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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
二章【道具使いと勇者スフィア】
19/64

02-06 憧れの冒険者

 


 ヤタック教団の団員をどうにか退けたアンジェリカ達が谷に入り、村長の息子トキオの捜索を始めてから一刻半の時間が流れようとしていた。

 日は既に昇り切り、そろそろ正午に掛かろうかという時刻……事態は、動いた。


 大穴の周りを囲む谷は、緩やかなカーブを描いている。

 そのカーブの一角に入った谷間の死角で、何やら作業をしている教団員の男達を目に留めた一行は身を潜め、様子を伺う。

 男達が相談事をしている様子は見て取れるが、距離がある為に聞き取る事は出来ない。

 アンジェリカは銃兵隊人形の一体を斥候として放ち、彼らの目的を探ろうと試みた。

 谷間を吹き抜ける風は、正午を回り追い風と向かい風が切り替わろうかという頃。

 斥候となった銃兵隊の人形は、壁伝いに飛ばされないよう慎重に、慎重に男達へと近づいていく。

 一定の距離まで近づき、しばらくすると人形はまたこちらへと戻ってくる。

 報告は、過去にゴブリンのアジトで教わった手旗信号で行われる。

 それにいくつかパターンを追加した物を通して、アンジェリカへと伝えられた。


「あいつらは何て言ってたの?」

 待ちきれないとばかりにスフィアがアンジェリカへと問う。

「やっぱりあの人たち、トキオを見つけたみたい」

 アンジェリカは神妙な面持ちで淡々と事実を告げる。

 すぐそこの道で小さな男の子を見つけたという。

 片足だけ裸足であったという事実から、トキオである事は間違いない。

「そうかい、ならもう隠れる必要は無いね」

 そう言って男達の前へと歩みを進めたのは、意外な事に村長のマーサであった。


 人気の無い殺風景な谷に現れた女を見て、一様に驚く教団の男達。

「ここで何をしていらっしゃるのですか」

 男の一人が歩み出て、マーサに尋ねる。

「なぁに、子供が一人行方不明になったと聞いてね。探しに来たのさ……あんた達、知らないかい?」

 マーサは男達を一睨みする。

 その目は完全に据わっており、今にも飛び掛って行きそうだ。

「何の事でしょうか」

「我々は子供など見つけておりません」

 そんなマーサの様子を見てたじろぐが、あくまでも男達はしらを切る。


「嘘を吐いちゃあ、いけないねぇ」

 マーサの腕が脈動する。

 胸を反らして天を仰ぎ、大きく息を吸い上げるとマーサの腕が。足が。胸が。少しずつ膨らんでいく。

 そして吸い込んだ息を吐き出すと、膨らんだ身体がピンと張り詰め巨木の丸太と見紛わんばかりの太い筋肉となった。

 マーサはみるみるうちに巨大化していく。ともすれば巨人族と見間違えてしまいそうな程に。

「す、スフィアさん……マーサおばさんはどうなってしまったの?」

 マーサの変貌を見て狼狽するアンジェリカに、スフィアはにんまりと笑い自慢げに語り始める。

「すごいでしょ。マーサおば様はね、ハイランダーなんだよ」


 ハイランダーとは、高山族の戦士である。

 人間と巨人族のハーフが山岳の国グランディアで過酷な修行を続け、前人未踏の高みへと登り詰めた者に与えられる称号であった。

 鍛え抜かれたその身体は山のように大きく、硬い。

 生半可な武器では軽々と弾かれてしまう。ひとたび拳を振るえば樹木をへし折り岩をも砕く。

 しかし身体の負荷が大きく、一度その力が発現されれば三日は動けなくなってしまう。

 恐るべき強さと引き換えに生命の危機に晒される危険な代物でもあった。

「姫は、クォーターだから無理なんだけどね」

 タイガが補足する。

 スフィアも巨人族の血を引いているが、その血が薄すぎてハイランダーにはなれないらしい。


「さぁ、どいつから掛かってくるんだい?」

 マーサが己の拳と手のひらをぶつけ合う度に、空気の弾ける音が響き渡る。

 男達はマーサの容貌に慄くが、すぐに一斉に雄叫び(ウォークライ)を上げる。

 岩壁に反響し、谷の外にまで届くとさえ思われたそれは教団の暗殺者達を呼び寄せる為の物であった。

 三人、四人、五人。十人。岩の死角に隠れていたのだろう男達は、

 すぐさま腰の短剣に手を掛け一斉にマーサへと襲い掛かった。

「シャアッ!」

 暗殺者の二人が切りかかるが、圧倒的なリーチの前に成す術も無く薙ぎ倒される。

 それを目の当たりにした残りの暗殺者は距離を取り隙を窺おうとする。

 しかし巨木の丸太のように太い手足は全身を覆わんばかりの防護壁となり、急所の一つさえ見つける事もかなわない。

 要塞とも呼べる女一人に、攻めあぐねている事がアンジェリカの目から見てもよく分かる。


「もうビビッちまったのかい。情けないねぇ」

 マーサは肩を大げさに回し、教団の男達にすごんで見せる。

 敢えて相手を刺激し、威嚇せざるを得ない理由がマーサにはあった。

 いくら人智を超えた力を持つとはいえ、数の不利を無制限に覆せる物ではない。

 圧倒的な力を持って追い詰めているように見えるこの状況も、相手が人数に任せて多角的に攻撃を仕掛ければ、必ずどこかに隙は生まれてしまう。

 そうなる前に、あわよくばこの場から逃げ去って貰いたいという打算。

 それでも男達はこの場から去ろうとする様子は見受けられなかった。戦いは避けられない。


 男の一人がマーサに飛び掛る。

 先ほどと同じように一振りで仕留めようとするマーサだが、すんでの所で避けられてしまう。

「ちぃっ!ちょこまかと!」

 何度も同じ手は食わない。そう言いたげに男はマーサを動きで翻弄する。

 だが、指をくわえて見ているだけのアンジェリカ達ではない。

「押し潰せ!ストーン!」

 スフィアの不意を討った岩石の魔法が男の後頭部に直撃し、意識を奪い去る。

 ならば三人同時だとばかりに男達が襲い掛かろうとするが、

「おおっと、こっちじゃあ無いよ!」

 タイガが背中の大剣を振り回して男達の進路を妨害し、一瞬の硬直を狙ったマーサの腕が的確に男達を仕留めて行った。


「これが、冒険者……」

 アンジェリカは仲間達の連携に、ただただ圧倒されるがままであった。

 緑の大陸に居た頃は己の持つ全力を以って戦うだけであったが、気心の知れた仲間との息の合った連携は、強さと同時に美しささえ覚える。

「アンジェリカ!見てないで手伝いな!」

 マーサの一喝され、アンジェリカもまた戦線へと加わっていく。

「おばさん、上よ!気をつけて!」

「おう!」

 銃兵隊の人形を使い、哨戒をこなしていくアンジェリカ。

 仲間達はアンジェリカの指示を受け、崖の上から落とされる岩石を回避する。

 風の影響が強い為に最も得意とする射撃攻撃は行えないが、人形を通して複数の目を持つアンジェリカは、周囲の敵を探して注意を促していく。

 しかし敵の人数もどんどんと増えていく。

 双方の戦いは行方未だ分からず。どちらに転ぶかも分からないこう着状態が続いていた。




 アンジェリカ達が村長の息子トキオの捜索を開始し、大穴へと向かう谷へ入ってから二刻。

 当のトキオは、そこよりもう少し奥まった場所――谷間の死角にある秘密基地へと辿り着いていた。

「随分ボロボロになっちゃったなぁ……」

 木で作ったおもちゃの剣や、藁で作った訓練用の粗末なカカシ。

 古くなったシーツで作ったハンモックが無残な姿で散乱している。

 おまけにここへ来るまでの間に、靴も片方失くしてしまった。

 靴下とまだぬかるんでいる地面の泥が混ざり、少し気持ち悪い。

「戻ったら母ちゃんに怒られるだろうなぁ」

 そんな事を、心配していた。


「そこで何をしていらっしゃるのですか」

 不意に、背後から声が聞こえた。

 ここには誰も来られないはずだ。トキオは驚いて後ろを振り返ると黒のジャケットと、黒いバンダナをした虚ろな目をした男が立っていた。

 何より目を引きつけて離さないのは、胸に刻まれた鴉の印。

 バンダナからちらりと覗く銀髪とアンジェリカと同じ長い耳を持つその男は、どこか人ならざる雰囲気をかもし出していた。

「あんたこそ、誰だよ」

 突如現れた男に警戒を示すトキオ。

「ここは風が吹き荒れていて危険です。速やかな退去をお勧めします」

 そんなトキオにここからの退去を勧める男。

 口調こそ穏やかだがその目は心ここにあらずのようにも見える。


 怪しげな格好ではあったが、親切に助言をくれる相手を無碍に出来ないトキオは、すぐに離れる事はできないと告げる。

「ここ、オレの秘密基地なんだ。雨で壊れてないか心配でさ」

「秘密基地」

 オウムのように繰り返す男。そんな男には構わずトキオは語り始める。

「オレ、冒険者になりたいんだ。母ちゃんみたいなさ。だから隠れて修行してんの。外で寝る訓練もね」

 落ちてきた岩が重なり、トキオ一人では持ち上げられない角材を男はそっと手を貸し持ち上げてやる。

「おっ、悪いね」

 トキオは男へと振り向きニカッと笑う。


「冒険者。親元を離れるという事ですか」

「そうなるね」

 この世界では親元を離れて働く事はあまりない。

 親、子、孫の三本の柱を以って家庭と呼ぶこの世界では、家庭から離れて個人となる事は生活力の低下にも繋がり、推奨されないのだ。

 必然的に、冒険者はアンジェリカのように親を失った者や、スフィアのように親と仲違いし家を出た者がなる事になる。

「親とは上手く行っていないのですか?」

 補修作業を手伝いながら、男は尋ねる。

「ううん、そんなことはないけど」

 トキオは冒険者に憧れていた。力強く逞しい母のような冒険者に。

 世界を冒険して、気の置けない仲間を作って、強くなって、活躍する。

 そして可愛いお嫁さんを見つけて、幸せな家庭を築きたかった。

「母ちゃんみたいな冒険者に、なりたいんだよ」

 トキオが目を輝かせて夢を語っている間、男はただ黙ってそれを聞いていた。


 ふと、トキオは外が騒がしい事に気が付く。

 男は崖の外をちらりと見やると、トキオに今一度語りかけた。

「貴方の夢が叶う事を。我々の神にお祈り致します」

「うん、絶対叶えてやるさ」

 希望に溢れたトキオの笑顔を確認し、男は一振りのナイフを差し出す。

「これを受け取って下さい。私と貴方の友情の証です」

 ナイフはきちんと柄に収納されており、怪我をしないように配慮されている。

 トキオはナイフを受け取ると、男が手を差し出している事に気付く。

「貴方からも何か一つ。お互いの事を決して忘れない為に」

「何かって言われてもなぁ」

 そう言って片方だけになった靴を脱ぎ、手渡すトキオ。

「こんなもんしか持ってないよ。しかも、片方だけだしさ」

 男は差し出された靴を恭しく受け取り、崖の外へ向かい去って行く。

「もう少しここで待って居て下さい。必ず迎えが来るでしょう」

 迎えが来る。言っている意味の見当が付かないトキオは、ポカンとしながら男を見送っていた。




 アンジェリカ達とヤタック教の団員達との戦いは、未だ決着が付かぬまま続いている。

 双方共に息も絶え絶えながら、決して引く事が出来ない戦いだった。

「いい加減に諦めて、あの子の居場所を言いな」

「教える事はできません」

 それがヤタック教の答えだった。

 マーサはそれを聞き届けると拳に力を入れなおす。

 いつハイランダーの力が解けるかも分からない。

 そうなればあと三日は戦う事が出来ないのだ。それだけは避けたかった。

「ま、マーサおば様……私、もう……」

 ついにスフィアが音を上げる。

 アンジェリカも、タイガも、同じく限界である。

 膝が笑い、身体を支えるのも難しい。剣を杖にしてなんとか立っている状態だ。

「大丈夫。大丈夫だから。まだ、勝てる見込みはある」

 だが、アンジェリカは諦めていなかった。

 勝負の風向きが変わる瞬間を、虎視眈々と狙っていた。


「そこまでにして戴きましょう」

 谷間の死角から現れた一人の男は、他の団員と同じようにジャケットだけを羽織り、胸に鴉の焼印を押されている。

 しかし、鴉の羽は燃え上がる炎のような意匠が施されており、他の団員より格上である事は間違いないようであった。

「あんたがリーダーかい?うちの息子を返して貰えないもんかね」

「それは出来ません。あの少年はヤタック教団で保護します」

 マーサの言葉にリーダー格の男は首を振り、片方だけになった靴を持ち言い放つ。

 それはまさしく、トキオのもう片方の靴だった。


 その言葉と同時に、マーサは駆け出した。

「おば様っ、待って!!」「村長さんっ!!」

 スフィアとタイガの制止も聞かず、マーサはリーダー格の男へと一直線に走っていく。

 止めようとする他の団員達を拳で薙ぎ払うが、一心不乱に走るその姿は巧妙に隙を隠して戦うかつてのマーサのそれではなかった。

 隙だらけのマーサに襲い掛かる凶刃。

 続けざまに入れられる一太刀は、マーサの身体へ確実に傷を負わせていく。

 息も絶え絶えに目の前に立つ山のような大女の形相に、リーダー格の男は黙して何も語らない。

 そして我が子の安否を確認する前に。

 負わされた傷と疲労の限界によって、ハイランダーの戦士マーサは大地に倒れ伏した。


「ここまでのようですね」

 リーダー格の男はマーサが気を失ったのを確認すると、周りの教団員に向かって叫ぶ。

「さぁ、撤退の準備を。少年の確保を済ませて撤収しましょう」

 教団員達はそれに頷くと、男が出てきた崖の切れ目へと入って行こうとする。

「待ちなさい」

 それを止めたのは、アンジェリカだった。

「子供を人質に取って、親子の情を逆手に取って勝つなんて。許せない」

 アンジェリカの声はあくまで冷静に努めていたが、その表情は明らかに怒りをあらわにしていた。

「貴方一人に何が出来るというのですか」

 リーダー格の男は振り向き答える。

「私だけじゃ何もできないわ。だけど」

 アンジェリカは懐からすうまいの葉っぱを取り出して握り締め、放る。

「勝利の女神は、どうやらこちらに微笑んだようね」

 その瞬間、風向きが変わった。


 放られた葉っぱは大きく膨れ上がるとすぐに破裂し、中に含まれていた真っ赤な粉末を散布する。

 それらは一斉にヤタック教団員達に襲い掛かり、目に、鼻に、口に。

 ありとあらゆる粘膜を痛烈に刺激していく。

「う、うわあああああっ!?」

 あちこちから悲鳴が上がった。

 目から大粒の涙をこぼす者や粉末を吸い込み咳き込む者、

 呼吸もままならず苦しむ者と様々であったが、教団員は皆一様にその場に蹲り、戦闘員としての機能を完全に停止させた。


「よしっ!上手くいったわ!」

 成功を確信し、アンジェリカは拳を握る。

「アンちゃん、アレは?」

 驚くスフィアに笑い、小袋を手渡すアンジェリカ。

 中を覗くと房状の赤い実。唐辛子が入っていた。

 葉っぱの中に仕込んだ唐辛子の粉を、風に乗せて散布するアンジェリカの新たな道具だ。

 目や喉など粘膜に付着すると激しい炎症を起こす刺激物は、対生物への強力な武器となる。

 本来は花吹雪を詰めて芝居の余興に使うの道具を、武器へと作り変えたのだ。

「グッジョブ、アンちゃん!タイガさん、こいつらの確保を!」

 三人は各々、出来る事に従事していく。

 体力の残っているタイガは教団員を片っ端から縛り上げていき、神聖魔法が使えるスフィアは傷つき倒れたマーサの治療に当たる。

 アンジェリカは道具達を哨戒に当たらせながらトキオの捜索に向かった。


「トキオ!」

「アン姉ちゃん!?」

 思いがけない来訪者の声に驚き振り向くトキオ。

 アンジェリカはトキオの元へ駆け寄り、強く抱き留める。

「こんな危ない所に来て!スフィアさんもマーサおばさんも心配したんだよ」

 トキオは力強く込めた抱擁に窮屈さを感じ嫌がるが、アンジェリカはそんな事もお構いなしで離そうとしない。

「ご、ごめんってば。分かったから離してよ」

 やっとの事で離されたトキオは、改めてアンジェリカを見やる。

 涙と、砂埃と、擦り傷だらけになったアンジェリカは、女性としては確かにみっともなかったが、トキオにとっては、世界で最も美しい存在に見えた。



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