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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
一章【道具使いと巨人戦士ホック】
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01-02 道具使いと道具たち

 


「二十二、二十三、二十四……よっしゃ、俺様の勝ちだな」

「ちぇーっ」

 城下町の南の街道の脇。

 積み上げられたゴブリンたちの死体を数え上げて、巨大なバケツ戦士ホックは己の勝ちを誇った。

 対する赤髪の道具使いアンジェリカは納得がいかなさそうな声を上げる。

 アンジェリカの銃兵隊は面の制圧力に優れてはいるが、銃弾を込める行為に時間が掛かりすぎてしまい、戦闘を継続する能力に今一つ頼りなさがあったのだ。

「ま、駆け出しの人形遣いにしてはよくやったんじゃねぇのか?」

 肩を落とすアンジェリカにホックが声を掛ける。

「人形遣いじゃないわよ。道具使い」

「道具使いィ?」

 ホックにとっては聞きなれない単語のようで、彼は思わず聞き返す。


「どう違うんだよ?」

 尤もな疑問を投げかけるホック。

「ちょっと、それ借りるわね」

 アンジェリカはホックの肩に担いだ斧を取り上げ……られない。

 ホックは近くの岩に斧を立てかけてやり、アンジェリカはそれを持ち上げようとする。しかしながら両手で持ちあげようとした肩ごと地面に落ちてしまいかねない様子だ。

 熟達した戦士が更なる力を得る為に極限まで重さを重ねた武器は、訓練もしていない娘の手にはやはり余る代物である。

「お、重いわね……」

 微動だにしない斧を相手に、脂汗を垂らしながらアンジェリカは声を絞り出す。

「当たり前だ馬鹿。ほら、こっちに寄越せ」

「し、心配には及ばないわ」

 呆れながら斧を取り戻そうとするホックを制止するアンジェリカ。

 アンジェリカの視線の先に続いて見ると、先ほどの人形たちが五、六体ほど飛び出し斧を支えているのが見えた。

「この子たちは、一人一人が独立した命。生き物なの」

 人形たちの協力を得て、アンジェリカは自身の二倍はあろうかという斧をゆっくりながらも持ち上げる。

 個の力ではなく多の力で。彼女は自身が作り上げた道具の力を借りて、同年代の少女には成しえないことを成すのだ。

 斧の刃をゆっくりと降ろし、ずしりと地面に突き刺したアンジェリカは彼女の身体を上ってきた人形の一体を、愛おしそうに抱きかかえる。


 アンジェリカの育ったコボルドの村にはとある門外不出の魔法が伝わっていた。

 それは対象の魂に直接干渉し、対話を試みる秘術。彼女はあらゆる魂に働きかけ、しもべとすることが出来た。

 ある者は彼女を操霊術士と呼び、また別のある者はコンジャラーと呼んだ。そして、コボルドの村ではそれを特に「道具使い」と呼んでいた。

「この斧も一緒。この子にも命が宿っているわ」

 斧の柄の部分を、丁寧に撫で上げるアンジェリカ。

「ずっと貴方と一緒に居たこの子は、貴方の事を何でも知っている」


 ――ホック・フィッシャーマン、十八歳。

 山岳の国グランディアの麓の漁村に生まれたとある漁師の家の長男。

 巨人族としてもかなり大柄に育った彼は、悪戯好きのガキ大将で喧嘩も負け知らずだった。

 豪快にして寛容。どんなことでも力と知恵で解決するホックは同世代の人気者だったが、十七歳頃から類稀なる戦闘の才能を発揮し、自らの限界を知る為に家出同然に旅に出た。

 今年十二歳になる最愛の妹との関係は非常に良好であり、今現在も文通を続け――


「ちょ、ちょっと、おい、待て!!」

「なるほど、魔法の心得まであるんだ。いいなぁ」

「そうじゃねぇ!なんでそんなことをお前が知ってんだ!?」

 羨ましげに唇を尖らすアンジェリカに対し、自分の過去を一瞬にして暴かれたホックの声には明らかに焦りの表情が宿る。


「私が知ってるんじゃないわ。知ってるのはこの子」

 斧を再びつんつんするアンジェリカ。

「この子が自分の目を通して見てきた事を、私に教えてくれているだけよ」

 ホックが幼い頃から常に共にあった、相棒のバトルアックス。

 物言わぬ道具もアンジェリカが魂に直接語りかければ、一様に心を開き、見聞きした事を教えてくれるのだと言う。

 どんなに表の顔を作り上げても。どんなに自らの心を隠しても。アンジェリカはその者の愛用した道具を通じ、白日の下に曝け出す。

 そう考えると彼女の笑顔は、ホックにとって途轍もなく恐ろしい物に見えたのだった。


「なんて顔をしてるのよ……悪かったってば」

 バツの悪そうなアンジェリカの声にハッとするホック。

 フルフェイスに遮られたホックの表情は、アンジェリカからは決して読み取ることは出来ない。

 しかしそのフルフェイスが懇願しているのだ。『ホックが怖がっている。やめてくれ』

「なるべくこの力は濫用しないようにするから。機嫌を直して頂戴な」

 預かった斧を差し出し、アンジェリカは受け取るように促す。

 アンジェリカの周りにいる人形達も、眉毛をハの字に曲げ頭をぺこぺこと下げていた。

 その様子があまりにもおかしかったので、アンジェリカから斧をひょいと取り上げて、

「へっ、お前なんざ怖かねぇよ」

 ついつい強がってしまうホックであった。



 炭鉱城塞コール・タール、コールの宿屋の酒場にて。

 二人は一仕事を終えて満足そうな表情を浮かべ、マスターの前に並び立つ。

「これが報酬だ。ちゃんと二人で分け合うんだぞ」

 仕事を終え、ホックには三百Eur.。アンジェリカには二百Eur.が手元に残った。

「俺様の方が多く倒したんだから、文句はねぇよな?」

「ええ。これだけあればハンバーグが十六、七枚は食べられるわね」

 勝ち誇ったようにホックは言うが、アンジェリカの頭の中は既に夕飯の事でいっぱいであった。

 牛肉のひき肉を贅沢に使った大きな大きなのハンバーグは一枚十二Eur.。

 ナイフを一太刀入れると大量の肉の汁溢れ出し、濃い味のソースが絡みあってなんとも身体に悪そうな一品である。だが、その分旨い。

「ハンバーグなら二人前作って届けてやるからよ。まずはあの娘に報告してやりな」

「はぁい」

 羽のような軽い足取りで部屋へと戻っていくアンジェリカを尻目に、酒場のマスターはホックへと向き直る。


「で、本当にあの嬢ちゃんがゴブリンを十六体も殺ったのか?」

「大したこたぁねぇさ」

 ホックは肩を竦める。

「実力自体はどこにでもいる人形遣いだよ。最初こそ面食らったがな」

 ホックの報告は、概ねトゲコロの読み通りであった。

 アンジェリカの戦いは続かない。一斉攻撃をして、その後のビジョンを描いていない。

 全く戦い方を知らない、素人同然の物。ホックと組ませて大正解であっただろう。

 しかし、アンジェリカ自身は何とも得体の知れない存在でもあった。

 一体一体が独立して、まるでそれぞれが生きているかのように動く人形達。まるで、武器と会話しているかのようなその仕草。そして、当人と近しい人物しか知りえない情報を持っていた事。

「なぁ、おやっさん」

 ホックは特に小さく、声を潜める。

「なんだ?」

 それに応えるようにマスターの声も静かだ。

「俺がヤマメちゃんに手紙を送っている事。誰にも言ってないよな?」

「当たり前だ。郵送代行は守秘義務の分だけ、割り増しで貰ってるからな」

「そう、か……」

 ホックの秘密はホックとマスターしか知らない。他に誰かが知る事が出来るとしたら――――

「相棒、お前しかいねぇよな?」

 肩に担がれたバトルアックスは、黙して何も語る事はなかった。




「でねぇ、今日組んだその人が面白くって」

「くすくす、素敵な方と一緒に仕事が出来てよかったですわね」

 ところ変わってこちらはコールの宿屋の二人の自室。アンジェリカとその妹、ミツバは仕事上がりの談笑に興じていた。

「世界にはあんなに大きな人もいるのね。本で読んだだけだと信じられなかったわ」

 床に手を付き、天井を仰ぎ見るアンジェリカ。

 アンジェリカとミツバの二人の他人よりほんの少しだけ長い耳は、物言わぬ物達の声無き声を聞くために長いのだと村の長は言っていた。

 この天井は。床は。ベッドやタンスなどの家具達は、今までここに泊まっていた様々な冒険者の姿、暮らしを見つめてきたのだろうか。

 機会があれば彼らに問いかけてみよう。アンジェリカはそう思った。


「入るぞ」

 遠慮の無いノックの音と共に、ホックが中に入ってきた。宿の中にも関わらず、フルフェイスは被ったままだ。

「やあ、ホックさん。今日はお疲れ様」

「ホック様、今日はアンジェリカ様をお守り下さりありがとうございます」

 二人のねぎらいの言葉に対し、ホックは舌を鳴らしながら指を振る。

「ホック様じゃねぇよ。親愛と尊敬を込めてホックさんと呼べ」

「は、はい。ホックさん」

 ミツバの訂正に満足そうに頷くホック。俗にいう強者とは、変なところにこだわりを持つことが多い。

 どうやらフルフェイスと同じく、こんなところにも小さなこだわりがあるようだ。

「今日はご苦労だったな、アン。さぁ、打ち上げを始めるとしようか」

 と言って、ホックは背中に隠した一升瓶を取り出した。

「あら素敵。どんなお酒で私を酔わせてくれるのかしら?」

「こいつだ」

 と、ホックは笑い声を兜の中で反響させながらラベルを見せる。ジンジャーエールはアンジェリカの大好物だ。

 おいしいハンバーグとしゅわしゅわぱちぱちのジンジャーエールに舌鼓を打つ。

 ホックはフルフェイスを被ったまま器用に料理をたいらげている。

 仕事を終えた後のゆったりとした時間を、三人はとりとめのない話をしながら楽しんだ。


 ひとしきり食事を楽しんだ後、ホックは一枚の紙を取り出した。

「これは?」

 取り上げるアンジェリカ。


『ゴブリンのアジト攻略』

 南の街道脇の小さな森の奥に、古い建物が発見される。

 忍び込んだ斥候によると、多くのゴブリンの生活圏となっていた。先のゴブリンたちのアジトだろう。

 また、アジトの最奥には巨大な駆動兵器が鎮座されていた。

 起動の永久停止は適わず撤退。冒険者によるゴブリンの掃討と兵器の破壊を求む。

 報酬は二千Eur.前準備金として五百Eur.を別に用意する。


 といった物であった。

「しっかり読んでおくんだぞ。依頼主との大事な契約書だからな」

 アンジェリカは依頼書の中に気になる一文を見つけた。

「巨大な駆動兵器?」

「気になるか?」

 駆動兵器とは木、鉄、石、その他の材質などで作られたからくり兵器である。神話の世代に作られたとされ、現在はその製作技術は伝わっていない。

 現代にまで存在し知られている物は、山岳の国グランディアの王家に伝わる飛行船『空の女帝(スカイ・エンプレス)』だろう。

 こうした兵器は魔物などによって発掘され、しばしば人類にとっての脅威となる。


「今回の依頼はゴブリンの掃討もあるが、そいつをなんとかするのが主な目的だよ」

「壊しちゃうんだ」

「ああ」

「もったいないね」

「そうだな」

 駆動兵器は国で保有できれば確かに大きな力となろう。しかし、それを管理し続ける事も非常に難しい。

 石炭の採掘によって豊かな生活を得ているコール・タールの国では、一晩で国土が焦土となり得るリスクを取る事はできなかった。

「いいよ、受けるわ」

 アンジェリカが道具使いだと言うのなら、その名に賭けて必ず受けるだろう。ホックの目論見通りに行くはずだった。だが――――

「でも、その子は壊さない」

「あ?」

 返答はホックの予想とは少し違うものであった。

「壊さないで、脅威だけ取り除く。無力化出来れば何でもいいわよね?」

 道具使いにとって駆動兵器とはただの破壊の道具ではない。魂の繋がりを持ち、友となれる存在だった。

 だからこそアンジェリカは、駆動兵器の破壊を拒絶した。

 ホックは答えない。口を閉ざし腕を組み、何かを考え込んでいるようだった。

「その辺も含めて依頼主と相談するぞ。受けるんだな?」

「もちろん!道具使いの真の実力、見せてあげるわ!」

 その問いにアンジェリカは立ち上がり、腰に手を当て宣言した。



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