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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
三章【道具使いと山岳の国】
23/64

03-02 山岳の国グランディア

 


 山岳の国グランディア。そこは武と礼を重んじる戦士の国だ。

 遠くには石で作られたずっしりとした無骨な城が見え、町をぐるりと囲む城壁と、巨大な城門がアンジェリカ達の前に立ち塞がる。

「スフィア近衛姫殿!タイガ王子殿!よくぞお戻りになりました!」

 門の開閉を管理する兵士が一行の中にスフィアの姿を見つけ、敬礼をする。

「お疲れさま。そっちの様子は変わり無い?」

「はっ、城下は平和そのものであります!」

 兵士の敬礼にスフィアの方も礼を返し、城下に異常が無いと知ると安心したように頷いた。

「ご苦労様。引き続き任務をお願いするよ」

 スフィアの言葉に兵士は再び敬礼を返し、門を開いてアンジェリカ達を迎えた。


「スフィアさん、近衛姫ってなぁに?」

 城下町へと辿り着いたアンジェリカ一行。

 アンジェリカは先程の聞き慣れない言葉についてスフィアに訊ねた。

「近衛姫っていうのは、王位継承者の護衛をする王族のことだよ」

 スフィアは両腕を組み、ふふんと鼻を鳴らす。

「王女や二番目以降の王子は継承権が無い代わりに、次代の王様を守る役割を与えられるんだ」

「そうなんだ」

「姫は兵士達の一番上の上官なんだよ~。凄いでしょ」

 タイガはスフィアの自慢気な様子にくすりと笑い、これでもかと持ち上げる。

 するとスフィアはますます上機嫌そうに、小さな肩をゆさゆさと揺らしながら大股歩きでのっしのっしと進みだす。

 そんな二人の様子にほほえましさを覚えながらアンジェリカ達は門前街を進んでいく。


「じゃ、一旦ここでお別れだ。私はケイさんを送っていくよ」

 ケイの手を取り、スフィアはタイガにアンジェリカ達の案内を依頼する。

「へぇ、お世話になります~」

「後で宿で落ち合おう。タイガさん、案内よろしく」

 ケイはスフィアにぐいぐいと手を引かれながら、二人は共に城の方へと歩いていった。

「おっけー。こっちだよ、アンジェリカさん。ミツバさん」

「はぁい」

 タイガの手招きにアンジェリカ達は素直に応じ、ひな鳥のようにとことことついていった。


 グランディアの町並みは山の岩肌を削りだし、滑らかに仕上げた建物が並び立っている。

 道行く人々は男性はもちろん、女性や子供でさえもがっしりとした体格の者が多く、

 他所の国では中肉中背なアンジェリカや、線が細く華奢なミツバの方が目立つ格好となっていた。

 すぐ傍に大きな馬、ヒッポカムポスを連れているのも理由になるだろう。

「私達、見られちゃってるね?」

 アンジェリカが、周りを気にしてきょろきょろ見渡しているミツバに声を掛ける。

「え、ええ。少し落ち着きませんわ」

「こらー、じろじろと見つめちゃ失礼だよ~」

 間延びした声でタイガが周りの者達に注意すると、彼らはぺこりと頭を下げてそそくさと自分達の仕事へと戻っていった。

「ごめんねー、戦士でも商人でもないお客さんが珍しかったんだよ」

 街の者達は注意を受けながらも、やはりアンジェリカ達が気になるようで、ちらちらと視線が背中に当たっているのが分かる。


 しかしそれは、アンジェリカにとっては好都合であった。

「せっかく皆が注目してるんだし、ここでやっちゃう?」

「えっ?……は、はいっ、準備しますわ」

 いそいそと人形劇の準備を始める二人。街人達は既に、動き出した若い娘達に興味津々であった。

「さぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!道具使いの人形劇が始まるよ!」

 城下の隅々にいる人々にまで届かせるかのように、アンジェリカが声を張り上げると、ヒッポカムポスに積んだ荷物から人形やぬいぐるみ達が飛び出し、それを見た周囲が次第にざわつき始める。


「な、なんだなんだ?」

「道具使いって、あの赤髪のか?」

「あのぬいぐるみ可愛い!」

 それは雑踏に紛れる小心な男から。

 それはアンジェリカの活躍を聞きつけた大柄な戦士から。

 それはぬいぐるみに魅せられた幼い子供達から。街のそこかしこから次々と、声があがっていく。

「――ここに始まるは、天使アンジェラと勇者ビクトリアの物語」

 ざわついていた空気がしんと静まり返る。明らかにビクトリアという単語に反応しているのが分かる。

 掴んだ。アンジェリカはそう確信し、心の中で拳を握った。


 山岳の国グランディアは、勇者ビクトリアの発祥の地である。

 勇者ビクトリアは少女の姿をした女神であり、青い髪に黄色いリボンを結んだ姿が伝承に残っている。

 この国に住む者達は、大なり小なりビクトリアを信仰しており、故に、ただの物語といえども彼らは真剣に聞き入ろうとしていた。

「それは、二百の時を遡った。若き王と美しき勇者の逢瀬――」

 アンジェリカの於けに呼応し、人形達が演技を始める。

 にぎやかに、楽しげに。青いカツラを被り、黄色いリボンを結んだ勇者人形が、二百年前の若い王子に扮した人形とダンスを踊る。

 きゃあきゃあと喜ぶ子供達。腕を組み顎に手を当てて頷く戦士。

 それは、幼き王と勇者の、家族ぐるみの交流が綴られていく物語だった。


 四半刻を過ぎた頃、ストーリーはクライマックスを迎える。

 自らの使命を思い出し、名残惜しそうに静かに別れを告げ去って行く勇者人形。

 それを引きとめようとする王子の母、王妃の人形。そして、何も知らぬまま眠る若き王子人形。

「全てを知った時、既に勇者様はそこにはおられませんでした……しかし、王子は勇者様を信じています。いつか訪れる、勇者様との再会を待ち続けたのでした」

 王子の人形が黄色いリボンを手にしたところで、物語は一区切りを打つ。

 原典では勇者と王子が再会するのはそれから四十年も先の話になるので、アンジェリカなりの救いを加えて締めくくった。


「如何でしたでしょうか。道具使いの人形劇は」

「楽しんで頂けたなら、幸いですわ」

 アンジェリカとミツバはおじぎをする。顔を伏せている間は、観客の顔など見えない。

 にわかに拍手が起こる。拍手が拍手を呼び、次第に大きくなっていく。

 二人が顔を上げると、演劇を見ていた観客達は目にうっすらと涙を浮かべ拍手をしていた。

 アンジェリカは喜劇を好んで作っている。

 しかし、この国の人々は勇者ビクトリアの物語を求めていた。

 長い長い物語は悲劇と喜劇が入り混じり、物語を分割すると演劇の尺の都合により悲しい結末で一時、幕を降ろさなくてはならないこともある。


 悲劇とはストレスである。観客の目に浮かぶ涙がその証だ。

 それが時にカタルシスと呼ばれる感動となることもあるが、アンジェリカはやはり彼らを楽しい気持ちにさせたかった。

 短い時間で大団円まで持っていけなかった事は、彼女の構成不足が原因であった。

「私もまだまだかしら」

 箱を持っておひねりを貰うミツバと人形達を尻目に、アンジェリカはそうひとりごちた。


「う~ん……あー、疲れた」

 宿を取り、部屋へと通されたアンジェリカは荷物を置きすぐさまベッドへと雪崩れ込んだ。

「お疲れ様です、アンジェリカ様」

 労いの言葉を掛けるミツバは、アンジェリカが放り出した荷物を拾い一箇所へと纏めていく。

「長旅で疲れたでしょう。貴方も休んだらいいわ」

「ありがとうございます」

 ミツバも、部屋のカーペットの上に座り一息吐く。

 三日に及ぶ山登りでアンジェリカもミツバも疲れ切っていた。

「とはいえ、疲れてる場合じゃないよね。私達は一国の王妃様に会いに行くんだから」

 アンジェリカは身体を起こし、荷物を漁ってロケットを取り出す。

 ロケットにはグランディアの王妃ガイアナと思しき茶髪の女性が微笑んでいる。

「旦那さんの形見、届けてあげたいものね」

「ええ、きっと喜ぶと思いますわ」

 アンジェリカとミツバは、目を合わせて微笑み合った。





 ケイを受付に引渡し、スフィアは一人、グランディア城の廊下を歩く。

 スフィアが通りがかる度に、警備兵が剣を掲げ礼をする。

 礼を返すスフィアだが、意識は他所に向かっていた。

「思ったより、静かだね……」

 何しろ、スフィアは半ば家出同然に飛び出してきた身である。

 殆ど騒ぎになっていないところを見るに、兄が上手く誤魔化したのだろう。

 スフィアとしては父も兄も、出来れば出会いたくない相手のようだが、従弟を助けてくれた友人の為ならば奮起しないわけにはいかない。

「……やるか」

 王の間へと続く扉の前にスフィアは立つ。。

 アンジェリカがガイアナ王妃に会えるかどうかは、スフィアの腕に掛かっていた。


 玉座への道が音を立てて開かれる。

 窓から差し込む光がスフィアの目を奪う。赤い絨毯を歩み、一歩ずつ王の下へと。父の下へと近づいていく。

 スフィアは絨毯の半ばまで進み、跪き言った。

「ただいま戻りました。父上」

 スフィアの目が慣れていき、光に遮られていた父グランディア王、ルサークの顔が瞳に映る。

「ようやく帰ってきおったか。馬鹿娘が」

 王は玉座に肘を突き、安堵と呆れの入り混じった表情で呟いた。


「よくぞ無事に戻ってきてくれた」

 憮然とした父とは対照的に、兄のマルス王子はスフィアの帰還に喜びを隠さなかった。

「ご心配をお掛けして、申し訳ありません。兄上」

 深々と頭を下げるスフィア。そんなスフィアにマルスは笑って返した。

「心配などしていないさ。タイガがついていてくれたからね」

 タイガをスフィアの下へとよこしたのは兄であった。

 スフィアとタイガの両名が王族でありながら自由に動けるのは、王位継承者たるマルス王子の尽力によるものだろう。


 そして。王の左手に座る女性がスフィアへと顔を向ける。

「おかえりなさい、スフィア王女」

 彼女はグランディア王国の王妃ガイアナ。

 スフィアの実母が亡くなった直後に、王に取り入り王妃となった女だ。

「……ただいま戻りました、義母上」

 義母上という言葉を使うことに、スフィアは強い嫌悪感を覚えた。

 スフィアにとって母とはたった一人だった。

 自分を産み育ててくれたたった一人の――それは少なくともこの女ではない。

「今日は義母上に折り入ってお願いがございます」

 それでもスフィアはアンジェリカの為に、忌むべき言葉を吐き続ける。

「貴方に会いたいと申す者がいます。名は……アンジェリカ」

 ピクリ。王妃の眉が動く。

「なんですって?」

 先ほどまで微笑を湛えていた王妃の目には黒い炎が宿っていた。


「スフィア、その者は?」

 王妃の様子に気付いているのか、いないのか、マルス王子がスフィアに尋ねる。

「アンジェリカ・ラタトスク。私の友人です。義母上、ご存知ではありませんか?」

 改めて声を掛けられはっとなり、ガイアナ王妃は努めて冷静に。

「……分かりました。会いましょう」

 しかしスフィアに向ける敵意は消さないまま、答える。

「お前がいいと言うのなら、いいだろう」

「君の友人なら大歓迎さ、スフィア」

 ルサーク王とマルス王子も同じように、スフィアの友人を迎える意を示した。





「ま、そんな訳で。ガイアナ王妃に会う段取りはつけておいたよ」

「ありがとう、スフィアさん!」

 昼下がりのグランディアの宿で、報告を受けたアンジェリカは

 スフィアの手を握り嬉しさを力いっぱい表現する。

 そんなアンジェリカとは対照的に、スフィアの表情は暗い影を落としている。

「なぁ、アンちゃん。アイツに会うのは止めないかい?」

「どうして?」

 頭に疑問符が浮かぶアンジェリカ。


「アイツ、アンちゃんの名前を出した途端に表情(かお)が変わったんだよ。……射抜いた相手を焼き尽くしかねない黒い眼光さ」

 スフィアの言葉にアンジェリカは息を呑む。

 心当たりはある。アンデッドに堕ちたとはいえ、ガイアナの夫、デードスに引導を渡したのはアンジェリカ一行だからだ。

「アンジェリカ様……」

 ミツバが心配そうにアンジェリカを見上げている。


 しばしの逡巡の後、意を決したように、アンジェリカは顔を上げた。

「それでも、私は行くわ」

 アンジェリカの心は既に決まっている。

 デードスの形見であるロケットをガイアナに渡す事で、父と母の敵討ちから始まった、アンジェリカの旅に一区切りが打てると信じていた。

 アンジェリカの意思が変わらないと知ると、スフィアはふっとため息を吐く。

「分かったよ。貴方に危険が及ばないように気を配るから」

「うん、ありがとう」

 肩を竦めながらも、アンジェリカを守ると誓ったスフィアにアンジェリカはもう一度、手を握った。



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