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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
三章【道具使いと山岳の国】
24/64

03-03 グランディア王妃ガイアナ

 


 翌朝、アンジェリカ達はスフィアに先導されグランディアの城へと赴いた。

 城は町並みと同じく山の岩肌を切り出して作られており、面方向に広くがっしりとした作りは城というよりも砦を思わせている。

 城に入り柱の合間から見える中庭では、若き兵士達による組み手稽古が繰り広げられ、無骨で堅牢な「戦士の国」というイメージにぴったりだった。

「あとで、いくらでも見学していけばいいよ」

 スフィアが苦笑する。

 しかしそんな雰囲気も王の間に近づくにつれて薄らいで行く。

 スフィアの背中に怒気が立ち込めていくのがアンジェリカにも分かる。

 二階への階段を上る頃には、アンジェリカもミツバも口をつぐんでいた。


「ここだよ。ちょっと待ってて」

 スフィアは王の間の大きな扉の取っ手をコツコツと打ち付けると、扉が音を立てて開かれていく。

 玉座には朝の日差しが差し掛かり、神秘的な様相にさえ思えた。

「アンジェリカ・ラタトスク。その従者ミツバの両名を連れて参りました」

 スフィアは王の前にまで歩み寄り、跪き頭を下げる。

 アンジェリカとミツバもそれに倣い、ほんのちらりとだけ目の前にいる三人の人物を見やった。


 赤い絨毯の奥を見ると、中央には国王と思しきひげを蓄えた男性が。

 右手には、青い髪を綺麗に切り揃えたスフィアの面影を感じさせる青年の姿が。

 そして、左手には栗色の髪を纏めた器量ある女性の姿がそれぞれ座っていた。

 この女性こそ、グランディア王妃――死霊使いデードスの妻だったガイアナなのだろう。

 厳格そうな父王ルサーク、人好きそうな王位継承者のマルス王子に対し、ガイアナ王妃は俯き、その表情を読み取ることは出来なかった。


「ご苦労だったな。面を上げよ」

 王の言葉にスフィアは顔を上げ、二人もそれに倣った。

「その方がアンジェリカか。娘が世話になったようだな」

 ルサーク王はアンジェリカに視線を送り、ほんの僅かにだけ微笑んだ。気がした。

「きょっ、恐縮ですっ」

 上ずった声にスフィアが噴き出してしまう。

 忌々しげにアンジェリカが睨むとスフィアは慌ててそっぽを向くが、まだ少し肩が震えていた。


「ゴホン。して、今日は何の用向きでここまで参ったかな」

 マルス王子は一つ咳払いをし、アンジェリカに問い掛ける。

「こちらを、ガイアナ王妃様に」

 アンジェリカが取り出したロケットに一同の注目が集まる。

「それは?」

「ガイアナ様の、亡くなった前夫が持っていた形見の品でございます」

「話には聞いている。義母上が再婚する前の旦那のことだね」

「はい」

 アンジェリカの答えにマルス王子はポンと手を打った。


「少し、失礼するよ」

 マルス王子はロケットを手に取り、振ったり、魔法を掛けたりして罠や呪いの類が無い事を確認する。

 たとえアンジェリカに悪意が無くとも、当事者が触れた時にだけ発動する仕掛けがあるかもしれないからだ。

「何の変哲も無い、ロケットのようです」

「ガイアナよ。お前にとっては大切な品だろう」

 何も無いことを確認すると、ルサーク王はガイアナ王妃にロケットを受け取る事を促した。


「やはりお前だったのね……」

 しかし、ガイアナ王妃の表情は失せ物が見つかった事を喜ぶ者のそれではなかった。

「サーニャから聞かされたときは半信半疑だった」

 椅子からすっと立ち上がり、ガイアナ王妃がアンジェリカへと歩み寄る。

「けれど、その証拠がここにある。お前自身が持ってきてしまった」

 先程までの憂いを帯びた瞳からは一転し、怒りに目尻を釣り上げるガイアナ王妃。

「は、義母上……?」

 王も、王子も、スフィアも。この場に居た全員が直感していた……明らかに様子がおかしいと。

「お前が、夫を。デードスを殺したのね」

「……人殺し」

 懐に隠し持っていた短刀を握りこみ、ガイアナ王妃は唐突に床を蹴った。


「アンジェリカ様ッ!」

 ミツバの叫び声を上がると同時に、異常を察したスフィアが飛び出し、すんでのところでガイアナ王妃の凶刃を短剣で弾く。

「アンちゃんに何をするんだッ!」

 ガイアナ王妃の短刀はアンジェリカの胸へと正確に狙いが定まっており、スフィアの反応が遅れれば確実に命を落としていただろう。

「おやめください、義母上ッ!」

 動きを止めたガイアナ王妃を、マルス王子が後ろから押さえ込む。

 必死の形相で暴れ立てるガイアナ王妃。

「離してッ!私のッ!デードスの仇をッ!!」

「が、ガイアナさん……!」

 半狂乱となって叫びたてるガイアナ王妃を前に、アンジェリカはただ怯えるしかなかった。

 ミツバがアンジェリカの下へと駆け寄る。

「アンジェリカ様、お気を確かに……!!」

 こうなることはこの場にいた誰しもが分かっていた。

 ガイアナからすれば、夫の仇がのこのこと目の前に現れた状態だ。

 その事はアンジェリカにもよくわかっていたし、覚悟もしていたつもりだった。

 だが、それでも、自身に向けられた明確な害意に気付いてしまうと、へなへなとアンジェリカはその場へ座り込んでしまった。


「静まれ!!」

 ルサーク王の一喝がその場にいた全員の動きを止める。

 水を打ったように静まり返る王の間で、王の言葉だけが反響する。

「痴れ者どもめ!玉座の間で刃物を抜くとは何事か!!」

 ギロリ。王の眼光が王妃とスフィアをそれぞれ射抜いていく。

「しかし父上!これはガイアナが……!!」

 スフィアから上がる抗議を、ルサーク王は腕で空を切り拒絶した。

「聞かぬ!頭を冷やせ!スフィア、そしてガイアナよ!!」

 王の言葉にはっとなり、ガイアナは王子の腕の中で力なく膝をつく。

 ガイアナが大人しくなったことを確認して、短剣を腰にしまい込むスフィア。

 それぞれは互いの顔を見合わせながら、王の間から去って行く。

 ある者は顔を真っ赤にし、またある者は青ざめた顔で支えられながら。

 それぞれの想いを胸に王妃への謁見は解散となった。


 王の間から退室したアンジェリカ一行。

 マルス王子は、スフィアとガイアナ王妃のやり取りを思い出しため息を吐く。

「参ったね。義母上があんな暴挙に出るなんて……怖い思いをさせてしまったね。アンジェリカ君」

 胸を押さえながらえずくアンジェリカの背中を擦り気遣うマルス王子。

「い、いいえ……」

 何とか持ち直そうと足元を確かにするべく一人で立ち上がろうとするアンジェリカだが、こみ上げてくる無常感に足は未だ震えていた。

「義母上の身辺を調べる上で聞いている。魔物となった彼女の前夫を君達が倒したのだと」

「はい」

 アンジェリカの代わりにミツバが受け答えをする。

「当然、その話は義母上にも伝わっている。お互い冷静になれば話し合えると思うんだ」


「どうだかね、あんな性悪」

 精一杯の皮肉を込めてスフィアが毒づく。

「スフィア……」

「どういう理屈で父上に近づいたかは知らないけど、怪しすぎるよ。アイツ」

 自分の兄が眉を顰めるのにも気付かず、スフィアは思うまま。感情のまま。

 とめどなく溢れる言葉を吐き出し続ける。

「やめないか、スフィア」

 ついに聞いていられなくなったマルス王子が制止に入った。

「父上も、兄上にしたってそうだよ。何でアイツを庇うの?」

 スフィアが疑問を口にする。

 ガイアナ王妃が城に入り込んだ後、スフィアはすぐに城を出た為に深く事情を知らない。

 スフィアからすればガイアナは気づけば居座っていた異物のようなものであり、そんな異物である王妃を父であるルサーク王や兄のマルス王子が肩入れする理由を、スフィアは知りたかった。


 マルス王子はやがて言葉を紡ぐ。

「母上が死んで、精神的に参ってた父上を支えたのは……紛れも無い、義母上なんだ」

 はっとするスフィア。そんなスフィアをマルス王子はじっと見据える。

「彼女が何を考えてそんなことをしたのかはわからないし、何か意図があるかもしれない。でも、僕達はあの人に助けられた」

 一言ずつ、ゆっくりと。優しく言い聞かせるように。

「だから、次は僕達が助ける番なんだ。それは当たり前のことなんだよ」

 妻を、母を失った王と王子を救ったのはスフィアではなくガイアナ王妃だった。

 スフィアが冒険者として外で活動している間、ガイアナ王妃は王と王子を慰め続けた。

 たった二ヶ月の生活であったが、彼らは紛れも無く家族だったのだ。

「…………っ!!」

 そんな事実を突きつけられ、スフィアのその目に後悔と悲しみが宿る。

 滲み出る雫をを気取られる前にスフィアは自身の目を腕で隠し、城の外へと飛び出していった。


「やれやれ……君達も義母上に言われた事は気にしなくていい」

 飛び出したスフィアを見送り、マルス王子は肩を竦める。

「はい。だけど……」

 人殺し。ガイアナ王妃の放った一言にアンジェリカは狼狽を隠せなかった。

 罪を犯した人間にはいくつかの道が用意されている。

 たとえば盗賊に身をやつしていた者ならば、捕らえて裁判に掛け、その結果次第では社会に復帰することさえ十分に可能だったろう。

 しかし、デードスは魔物と化してしまった。こうなればもはや救いの道など存在しない。

 手にした剣を以って、倒す他にないのだ。

「彼女の夫であるデードス氏には討伐依頼が出ていたのだろう?国一つを揺るがす事態を引き起こしたんだ。やむをえない事だったのさ」

 そう言ってマルス王子はアンジェリカを労わるが、アンジェリカに悔しそうに苦笑をするばかりだ。


「…………」

 人殺し。人殺し。アンジェリカの頭の中で何度も反響する。

 法の規則も、アンジェリカの事情も、ガイアナ王妃には関係無かった。

 愛する夫を奪われた憎しみを、アンジェリカにぶつける事しか出来なかった。

 そうするしかない。アンジェリカにもそれは分かっていた。

 ただ、悲しくて、悲しくて。ふつふつとこみ上がる心を。

 滝のように溢れだしそうな涙を、しゃくりあげながら、こらえようとする。

 ガイアナ王妃の気持ちをアンジェリカも知っているから。泣きたくはなかった。


「アンジェリカ様……」

 ミツバが心配そうに手を取り、慰めようとする。

「心配掛けちゃったね。私は平気だから」

 全身で深呼吸をして、涙を呑み込んだアンジェリカ。

 両手でミツバの背中を抱き締め、右手で優しく頭を撫でる。

「せっかくだし、町を観光させて貰いましょ。あとは王子様達に任せればきっと大丈夫だから」

 くるくると大げさに回って見せ、心配は要らないとアンジェリカはアピールする。

「ああ、任せて欲しい。君と義母上が和解出来ることを願っているよ」

 もう一人で歩けるだろう。マルス王子はそう判断し、迎えに来ていたタイガにアンジェリカを預ける。

 次に会う時こそ、わだかまりなく笑い合いたい。

 叶うかどうかも分からない。しかし、それは確かに、そこに居た者達全員の願いであった。



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