタック教はまだ再起出来る。
「許したまえ、我が神よ」
自身の役割を成し遂げたアウグスは、静かに自らの神に祈る。
アウグスの呟きは、この場にいる誰の耳にも届く事は無かった。
ただ一人、彼を見守っていた彼らの神。『業火の魔王ヤタック』を除いては――




