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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
二章【道具使いと勇者スフィア】
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02-07 お仕事の事後処理

 


 ヤタック教団の団員達を撃退しアースの村へと戻ったアンジェリカは、村へ戻ったあとすぐに宿へ帰され、ミツバの治療を受けていた。

「あいててて……」

「ああ、動かないでくださいまし」

 後ろの方で戦っていたため大きな怪我等はしていないが、吹き荒れる風と砂埃で肌は荒れていたし、強風に煽られて転んだりしてあちこち擦り傷や軽い切り傷を負っていた。

 助け出した村長の息子トキオも同じような傷を受けていたが、乱暴をされたり精神的なダメージを受けていたという事もなくこの一件は全員が無事のまま解決を迎えたのであった。


 だが謎は残っていた。

 ヤタック教団が子供を狙うという俗説は概ね本物のようで、トキオが連れ去られそうになった事から見て間違い無いだろう。

 アンジェリカとは別働隊の教団の討伐に向かった冒険者の話によると、大穴の奥地には確かに神殿と祭壇が存在しており、そこに付着していた血痕の古さから、かなり昔から何らかの儀式が行われていた可能性が高い。

 彼らが何を目的として活動しているのか。

 それを突き止めない限り、教団がトキオを諦めたのか、また狙われてしまうのか分からないままだ。


「出来れば話とかも聞きたいんだけどなぁ」

 捕らえた教団員からの事情聴取は、村長のマーサと討伐隊の冒険者が優先される。

 また話を聞こうにも、捕らえたはずのリーダー格の男はいつの間にか姿を消してしまっていた。

 収容したはずの部屋に、存在していた痕跡一つ残さず。である。

「トキオくんの事ですか?」

「ええ」

 仕事としてたった数日遊んだだけであったが、アンジェリカはトキオとすっかり友人であるつもりでいた。

 しかしアンジェリカは正式に依頼を受けたわけではない。

 トキオ失踪事件にたまたま居合わせただけの冒険者である。

 この件に引き続いて関わる可能性は低く、それはネクロマンサーを追うというアンジェリカの旅に目的を阻害しない都合のいい展開であるはずだった。

「このまま、しっくりこないよね」

「心配ですわ、トキオくん」

 アンジェリカの言葉にミツバも頷く。どうやらミツバの同じ気持ちのようであった。


 アンジェリカ達が寝泊りする部屋の扉を、控えめに叩く音が響く。

「アンちゃん、起きてるかい?」

 声の主はスフィアであった。

 二人は喜んでスフィアを迎え入れ、お茶とお菓子を振舞う。

「どうぞどうぞ」「どうもどうも」

 ひとしきり談笑したのち、スフィアは丁寧に包まれたお金を差し出した。

「おば様からの報酬だよ。突発的な依頼だったから少ないけど」

「ありがとう。……わわっ、思ったより多いわ」

 報酬は600Eur.タダ働きになる可能性もあっただけに、この臨時収入はアンジェリカにとって嬉しい報せである。


「それでも違約金で結構目減りしちゃったんだけどね。酒場を通さない依頼だったし」

「違約金?」

 冒険者は決して使い捨ての駒ではない。

 病気や事故などで幼くして親を失った子供が、職にありつけないまま盗賊に身を落とさぬように教会と各国が協力して作り上げたれっきとした職業訓練であり社会福祉なのである。

 冒険者になった者は能力を調べられ、それに見合った仕事が与えられる。

「たとえば、駆け出しの冒険者にリザードマン退治なんて任せたらすぐ食べられちゃうじゃん?そーいうのを防ぐ為に、依頼は必ず酒場を通せってわけ」

 酒場を通さず依頼人と冒険者の間で契約を交わしてはならない。

 それが破られた際、違約金を依頼人と冒険者は所属国や教会に支払う事になるのだ。

 今回はマーサの方から二人分、国へと上納されている。

「突発的な依頼は緊急性も高いからね。そういうときこそ冒険者は冷静にならなきゃいけない」

 私も修練不足だったよ、などと言いながらスフィアは肩を竦めた。


「ああ、そうだ。そんな事を言いに来たんじゃなかった」

 スフィアはそう言って、一本のナイフを差し出す。

 黒い鴉の意匠が鞘に施された、鈍く光る刀身のナイフだった。

「これは?」

「トキオが持ってたんだ。靴の片方と交換して貰ったんだと」

 靴。その単語を聞いた時にすぐに思い浮かんだ一人の男。

 捕り物の最中に、いつの間にか姿を消していたリーダー格と思しきあの男。

 トキオの靴を所持していたあの男から貰い受けたと見て間違いないだろう。

「刃に毒が塗られてる訳でもないし、神官の端くれである私が見ても呪いの品であるようには見えないんだ」

 スフィアはナイフの隅々までくまなく見せ、刃先を指でなぞる。

「何の変哲もないただのナイフってこと。逆に怪しいと思わない?」

「確かに、そうね」

 アンジェリカが首肯するとスフィアはナイフを鞘にしまい、アンジェリカに手渡す。

「そこでアンちゃんの出番さ。道具使いとして何か分かることはない?」

 きょとんとするアンジェリカだったが、すぐに得心しナイフを受け取ると胸に抱き留め、子を諭す母のように優しく語り掛ける。


 ナイフの魂はうすぼんやりと光っていた。

 例えるならば浅い夢にまどろむ子犬のように。小さな光が明滅を繰り返す。

 今は目覚める時ではない。この子が大人になるまでは。

 今はまだ、夢を見ていたい。血の花が大輪を描き咲き誇るその時まで。

 そんなことを、呟いているようだった。

「ナイフのクセに、生意気にポエムかよ」

 スフィアがナイフをつんつんとつつく。

 この道具の世界は真っ暗だった。

 真っ暗な世界の中に、この声だけが響いていた。


「このナイフは、作られたばかりなのですね」

 ミツバが呟いた。

 道具の世界が暗いのは、まだ目覚めていないから。

 元の持ち主の込めた心だけが、このナイフに注ぎ込まれていた。

「ざんねん。大したことは分かんなかったね」

 がっくりと肩を落とすアンジェリカだが、スフィアは首を横に振る。

「いいや、大収穫だよ。あいつらがトキオにナイフを渡した思惑のヒントになる」

 親指を立て、ウインクをして笑うスフィアを見てアンジェリカは胸を撫で下ろした。

『今は目覚める時ではない』『今はまだ、夢を見ていたい』

 魂の言葉を繰り返すほど、推察の材料は増えていく。

 ヤタック教団は子供の持つ将来の夢に付け込み、攫おうとしているのかもしれない。

 無垢な少年少女たちに武器を持たせ、手駒にしようとしているのかもしれない。

 スフィアはアンジェリカの伝えたナイフの言葉やそこから生まれた推察を紙にしたためていった。


 その後、簡単な手続きをスフィアの案内で済ませてしまい、とりあえずこの村に於ける仕事は終わりを迎えることになった。

 またしばらくは一人の冒険者として、ミツバと共に本来の目的を追う事になるだろう。

「今回の事は、本当に助かったよ。ありがとう」

 立ち上がり、頭を下げて礼を告げるスフィア。

「友達だもん。トキオも、スフィアさんも。助けるのは当然だわ」

 そんなスフィアに顔を上げるように言い、笑って返すアンジェリカ。

「おば様はしばらく動けないし、トキオも疲れてるから。三人分のお礼だよ」

 二人は固く手を結び合い、ミツバがその上に手をかぶせる。

「私も。皆様のご友人に加えさせてください」

「もちろん、ミッちゃんもね」

 屈託なく、白い歯を見せて笑い合うスフィアとアンジェリカ。

 二人を見守るミツバも、同じように微笑んでいた。




 翌朝、アンジェリカとミツバは村長マーサの家へと訪れる。

 戦いに傷つき倒れたマーサの見舞いとトキオの様子を見る為だ。

「おばさん、マーサおばさん。アンジェリカです」

 村長の家の扉を叩くと、トキオが扉を開く。

 そしてアンジェリカの姿を認めると、ぱぁっと輝くような笑顔を見せ付けた。

「アン姉ちゃん!それにミツバ姉ちゃんも。いらっしゃい!」

「おっとっと、元気そうで何よりだわ。トキオ」

 嬉しそうに飛びつくトキオを抱きとめ、アンジェリカは頭を撫でてやる。

「母ちゃん、アン姉ちゃん達が来たよ」

「そうかい、中に入れてやっとくれ」

 トキオが家の奥へと声を掛けると、マーサの返事が返ってくる。

 その声は普段のマーサからは想像も付かない程に弱々しいものだった。

「母ちゃん、目は覚めてるけど起き上がれないんだ」

 そう、トキオは言った。


 アンジェリカ達はマーサの寝室へと通される。

 ベッドに寝かされているマーサは、とても小さく見えた。

 普段の優しく大らかなマーサよりも、もっともっと小さく……トキオ救出の為に相当な無理をした事が、目に見えて分かった。

「ああ、アンジェリカにミツバ。昨日は助かったよ」

 マーサは二人の姿を見て微笑む。

「お陰でトキオも取り戻せたしね。感謝の言葉もないよ」

 咳き込むマーサだが、心配し身を乗り出すアンジェリカをその手で制する。

「四十過ぎて無理をするもんじゃあないね。平気だよ」

「マーサおばさん、起き上がらないで」

 起き上がろうとするマーサを制止するアンジェリカ。

「心配するんじゃあないよ。ハイランダー化の反動だから三日で元通りさ」

 心配そうに見つめるアンジェリカと笑って返すマーサ。

「この件の事後処理はスフィアに一任してあるから、残りはあの子に聞いておくれ」

 マーサの言葉にアンジェリカが頷いた。

 それを見守り、安心したのかマーサは再び目を瞑る。

 ゆっくり休んでもらおう。そう思った二人は、トキオを連れて寝室を後にした。


「やぁ、来てたんだね」

 リビングに戻った三人をスフィアとタイガが迎える。

 トキオをミツバに預け、アンジェリカは村を出る前の事後処理を行う事になったのだ。

 スフィアはアンジェリカに、村を訪れた日と同じように紅茶を振舞った。

「今回は本当にお疲れ様。これからどうするんだい?」

 成果を挙げた実力ある冒険者は、酒場に行き先を報せる義務がある。

 手練れの者を国や教会が管理する事によって、緊急の依頼の際にすぐさま召集出来るようにしておかなくてはならないからだ。

 この村には酒場はないが、代理として村長が行うことになる。しかし村長は今倒れているため、その姪であるスフィアが代わりに受け持った。

「そうね、人探しの為に砂漠の国へ渡るつもりよ。ガイアナさんって言うんだけど」

 両親の仇として追っている死霊使いサーニャ……その足取りを追う為に、アンジェリカはサーニャが操っていたデードスの妻、ガイアナを訪ねて砂漠の国にある西風の街ホープへ向かうつもりだった。

「ほら、こんな人よ。美人でしょ?」

 アンジェリカは紅茶の残りを飲み干し、

 デードスの遺品であるロケットを取り出して中の写真をスフィアとタイガに見せた。


 何の気も無しに見せたはずの写真。

 しかしそれを見るとスフィアの表情は苦悶と嫌悪に歪み、みるみるうちに顔を怒りの赤へと染め上げていく。

「アンちゃん。この女を捜しているの?」

「え、ええ……」

 スフィアの震える声に戸惑いながら、アンジェリカは返事を返す。

 タイガに至っては厄介事が起きたとばかりに頭を抱えている。

 ただ事ではない。そう察したアンジェリカはスフィアに尋ねようとするが、それに先んじてスフィアが口を開く。

「アンちゃん、こいつは砂漠の国になんていないよ」

「え?」

 ただならぬ雰囲気に、アンジェリカは続きを聞く事が恐ろしくなる。

「この女は、今は山岳の国グランディアで王妃をやってる」

 だが、スフィアの怒気がそれを許さない。

 スフィアが立ち上がると、アンジェリカの身体はびくりと跳ねる。

「グランディア国王の現妻、ガイアナ・ラーメイ・グランディア」



「私の、継母なんだ」

吐き捨てるようにスフィアは言った。

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