03-05 魔王襲撃
「魔王だと?ふざけた事を……」
突然の来訪者に、ルサーク王は腰に提げた剣に手を掛ける。
「いけません!ルサーク様!その女に関わっては……」
「お前の様子を見れば分かるぞ、ガイアナよ。此奴こそが、お前の不幸の根源であるという事くらいはな」
ガイアナ王妃は死霊使いサーニャの前に、王を守るように立ち塞がるが、ルサーク王はそんな彼女を制して剣を更に強く握り込む。
彼女が目の前の女に強い恐れを抱いている事が、彼女の様子を見ればすぐに分かったのだ。
鬼気迫る表情のガイアナとルサーク王。
しかしサーニャはそんな事を気にも留めず自分の目的を語り出す。
「僕は君に命令したはずなんだけどな。生きた人間をアンデッドに変える種を植えろってね」
「隙を見て首筋にでも突き立てれば、時間を掛けてその者の身体を作り変えていく。君が動けばもう少し楽に事は運んだのに」
ガイアナと、ルサーク王をそれぞれ指差すサーニャ。互いを庇いあうかのようなその姿に下卑た笑みを漏らす。
「いつでも出来たはずだ。でも君は出来なかった。何故なら――その男を、愛してしまったんだろう?」
その一言が、ガイアナ王妃の心のダムを決壊させた。
「うわあああああッ!!」
自身の内に燻る恐怖心を振り払うように、
ガイアナは大声で叫び声を上げながら渾身の力を以って体当たりを図る。
不意を打たれ、ガイアナと共に倒れこむサーニャ。
「ガイアナッ!?」
突然のガイアナの行動に、ルサーク王は驚きの色を隠せない。
「ルサーク様、お逃げ下さいッ!そして街へ避難命令を出すのですッ!!」
「この私に逃げろと申すか!ガイアナよ!!」
自分を見捨てて逃げろというガイアナにルサーク王は怒りを露わにする。
「この女だけは、この女にだけは関わってはなりませぬ!」
なおも果敢に飛びかかろうとするルサーク王を、ガイアナは今までに無い最も強い口調で制止する。
「父上ッ!義母上ッ!!今の声は一体!?」
騒ぎを聞きつけ、マルス王子が駆けつけてくる。
「マルスよ!今の言葉を聞いていたな?」
頷くマルス王子。彼は見慣れない女の姿を見つけるが、異常事態を察しすぐさま父の言葉に耳を傾けようとしていた。
「神殿へ向かい応援を要請せよ!私はここに残る」
「ルサーク様!!」
ルサーク王は驚くガイアナへ向けて優しく微笑む。
それは王としてではなく、父としてでもなく。守るべき者を守ろうとする男の瞳であった。
「二度と、二度と目の前で……女を死なせぬと誓ったものでな。許せよ、ガイアナ」
ルサーク王は剣を抜き、サーニャへと突きつけ声を上げた。
「ゆけッ、マルスよ!今この場よりお前がこの国の王だ!!」
「くそっ……どうか、どうかご無事で!!」
名残惜しそうにしながらも、マルス王子は部屋を出て廊下へと駆け出した。
その様子を見届けると、王はどこかほっとしたような表情を一瞬だけ見せ、すぐにサーニャへと向き直る。
「いきなり体当たりだなんて痛いじゃないか……」
サーニャが自分を押さえつけていたガイアナを振り払う。成す術無く床へと振り払われるガイアナ。
「とても仲睦まじい君達を祝福して、二人仲良くアンデッドに作り変えてあげよう」
ガイアナの思いがけない行動に非難を浴びせながらも、しかしその表情には歓喜の色が宿っていた。
「さぁ、目を瞑って。怖くないよ。君達は新たな存在になるのだから」
グランディア王国の夕暮れ。
城下町の道を跋扈するアンデッド達の合間を抜けていく一行。
「どけええええッ!!」
スフィアは短剣を振り回し、的確にアンデッドの急所を狙っていく。
「はぁっ……はぁっ……スフィア、さん、くっ!?」
「姫ッ!あまり先行しないでくれ!!」
一心不乱に走るスフィアに対し、アンジェリカとタイガはただ走って追いかけるだけで精一杯であった。
「スフィアッ!!」
「兄上!」
城を飛び出してきたマルス王子とアンジェリカ達が合流する。
王子は傷だらけのスフィアを見て眉をしかめた。
「なんて無茶を……こんな身体も省みない戦い方をして!!」
兄に無謀を指摘され、スフィアはわずかばかりの冷静さを取り戻す。
「それより父上は……父上はご無事ですか!?」
「城の中に死霊使いが入り込んでいたんだ。父上は、義母上を庇って……」
マルス王子の言葉に歯噛みするスフィア。
「……私達は父上を助けに城に向かいます。兄上は神殿に救援要請を」
「無茶だ、許可は出来ない。私と共に神殿へ向かおう」
マルス王子の提案。しかしスフィアは決意を固くして答えた。
「元を断たねば街への被害は抑えられません。私はこの国を守る戦士ですから」
スフィアはアンジェリカとタイガににアイコンタクトを取ると、二人も頷きを返した。
「……それに、私には頼りになる仲間が居ます。タイガさんにアンちゃん、戦える?」
「もちろん。任せて」
「閃光弾やら爆竹やら。急場を凌ぐ武器くらいならあるわ」
アンジェリカとタイガは自信を持って応え、スフィアはそれを確認すると安心したようにほほ笑んだ。
「上々。この惨状を作り上げた親玉の所まで、一気に駆け上がるよ」
「了解!」「うん!」
グランディア城の中は、外の騒ぎとは対照的にしんと静まり返っていた。
「静かだね。外は大惨事だってのに」
誰もいない。もはや生き残っている者はいないのかもしれない。
一抹の不安を抱えながら、一行は周囲の様子を窺った。
「しっ、次が来るよ」
「あれは……人間、なのかな?」
アンジェリカが指差した男は、確かに目・鼻・耳等が綺麗な形で揃っていた。
周囲をきょろきょろと見渡す様は一見すると人間にも見える。しかし。
「いや、アレはきっとレブナントだ。足の方をよく見て」
スフィアが指し示す足の方。肉が削げ落ち、剥き出しになった骨が見えた。
レブナントは一般的なゾンビとは違い、生前の記憶と高度な知能を持っている。
死霊使いはアンデッドを作る際に敢えて視覚などの感覚器を残し、ゾンビ軍団の小隊長に据える事があった。
「あいつが代わりに指示を出す事で、アンデッド達の統括の負担を軽減してるんだろうね」
「うん、親玉が相当な手練れだって事はよく分かったよ」
護衛のゾンビがぞろぞろと降りてくる。アレらを街に放たれれば、グランディアの国はさらなる被害を受けるだろう。
「気をつけな、アンちゃん。アイツは目も見えるし耳も聞こえる」
「気付かれたら、ゾンビ軍団が一斉に襲い掛かってくるよ」
「そうなる前に抑え込みたいね……」
スフィアは破壊された調度品の破片を掴み、通路の隅へと投げつける。
破片はカラカラという音を立て、レブナントはその音を聞きつけそちらに注意を向けた瞬間。
振り向く隙すら与えず、スフィアの短剣がレブナントの首元に突きたてられた。
「仕留めたッ!」
勝利を確信するスフィア。
だが、それは即座に驚愕の色へと塗り換えられていく。
レブナントは姿勢を保ったまま、首だけをスフィアの方へと向ける。
効いていない。いや、ダメージは与えたはずだ。錯乱するスフィアをレブナントは腕で薙ぎ払う。
自らのダメージを省みない力で振り回された腕は、小柄なスフィアを容赦なく壁へと叩き付けた。
「スフィアさんッ!」
アンジェリカが叫ぶ。
「ぐぅ……死体に痛覚なんて要らない、って事か」
背中を強かに打ち付けられ、気が遠くなりそうになりながらも、スフィアはなんとか意識を繋げようとする。
回復などさせるものかとばかりに、レブナントはスフィアへゾンビ達をけしかけようとする。
「姫、今そっちへ向かう!」
スフィアを助けに走ろうとする腕を掴むアンジェリカ。
「スフィアさん、タイガさん!目を隠して!!」
アンジェリカは叫ぶやいなや、懐から白い玉を取り出し地面へと叩き付けた。
反射的に腕で目を塞ぐ二人。その瞬間、通路内が眩い光に包まれる。
ひとしきり光と音を撒き散らした後、玉が沈黙する。
「う……」
タイガが目を塞いでいた腕を離すと、瞳孔が限界にまで絞られ、常人なら痛みに苛まれていたであろうレブナントがただただ所在無げに右往左往していた。
その様子はあたかも人間がまぶしい光を当てられ苦しんでいるようにも見える。
「こ、これは……今だッ!!」
絶好の好機を見逃さない。事態を把握したタイガは即座にレブナントを蹴り倒し、状況を未だ把握できないレブナントを、剣で縦に両断した。
「ア゛……ア゛ア゛ァ゛ァ゛……」
レブナントは身体を二つに分かたれたまま、しばしの間ビクビクと痙攣を続けるがやがて声にならない声を上げて動かなくなった。
「ふぅ……ゾンビ達は?」
タイガはゾンビ達を見やる。
指揮を失ったゾンビ達も動きを止めていた。肉体を保っている魔力の供給が止まったのだろう。
身体がぼろぼろと崩れ落ち、ゾンビ達はレブナントと同じように朽ち果てていく。
それはまるで、最初からただの人間の死体のようであったかのように。
「死んだよ。こいつらに言うのもおかしいけどね」
ゆらり。スフィアが立ち上がる。
スフィアの言葉で、一同はこの場に於ける戦いが終わった事を理解したのだった。
「もう、いない?」
「いないよ。安心して」
哨戒から戻ったスフィアに伝えられ、アンジェリカはほっと胸を撫で下ろす。
双頭獣のぬいぐるみオルトロスも、大地を駆けるヒッポカムポスも、ローシャの銃兵隊たちも今この場にはいない。全て宿屋に置いて来ている。
こんな時、アンジェリカは道具が無いと何も出来ない事を痛感した。
普段の生活も、戦いの時も。彼女は常に道具に助けられていた。
「大丈夫かい?何なら今から道具を取りに戻っても……」
タイガが心配そうに声を掛けるが、スフィアは首を振る。
「そんな時間は無いよ。今この時にも父上は敵に苦しめられている」
敵の親玉。恐らく死霊使いサーニャはこの先にいるだろう……戻っている時間など、無い。
「でも、殆ど丸腰の貴方を無理に連れて行こうとも思わないよ。どうする?」
「ううん、大丈夫だから。まだ試作の道具が残ってるわ」
アンジェリカの言葉にスフィアは頷く。
「おっけー。走るよ」
一路、王の間へ。一行は階段を駆け上がった。
ずしり。
アンジェリカ達は王の間の前にまで辿り着く。
初めて来た時とは違い、明らかに重々しく禍々しい空気。
スフィアの言っていたアンデッドの臭気とはこういうものなのだろうか。
神官ではないアンジェリカにさえ、この場の空気には耐えられなかった。
「間違いない。ここに居るよ」
スフィアは言う。
「いっせーの、で突撃しよう」
タイガの提案に二人は頷いた。
スフィアが大きく息を吸い込む。この先に何があっても決して躊躇はしないと。
タイガが剣を握りこむ。決してスフィアを傷つけさせはしないと。
アンジェリカは心を決める。全ての元凶であるサーニャがここにいるかもしれないと。
三人の息が揃った時。互いを見合わせ、頷く。
「いっせぇーのーっ!!」
三人が同時に扉に体当たりした。
扉は思いのほか簡単に開き、三人はつんのめりながらも足に地をつけなんとか踏ん張る。
「父上ッ!ご無事ですか!」
スフィアが叫ぶ。返事は無い。
ずしり。
しばしの沈黙の後、アンジェリカには聞いたことのある声が王の間に響く。
「初めまして、ご一行様。アンジェリカにとっては久しぶりかな?」
辺りを見回すが姿は無い。
「何者だ!どこにいる?姿を現せ!」
スフィアがたまらず声を上げる。短剣を抜き、周囲を警戒している。
父の姿が見当たらない事に嫌な予感を覚えているようだった。
突如、閉め切ったはずの王の間に風が舞い上がった。
風はつむじを作り、一点に集まると少しずつ人間のような形を作り上げていく。
スフィアとタイガが武器を構える。
アンジェリカもいつでも飛びかかれるように、閃光弾と爆竹を持ち背中に隠した。
「参ったなぁ。そんなに鼻息を荒くされてはおちおち姿も現せない」
一際強い風が三人を襲い、三人はたまらず目を腕で隠してしまう。
その一点から僅かに目を離したその隙に、そこにはその女が立っていた。
「会いたかったよ、アンジェリカ。僕の可愛い人」
黒い髪。黒いローブ。そしてどろりと垂れ下がった黒い目の女は、
アンジェリカの姿を見据え感情を隠さず破顔する。
「貴方が、ネクロマンサー・サーニャ?」
背筋に冷たいものが走る感覚に耐えながらアンジェリカが訊ねると、
サーニャは血の気の薄い顔を僅かに紅潮させ、心底嬉しそうに自らの身を抱きよじった。
「嬉しいよ。嬉しいよアンジェリカ!僕の名を覚えていてくれたんだね!」
興奮気味に語るサーニャ。その様子は尋常ならざるもので、
彼女が人ではない何か別の存在である事を容易に想像させるものだった。
ずしり。
「貴方は何者なの?どうして私とミツバを狙うの?」
「どうして、私達のお父様とお母様を殺したの?」
「ああ、アンジェリカ。君の疑問になら何でも答えてあげたいんだ」
「でも、そちらの可愛いお嬢さんが。それを許してくれそうにない」
「父上は!父上をどこへやった?答えろ!!」
「ごめんよ、アンジェリカさん。まずはこちらの用事を先にさせて欲しい」
「ルサーク王なら、もうすぐここにやってくるよ。愛するガイアナ王妃と一緒にね」
ずしり。ずしり。ずしり。
「君のお父上も大層君に会いたがっていたよ。ふふふ……」
サーニャは不気味に笑っている。
先ほどから感じていた振動が大きくなる。
何か、大きな物がこちらへと近付いてくるのが分かる。
「来るよ。構えて」
「おーけー、何が来てもへっちゃらさ」
スフィアとタイガが互いに声を掛け合い、これから訪れるであろう脅威に備える。
以前にも同じ様な事があった。
アンジェリカの中に渦巻く嫌な予感が最高潮に達する。
「感動のご対面の時間だ。さぁ、おいで!僕の道具!!」
中空に突如陣が現れる。光で作られた緑色の陣はぐるぐると回りだし、巨大な何かが姿を現す。
それは着地をすると大きな地響きを起こした。
頭が二つある不気味な姿。だが、スフィアはそんな物に物怖じなどしない。
「こいつが、なんだっていうのさ。二人とも、さっさと倒すよ」
「待って、スフィアさん!」
アンジェリカがスフィアを呼び止める。
双頭の怪物は、青色と栗色の毛髪が散り散りに生えていた。
アンジェリカは二つの顔に見覚えがあることに気付いた。気付いてしまった。
「スフィアさん、もしかしたら、そいつは……その人達は……」
アンジェリカの指し示す先。双頭の顔を見てタイガが戦慄する。
「スフィア……スフィ……ア……」
怪物がうわごとのようにスフィアの名を呼んでいる。
「ま、まさか……」
スフィアが短剣を取り落とす。
その顔は驚愕と、恐怖と、絶望の色に染まっていた。
「そ、そんな……父、上……?」
カラン、と金属の鳴る音がした。
双頭の怪物の正体は、グランディア王国のルサーク王とガイアナ王妃。
スフィアの父親と義母親だった。




