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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
二章【道具使いと勇者スフィア】
16/64

02-03 田舎の村を取り巻く人々

 


 翌朝、アンジェリカ達はタイガを連れて村長の家へと訪れる。

「探したよー、スフィア姫」

「へいへい、そいつはごくろーさん」

 目的の相手が見つかり胸を撫で下ろすタイガとは対照的に、スフィアは口をへの字に結び目も合わせない。

「王様も心配してたよ。さ、ボクとお城に帰ろう?」

「やなこった」

 机に肘を付き手のひらを頬に当てスフィアは悪態をつく。

 そんなスフィアの様子を見て「家出かな?」「家出ですわね」などとアンジェリカとミツバの二人は勝手な感想を抱くのだった。

「家出。家出かぁ。間違っちゃいないね」

 タイガにひそひそ声が聞かれた事に気付き、二人は慌てて口を当てる。

 スフィアに至ってはぎろりと二人を睨んでいる。

「はぁ、分かったよ。説明する」

 しばらくの沈黙の後、ふっと息を漏らし、スフィアはこの村に滞在する理由を語り始めた。


「私が勇者ビクトリアの子孫だって。昨晩話したよね」

 スフィアの問いかけに、うなずく二人。それを見てうなずきを返しスフィアは続ける。

「旅に出る少し前、女神からの神託が降りたんだよ」

 そう言うとスフィアは胸元からペンダントのような物を取り出した。

 それはエリーが持っている物とは意匠違うが、神官である事を証明する聖印のようなものであった。

「この世界に危機が迫っている。貴方の力を貸して欲しいってね」

 スフィアは聖印を握り締める。


 この世界に何柱か存在する女神は、稀に神官を通じて民に言葉を伝える事があった。

 それらはこの世界の存亡に関わる危機を伝える物が殆どで、歴史上で人類はその危機に一丸となり備えていた。

「けれど、父上はそれを信じなかった。子供の空想として突っぱねた」

「だから私一人でもやる。その危機とやらに立ち向かう」

 スフィアは聖印を手放し、代わりに腰元に提げた短剣を握る。

「私は勇者じゃないけど、勇者でありたい。だから知ったからには逃げられないんだよ」

 そうスフィアは呟いた。


 信仰心は個々人によって差があるものの、概ねその国の風土に左右される。

 スフィアが女神を名乗る存在からの神託という物をすぐに信じることが出来たのは、彼女の出身国、グランディアの女神ビクトリアへの信仰の深さによる物なのだろう。

 そこまで聞いて、タイガの方もため息を漏らした。

「だからって、出ていくことないじゃん。ボクにも相談しないでさ」

「王様だって今は冷静になってる。話くらいは聞いてくれるよ」

 懇々とスフィアを諭すタイガ。

 説得をされているスフィアの方は、依然として憮然な表情を崩さなかった。


「ずいぶんと長引きそうね」

「ええ」

 スフィアの家出の原因が単なる親子喧嘩であることを知り、アンジェリカとミツバはあっけらかんとして二人のやり取りを傍観していた。

「だけど、関係の無い話でもなさそうよね」

 世界の危機。心当たりが無い訳ではない。

 ネクロマンサー・デードスとその後ろにいるサーニャの起こした事件も国一つを揺るがす大事件に違いは無かった。

 スフィアの言葉からは、大きな流れのようなものをアンジェリカは感じた。

「アン姉ちゃん」

 顎に手を当て思案するアンジェリカの袖を、ぐいぐいと引っ張る者がいた。村長マーサの息子トキオだ。

「どうしたの?一緒に遊ぶ?」

 スフィアとタイガの会話に退屈をしたのか、トキオがつまらなそうにしている事に気付いたアンジェリカは

 外に出て一緒に遊ぶ事を提案した。

「うん!母ちゃん、外行ってくる!」

 トキオは嬉しそうに首肯すると、キッチンに立つ母親のマーサに大声で出かけてくる旨を告げた。


「はいはい、ちょっと待ちなさいな」

 キッチンから現れたマーサは、小遣いのつもりなのだろうか。財布を取り出し、100Eur.ほどアンジェリカに握らせる。

「それでおやつでも買って食べな。二人の分もあるからさ」

「それにしたってちょっと多いわ、おば様」

 この世界に於ける菓子類の値段は1~2Eur.ほどで、

 観光地のみやげ物のような大盛りで高級なお菓子でさえ10Eur.もしない。

 そこらを遊びに行くには多すぎると苦笑するアンジェリカに、マーサは少しだけ。本当に、少しだけ。真剣な面持ちを取った。

「あんた、トゲコロのとこの冒険者だろ? その腕を見れば分かるよ」

 マーサはアンジェリカの腕へ指を差す。

 そこには緑の大陸にある炭鉱城塞コール・タール城下町の宿屋、トゲコロの酒場の冒険者である事を示すエンブレムが付けたままになっていた。

「それを付けるほどの冒険者なら、半端な悪党は近づかない。子供の安全に金を払うんだ。むしろ安すぎるくらいさ」

 ここのところ、物騒だからね。そう言ってマーサはアンジェリカの肩に手を置く。


 マーサは、アンジェリカという人間だけを見ていた訳ではなかった。

 もちろんアンジェリカ個人ををないがしろにした訳ではない。

 だがそれ以上に、エンブレムを持つ者達が積み上げてきた人柄、実力、信頼。

 そういったものをエンブレムから見出していた。

「トゲコロの酒場の冒険者達は、ここで仕事をしていた事が?」

 訊ねるアンジェリカ。

「ああ、誰かが訪れる度に助けて貰っているよ」

 目を瞑り、懐かしむように語るマーサ。

 バッジの形をしたエンブレムは、午後のおやつに食べる砂糖菓子よりも軽い。

 だが、そこには今まで各地で活躍した仲間の想いがたくさん詰まっていた。

「大丈夫よ、任せておば様」

 それでも、ここぞとばかりにアンジェリカは強がる。安心して任せなさいと、拳を握り胸を叩いた。

「おっ、頼もしいね。よろしく頼んだよ」

 マーサは大口を開けて笑い、アンジェリカの肩をバンバンと叩いた。


 トキオと共に、アンジェリカとミツバは村の広場へと繰り出す。

 広場は湖の付近で休憩をする旅行客がまばらにおり、彼らを相手にした出店などが開かれていた。

「姉ちゃん、ベリーキャンディ食べよう?」

 二つで1Eur.の甘酸っぱいお菓子を二束買い、残りの一つを誰が食べるのかを相談する。

 初めは三人の中で一番身体の大きい自分が食べるべきだとアンジェリカは主張したが、トキオによる猛烈な抗議と、ミツバの呆れ果てた表情に押され却下された。

 結局、もう一束買うことで六本を三人二つずつ食す事で事なきを得る。

「うまぁい!美味しいねぇ、ミツバ!」

「ええ、本当に。ほっぺが落ちてしまいますわ」

 ともすれば本当に落ちてしまいそうな自らの頬を、落ちないように支える。

 何度経験しても飽きない幸せをかみ締める三人だった。


「それにしても、母ちゃん珍しく太っ腹だなぁ」

 トキオは疑問の声を上げる。

「普段遊びに行くときは、こんなに持たせてくれないんだよ」

「言われてみれば、そうですわね」

 ミツバも同じ考えに至っていた。

 100Eur.というお金は、子供に持たせるお金としては少々多すぎた。

 平均的な一家の夕飯十日分の食費として賄えるそれなりの大金である。

 冒険者への護衛の依頼という名目だとしても、村の中なら護衛など必要ないだろう。

「気にする事は無いんじゃない?」

 しかしアンジェリカは、そんな事などどこ吹く風で気にするなとの一点張りであった。

「それよりミツバ、今度はあそこの鶏串が食べたいわ」

 アンジェリカはミツバに5Eur.とメモを持たせ、鶏串屋で買い物をしてくるように促した。


「危機感とか全然ねーのな」

 トキオはそんなアンジェリカを三白眼で見つめる。

「子供のクセに生意気ねぇ」

 アンジェリカはむっとしてトキオを小突くと、ミツバが向かって行った先を眺めていた。

 ミツバは鶏串屋の店主と二、三ほどやり取りをした後に三本の串を持ってこちらへと駆けてくる。

「アンジェリカ様、買ってきましたわ」

 三本の串とメモを受け取ると、アンジェリカは憤慨した。

「何よこれ、お肉が全然入っていないわ」

 三本の鶏串のうち、一本の串には肉が二つしか刺さっておらず、

 残りは全てネギばかりであった。

「ちょっと文句言ってくるわ」

 アンジェリカは財布から80Eur.ほど抜き取り、鶏串を持って鶏串屋へと歩いていく。

 そんなアンジェリカの背中を見送り、トキオはさすがにこれはと申し立てる。

「あんたのところのご主人ってさ、なんか、ちょっと」

「ええ、とても立派な方ですわ」

 きっぱりと答えるミツバにトキオはたじろいだ。


「おじさん、鶏串屋のおじさん!これは一体どういうこと?」

 屋台のカウンターに先ほどの鶏串と80Eur.を叩き付けるアンジェリカ。

 店主はアンジェリカの方を一瞥し、5Eur.だけを手に取り、鶏串を一本差し出す。

「どういうことって、そういうことだよ」

 そこまで言うと、店主は冒険者のエンブレムと二の腕を見せた。

 それはトゲコロの酒場の物とは違う意匠。別の大陸の出身なのだろう。

 IDはF-00045。どうやら氷雪の街フリージアからやってきたようだった。

 店主は声を潜めアンジェリカの方に少しだけ顔を寄せる。

「この村ではここ最近、何度か誘拐事件が起きているのさ」

「……やっぱり」

 村長のマーサが何故大金を持たせたのか。

 その意図が分からないなら、詳しそうな人物に訊けば良いだけの話である。

 村に長く滞在するする商人ならば、この辺りの噂の一つや二つ、聞いていることだろう。


 アンジェリカにミツバに渡したメモの内容はこうだった。

『私はトゲコロの酒場の冒険者です。この村の安全度合を鶏肉の数で教えて下さい』

『よく分からなければメモを握り潰し、目の前の娘に渡してください』

 店主はメモに目を通し、鶏肉二つを串に刺してミツバに渡したのだった。

「おじさん、色んな人を見てるでしょ。色々教えて?」

「色々ったってなぁ。余所者が深入りする事じゃねぇだろ」

 鶏串屋の店主の言う事は、アンジェリカはもちろん理解していた。

 たとえ誘拐事件が起こっていたとしても、アンジェリカ一人では到底太刀打ち出来ない。

 以前起こった一連のアンデッド関連の仕事で、これでもかというほど痛感していた。


「その誘拐犯はどういった連中なの?」

 アンジェリカは75Eur.から更に5Eur.を差し出す。

 店主はそれを受け取り、鶏串をもう一本渡した。

「ヤタック教団。最近台頭してきた新興宗教さ」

 それは、炎を操り魔物を生み出すと言われる邪神ヤタックを崇める宗教。

 世界各地で子供を攫い、自らの神にいけにえとして捧げるいわゆる邪教であった。

 店主によるとこの村でも先月に一件、村の子供が一人行方不明になっているそうだった。

「とんでもない連中ね」

「ああ、ヤバい奴らさ」

 この件について、アンジェリカは深く追及するつもりはなかった。

 関わるにしても、フルフェイスの巨人族戦士ホックのような信頼できる前衛が欲しい。

 強くて、大きくて、頼れる。そんなホックのような戦士が。


 だが、関わらないにしてもアンジェリカには一つだけ確認しなくてはならない事がある。

「そいつら、アンデッドは使ってる?」

 アンジェリカは残った70Eur.から5Eur.を渡す。

 店主はそれを受け取ると、鶏串を一本差し出した。

「……いや、そんな話は聞いたことがねぇ。それだけははっきりと言えるぜ」

 店主の言葉を聞き、アンジェリカは得心した。

 この件に死霊使いサーニャが関わっている可能性は低いだろうと。

「そう、ありがとう」

 礼の言葉を告げるアンジェリカ。

「あんまり、無理すんなよ。怪我でもしたらあの嬢ちゃん悲しむぞ」

「心得るわ」

 アンジェリカを気遣う店主に笑顔を返し、鶏串屋を後にした。

「初めてだけど、案外上手くいったわね」

 そんなことを、つぶやきながら。


「なんでぼったくられてるんだよ……」

 80Eur.が65Eur.になり、三本の鶏串を持って帰ってきたアンジェリカ。

 一本1Eur.の鶏串を五倍の値段で買わされた結果を見て、トキオは頭を抱えた。

「この串、いい鶏を使ってるんですって」

 皮までカリカリに焼かれ、余分な脂を落とした身に濃厚なソースが絡まる鶏の串焼き。

「うーん、おいしいっ」

 一口かじるごとに幸せが口の中に広がっていく。

 隣でにこやかに間食を楽しむミツバを見ていると、アンジェリカが置かれている状況や村を密かに取り巻く不穏なものさえなければもう少しここに残っていたいと考えていた。

「ミツバ、明日はこの広場で人形劇をしましょう」

「はい、新しい人形を用意しておきますね」

 どうやら、ミツバも同じ考えのようであった。


 トキオを家へと送り、そのまま中へとお邪魔する二人。

 夕飯の用意を整える村長のマーサとそれを手伝うスフィアは家事の手を止め、二人を迎え入れる。

「ご苦労さん、これお駄賃ね」

 と、マーサは200Eur.をアンジェリカに支払った。

 やはり子守の駄賃としては多すぎる報酬に戸惑うアンジェリカに、マーサはそっと耳打ちする。

「どうだい? 何か分かった事はあったかい?」

 それに対し、アンジェリカも声を潜め鶏串屋から聞いた事を報告した。

「ヤタック教団という組織が、誘拐事件を起こしてる事を知ったわ。でも……」

「初日でそれだけ分かれば十分さ」

 アンジェリカの肩をマーサはポンと叩く。

「あそこの教団員は過激でね。私としても出来れば村から追い出したい。村の子供達を、安心して外で遊ばせてやりたいんだ」


 分かるだろう?と村長マーサはアンジェリカの顔をじっと見つめる。

 牧歌的な村で育った中年の女性には凡そ似つかわしくない、有無を言わさぬ威圧感に気圧されそうになる。

 受領・辞退のどちらにせよ、毅然とした態度で臨まねば呑み込まれる。少なくとも、そう思わせるだけの迫力がある。

 酒場のマスターの言っていた「仕事には困らない」とはこういう事なのだろうか。

 アンジェリカはふと恐ろしくなり、顔中から冷や汗を垂れ流しながら、目を背けたい感情を押し殺しながら、

「自信を持って受けられる、とは言えないわ」

 そう答えるのが精一杯だった。


 肩を強張らせ、微かに震えるアンジェリカのその言葉を聞くと、マーサは慌てて取り繕う。

「ああ、ごめんよ。別に教団を喧嘩を売れって言ってる訳じゃあないんだ。コール・タールから応援が来るまでの三日間。息子を護衛して貰いたいんだよ」

 契約は三日間。昼、トキオが外に出てから始まり、夕方に家に帰るまでの四時間。

 トキオから目を離さないように、危険な場所へと近寄らせないように気をつける……そういった内容であった。

「三日……応援が来るまで……ええ、大丈夫よ」

「契約成立だね」

 よろしく頼んだよ、と再び肩をポンと叩きマーサが去って行くと、そこには膝を折り座り込んだアンジェリカだけが残された。


「大丈夫?アンちゃん」

 一部始終を見守り、駆け寄るスフィアの腕をアンジェリカは力無く掴む。

「す、スフィアさん……あの人こ、怖い……」

 血の気が引き今にも泣き出しそうなアンジェリカに苦笑するスフィア。

「あの人も冒険者だったんだよ。前に出て盗賊とかと直接殴り合うタイプね」

 スフィアは袖を捲り上げ、腕を曲げ力こぶを作りいたずらっぽく笑う。

「そうだったんだ」

 スフィアの表情を見てほっとしたのか、アンジェリカの方も息を整え答える。

 行動に志向性の無いアンデッドに比べて、前線で活躍したマーサの方が敵に回せば数段恐ろしいかもしれない。

 口には出せないが、そんな失礼な事を思うアンジェリカであった。


 それからしばらくは、特に大きな事件もなく平和なものであった。

 お昼少し前に村長宅へ向かい、昼食を摂ってからトキオを外へと連れ出す。

 外では玉遊びをしたり、たまにトキオの友人やスフィアなどを交えて追いかけっこをしたりする。

 子供達だけにならないように目を光らせ、村を離れようとすれば注意する。


 広場に繰り出し買い食いをしたり、屋台の商人たちと交流を深めたり。人を集めて人形劇をしたり。

 夕方頃にはトキオや他の子供達を家へ送り、スフィアと共に村長宅で夕飯を楽しんだ。

 その繰り返しが三日ほど続く。その間、怪しい人物は一人として見受けられなかった。

 ヤタック教団とは噂だけで、本当はそんなものは存在しないのかもしれない。

 そんな事を思いながら、平穏無事にアンジェリカの任期は終わりを迎えようとしていた。



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