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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
四章【道具使いと小さな漁村】
34/64

04-04 魂の狂乱

 


 漁村から離れた廃墟に存在する、巨大なリザードマン型の駆動兵器。

 アンジェリカ達の見聞きした事は、酒場へと無事に受理された。

 冒険者が持ち帰った情報は、酒場から国や教会へ知らされ危険度に応じて付近に滞在する別の冒険者に依頼として提示されるのだ。

「では、そのように申請しておこう。他に気になった事はないかの?」

「あの、大した事じゃないんですけれど……」


 アンジェリカは酒場のマスターである巨人族の女性ラングに、黒く欠けた魂について説明した。

 直接その魂に触れれば爆発するかもしれない事。その者の攻撃性を高める危険性がある事。

 彼女が立てた予想を、感覚ながらも伝えようとしていった。

「ほう、魂が……な?」

 書類を整理しながら、ラングは呟く。

「笑わないんですか?」

「別におかしいことじゃないさ。見えるなんて言い出した者とは初めてまみえるがな」


 魂という概念はこの世界にもきちんと存在し、アンジェラ教会では人間の根源であると伝えられている。

 通常では目で見る事は出来ないが、ふわりふわりとした不定形の球体で、その人の性格によって色が変わるとイメージされる事が一般的だ。

「お前さんには、ワシの魂の色も見えるかの?」

 ラングの言葉にアンジェリカは首を振る。

「人間の魂を見る事は、禁じられてるんです」


 人間の魂は道具と違い、多くの衣を着ている。

 丸裸の魂に、生物であるという認識。人間であるという自負。性別。種族の誇り。所属する組織や役職。

 魂を覗き見るには、それらを一枚ずつ剥がしていく必要があった。

 それは道具使いにとって負担の大きい行為であるし、相手の尊厳も傷つける。

 必然的に道具使いは魂の衣が少ない、人間に作られた道具達を相手取る事になった。

 また道具の言葉は人間には届かないので、対話が出来る道具使いのことを彼らは歓迎した。

 それこそが道具使いと、それに使われる道具達は良きパートナー同士と言える所以なのだ。


「ここしばらくは、死霊使いなる者も現れておるようじゃしな」

 アンジェリカの言葉を聞いてラングはふむと相槌を打った。

「気をつけるがよい。間違いなく、お前さんは今も狙われとるじゃろう」

 そう言ってラングはウィンクする。

 あまり心配しているように見えないのは、スフィアとホックという二人の戦士に守られているからだろうか。



「……アンちゃん。あの人、アンちゃんと知り合って日が浅いよね?」

「うん、昨日が初対面のはずだけど」

 スフィアの疑問に首を傾げるアンジェリカ。

「なんで、アンちゃんが死霊使いに狙われてる事を知ってるの?」

「えっ?」

 ふと気が付く。

 アンジェリカ達は戦った敵の事や旅で見聞きした事は報告しているが、

 自分の旅の目的については「仇討ち」以上の事は話していない。

 もちろん隠す理由も無いので聞かれれば答えるが、今の所そういった場面も無かった。

 振り返る。酒場の店主ラングはこちらに気付き、手を振り返している。

 疑問に思いながら、アンジェリカとスフィアは酒場を後にした。


 酒場での報告を済ませ、一行がホックの家に戻ったのは、日が沈み切り海の男達が眠りに就いた後であった。

 疲れきり眠そうにしていたアンジェリカとスフィアを、早めに寝室に帰しておく。

「ヤマメ、今帰ったぞ」

「お帰りなさい、お兄ちゃん。夕飯残ってるよ」

 恭しく兄を迎えるヤマメ。二人は囲炉裏を囲み座る。

「親父とお袋は、もう寝ちまったか」

 鍋をかき回す妹を見ながら、ホックが呟く。

「お兄ちゃん、夜遅くまで頑張ってたもんね。はい、どうぞ」

「おう、わりぃな」

 根菜類と炙った魚のスープを受け取る飲み干す。

 温かいスープが秋の夜長に冷えた身体に染み渡る。昔からよく知る母の味だ。


「お兄ちゃん」

 夕食を終えてごろり、と転がるホックにヤマメが声を掛ける。

 微笑みを湛え、吸い込まれそうな黒い瞳がとても印象的であった。

「なんだ?」

「私ね、お兄ちゃん好き。ずっと一緒に居たい」

 微笑みを保ったまま、ヤマメが続ける。

「おう、俺もお前が可愛くて仕方がねえ」

 ヤマメがホックの真似をして寝転がる。囲炉裏を挟んで、兄と妹の視線が交差した。

「今の親父に拾われてから、お袋やお前にも良くして貰ってきた」

「だから俺は、絶対嫁さんはドワーフの女を貰おうって考えてるくらいなんだぜ」

 そう言ってホックは妹に微笑み、頭を撫でてやった。


 ホックが両親を失ったのは十二年前。彼が六歳の時であった。

 父と母を失い、教会に引き取られる所を引き止めたのはトアミとミナトの夫婦だった。

 二人はなかなか子供が生まれず、養子として引き取りたいとの事であった。

 しかし、夫婦はホックを引き取ってすぐに子供を身篭る。

 もしかしたら自分は捨てられてしまうかもしれない。そう思っていたホックであったが、夫婦は変わらずホックを愛し続けていてくれた。

 それどころか、夫婦は彼に妹と、それを守る兄という役割を与えてくれた。

 こうして、ホックは本当にフィッシャーマン家の一員となった。


「そっか。嬉しいな」

 ヤマメの黒い瞳が、一層暗く澱む。

 ホックはそれに少し違和感を覚えるが、追求するのが恐ろしくて。

 妹が、妹でなくなってしまったような気がして。

 その瞳を見つめたまま、口をつぐんだ。


「私、お兄ちゃんと一緒に居られるんだったらなんでもするよ」

「それこそ、悪魔に魂を売ってでも」

 ホックの背筋に冷たい物が走った。気がした。

「……そろそろ寝るぞ。夜も更けてきた」



 ――私、お兄ちゃんと一緒に居られるんだったらなんでもするよ。


 ――それこそ、悪魔に魂を売ってでも。


 妹の言葉が彼の頭の中で回り続ける。

 消えない言葉は彼の眠りは妨げられ、目を覚ましてしまう。

「ちっ、眠れねえ……」

 小便でも行ってくるか。そう考えホックはむくりと起き上がる。

「ん?あれは……」

 厠へ向かうホックが見かけたのは、廊下を歩く妹の姿だった。


「おい、ヤマメ。何をやってるんだ?」

 ホックの声は届かない。

 覚束ない足取りのまま、ヤマメはふらふらと両親の部屋へと足を運ぶ。

「そこは親父達の部屋だぞ。寝ぼけてるのか?」

 ホックが声を上げる。ヤマメはぴたりと足を止め、一瞬だけこちらを見る。

 暗く澱んだ瞳。深く、深く、沈み込む泥のような深淵へいざなう瞳。

 彼女がその手に握りこんだ短剣を目にした時。ホックは反射的に飛び出した。

「やめろ、ヤマメ!一体何を考えてやがる!!」

 ホックがヤマメの腕を掴み叫ぶ。

「そいつはお前の親父とお袋だ!殺しちまったら取り返しがつかないんだぞ!!」

「離して!離してェッ!!」

 ヤマメは喉の置くから搾り出すような、凡そ幼子とは思えないような叫び声を上げる。

 ホックは驚きヤマメを組み伏せるが、暴れるヤマメの力は尋常ならざる物だった。

「くそっ、なんて力だ……ッ!?」

 巨人族の男であるホックと、小柄なドワーフの少女であるヤマメの体格差は優に三倍はあるはずだ。

 しかし彼女はその体格の差を覆さんばかりの力で、ホックに抵抗していた。


 ホックはこの力に覚えがあった。死に際の魔物による最後の抵抗だ。

 魔物が最後の最後まで油断のならない理由。無駄に手傷を負わせず一撃で倒さねばならない理由。

「ヤマメ……頼む……大人しくしていてくれ……!!」

 ホックは理解した。ヤマメは今、命を燃やしている。

 なんらかの力によって突き動かされ、やりたくないことをやらされているのだ。

 このまま暴れさせていては、ヤマメは間違いなく死んでしまうだろう。




「なんだよー、こんな夜中にうるさいなあ……」

 不振な物音に気付いて、アンジェリカとスフィアの二人は目を覚ます。

 床が激しく軋む音。何かを言い争うような怒声。

 何かあったのだろうか?ミツバに待機を頼み、寝巻きのまま音の方へ向かっていく。

 念のため、武器や道具の携帯だけはして。


 駆けつけた二人が目にしたものは、半狂乱となって暴れるヤマメと

 それを力任せに抑えるホックの姿であった。

「ホックさん、どうしたの!?」

 アンジェリカはホックに呼びかける。彼は妹を抑えながら懇願し、叫んだ。

「アン!スフィア!!ヤマメの様子がおかしい!頼む、助けてくれ!!」

 ――助けてくれ。ホックの口からそんな言葉が飛び出すとは、アンジェリカは予想だにしなかった。

 常にアンジェリカやミツバの前に出て彼女達を守り、戦い続けた巨体の戦士。

 彼が自分達を頼っている。よほど切羽詰っているという状況である事が分かる。

「……『昏睡せよ(スリープ)』!」

 スフィアはホックの懇願に、睡眠の魔法をかける事で応えた。

 ヤマメを限界を超えて暴れさせ続けるのは、兄妹にとって危険だと判断したからだ。

 力任せに暴れていたドワーフの少女は、抵抗する間もなく魔法を掛けられ力を失い、だらんと崩れ落ち意識を手放した。


 アンジェリカ達の目の前には意識を失ったヤマメが寝かされていた。

 夫妻はこの騒動に気付く事も無く、娘の凶行も知らず。眠り続けていた。

「こんな騒ぎだってのに、ノンキに寝てやがるぜ」

 胸を撫で下ろしたホックがため息を漏らし、悪態をつく。

 スフィアは妻ミナトの身体を触診し、一つの確信を得た。

「二人とも、薬で眠らされてるんだろうね。それも暗殺者が使うような強力な奴」

 神の奇跡である回復魔法が存在するこの世界に於いて、大抵の病はそれで十分に対応できる。

 それ故に薬とは、主に教会の助けを受けられない者。特に盗賊などの犯罪者が使う物であるとされていた。

「なんでヤマメちゃんがそんなものを……?」

 アンジェリカは疑問を覚えるが、ホックは首を振るばかりだ。


「アンちゃん、これに見覚えがあるだろ?」

 そう言ってスフィアは一振りのナイフを見せる。

 アンジェリカはそのナイフを手に取り、意匠を見て目を見開く。

「これ、ヤタック教の……?まさか!!」

 ナイフに刻まれたこの鴉の柄は間違いない。ヤタック教の暗殺者が持っていたそれだ。

 それも、アース村の村長の息子、トキオが所持していた物と全く同じものだった。


 アンジェリカはすぐさまヤマメの魂の状態を確認する。

 そして彼女の魂に黒い影を確認し、すぐに目を閉じた。

 駆動兵器の魂の爆発があった以上――そもそも人の魂に触れる事は禁忌であるため――触れては危険だと判断した。

「やっぱり……ヤマメちゃんも、あの駆動兵器のように……あの子達のように、魂を傷つけられてるんだ」

 アンジェリカは確信する。魂が爆発してしまった駆動兵器も、人類を滅ぼそうとする駆動兵器のリーダーも全て――

「おい、アン」

 時折うなされるヤマメを見つめながら、ホックが呟く。

「とにかく、そいつらなんだな?」

「そのヤタック教って奴らが、ヤマメをこんな風にしちまったんだな?」

 アンジェリカとスフィアが頷く。

 ――ヤタック教だ。ヤタック教こそが、この件に於ける全ての元凶なのだ。


「そうか……くくっ、そうかよ……」

 ホックのフルフェイスから笑いが漏れる。

「ホックさん?」

 訝しがるアンジェリカだが、本当は既に分かっていた。

 彼は怒っている。大事な妹をいい様にされて、この上無く怒っている。

「ヤタック教だかなんだかしらねぇが。ぶっ潰す」

 立ち上がるホック。震えた手は、彼の決意を指し示していた。



「申し訳ありません!私がついていながら……」

「ミツバ……」

 翌朝、頭を下げるミツバに、ホックは腕を組み憮然としている。

 ヤタック教は人々の心の隙間に入り込む。

 それを埋められなかった彼自身の失態であると分かっていたからだ。

「お前さんは悪かねえさ。悪いのは全部ヤタック教って奴らだ」

 だがそれでも、彼はヤタック教を責めずには居られなかった。

「ホック、行くのか?」

「おう。ヤマメの傍に村の男を数人配置してやってくれ」

 薬が切れ、目を覚ましたトアミとミナトは眠っているヤマメの顔を見て驚いていた。

 その表情は夫婦の知る娘の物ではない。人間の感情から喜と楽だけを取り除いたような鬼気迫る顔だった。

「昨夜、何があったの?ヤマメが目を覚まさないのと何か関係があるの?」

 心配そうに訊ねるミナトに、ホックはなんでもないさと首を振った。

 夜明けと共に届いた『駆動兵器が動き出した』という手紙を腕の中に隠して。


「何もねえよ。何も起こさせやしねえ」

 彼は、彼らは。ただうろたえるだけの夫婦に背中を向けて。

「だからよ、親父にお袋。ヤマメがもし起きてきたら……いつものように、親子として接してやってくれ」

 日の出と共に、歩き出した。



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