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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
三章【道具使いと山岳の国】
25/64

03-04 ビクトリア神殿

 


 グランディア城の国王夫婦の寝室。ガイアナ王妃は一人泣き崩れていた。

「何故、何故あんな事を言ってしまったの……?」

 ネクロマンサー・サーニャの手により、アンデッドへと作り変えられた元夫のデードス。

 アンジェリカはどうしようもない状態に陥ったデードスを救い、そのうえ、愛する夫の遺品を自分の下へと届けるまでしてくれたのに。

 そんなアンジェリカに対し自分がぶつけた言葉は剥き出しの怨差であった。

「明日……明日こそ彼女に謝らなくては」

 胸の中に渦巻くのは後悔。

 愛しい夫と同じ色の瞳を持つ女性を、心無い言葉で傷つけてしまった。

 もし、許されるのならば。彼女と打ち解けあって……新たに出来た愛しい人たちと共に平和な時を過ごしたい。

 ガイアナ王妃はそう願っていた筈だったのだ。


「それがお前の本心か。ガイアナよ」

 部屋の影からルサーク王が現れる。

 ガイアナ王妃の独白を聞いていたのだろう。瞳に哀れみ浮かべていた。

「ルサーク様……」

 見た目の厳つい印象とは裏腹に、ルサーク王は弱い男だった。

 ガイアナの目的は分からない。だが、自分と同じ境遇となった女を決して見捨てる事が出来なかった。

「それがお前の本当の気持ちならば、そうなるように働きかけよう」

「トライアも……逝ってしまった私の妻もそう思っているはずだ」


 ガイアナ王妃とルサーク王はほぼ同時期に伴侶を失った、同じ悲しみを共有する者だ。

 それ故に、二人は互いの心に寄り添い合うことが出来た。

 スフィアやマルス王子には出来ない事が、ガイアナ王妃には出来たのだ。

「ありがとうございます、ルサーク様……」

 誠心誠意を込めて謝り、自らの本当の気持ちを伝えれば、それぞれの胸に渦巻く想いもきっと癒されるだろう。

 二人はそう信じていた。


 互いの手を取り見つめあう二人をふわり、と風が包み込んだ。

 窓でも開いていたのだろうか。外を見に行こうとするルサーク王にガイアナ王妃は身を寄せ言った。

「お願いです。私から離れないでください」

 先程までの態度とは打って変わり、一点を見つめるガイアナに対して訝しがるルサーク王。

 風が少しずつ強くなっていく度に、ガイアナ王妃は身を固くしていく。

 強くなっていく風はいつしか周囲の物を巻き込んでいく。

 尋常ではない。ガイアナの様子も明らかにおかしい。


「なんだこれは。一体どうしたというのだ?」

 疑問に答える者はここにはいない。

 風は一つの渦を作りながら窓の付近の一転を中心にぐるぐると回っていた。

 まるで、そこに誰かが存在するかのように。

「誰だ!そこに誰かいるのか!!」

 風に煽られながらも、ルサーク王は叫ぶ。ガイアナ王妃は目を瞑りカタカタと震えている。

 渦巻いていた風が突然はじけたかと思うと、今度は一点へと集束していき

 調度品が散乱している部屋の中心に、気がつけば一人の女が立っていた。


「やあ、お邪魔してしまったかな?」

 その女を一言で説明するならば、黒が最も適切であろう。

 真っ黒でぼさぼさな長い髪。何色に汚れても気付かない程に黒いローブ。

 そして何より、黒く濁り、垂れ下がった瞳。

 薄ら笑いを浮かべた唇。ローブからちらりと見える痩せぎすの腕。

「貴様は……何者だ?どこから入り込んだのだ」

 関わってはいけない。この女は危険だ。

 ルサークは無意識に頭の中で警鐘をかき鳴らす。それでも、訊ねずにはいられなかった。

「僕の名はサーニャ。人は僕を風嵐(かざらし)の魔王と呼ぶよ」

「尤も今は、死霊使いサーニャという名の方が分かりやすいかな?」

 サーニャと名乗った女は、そう言ってにやりと口元を歪ませた。




「はーい、それじゃあ。調査結果を発表するよ~」

「わ~。ぱちぱち」

 アンジェリカ達がガイアナ王妃を訪問した翌日。

 酒場では城下町でタイガが集めたガイアナ王妃についての調査結果が発表された。

 タイガが音頭を取り、アンジェリカとミツバが拍手を送る。

 スフィアはふてくされ、面白くなさそうにテーブルに顎を突いている。


「まずパン屋のおばちゃんから。王妃様がよく買い物に来るみたいだね」

 ・王妃様かい?よくうちに来るよ~。

 恥ずかしがり屋なのか買い物が済むとすぐ帰っちゃうねぇ。


「次は道端で遊んでた子供達からだね」

 ・王妃様やさしいの。隣のポッケちゃんが転んで泣いてたら

 すぐにキズを洗ってきれいなハンカチで包帯してくれたのよ。


「むむ、思ってたより評判がいいね。次はお茶の先生から~」

 ・物腰が丁寧でとても好感が持てます。

 しかし、悩みがあるのか時々笑顔に陰りが見られます。


「今度は街行く戦士のおにーさんからだよ」

 ・それよりタイガ王子!今度剣術の稽古に付き合ってくれよ~。


「……これは別にいいや」

 タイガは紙をくしゃくしゃと丸めて投げ捨てる。

 その後に発表された王妃への評判も概ね上々で、彼女に関する悪い噂等は特に流れていないようだった。

「調べれば調べるほど清廉潔白。ここまで真っ白だと逆に困っちゃうね」

「空回りをしているのは、こちらの方だけかもしれませんわ」

 タイガは大げさにおどけて見せ、ミツバもそれに頷いた。

「スフィアさん、もしかしたらあの人は悪い人じゃないかもしれないよ」

 ガイアナ王妃に掛かっている疑惑など気のせいではないのか。

 いつしか三人の視線がスフィアへと集まっていた。


 三人の視線に耐えかねたのか。スフィアはため息を吐く。

「私がアイツを煙たがってるのは、別に親兄弟を取られたからってだけじゃあないよ」

 スフィアは椅子から腰を浮かせ、足を組みなおす。

 つまらなそうにしていた表情から一転。腕を組み真っ直ぐ目線を向けた。

「アイツからは、死臭がする。それもかなり臭い。腐りきった臭いさ」

 スフィアは鼻を摘んで、空気を手で仰ぐような動作を見せる。

「そんなこと……」

「勇者の鼻は誤魔化せないよ。城を出る前よりも更に強くなってる」

 否定しようとするアンジェリカに対して、淡々と告げるスフィア。

 神官でないアンジェリカにはそのような感覚は理解出来ない。

 しかし、スフィアが嘘を言っているようにも見えなかった。


「この街のビクトリア神殿にも、そんな報告が上がってるよ」

 スフィアの言葉を裏付けるかのように、タイガが数枚の報告書を見せる。

 教会の高位の神官であるほど、ガイアナ王妃に疑いの目を向ける者が多いようだった。

「ガイアナ様が、死霊使いだということでしょうか?」

 ミツバの言葉にアンジェリカはデードスの事を思い出す。

 アンジェリカの村を襲い、炭鉱城塞コール・タールを混乱に陥れた男。

 妻を救う為に死霊使いサーニャに身を捧げ、良いように利用された男。

「分からない。でも、そうだとしたら」

 もし、何らかの理由で妻のガイアナまで同じようになっていたとしたら。

「ガイアナさんが、可哀想過ぎるよ……」

 アンジェリカは自らの身を抱き震える。


 しばしの沈黙の後。アンジェリカは決意する。

「話を聞きに行こう。神殿へ」

 その言葉に、それぞれの想いを持って。一行は頷いた。



 広々とした敷地を使えるコール・タール城下町とは違い、山の上に国を作ったグランディアは神殿の敷地もこじんまりとしている。

 そんな中でありながら、ビクトリア神殿の庭は丁寧に整えられ、中心には水辺。

 その周囲にはテーブル、椅子、パラソルなどが立てられており、狭いながらも人々が気持ちよく憩えるような工夫が成されていた。


 中庭の椅子に腰掛けた見覚えのある姿。

 休憩でもしていたのだろうか。ケイはこちらの姿を見つけ大きく手を振った。

「あっ、アンジェリカさん。それにスフィアさんも」

「ケイさん、おはよう。首尾はどうだった?」

 アンジェリカが問いかけると、ケイは袖を捲くり、腕に刻まれた番号を見せる。

 G-00610。一般身分証ではなく冒険者(みなしご)の証だ。

「これ、いきなり押し当てられた時はびっくりしたよ。熱いのなんのって」

 焼きごてを押し当てられた腕を庇うように擦るケイ。

 冒険者は数字で管理される代わりに、アンジェラ教会の庇護を受ける事が出来た。

 それは異界の存在であるケイも変わらない。

 これからは誰にも邪魔されずに商売に励む事が出来るだろう。


「他の国でもそれを見せれば問題無く薬を売れるから。悪い事には使うなよ」

「心得ておきやす~」

 釘を刺すスフィア。

 ケイは彼女が苦手なようで、やや引き気味ににへらと愛想笑いを返した。


 ケイはもう少し庭で休むと言い、アンジェリカ達と別れた。

 まだ朝も早くにわかに賑わい始めた神殿。

 礼拝を終え説教台から降りてきた老婆にスフィアは声を掛ける。

「迷える子羊スフィアよ。今日は如何なされたかな?」

 ぺこり。神殿長と呼ばれた老婆に対してぺこりと頭を下げる。

「ええ、本日は私の友人である道具使いアンジェリカを連れて参りました」

「初めまして、神殿長様。アンジェリカでございます」

 ぺこり。スフィアに続いてアンジェリカも頭を下げると、

 声を掛けられた神殿長と呼ばれた老婆は、柔和な笑みを見せた。


「ふむ、やはりあなた方も同じ邪悪な気配を感じましたか」

 ガイアナ王妃に掛かる疑惑。

 彼女に纏わりつく死の臭いについて相談すると、神殿長は眉を顰め、頷く。

「はい、このままでは討伐もやむなしかと」

 スフィアと神殿長は神妙な面持ちを崩さず

「す、スフィアさん!」

 アンジェリカは慌てて止めに入る。

「分かってるだろ?アンちゃん。魔物はこの世界の敵なんだ」


 アンジェリカが言葉を詰まらせる。

 魔物は絶対の敵。見かけたら即座に倒す、もしくは通報せねばならない。

 そんなことはアンジェリカにも分かっていた。

 ガイアナが魔物であるとして、親愛なる家族が魔物に騙されているとしたら。

 たとえスフィアでなくとも。アンジェリカであっても。我慢ならない事であった。


 だが、アンジェリカの方もその事実を信じたくはなかった。

 デードスがアンデッドに作り換えられていたことは記憶に新しい。

 夫婦揃って死霊使いに弄ばれていたのかと。そんな理不尽が何度も起こってたまるかと。

 その可能性を容赦無く突きつけるスフィアに対して。

 家族の危機を前にして、あくまで優しく諭そうとしているスフィアに対して。

「そんなこと……そんなこと、言わないでよ……」

 搾り出すような声で言うことが、精一杯であった。


「アンジェリカ様。スフィア様も。どうか落ち着いて下さいませ!」

 見るに見かねたミツバが、二人の間に割って入った。

 はっとするアンジェリカとスフィア。互いを見合わせ、そして次にミツバに視線が集まる。

 視線が集まった事に驚き身を引くミツバの前に、タイガがすかさずフォローに入った。

「ボク達がここに来たのは裏づけを取る為なんだ。妄想で議論する為じゃないんだよ」


「神殿長様、教えてよ。邪悪な気配とやらは王妃から発せられていたのかい?」

 神殿長は目を瞑り、しばしの逡巡の後。顔を上げ口を開く。

「邪悪なる気配は、確かにガイアナ王妃から発せられておりました」

 顔を青ざめる者。不機嫌そうに鼻を鳴らす者。目を瞑り無言で首を振る者。

 神殿長の発した言葉は、三者三様の心を鏡のように映し出した。


「ですが、私はその中に小さな光を。か細いながらも確かな光を垣間見たのです」

 神殿長は閉じた目を開き、静かに語りだす。

「ふっと吹けば消えてしまいそうなその光は、恐らく王妃を人間に留まらせているのでしょう」

 ぽつぽつと語るその言葉は、スフィアの中に渦巻く何かを見定めるように。

「スフィアよ。グランディア国の偉大なる勇者スフィアよ。憎しみに囚われてはなりません」

 それでも、貴方を疑わないと。信じていると伝えようとするかのように。

「貴方の強い光で、暗雲が立ち込めようとしているこの国をどうか照らして下さい」

「わ、私は……」

 スフィアは唇を震わせ、何かを言いたげに口を開こうとする。



 突如、神殿の外から絹を裂くような叫び声が上がった。

 それと同時に扉が大きく開かれ、ケイが神殿の中に飛び込んでくる。

「い、今の声は!?」

「みんな、外に来て!大変なんだよ~!!」

 ケイの言葉を受け、神殿を出た一行に戦慄が走る。

 身体から血を流しながら歩く人影。

 うつろな目をしたまま自らの腕を探し回る人影。

 首が無いにも関わらず、何かに操られるかのように動き回る人影。

 明らかに人間の死体だった。

「こ、これは!?」

 タイガが取り残された戦士の男に駆け寄って行く。

 異常事態にへたり込む戦士は、恐怖に歯を鳴らしながらおののき叫んだ。

「アンデッドだ!アンデッドの群れが街を襲ってる!!」

「……発生源は、あそこですわ!!」

 ミツバの指差す先。その先を見て、一行は言葉を失った。


 城の方角から、何体ものゾンビが。スケルトンが。ゴーストが。一斉に街へと雪崩れ込んでくる。

「ち……」

「父上ーーッ!兄上ーーッ!!」

 半狂乱となり飛び出すスフィアへ、アンジェリカが手を伸ばす。

「スフィアさん、待って!!」

 届かない。アンジェリカの手は空を切り、スフィアは城へと走る。

「早く神殿へ避難を!」

「怪我人はこっちへ!すぐに治療するよ~!」

 ただちに住民の避難活動に入ったケイとミツバをよそに、アンジェリカとタイガはスフィアを追い、グランディア城へと向かっていった。



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