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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
一章【道具使いと巨人戦士ホック】
3/64

01-03 ゴブリンのアジト

 



 コール・タール南の街道を、アンジェリカ達は更に南へと下って行く。

 二人の他に、青白い肌をした魚のようなパーツを随所に付けた背の高い男と、緑色の肌をしたずんぐりむっくりの髭男を連れている。

「いやぁ、無事に交渉できてよかったわ」

「いいからおとなしくしてろ。落ちるぞ」

 上機嫌なアンジェリカは、馬の背に乗りはしゃいでいる。

 その隣を歩くホック。頭にはミツバから預かったオルトロスのぬいぐるみを乗せられて。

 今回の仕事の依頼主は酒場のマスターであった。

 彼は昨日のゴブリン掃討の直後、斥候を放ち戦闘場所の奥地を探索させていたようだ。

 アンジェリカの「兵器は破壊しない。無力化する」という言葉に戸惑っていたが、前回の依頼と受注者が同じということで、そのまま許可が下りる事となった。


「あらぁ、ずいぶんとかわいらしいぬいぐるみねぇ」

 ゆったりとした女性のような声を上げたのは、ホックの先輩冒険者である人魚マーム族のケルヴィンだ。

 マスターの放った斥候の一人で、アンジェリカとも面識がある。

 背丈の高い男性でありながらしなやかな身体を持ち、どのような狭い場所でもするりと入り抜ける彼は、後輩のホックがアジトの攻略に向かうと聞き、道案内を買って出たのであった。

「ふふん、ミツバお手製のオルトロスのぬいぐるみよ」

 親友の作ったぬいぐるみを褒められて得意気になるアンジェリカ。

 オルトロスは双頭をした毛むくじゃらの獣で、二つの頭から炎を吹き出すおぞましい魔物だが、ぬいぐるみの姿をしたそれは間抜けで可愛らしい。

「貴方達の人形劇、たまに見てるわよぉ。キュートでステキね」

 ケルヴィンはぬいぐるみの鼻先をつんつんすると、その丸さ愛くるしさにミミビレをぴくぴく動かす。

「その辺にしておけ。目的地は近いぞ」

 見かねて声を掛けた背の低い男性は、ケルヴィンの相棒のクールだ。

 ドワーフ族という種族で、黒い髪と自慢の濃い髭をピンと指で撥ねている。

 手先の器用さと常に冷静であり続けるその姿勢だけで今の地位まで上り詰めた彼は、ホックの先輩冒険者であり、当然アンジェリカとも知り合いだ。

「ホック。そしてアンジェリカ。お前達の活躍は聞かせて貰った」

 ごほんと咳払いをするクール。彼に向き合う三人。その姿勢を確認した彼は、粛々と今回の作戦を告げる。

 内容としてはとてもシンプルなもので、ケルヴィン、クールの斥候二人が魔物をおびき寄せてアンジェリカとホックが内部を叩くというもの。

 各個撃破や死角からの強襲に於いては先輩冒険者達の方がはるかに優れており、見張りや巡回兵を気取られずに始末する役割はケルヴィンとクールが担う。

 逆に面制圧力や破壊力についてホックの右に出る者はおらず、アンジェリカとコンビを組んで残ったゴブリンや駆動兵器を倒すのはこの二人が適任だ。

「俺達がアジトの中をかく乱しよう。その間にお前は中に入り込み――ゴブリン共を、兵器諸共叩き潰せ」

「頼りにしてるわよぉ、アンジェリカちゃん。ホックちゃん」

「はーい!」「おう!」

 各々の仕事、役割を確認しながら四人は頷き合った。


 街はずれの森の奥地に、件のゴブリンのアジトは存在していた。

 そこは無理な鉱山開発によって一時は腐海に沈み、荒廃した荒地であったが、

 当時の国王の主導の元に近くの町「ジュブナイル」の若者達による汚泥の撤去から始まり、荒地は耕され、その後は二百年に及び植林作業が続けられている。

「当時の人間達の弛まぬ努力と、それを引き継いでいる。今の人間達によってこの国の自然は守られているのよ」

 まるで見てきたかのようにケルヴィンは話している。

 あるいは、人魚族は寿命が長いので本当に見てきたのかもしれないが、年齢を尋ねようにもとぼけられてしまったため、アンジェリカもホックもそれ以上は追及しなかった。

 ケルヴィンとホックに先導され、獣道を進むアンジェリカ達。休憩を入れながら一時間程歩いたところで、前を進んでいた二人は足を止める。

「あそこだだ。……ここから先は大声を出すなよ」

 クールの指差す先。木の木の間から見える奥地に石と金属で出来た建物があった。あれがゴブリンたちのアジトで間違いは無いだろう。

「いい?アンちゃん。これが『待て』。これが『来て』。そしてこれが『突撃』の合図よ」

 手振りを見せながらケルヴィンはアンジェリカに手信号を教える。

「わかっ……むぐ」

 元気よく返事をしようとし、慌てて口を塞ぐアンジェリカ。

 呼吸を整えて頷くとケルヴィンは優しく笑みを浮かべ、指でオーケイのサインを作った。


 作戦を改めて確認していく。

 まずクールが罠を解除しながら内部をかく乱し、燻り出されたところをケルヴィンが仕留めていく。

 ゴブリンが少なくなってきたところでアンジェリカ達が突入し、残りのゴブリンを殲滅する作戦と呼ぶにはあまりにシンプルなものだった。

 金属鎧を装備したホックは潜入任務に向いておらず、万が一起動してしまった駆動兵器と真正面から立ち向かう為に、体力を温存しておく方が良いとの判断だ。

「皮鎧じゃ兵器の武装に対処できないものね」

 ケルヴィンは肩を竦めた。


 作戦の開始まであと十秒。

「今日はお前達が主役だ。頼んだぞ」

 クールが掛けた激励の声に、アンジェリカ達の拳に力が入る。

「いくぞ、ケルヴィン」「ええ」

 作戦開始と同時に、先輩冒険者二人は音も無く散開した。

「この作戦、上手く行くかしら?」

 訊くべきではないと分かっていながら、訊かざるを得ないアンジェリカ。

 彼女は魔物を単独で倒した経験はあれど、他人と組んで戦うことは今までも余り無かったのだ。

「成功させる。お前が動けなくても俺様が全部ねじ伏せてやるさ」

 ホックは努めて落ち着いた声を出すが、それでも視線はアジトから逸らさない。

「道具使いの本領とやら、見せてくれるんだろ?ちったぁ気張れよ」

 フルフェイスに隠れて見えないが、なんとなくホックがニヤニヤしているような気がする。

 もちろんよ。そう言いたげにアンジェリカの方もにやりと笑みを浮かべる。

「そうね、せっかく作った道具達に出番をあげなきゃいけないわ」

 ホックの言う通り、ここで気後れしていては道具使いの名が廃るのだ。



 作戦の方は、概ね順調なようだ。

 クールが中に入りゴブリン達をおびき出し、ケルヴィンが外に出たゴブリンを一体ずつ仕留めていく。

 このまま恙無く済む。そう思っていたが――――

「あん?」

 ケルヴィンが慌てた様子でこちらに手招きをする。先ほど教わった「こちらへ来い」の手信号だ。

「どうした?ケルヴィン」

「困ったことになったわ。あいつら、鍵を掛けて部屋に閉じこもっちゃったの」

 ゴブリンのアジトの最奥の部屋。恐らくそこに掘り出された駆動兵器があり、奴らはそれを起動しようとしているのだろう。

「もう少し追い立てられる予定だったのだがな。すまん」

 謝罪を入れるクール。だがホックもアンジェリカも気にしてなどいない。元より数を減らそうと退治を続けていれば、いつかは気付かれるはずのことだ。

「気にするこたぁねぇ。あとは俺様達の仕事だ」

「ケルヴィンさん、クールさん。残りは私達に任せて」

 アンジェリカとホックはアジトの中へと飛び込んでいった。

 二人はアジト内を走りながら周囲の様子を確認していく。

 クールによってアジト内の罠は解除されており、ケルヴィンの活躍によって最奥の部屋以外にゴブリン達はいない。

「いくぜェ、アンッ!!」

「おっけーッ!!」

 最奥に立ちはだかる鉄製の扉すら、ホックの力任せの一撃によって強引に破られる。

 勢いづいた二人の前には何の障害も残っていなかった。


 部屋は広々とした空間であった。奥には赤い一つ目の鉄の兵士。駆動兵器が一つ。

 ずっしりとしたシルエットに鉄の甲殻を着込み、両手には分厚いブロードソードを構える。

 真っ赤な瞳は明滅し陽炎を作っている。恐らく熱を持った光学兵器の一種だろうか。どこから見ても隙の無い強敵だと見て取れた。

 その前には数体のゴブリン達がアンジェリカ達と相対している。既に武器を構え、殺気立っているようだ。

「アレを止めろってことか。へっ、楽勝だなぁ?」

 あくまで強がるホック。だが、本当に真正面から戦う気など毛頭無い。

「おう、アレを止めるんだろ?お前の道具でなんとかしてみろよ」

「やらいでか。ちょっとゴブリン達の相手をしてなさい」

 一斉に襲い掛かるゴブリン達。その攻撃を斧で軽く受け流しホックはバサリバサリと斬り払う。

 獅子奮迅の活躍を見せるホックを、駆動兵器は軋み、音を立てて立ち上がる。

「どっこいせっと。さぁ、音楽隊!楽しい楽しい演奏会よ!!」

 アンジェリカの号令と同時に背後から多数の人形達が飛び出した。

 人形達は思い思いの楽器を取り出し演奏を始めた。楽器からは楽しげな音が鳴り響き、音が混ざり合って一つの音楽になっていく。

 そしてアンジェリカはどこから取り出したのか、手回しハンドルのついたスピーカーをぐるぐると回す。

 すると異様な音量の騒音が、ノイズ混じりに部屋の中に響き渡った。


 ゴブリン達も、もちろんホックもこれにはたまらない。

「お、おいっ、アン!今すぐこの騒音を止めやがれ!!」

「そいつは、出来ない相談ね!!」

 ホックの必死の抗議もアンジェリカには届かない。否、届いた上で無視をする。

「見なさい、あの駆動兵器もこのノイズスピーカーの前に苦しんでいるわ!!」

 駆動兵器は騒音のノイズに反応し、異音を発しながらうずくまっていた。

 ホックは足を踏んばり、同じく武器を構え襲い掛かる残りのゴブリン達に備える。

 騒音とノイズでふらついているものの、相手も未だ戦意を喪失いしていないようだ。

「おらああっ!!」

 斧の一振りで二、三体のゴブリンが同時になぎ払われる。

 振り切ったその隙を突き、武器を振り被るゴブリン達。しかし。

「甘すぎるんだよッ!!」

 三メートルもの巨体から繰り出されるキックに成す術なく蹴り倒された。


「アン、ゴブリン共を蹴散らしたぞ。おい、アン!」

 十数体いたゴブリン達はホックによって全て倒された。

 アンジェリカはそれを確認するとノイズスピーカーのハンドルをぴたりと止める。

「お疲れ様、ホックさん。残りは……この子だけだね」

 演奏が終わると同時に、苦しんでいた駆動兵器が再び動き出す。

 巨大な剣を杖にして立ち上がり、目のような部分に赤い火が灯り電子音を響かせた。

「後はこいつをぶっ壊せば俺達の仕事は終わりだ。覚悟はいいな?」

「壊す?違うよホックさん」

 駆動兵器を破壊しようと構えるホックを、アンジェリカは前に出て制止する。

「この子は、止めて私の道具にするの」

「はあ?」

 言葉の真意を測りかね、素っ頓狂な声を上げてしまうホック。

 そのやり取りを隙と見たか、駆動兵器は目にエネルギーを集中させている。

 当たれば骨ごと溶けてしまいかねない強力な武器。レーザーウェポンだ。ホックはそう呟いた。


 異音と共に、レーザーウェポンの出力が上がり続けている。

「おい、本当にあぶねぇんだぞ。いいから下がってろ!」

 アンジェリカは忠告するホックに構わず右手を振り上げた。

「出番よ、双頭の魔獣『オルトロス』!!」

 掛け声とともにホックの頭から何かが飛び出した。アンジェリカに向かって放たれたレーザーを高圧噴射された火炎が押し返す。

 ホックのフルフェイスの上でうな垂れていたオルトロスのぬいぐるみが、アンジェリカの命令と同時に飛び出し口から炎を噴出しているのだ。

「お、おいおい、何だよこれは!?」

 百戦錬磨の戦士であるホックも、これには驚きを隠す事はできなかった。

 触った感じではただのぬいぐるみであったそれには、特にそのような仕掛けは存在していなかったのだ。

 それが今、主を守るためにこうして巨大な駆動兵器の前に立ちはだかっている。

「ホックさん!」

「お、おう!?」

 ついつい声が上ずってしまう。

「今から、あの子に飛び移って機能停止させるわ。その間オルトロスと一緒に、駆動兵器の相手をお願い!」

 そう叫んで、アンジェリカは駆動兵器の方へと駆け出して行った。


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