04-01 巨人との再会
「やっぱりアンだな。俺の事を覚えてるか?」
バケツのような兜を被った大男が一行へと迫って来る。
その様子にスフィアはたじろぐが、アンジェリカはむしろその大男の方へと近付いていく。
「そ、その大きい身体とバケツみたいな兜はまさか……!」
「俺だよ、ホックだ。おう、おう、久しぶりじゃねぇか?」
顔は見えずとも、その野暮ったくて力強い声をアンジェリカははっきりと覚えている。
間違いない。彼はかつて共にアンデッドを相手に戦った戦士ホックであった。
「ホックさん!わぁ、久しぶり!」
ホックの来訪にアンジェリカは大いに喜び、駆け寄って行く。
巨人の鎧にごつんと頭をぶつけても構わず自身の感情を全身でさらけ出す。
「おいこら、くっつくんじゃねぇ!誤解されるだろうが!」
アンジェリカの突然の奇行に驚き、ホックは慌てて引き剥がそうとするが、彼女はぺたりとくっついていてなかなか離れようとはしない。
「この鎧みたいな硬い身体!まさしくホックさんだわ!」
「馬鹿野郎、これは鎧だ!いいから離れろおおおっ!!」
ぐいぐいと身体を押してついに剥がされたアンジェリカが顔に鎧の跡をくっきりとつけてしまうトラブルもあったが、最終的に、両者は互いに懐かしい再会を喜び合っていた。
「お熱いね。このでっかい人はアンちゃんのコレかい?」
小指を立てるスフィア。
「うん、私の初めての人間のお友達よ」
ホックが振り上げた腕にぶら下がりながらアンジェリカが答える。
「なーんだ、つまらん。いや、むしろ楽しそうだねそれ」
「楽しいよ~。スフィアさんもやる?」
「やめとく」
「初めまして、私はアンちゃんの友人の魔法剣士スフィアだよ」
「ホックだ。戦士をやってるぜ」
ホックとスフィアは固い握手を交わす。
金属製の小手をつけているのでホックの方は少し手加減をするが、そんな彼の意図を慮ってか、スフィアはむしろ強く小手を握りこんだ。
「見れば分かるよ。立派な武器だね」
「だろ?」
彼の方もスフィアの配慮を感じ取ったようで、愛用のバトルアックスを地面に立て、両手で持ち上げて力強さをアピールした。
「で、で、ホックさん。今日はどうしてここまで来たの?」
ホックの周りをぐるぐると回りながらアンジェリカは訊ねる。
「冒険者の酒場で緊急ミッションが発令されたんだよ」
「大量のアンデッドに街が襲われて、俺ら冒険者はその処理に当たる事になった」
アンジェリカはぴたりと返し、胸を張って答える。
「それは知ってる。私達でその親玉を追っ払ったからね」
「マジかよ」
ホックは驚きを隠せなかったが、得体の知れないアンジェリカの能力や魔法剣士を名乗るスフィアという少女の実力次第ではあるいはなどと思っていた。
「うん。こっちもこっ酷くやられちゃったけど」
「……ま、そんな訳で一仕事終えてきたって訳だ。これから帰る所だよ」
「奇遇ね。私達もそろそろこの街を出るところなの」
互いに顔を見合わせ、二人はにへらと笑う。
ホックの表情はフルフェイスに隠れて見えないが、恐らく同じ気持ちだろう。
「一緒に行くか?」
「うん」
こうしてかつての仲間は再び道中を共にする事となった。
「はぁ、このちんまいのが勇者ねえ」
「貴方みたいなデカブツから見ればみんなちんまく見えると思うんだけど」
「ちげえねえ」
明朗快活に笑うホック。
スフィアから見て、このバケツ男は怪しさ満点である。
フルフェイスで表情が隠れて見えないし、自分をちんまいと呼ぶのも気に入らない。
だがアンジェリカが心を許しているなら大丈夫だろうとすぐに思い直した。
「ホックさん、ホックさんの家はこの辺りにあるの?」
「麓の漁村だよ。妹の顔を見に行くって言っただろ?」
アンジェリカは手をぽんと打つ。
「そういえば、そこの相棒くんが言ってたね」
そう言ってホックの相棒、彼の担いでいるバトルアックスを指差す。
ホックは、アンジェリカがバトルアックスと会話していた時の事を思い出し苦い顔をした。
相棒は常に自分の傍で自分の事を見ており、アンジェリカを通じて白日の下に晒される。
特段悪い事をしてきたつもりはないが、自室でのだらしない姿や酔いつぶれるまで呑んだ日のことを
それらを相棒を通じて、この小さな友人達に知られてしまっては立つ瀬がない。
そう思うとホックは自然と自分を律するようになった。
そんな思惑さえこの相棒に知られていると思うと少々情けなさがこみ上げるが、案外大したことではない。
ずっと一緒に居た同居人の存在に、今更気付いただけの事である。
ホックの思案などお構い無しに、娘達の興味は彼の妹の話題に向いていた。
「ホックさんの妹様ですか。きっととても大きい方なのでしょうね」
「きっと大きいけど可愛い鎧を着てるのよ」
「花柄とか?」
三人娘の脳裏にふわふわと花柄の鎧を着た巨人のイメージが浮かぶ。
娘達で囲まれた小さな輪にどっと笑いが起こった。
「何言ってんだお前ら……」
ホックは頭を抱えた。
「ここでお弁当にしようか」
「いいわね。ここなら見晴らしもいいし」
下山途中で遠くまで見渡せるスポットを見つけ、ここで休憩しようと提案するスフィアにアンジェリカは頷く。
「ヒッポカムポス、荷物を降ろすよ」
「さぁ、シートを広げましょう」
愛馬ヒッポカムポスを座らせ、人形やぬいぐるみ達が荷物を開ける。
彼らは手早くシートを広げ、大人が四、五人ほど座っても問題ないスペースを作った。
敷かれたシートに一行は腰を下ろし、思い思いに弁当を広げる。
「ふふ、私がウィンナーを焼いたのよ」
ウィンナーの一本にフォークを刺し見せびらかすアンジェリカ。
「他は全部ミッちゃんにやらせたけどねー」
から揚げをレタスで包みむしゃむしゃ食べるスフィア。
「むぐ、んぐ、なかなかうめぇじゃねーか」
ライスボールを手づかみもりもり食べるホック。
「ありがとうございます、ホックさん」
そんな彼らの様子を見ながら、嬉しそうに微笑むミツバ。
若者達は楽しい昼食の時間を堪能していた。
「で、ホックさん。エリーさんとの少しでも仲は進展したかい?」
「ぶっ!?」
アンジェリカの遠慮の無い質問にホックが噴出した。
噴出した米がフルフェイスの中で大暴れする。
「うへぇ、何やってんのさ」
混乱するホックを見ながらスフィアは呆れて肩を竦めた。
「あれから何も変わっちゃいねぇよ。向こうからも音沙汰無しさ」
「そっか……」
ホックはフルフェイスの隙間から器用に顔を拭き、進展が無い事を告げる。
残念そうに肩を落とすアンジェリカ。
「お前の方こそどうなんだよ。親父さんとお袋さんの仇は見つかったのか?」
アンジェリカははっとし、しばらくの逡巡の後に口を開く。
「見つかったよ。というより」
一拍置き、再び言葉を紡いでゆく。
「私達が撃退したアンデッドの親玉が、死霊使いサーニャだったの」
「……仇は討てたのか?」
ホックが再び問いかけると、アンジェリカは目を瞑り首を振る。
「無理だった。私はまだまだ力不足だったよ」
「そうか」
そこまで聞くと、もう聞くことはないとばかりに顔を背けるホック。
そんなホックにすがるように、アンジェリカはホックの両肩に手を掛け頭の上に顎を乗せる。
「ホックさんみたいな強い人が仲間になってくれたら、頼りになるんだけどな」
「勘弁しろよ。俺はそーいうのには関わりたくねえ」
しっしっと手で追い払うホック。
あれよあれよという間に引き剥がされ、少女は地面にべちゃりという音を立てた。
「総力戦になったらそうも言ってられないけどねえ」
から揚げのレタス巻きをつまみつつ、スフィアが言う。
「それでもだ。そうなるまでは危険を避けるのが冒険者だろ?」
ホックの言う事は現状では正論である。
基本的に冒険者の酒場は、実力に見合わない依頼の受領を許可しないのだ。
風嵐の魔王サーニャの危険度指定が相応に上がり、現戦力をぶつけても太刀打ちできないと判断された場合に初めて総力戦となる。
そうなるまでは魔王サーニャの討伐依頼は特別な許可を得た者のみが可能だった。
当然ながら、現状のアンジェリカ達では「不可」判定を受けるだろう。
「そう言われちゃ、敵わないけどさ」
焦っている。暗にそう言われてしまった気がして、バツが悪そうにスフィアは口をへの字に曲げた。
地面にべちゃりと倒れこんだアンジェリカの袖を、何者かが引っ張る。
彼女が見やると、そこには銃兵隊人形の一体が敬礼をして立っていた。
「どうしたの?隊長」
隊長格の人形は付近の茂みや岩場等を指差し、身振り手振りで招かれざる客の来訪を告げる。
「なんだ?敵襲か?」
「ヘビ型が三匹、ゴブリン型が三匹。小型の駆動兵器が一体ですって」
他の二人にはさっぱり、ミツバにはほんのりとしか伝わらない人形の言葉だがアンジェリカにははっきりと分かる。
「駆動兵器が魔物とつるんでるだって?何でそんな事になってるのさ」
「分からん。とにかくぶっ潰す」
スフィアとホックが各々の武器を握る。
「おっけ。どっちが多く魔物を倒せるかな?」
ミツバを下がらせ、二人の戦士が前衛に躍り出る。
「わ、わ、待ってよ!」
道具を呼び出しアンジェリカも戦闘態勢を取った。
草むらから、岩場から。魔物達が、一斉に飛び出した。
ヘビ型の魔物、ヴァイパースネークの一体がホックに飛び掛る。
「おらあっ!!」
ホックは体を逸らしてかわし、無防備となった所に斧の一撃を繰り出した。
破壊力ある一撃を受けたスネークは付近のホブゴブリンを巻き込み吹き飛んでいく。
「うわ、一撃……」
「負けてられないわね。銃兵隊、一斉射撃!!」
巨人族のパワーを見せ付けられたスフィアは慄くが、すぐに気を取り直し炎の魔法の詠唱を始める。
火薬の弾ける音と共に飛び出したのはアンジェリカの銃兵隊の射撃であった。
銃撃はホブゴブリン一体の身体を蜂の巣にするが、それでも倒れないと見るや、射撃の終わった人形達は剣を抜き、次々と飛び掛っていく。
たまらず後ずさった敵の隙を隊長格の人形が飛びつき、急所を貫くとようやく敵は地に倒れ伏した。
「『炎の渦』よ、巻き上がれ!!」
スフィアの魔法の詠唱が完了する。彼女の手のひらから炎の玉が生まれ、それを地面に投げつけられるとそこから炎の渦が巻き上がった。
「うわっ!?ととと……」
不意に魔法の制御が彼女の手から離れそうになる。
炎の渦が敵のヘビ型二体、ゴブリン型一体を巻き込み焼き尽くし、近くに居たホックの身さえも焼きそうになる。彼は驚き飛び退いた。
「おいおい、こっちを巻き込むんじゃねぇ!」
「ご、ごめんごめん」
ホックの怒号が飛び、スフィアが謝罪する。
慌てて魔法を消してから、彼女はじっと手を見る。
勇者の光が覚醒した直後から、彼女の魔法力が格段に向上しているようだった。
それは勇者の力によるものなのか、
それとも回復魔法でガイアナ前大后を救おうとした気持ちに由来するものなのか。
当人にもよく分かっていなかった。
「後はこいつだけか。数に任せて押さえ込むぞ」
「待って、なんだか様子がおかしいわ」
たった一体だけ残った名も無き駆動兵器。
硬い鋼を身体とし、短く細い銃身を何本も備えた絨毯射撃型であると予想できる。
それが魔物と釣られて飛び出したきり、微動だにしていない。
「攻撃してこない……?」
訝しがる三人。どれほどの時が流れたのだろうか。
駆動兵器は突然音を立て、崩れ落ちる。
「お、おい!煙を上げだしたぞ!?」
「壊れてしまった……のでしょうか」
突然の事態にうろたえる一行。
戦闘が終わった事を確認し、ミツバも前に出る。
「私、見てくる」
「おーけー、いつでも飛び出せるようにしておくよ」
道具達に警戒をさせたまま、アンジェリカだけが崩れた兵器に近付いて行った。
アンジェリカは駆動兵器の魂との対話を試みる。
「聞かせて……貴方の名前を、どうか教えて欲しいの」
優しく語り掛けるアンジェリカ。しかし駆動兵器は予想だにしない言葉を遺す。
『たす…ケ…て……』
「え?」
聞き返すアンジェリカ。
『漁師の村から…二晩程歩いた洞窟……我々の、リー…ダー……』
「貴方達のリーダーが、どうしたの?」
『人、間……滅ぼ……うか、止め……て……』
「……ッ!!」
突如、駆動兵器が弾ける。
身体ではなく、彼の魂がアンジェリカにしか聞こえない音を立てて消え去った。
「うわっ……!?」
魂が爆発した衝撃は彼女の頭を大きく揺さぶり、彼女は意識を暗い闇の底へと落としていった。




