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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
二章【道具使いと勇者スフィア】
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02-04 失踪

 


「ひみつきち?」

「そう、ひみつきち」

 四日目も夕飯を終え、宿へと帰ろうとするアンジェリカ達にトキオがこっそり耳打ちをする。

「大穴近くの林にシートを敷いてあるんだ。誰も来ないから快適だよ」

「立ち入り禁止区域じゃないの」

 村の西方には、地図にも描かれる程に深く大きな穴が存在する。

 このアースの村の唯一と言って良い特色である大穴は、覗き込んでも暗黒が続き、どんなに長い綱を以っても底につく事が無いらしく、その深さから異界に繋がっているとさえ噂されていた。

 トキオ曰く転落防止の為に柵が立てられているそうだが、立入禁止区域である為に正規の手段で入り込む術は無い。

 トキオはそんな場所の近くに自分だけの秘密基地を作り、誰も近づかないのをいい事に出入りを繰り返しているそうだった。


「そんな危ない所へ行っては、マーサさんに叱られますわよ」

「母ちゃんなんて怖くないやい」

 窘めるミツバにトキオは聞く耳を持たない。

 腕を頭の後ろで組み、ニカッと笑う。どうやら本当に行くつもりのようだった。

「お昼から遊んでくれるんだろ?バレないようにこっそり行こうぜ」


 また明日な!とトキオは手を振りアンジェリカを見送る。入れ代わるように村長のマーサが玄関口から現れた。

「悪いね、アンジェリカ。あのワルガキは後で叱っておくよ」

 袖を剥き、力こぶを見せるマーサに二人は苦笑した。

「その大穴は、観光地として開放なさらないのですか?」

 ミツバの問いかけに、困ったように肩を竦める。

「それは出来ない相談だね。あそこは魔王が眠ってるのさ」

「魔王ですって?」

 魔王。魔物の王とも邪悪の化身とも言われる存在だ。

 炎や冷気を操るとも、人の影から魔物を作るとも、嵐を起こし国を滅ぼすとも言われ、その諸説は枚挙に暇が無い。


「人が悪いわ、マーサおばさん。魔王なんておとぎ話の存在よ」

 アンジェリカは笑うが、マーサの目は至って真剣だ。

「私だって信じる訳じゃないさ。だが、馬鹿ってのはどこにでも居てね」

 そう言ってマーサは懐から判子を取り出す。それはカラスを思わせる黒鳥の印鑑だった。

「ただの印鑑じゃない。焼印さ」

 ヤタック教団の者は全て胸に熱した焼印を押され、邪神への忠誠を誓うという。

 アンジェリカが村へ訪れる少し前に、村はずれでこの焼印が発見された。

 村長が大穴の巡回へと向かう途中。即ちそちらの方に件の者達の本拠地があるのだろう。

 以降は他国からの討伐隊の応援を要請する事に平行し、村長であるマーサやその血縁者である冒険者のスフィアが、大穴の付近で調査に向かって居たという事だった。

「魔王なんてのはおとぎ話かもしれない。けれど、そんな与太話を信じて悪さをする連中は確かに存在するのさ」

 それがヤタック教団なのさ。マーサはそう言って締めくくる。アンジェリカとミツバは顔を見合わせた。


 宿の方角からこちらへと向かってくる影がある。

 それは冒険者の一団だった。恐らくヤタック教団討伐隊の者達だろう。

 アンジェリカの見知った顔は無かったが、青年達はアンジェリカへと会釈をしてすぐさま村長のマーサの方へと向き直った。

「それじゃあ、アンジェリカ。明日も頼んだよ」

「え、ええ。分かったわ」

 作戦会議を行う為、アンジェリカ達はその場をそそくさと離れていく。

 夜の空はどんよりと曇り、ぽつぽつと雫が二人を打つ。

「雨ですわ、アンジェリカ様」

「ずぶ濡れになる前に帰りましょうか」

 明け方には晴れるだろうか。そんな事を考えながら、アンジェリカとミツバは雨降る道を駆けて行った。




 アース村の、いつもなら東の空が白み始める時刻。

 村長の家で一人、ベッドの中でうずくまる少年の姿があった。

 冒険者達の会議の声など気にもせず眠りこけていたトキオは、まばゆい光と轟く雷鳴によって目を覚ます。

「むぐぐ……もう朝?」

 カーテンを開けると、豪雨が激しく窓を打ちつけていた。

 その光景にはっとなり、トキオは慌ててベッドから飛び起きる。

「参ったなー、こんな大雨じゃ秘密基地が流されちまうよ」

 トキオは雨への最低限の対策を、秘密基地へと施していた。しかし、この激しい雨ではその対策も意味が無い。

 もちろん雨さえ止めば補修をしに行くこともできる。だが。


「アン姉ちゃん、がっかりするかな」

 トキオの脳裏に、アンジェリカの顔が過ぎった。

 ふらりとこの村を訪れた、元気でいっぱいなトキオの友人。お調子者で抜けたところもあるが、心優しい年上の女性。

「……レインコート、着て行けば平気かな」

 こっそりと、けれど忙しなく服を着替え、靴を履き、トキオは雨降りしきる自宅を飛び出していく。

 そしてそんなトキオの姿を、見つめる影が一つ――その影もまた、森の奥へと消えて行った。




 時を同じくして、アース村の宿屋では同じように雷鳴によって起こされるアンジェリカの姿があった。

 寝ぼけ眼を擦り、ふらふらとした足取りで窓の外を見るとやはり外は激しい雨に見舞われている。

「これじゃ、外で遊べないかなぁ」

 アンジェリカの目覚めに気付き、二つ頭の番犬のぬいぐるみオルトロスと、頭に赤い花を挿した羊のぬいぐるみメリーさんが擦り寄ってくる。

 メリーさんはミツバが数日掛けて作り上げた新作である。

「おっとっと、おはよう。オルトロスにメリーさん」

 二体を抱き上げるアンジェリカ。

 親が同じだけありこの二体は仲が良いようで、アンジェリカの腕の中で身を寄せ合っている。

 そんな二体を微笑ましく見つめるアンジェリカ。

「トキオは、大人しく人形遊びに興じてくれるかしら?」

 降りしきる雨を見て、アンジェリカは一人呟いた。


 少し遅れて目覚めたミツバと共に、止まない雨をBGMにして朝食を摂った。

 カリカリベーコンにチーズを挟みレタスを巻いて食べる。

 レタスの代わりに香りの強い薬味でもいい。脂っこさを抑え美味しさを引き立ててくれるだろう。

 焼き上げた食パンに目玉焼きを乗せ、サラダを挟み、ソースを掛けて戴く。

「産地直送の牛肉だから美味しいわねぇ。もぐもぐ」

「いつでも新鮮なお肉が食べられますわ。もぐもぐ」


 アンジェリカとミツバは、共に同じコボルド村出身の道具使いである。

 道具に語りかけ、使役する能力はアンジェリカの方が高いが、アンジェリカの作る道具には必ず動く為の道理が必要だった。

 表情を一つ作るにも、顔面のその裏には複雑な機構が絡み合う。

 愛馬ヒッポカムポスのような大きな道具には様々なディティールを詰め込めるが、銃兵隊人形のような小型の道具は、本当に僅かな。決められた動作しか出来ない物も多い。

「私がここについて作れた道具は一つだけだもん」

 袋から葉っぱを取り出すアンジェリカ。

 葉っぱを投げ上げ手放すとみるみるうちに膨れ上がり、破裂すると中からは紙ふぶきが弾けてひらひらと舞い降りた。

 こんな道具一つにも、空気に触れると熱を持ち内側から破裂する仕掛けが必要であった。

「素敵ですわ、アンジェリカ様」

 ミツバはそれを見て、素直な心のまま賞賛をする。


「あら、どうしたの?」

 アンジェリカがふと気付くと、美味しそうに食べる二人に興味を持ったのか、ぬいぐるみ達がテーブルに立ち覗きこんでいた。

「こら、お行儀が悪いですわよ」

 ぴしゃりと叱るミツバにぬいぐるみ達はそそくさと退散しようとするが、出遅れた羊のメリーさんだけが逃げ遅れ、アンジェリカに捕まってしまう。

 抱きしめるとほんのり香るおひさまの匂い。昨日、虫干しでもしていたのだろう。


「ミツバのぬいぐるみは本当に可愛いね。まるで、生きているみたい」

 ミツバの道具へと与える生命のイメージを膨らませ、いわゆる「らしさ」を追求していた。

 犬は犬らしく。羊は羊らしく。布と毛糸で出来ていながら生物のような暖かさが内側から溢れ出している。

 魂の定義を内部の構造から考えるアンジェリカとは、また違う道具の作り方だった。

 ミツバ自身も道具使いながら、道具に語り掛ける力はとても弱い。

 道具の声を聞く力もアンジェリカに比べれば未熟で、声を聞き逃す事もあれば翻訳ミスもある。道具の使役もまだ出来ない。

 だが、アンジェリカはミツバによる理屈に溺れない道具の作り方を高く評価していた。

 ミツバの道具はミツバ自身には操れず、アンジェリカの道具はミツバのようには作れないが、だからこそアンジェリカとミツバは、互いに無くてはならない存在だった。

 二人で一つの、道具使いだった。


 ふと外を見ると、雨は小降りとなり雲間からは太陽が見え始めている。

 このまま順調に明るくなれば、昼ごろには地面も乾き外で遊ぶ事も出来るだろう。

 仕事ではあるものの、トキオと遊ぶ事はアンジェリカにとっても楽しみであった。

 そんなアンジェリカの安堵は、乱暴に開かれる扉によって再び闇の帳を落とされる事となる。

「アンちゃんッ!トキオを見なかった!?」

 血相を変えて宿屋に飛び込んでくるスフィア。

「ど、どうしたの?スフィアさん」

 アンジェリカは突然の来訪者に驚くものの、まずはスフィアを落ち着かせるべく椅子に座らせる。

 ミツバに差し出された水を飲み干し、呼吸を整えながらスフィアは語りだす。

「トキオが、いなくなっちゃったんだ」

「なんですって?」

 スフィアによると、日が昇った頃には既にトキオは部屋を抜け出しており、ヤタック教団の討伐隊に参加しない者達で捜索に当たっているという。

 スフィアとアンジェリカは遅れて起きてきたタイガに事情を説明し、ミツバを村長の家へ残してから三人でトキオの捜索隊に加わっていく。


 雨上がりの朝。太陽が雲間から姿を覗かせるが、地面は未だぬかるんだままである。

 トキオが家を飛び出した時間を考えると、足跡は雨に消えてしまっているだろう。

「トキオ!返事をして!」

 懸命にトキオの名を呼ぶアンジェリカ。しかし返事は無い。

 犬を使い匂いを追うという提案もあったが、その匂いも既に雨に流されてしまっていた。

 捜索隊は一度広場に集まり、相談を始めていく。

「これだけ探しても見つからないとなると……」

「まさか……なぁ?」

 捜索に当たっている村の者達から、ある共通の見解が挙がっていく。

「村の外に出て行ったんじゃねぇか?」

「冗談だろ……」

 誰かの一言で村人達はにわかに騒然となる。

 この小さな村だけならいざ知らず、村の外に出てしまえば捜索範囲は一気に広がって行く。

 トキオを探すために集まった精々十数人程度の村人達で捜す事は、おおよそ不可能であった。

「あの馬鹿息子は、一体どこへ行っちまったんだい……」

 村長のマーサは頭を抱えていた。


「参ったな、これじゃヤタック教を退治するどころじゃないよ」

 タイガが一人ごちる。

「せめて、どこへ向かったかが分かればいいんだけど」

 ちらりとマーサの方を見やるスフィア。

 マーサは焦りといらだちを隠すことが出来ず、髪をかきむしっている。

 一方アンジェリカは昨夜の会話を思い出していた。

 記憶の中から会話の断片を引っ張り出し、今日の行動に繋がる何かを探していく。

 ヤタック教団。魔王。討伐隊。ひみつきち。大穴。


「大穴……まさか、トキオはそこに行ったのかしら」

「大穴だって!?」

 アンジェリカの言葉にいち早くマーサは反応した。

「まさか……まさか!あそこの危険さは村の者なら誰だって知ってる筈だろ!?」

「おば様、アンちゃんに言ってもしょうがないだろ!」

 マーサはアンジェリカの胸元を両手で掴み揺さぶり、スフィアが慌てて止めに入る。

「だけど、これだけ探していないなら……もうあそこしかないわ」

 頭を押さえ、くらくらしながらもアンジェリカは答えていく。

 それを聞くや否や、マーサが駆け出す。方角はもちろん大穴のある方だった。

「おば様、待って!」「姫!」

 マーサを追って走るスフィア。続いてタイガが追い、少し出遅れてアンジェリカも走り出す。


 大穴へ続く道にぐるりと立てられた柵にはしっかりと施錠が成されており、解錠された痕跡も無い。

 しかし柵を乗り越える際に引っ掛けたのだろう。

 服の切れ端と思われる布切れが柵の尖端に取り残されていた。

「行こう。追いかけなきゃ」

 アンジェリカの呼びかけに三人も頷く。

 こうしてアンジェリカ、スフィア、タイガ、マーサの四人は村の西方にある立入禁止区域へ。

 魔王が眠ると噂されるヤタック教団の本拠地。大穴へと向かっていくのだった。



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