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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
三章【道具使いと山岳の国】
22/64

03-01 山登りと薬屋さん

 


「第一陣!構え!撃ち方始め!」

 アンジェリカの命令によって、人形の銃兵隊がハーピィと呼ばれる鳥人のような魔物を次々と撃ち抜いてゆく。

 雨のように降り注ぐ絨毯爆撃は、数の有利で戦う銃兵隊が最も得意とするものだ。

 撃ち抜かれたハーピィ達は力なく地面に落ちて行き、やがて動かなくなった。

「グッジョブ、アンちゃん!」

 撃ち落されたハーピィの群れへ、スフィアは喜び勇み駆け寄って行く。

 倒した魔物はすぐに埋葬されるか、あるいは冒険者が倒したならば本日の夕飯になるのが通例だった。

「今夜の夕飯は、私が腕によりを掛けて作りますわ」

 腕捲くりをするミツバと、豪華な夕飯に想いを寄せる女二人とは対照的に黒一点であるタイガだけが倒された魔物を前に微妙な表情を見せていた。


 山岳の国グランディアを目指す一行は、グラン山道の三合目辺りでキャンプを張る事になる。

 暗がりの中、火花の弾ける音が響く。

 焚き火に焼かれたハーピィの串焼きでアンジェリカ達は舌鼓を打っていた。

「うーん、美味しいっ!タレがよく染みてるよ」

「ありがとうございます」

 アンジェリカの言葉にミツバは恭しく頭を下げるが、一口もつけていないタイガを見つけ、心配そうに声を掛けた。

「どうされましたか?どこからお身体の具合でも悪いのですか?」

「い、いや、そういうのじゃあないんだよ」

 タイガは首を振って答え、ハーピィの串焼きに目を向けるがすぐに逸らしてしまう。


「タイガさん、魔物を食べられないんだってさ」

 すかさずスフィアがフォローに入る。

「確かに、家畜のお肉に比べると味も少々大味ですが……」

 がっくりとうな垂れるミツバ。

 魔物の肉は食べられるが、家畜に比べると数段味が落ちる。

 そこをフォローするのは料理人の腕の見せ所であるが、ミツバはタイガを満足させられなかった事に落胆したようだった。

「違うんだ。ミツバさんの腕前は信用してるよ」

 手を振って否定するタイガだが、その目は串焼きをうすぼんやりと見つめるばかりだった。


 この世界に生きる者達にとって、魔物とは不倶戴天の敵である。

 勇者ビクトリアの被造物であるヒトや巨人族と言った人間はもちろん、動物や人間の被造物である道具達にさえ魂が備わっているこの世界で魔物だけが唯一魂を持たない存在であるとされていた。

 かつて道具使いとして対話を試みたアンジェリカも、魂を持たない故に一切の意思疎通が不可能であり、結局は断念してしまっている。

 ヒトのような顔と肉体を持ち、まるで生物のように振舞うが、しかし決して生物ではない存在。

 何かに突き動かされるように人間や家畜を殺し、街を破壊し、大地を汚す存在だ。

 この世界に生きる者にとって魔物の討伐は最優先事項であり、魔物を発見した者は、必ず国や教会に報告する事を義務付けられていた。


「魔物ってさ、人の顔に似てるじゃん?」

 タイガはぽつりと呟く。

 ゴブリンやハーピィと言った魔物達は、概ねヒトと動物を掛け合わせたような姿をしている。

 タイガはそうした存在を忌避し、食べる事を拒否しているらしい。

「そうかな?そうかも」

 よく分からないまま頷くアンジェリカ。

 この世界には野生動物はいない。多くが魔物に殺されてしまっている。

 故に動物は人間が保護する必要があり、里から離れた場所ではこうして魔物を狩って食べる事もあった。


「魔物なんて、ボクの世界にはいなかったからさ。なんか食べにくくて」

「そうなんだ」

 苦々しげに笑うタイガを見て、アンジェリカも笑う。

 人のような顔をしているが、もちろん魔物は人ではない。

 そういったところが気になる辺り、タイガはこの世界の人間ではない――すなわち異界人なのだろうと、アンジェリカは思った。。

 価値観の違いを感じ、アンジェリカはまた新たな発見をしたと納得する事にする。

「この世界に来て十年経つんだし、そろそろ慣れて欲しいけどね」

 そんなタイガに肩を竦め、スフィアは一人串焼きを齧っていた。


 翌朝、他の魔物に襲われる事なく日の出を迎えた一行。

「うーん、いい天気だこと」

 雲ひとつ無い青空の下で、アンジェリカは大きくのびをする。

 山も四合目を過ぎる頃には、降り注ぐ光さえ気にならない程に涼しくなる。

「山というからには、もっと険しい山道を想像しておりました」

 ミツバが言う。

 戦士の町という名とは裏腹に、グランディア山岳の山道の傾斜はとてもなだらかだ。

 道には小石一つさえ無く、しっかりと打ち込まれた柵によって転落の危険をこれでもかと取り除かれている。

「この国は輸入に頼りきってるから、街の男達が月に一度整備をしてるんだよ」

 スフィアが答える。

 外からの客人の生命こそ文字通りグランディアの民の生命線である故に、山道は、端から端まで安全対策が徹底されている。

 荷物を乗せて歩くヒッポカムポスの調子もよく、旅は順調に続いていた。


 過ごしやすい季節の陽気と、そよぐ風が気持ちいい。

 山の中腹へと辿り着いた一行は、広く取られた土地に休憩所を見つけた。

 だだっ広い広場に真新しい甘味処の店舗が立ち、その前方には多数のテーブルとイスが置かれている。

 休憩所では何組かの行商人や冒険者たちが休憩をとっており、お茶を飲み、甘さの香るパンケーキをおいしそうに頬張る姿があった。

 どうやらアンジェラ教会が運営する喫茶店のようだ。


「お姉さん、パンケーキを二枚ずつ。四つの皿に分けて八枚。よろしくね」

「はぁい」

 六人用の席に座り込むとウェイターの女性が恭しくパンケーキを運び、テーブルにお皿が並べられていく。

 焼きたてのパンケーキがほのかに甘い香りをたて、鼻腔をくすぐる。

「冒険者の方でしたら、冒険者証を提示して頂ければ割引致しますわ」

「ありがとう。はい、これね」

 アンジェリカ達は促されるままに証を提示し、腕のナンバーも見せていく。

 スフィアとタイガと同じようにすると、ウェイターの女性はにこりとほほ笑んで頷いた。

「四名様ですね。冒険者の方は二割引きになりますわ」

 ウェイターはメモを取り、代金を受け取るとおじぎをして戻って行った。


「冒険者を割引してくれるお店があるのね」

 パンケーキをほおばりながら、アンジェリカが呟く。

「国や教会の直営店だけね。紅茶も一杯まで無料だから」

「至れり尽くせりなのですね」

 タイガの言葉にミツバは胸に手を当て、感嘆の声を上げる。

「ああやって居場所を教える事で、実力ある冒険者の居場所を国がすぐに把握できるってことさ」

 上手く考えたもんだよ。そう言ってスフィアは肩を竦めた。


「こんにちは。お隣いいかなー?」

 談笑しながらパンケーキを頬張るアンジェリカの背中から、明るくとぼけた声が掛かる。

 アンジェリカにとっては聞き覚えのある声に振り返ると、そこに居たのはやはり見覚えのある姿があった。

 桃色のショートヘアに人懐っこい笑顔を向ける薬屋の少女だった。

「こんにちは。どうぞどうぞ座って座って」

「やぁ、この前薬をどっちゃり買ってくれた人だねー」

 歓迎するアンジェリカに薬屋ははにかみ、どうもどうもと椅子に座る。

「アンちゃんの知り合い?」

「うん、アース村に来る時の港町に会った薬屋さんよ」

 突然の来訪者にスフィアは驚く事も無くアンジェリカに訊ねる。

「むむむ……」

 彼女は港町ディープブルーで出会い、いくつか美容の化粧品を売りつけてきたミツバにとっての強敵だ。


「どうもどうも、ケチな薬屋のケイでござい」

 警戒心をあらわにするミツバをよそに、ケイと名乗った薬屋は大げさに身振りを取り肩膝をついておじぎをした。

 続けて薬屋のケイはウェイターを呼び、パンケーキを三枚注文し、たっぷりとバターを塗り食べ始める。

「噂に聞いていましたが、ここのパンケーキは本当に旨いですなぁ」

 瞬く間に三枚をぺろりとたいらげるケイに、アンジェリカは驚きの声を上げる。


「ケイさんってば、食いしん坊なのね」

「ちっちっちっ、違うんだなぁ。アンジェリカさん」

 指を振りそういうと、ケイは薬瓶を一つ取り出す。

 ケイは薬瓶から錠剤を取り出し、紅茶と一緒に呑み干すと、

「パンケーキが何枚でも食べられる!ホタル印の胃薬たぁこのことだ!」

 白い歯を見せポンポンとおなかを叩くケイ。

 すると先ほどまで膨れていたおなかが、みるみるうちに引き締まっていく。

 その様相を見たアンジェリカとミツバは目を白黒させていた。

「こんな素敵なお薬が、今なら百八十Eur.!どうですかい?お嬢さん方」

「買いま……むぐっ」

 飛び上がるように立ち上がるアンジェリカを、ミツバがすんでのところで押さえつける。

「落ち着いてくださいませ!そんな高いお薬を!」

 百八十Eur.といえば二人の十五日分の生活費に届く。

 冒険者家業を始めたアンジェリカ達の生活を揺るがす額ではないが、決して胃薬ひとつに出せる額でもない。

「ちぇー、もう少しで売れると思ったのに」

 せっかく売れる薬を阻止されたケイは、つまらなそうに口を尖らす。


「ちょっと失礼」

 がっくりと肩を落とすケイを尻目に、タイガは錠剤の一粒を手に取り口に放り込む。

 口の中で錠剤を転がし、飲み下した際、苦さに顔を少ししかめる。

「値段はともかくモノは本物だね。懐かしい苦味だよ」

「タイガさんの故郷の薬?」

 スフィアの言葉にタイガが頷く。

 タイガによれば、フソウの薬師が三日三晩を掛けて調合する難しい薬だそうだ。

「ということは、ケイさんはフソウからやってきたの?」

「そうでさぁ。最近来たばかりだから勝手がわかんなくって」

 アンジェリカが疑問を投げかけると、ケイはにこやかにうなずいた。

「お師匠が居たんですが、いざこざがあって飛び出してそれっきりでさぁ」

 そう言ってケイは苦笑しながら手をひらひらとさせる。


「なるほどねえ」

 わざとらしく頷くスフィア。

「で、そんないい薬をいい値段で売りつけようとした訳だ。私の国で?」

 言葉を続けるスフィアにケイはきょとんとするばかりだったが、アンジェリカの耳打ちでみるみるうちに顔が青ざめていく。

「お、お姫様とは露知らず!し、失礼をいたしましたぁ~」

 ケイはぺこぺこと頭を下げる。

「困るなぁ、商売はちゃんとお城を通して貰わないと」

 スフィアは面白くなったのかからかい続けるが、見かねたタイガが止めに入った。

「まぁまぁ。それくらいでいいんじゃないかい?」

 そういいながら、タイガは店員からペンを借り何かを紙に書き綴る。

「これをお城に持って受付に渡してね。第二王子の紹介だって言えばいいから」

「へ、へえ!いいんですかい?」

 ケイは驚き紙を受け取る。第二王子とはタイガのことだ。


 この世界では、なんらかの身分証が無ければ自由に身動きが出来ない。

 田舎の屋台や宿屋に泊まる事も出来なくはないが、

 都会に移住したり高度な医療を受けることは難しいだろう。

 特に薬という概念はこの世界に浸透しておらず、そういった商品を扱う商売なら尚更である。

「また勝手なことをして……」

 それを素性の知れない異界の者に与えようとするタイガに、スフィアは眉をしかめる。

「ま、まぁ、アンジェリカさんの知り合いなら悪い人じゃないでしょ」

「照れちゃうなぁ」

 間接的に人となりを褒められ悪い気がしないアンジェリカだったが、三白眼で睨むスフィアを見てタイガと共ににへらと愛想笑いを返した。


「それに、王妃様ならきっとこうしてたよ」

 スフィアの耳がピクリ。と動いたように見えた。

「身寄りのないボクを引き取ってくれた王妃様なら、さ」

 そこまで聞き、スフィアは肩を落とし大きくため息を吐く。

「それを言われちゃ敵わないんだけどさ」

 スフィアはつかつかとケイの方へと歩み寄り、じとり、とケイを見据える。

「ケイさんだっけ?いいかい、これだけは覚えてて」

 スフィアの眼光がケイを貫く。アンジェリカが以前見た、マァサの目と同じだ。

「悪いこと、すんなよ?」

 身分証を与えるという事は、各国で自由に活動できるという事である。

 それ故に、スフィアも真剣であった。

「ひえっ……わ、分かりましたでさ」

 スフィアに詰め寄られ、ケイは思わず後ずさる。

 しかし、眼前の真剣な瞳に中てられケイも力強く頷いた。


「あのおば様にしてこの姪ありね」

 スフィアの叔母、マリアとスフィアの影を重ねてアンジェリカは納得したように頷く。

 あの目で脅しこまれたら大抵の者は竦み上がってしまうだろう。それはアンジェリカが身を以って実証している。

「もう、アンジェリカ様ったら」

 そんな様子を見て、ミツバもおかしそうに笑っていた。



 薬屋のケイを伴い、アンジェリカ一行はグランディア山岳を進んでいく。

 七合目を越えた辺りでアンジェリカが山を見上げると、山頂は白い雲で霞み掛かり、吸い込まれそうな青空がどこまでも広がっていた。

 胸いっぱいに空気を吸い込み、吐き出す際に崖下を見下ろすと、アンジェリカの眼前に緑の大地が視界を覆った。

 豆粒のように小さな集落には、様々な人々が暮らしているのだろう。

 青と、緑と、人々と。それぞれが混ざり合ったこの国。


 ここは偉大なる山岳の国。新たな冒険が始まる場所。

 それは同時に、アンジェリカにとって大きな転機を迎える場所でもあった。

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