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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
二章【道具使いと勇者スフィア】
21/64

02-08 幕間~異界の道具

 


「ガイアナはグランディア王国の王妃になった」

 アンジェリカはスフィアに連れられるまま、緑の大陸の南半分を統治する山岳の国グランディアへ赴く事になった。

 目的はもちろん、かつて死霊使いデードスの妻であったガイアナに謁見する為だ。

 アンジェリカは、ガイアナを手掛かりにして、デードスを操っていた死霊使い――親の仇でもあるサーニャと名乗る女を探ろうと考えていた。

 木組みの愛馬ヒッポカムポスに荷物を背負わせ、一行は村を出て波止場へと向かう。

「その馬、乗れないの?」

「うん、まだ乗せられる段階じゃないのよ」

 スフィアは写真を見せた瞬間こそ不機嫌であったが、その後はすぐに機嫌を直し山岳の国までの案内を買って出る。


 スフィアは、炭鉱城塞コール・タールで起こった事件を人づてに聞いていた。

 デードスが起こした、アンデッドによる襲撃事件……常人の二倍の体躯に及ぶ怪人との戦いに志願した戦士達と、巨人族の戦士が中心になって戦った八人の勇者。

 その中の一人にアンジェリカが数えられていると知った時は、大層驚いていた。

「アンちゃんの強さは知ってるけど、やっぱり信じられないや」

「不思議な縁もあるもんだね」

 スフィアとタイガは、驚きを隠せないようで互いに顔を見合わせる。

 活躍が噂になっていることを知り、アンジェリカは照れくさそうに顔を赤くしている。

 そんなアンジェリカを見て、ミツバは目を細めて微笑んでいた。


「それじゃあ、こちらも改めまして」

 先を進むスフィアはくるりと振り向き、軽くお辞儀をする。

「スフィア・C・グランディア。山岳の国グランディアの第一王女だよ」

 それは冒険者としてではなく、勇者としてでもなく、一国の王女としての自己紹介だった。

 スフィアは王家の嫡子たる長兄を守るための戦士として育てられ、将来を約束されていた。

 だが母を病で亡くし、悲しみが癒えないままで居たところに、ガイアナと名乗る女が突然現れ、グランディア王はあれよあれよという間に再婚してしまった。

 スフィアはそんな父に反発し、半ば家出同然に家を出た。


 王女といえど王位継承権などは無く、母を失った時点で冒険者になる選択肢を与えられたスフィアは、何かと怪しいところのあるガイアナの正体を探る為に、そして女神から与えられた啓示を果たす為に冒険者となったのだった。

「これ、身分証明ね」

 タイガから改めてグランディア王国の冒険者のエンブレムを提示される。

 IDはそれぞれG-00537、G-00538。裏にはしっかり王家の者である事が記されていた。


「あいつが啓示にあった災厄なら、私が祓わなくちゃいけないんだ」

 ガイアナがサーニャに関わっていたと言う話を聞き、スフィアのガイアナに対する疑心はより強くなっていた。

「災厄、か。大げさじゃないかなぁ」

 アンジェリカはそう言うものの、彼女自身も疑念を振り払えずにいた。

 砂漠の街で夫を待っていたはずの妻が、突然外国に旅立ちその国の王に見初められ結婚する――少々突飛な話だ。

 何より山岳の国グランディア王と、砂漠の国の商人であった二人の間には接点が無さ過ぎる。

 ガイアナは何らかの目的を持ってグランディアに向かい、今の地位に就くに足る何かを持っていると考えた方が妥当であった。

「ガイアナさんは、何をしにグランディアへ向かったのでしょうか?」

 ミツバの問いかけにアンジェリカとスフィアは頭を悩ますが、判断材料は特に浮かばない。


 そんな空気を祓ったのは意外にもタイガだった。

「それよりさ、二人はグランディアについたら何をしたい?」

「え?」

 きょとんとする三人。

 そんな三人などお構いなしにタイガは言葉を続ける。

「せっかく可愛いお客さんが二人も来るんだし。自慢の国のアピールしないと」

 タイガはちらりとスフィアを見やりウィンクする。

「そうだよね、我らのスフィアお姫様?」

 その様子を見て、アンジェリカも得心したように手をぽんと叩く。


「確かに私も、グランディアで遊べる場所を知りたいな」

 そう言ってアンジェリカはタイガに同調する。

 目的はどうあれ、アンジェリカ達は各国を旅する旅人だ。

 新しい国では新しい出会いがある。新しい発見がある。

 何も分からないうちから暗い話をするよりも、グランディアで何を食べるか、何をして遊ぶか……そう言った話の方がよほど身入りがある。

 そういった判断による提案だった。


「どこか、って言われても。グランディアは戦士の町だからねぇ」

 頭を捻るスフィア。

 いわゆる若者向けのプレイスポットは、どれも男性向けの身体を使う物ばかりである。

 野鳥狩りやバンジージャンプ、闘技場のトトカルチョなど、いずれも若い娘が楽しめる物ではない。

「なんでもいいわ、教えて教えて」

「あー、わかったわかった。教えてあげるから話してよ」

 だだっこのようにせがむアンジェリカに負けて、スフィアは懐から茶葉の袋を取り出した。

「グランディアの女は自分で茶葉を栽培して、友人や恋人に振舞うんだ」

 グランディアは戦士が自らを高める為に険しい山道を修行の地としたのが始まりで、国土が狭く、大規模な農作には向いていない土地柄故に食糧は外部の国々に頼っている。

 そんな中、グランディアの女性の楽しみと言えばお茶であった。

 外国の味覚に囲まれる中、どうにかして自分達だけの味を求めて、試行錯誤の末に生まれたのが自家栽培の茶葉であった。

「休日は、スコーンを焼いて午後のお茶会を楽しむんだよ」

「素敵ですわ」

 アンジェリカとミツバはスフィアの言った素敵なお茶会を各々で夢想し、目を細めた。

 波止場へと到着した一行は、船に乗り込みまた一息吐く。

 歩き、足を止め、また歩く。彼女らの旅はそれの繰り返しであった。



 アンジェリカは船の甲板に出て、潮風を一身に受けている。

 彼女達にとっては三度目の船旅だ。

 帆船は潮風を運び海を走る。海鳥が風と遊び、太陽が海を照りつける。

 空と、水と、光が少女に海の匂いを感じさせる。

「次は、人魚族のお姫様とヒトの青年との恋愛劇でも書いてみようかしら?」

 海の潮風は、アンジェリカに新たな創作意欲を掻き立てていた。

 物語のアウトラインは王道に、自分なりのアレンジを込めて。

「身分違いの恋。引き裂かれる二人。諦めず運命に抗い、そして幸せに……」

 そこまで考えて思考が止まる。何しろアンジェリカ自身に経験が無いのである。

 直近の存在であるミツバに期待するのも難しいだろう。

 頭を捻り悩むアンジェリカに、声を掛ける者がいた。


「やぁ、アンジェリカさん。潮風は気持ちいいかい?」

 声を掛けてきたのは、スフィアの側近であるタイガだった。

 アンジェリカは改めてタイガの顔をじっと見る。

 流れるような金髪に、精悍な顔立ちをした偉丈夫。

 人当たりもよく親切で、腕っ節も立つタイガは物語の主役に据えるに値する逸材だろう。

「これだわ!きっと貴方が理想の王子様なのよ!」

「な、なんだって!?」

 声を上げるアンジェリカに驚き、たじろぐタイガ。

「スフィアさんも綺麗だし、きっと素敵なお話になるはずだわ」

 アンジェリカは両手を合わせうっとりする。

「どうどう、落ち着いて。何を考えていたのかな?」

 興奮して手が付けられないと判断したタイガは、とりあえずアンジェリカを落ち着かせる事を優先したのだった。


「なるほど、ボクと姫様を題材に恋物語ね」

 タイガは腕を組み、目を瞑る。

「どうかしら?二人とも、素敵なヒトだから」

「いやぁ、無理だと思うよ」

 アンジェリカの提案に、タイガはあっさりと却下を下した。

 不満げに頬を膨らますアンジェリカだが、困ったようにタイガは笑うばかりだった。

「ボクと姫様は、兄妹のように育ってきたからね」

 タイガは海の方を向き、遠くを見つめているように見える。船の縁に両腕を置き、身体を預けている。

 そんなタイガと同じように、アンジェリカも船に身体を預けてしまう。

「スフィアさんとタイガさんって、どんな風に出会ったの?」

 気付けば、そんな質問さえ投げかけていた。


 タイガはゆっくりと語り始める。

「もう、十年も前の話かな。今でもはっきりと覚えてる」

 タイガは、気付いた時には既にグランディア城の中庭にいたらしい。

 タイガを見つけたのは当時八歳だったスフィアで、桃色のドレスを着て散歩をしていた姿は、まるで人形のように可愛らしかったそうだ。

「びっくりしたのは、ボクよりも姫様の方でさ、近くに居た王妃様の所へ駆け出していって」

「ボクは手厚く保護されて、すぐに家族の一員になっちゃったよ」

 身元が不明なタイガを、グランディア国の王妃はすぐさま受け入れた。


 グランディア国には女神の一柱である勇者ビクトリアが同じようにして突如現れ、当時の王子と恋に落ち、結ばれたという伝説があった。

「王妃様は王様を説得したんだよ。異界からやってきた子供を大事にしろって」

「それが国の為になるかもしれないって。でも、本音はきっと違った」

 タイガの言葉にアンジェリカも頷く。

「お優しい人だったのね。スフィアさんのお母様って」

「うん。ボクも王妃様が大好きだった」

 かすかに、タイガは顔を綻ばせていた。


 アンジェリカの頬に、雫が滴り落ちる。

 いつしか空はどんよりと曇り、雨が降り始める。

「ああ、そうだ。雨が降りそうだって教えに来たんだったよ」

 そう言ってタイガは腰に提げていた傘を取り出す。

 紙で出来ていながら破れることなく、雨を弾く不思議な傘だった。

「それ知ってる。バンガサって言うんでしょ?」

「そうだよ。ボクのやってきた国、フソウの道具なんだ」

 雨に濡れないように傘に入れさせて貰うアンジェリカ。

 タイガがくるくると傘を回すと、その度に雨粒が傘の上で軽快に踊っている。


「異界の道具が珍しいかい?」

 問いかけるタイガ。

「ええ、形はこの世界の物と変わらないのね」

 アンジェリカが答える。

 目的に沿って作られた道具は、洗練されるにつれて形が似通ってくる。

 ショベルはより多くの土を掘れるように。

 アンブレラは持ち主の服を濡らさないように。

 どこの国で生まれても、用途に応じて理想的な姿へと生まれ変わっていく。

 どんな人が作っても、必ず、人が使いやすいような姿へと変わっていく。

 同じだけど違う。違うけれど同じ。アンジェリカは、そんな不思議を感じさせてくれる異界の道具が大好きだった。


「用途が同じなら形も似通ってくる。それって素晴らしい事なのよ」

 それは道具だけの話ではない。

 どの国の人も、進化の過程で言葉と文字で他者と意思を伝え合うようになる。

 どの国の植物も、太陽の光を浴び酸素を吐き出す。

 時には身振り手振りで気持ちを伝え、それがダンスという文化となる。

「私と貴方は、違っているから素晴らしい」

「けど、似てる所があるからこそもっと素晴らしいのよ」

 目、耳、鼻、口、そして触れ合う感触。

 五つの感覚を駆使して他者や子々孫々に伝えようとする心。

 どこの国でも、どこの世界でも。根底が同じだからこその人なのだ。

 その手段や過程が違っても、隣人や家族、食物、お金、愛。それらを求める心は同じだからこそ人は人足りえるのだ。


 アンジェリカの言葉の意図を掴みかねているタイガに、見知った誰かの呼びかける声が聞こえてくる。

「タイガさん!何やってるのさ」

「アンジェリカ様、外は冷えますわ。船内にお戻りくださいませ」

 スフィアとミツバはアンブレラを差し、二人に手を振り呼びかけている。

「進展したら、教えてね?」

 タイガに軽く手を振って、アンジェリカはミツバの元へと向かっていく。



「ほら、私達も戻ろう。」

 番傘を持ち立ち尽くすタイガを訝しがるスフィア。

 近寄ってくるスフィアにタイガは傘を閉じ、スフィアの手を握る。

「何さ、突然」

「人と人は、触れ合う事で分かり合えるんだってさ」

 スフィアの手は驚くほど小さく、柔らかく。

「姫の手は、昔と変わらず小さいままだね?」

「タイガさんの手が、大きくなったんだよ」

 そして、温かかった。



 船室に戻り集まる四人は、今後の身の振り方について相談する。

「だからさ、王様と……お父上と一度話し合ってみたらどうかなって」

「いやだっつーに!」

 ガイアナに会う為にいち冒険者であるアンジェリカが王への謁見を望んでも、そうそう叶う事は無いだろう。

 一行はまずはスフィアを通して、ガイアナの出自と目的を調べようという結論に至った。

「スフィア様は、お父様との仲がよろしくないのですか?」

「そ、そんな事はないけれど」

 問いかけるミツバにスフィアははっとなり、首を振って否定の意を示す。

「分かるわ、スフィアさん。私もお父さんが大好きだったもの」

 スフィアの手をぎゅっと握り、微笑みかけるアンジェリカ。

「分かられてもなぁ」

 握られた両手を見つめて、スフィアはがっくりと肩を落とした。


「ああ、もう。分かったよ。謁見できるようにとりなしてあげる」

 スフィアは根負けしてそう言った。

「父上にも何か考えがあるんだろう。それを聞き出す」

 仲が良いからこそ、許せない事もある。

 父の人生だ。スフィアだって再婚をするななどと言う事はできない。

 それで幸せになれるなら、祝福だってするだろう。

 しかし、まだ母が亡くなってから幾月も過ぎていないのだ。

 今は母の死を悼み、喪に服すべきであるはずだ。


「もし碌な理由を引き出せなかったとしたら……その時こそ、父上ごとあの女を討つ。勇者として」

 スフィアは決意を胸に、天を睨んだ。

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