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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
二章【道具使いと勇者スフィア】
14/64

02-01 出航、新たなる出会い

 


「やぁ、やぁ、ようこそ私達!こんにちはディープブルー!」

「アンジェリカ様、落ち着いてください」

 港町の入り口には潮風香るこの町に当てられ、両手を広げ感銘を示すアンジェリカとそれを諌めるミツバの姿があった。

 アンジェリカとミツバの二人が訪れた港町、ディープブルー。

『この世界』の北東に位置する緑あふれるの大陸の玄関口であり、様々な人、物、金が集まるこの大陸の商業地帯である。

 行き交う人々はコール・タールよりも更に多く、おのぼりである二人の目には新鮮に映る。二人は人の波に飲み込まれぬよう、しっかりと手を繋いで潮風香る町並みを歩いていた。


「見て、ミツバ。このペンダントは貴方に似合うんじゃない?」

「私には派手過ぎますわ、アンジェリカ様」

 ミツバに似合いそうな宝石や衣服を宛がいながら、市場に陳列された服飾を見繕うアンジェリカ。

 せっかく戦いから解放されたのだからと、買い物を楽しむつもりのようだった。

 これから続く長い長い旅を、過酷で無味乾燥な物としたくないとアンジェリカは考える。

 そんな主人の配慮をミツバの方も理解しており、二人はこの愛しい日常を楽しむつもりだった。


 買い物を楽しむ二人の背後から声が掛かる。

「やぁやぁ、ようこそお嬢さん方。薬は要らんかね?」

 二人が後ろを振り返ると、大きな籠を担いだ桃色の髪の女が立っていた。

 女は丁寧に詰められた瓶詰めの錠剤やクリーム状の塗り薬を手に持ち、一目で薬売りだと分かるいで立ちだった。

「あら、薬は間に合っていましてよ」

 物腰柔らかに、しかしはっきりと、薬は不要と告げるアンジェリカ。

「ありゃりゃ、そんなことを言わずに~」

 だがそれに引く商人ではない。商人というものは客が引いた分だけ距離を詰めてくるものだ。


 にしし、と笑う薬売りはあの手この手で自らの薬を売りつけようとする。

「これなんてどうですかい?お肌のケアを助ける塗り薬でさぁ」

「あらいいわね。おいくらかしら?」

「アンジェリカ様!」

 あっさり陥落しそうになるアンジェリカを窘め、ミツバは薬売りを遠ざけようとするが。

「そちらのお嬢ちゃんにはこのおしろいをあげよう。試供品だから無料だよ」

「そ、そんな、私は……欲しいです」

 年若い娘ならば誰しも憧れる化粧品を無料で貰えると聞き、ミツバも同じく陥落してしまうのであった。

「お二人さんは可愛らしいから、そっちの塗り薬も割引してあげるよ。ご贔屓にしてねぇ」

「もう、お上手なんだから」

 おだてられるままに薬を二、三種類余分に買ってしまい、後悔に頭を悩ませる羽目になったのは、薬売りの女が遠のき姿を隠した後であった。


 出航を告げる汽笛が鳴った。

 観光を存分に楽しんだアンジェリカとミツバが船に乗り込むと、すぐに港を出航した。

「ふぅふぅ、間に合ってよかったわねぇ」

「は、はぁ、そうですわね。これからはもう少し時間に余裕を持たせなくては」

 急いで走って来た為か、二人は息を切らしてその場に座り込む。

「次はどの大陸へ向かうのですか?」

 ミツバがそう訊ねると、アンジェリカは港で買った地図を広げた。

 地図は南北に長い緑の大陸の中央部と、海を挟んで西にある中央大陸周辺を示していた。


 二人は自分達の船室に荷物を降ろし、これからの旅路の相談をすることとなる。

「中央大陸の港に辿り着いたら、アースの村に向かいましょう」

 中央大陸とは、世界地図の中心に浮かぶ島である。

 島の中央にどこまで深さが続くか分からない程の大穴がぽっかりと口を開けており、その周りを森林と山々がぐるりと囲んでいるのが特徴だ。

 アースの村は、大陸の山間にある小さな村であった。

 空気は美味いがそれ以外の特色が無く、交通の便の関係で人が寄り付く程度である。

「アースの村で一晩休んだら、翌朝に砂漠の大陸へ渡るのよ」

 アンジェリカは地図の上の航路を指で伝った。

 砂漠の大陸には西風の街ホープという商業都市があり、アンジェリカの故郷ともコール・タールとも違う人々、商品、技術――様々な物が行き交っているそうだ。

 そこにはきっとアンジェリカの知らない人形劇のアイディアや、サーニャという名の死霊使いに対抗する術が存在する筈だ。


「観光はなさらないのですか?」

 ミツバが問う。

「行ってみないことにはなんともね」

 アンジェリカが答える。

 新たな物語を紡ぐイメージが湧き上がれば別だが、今のところアンジェリカはアースの村に滞在する理由は思いつかなかった。

 唯一の名所となりうるであろう大穴も、一般観光客の立ち入りを禁じられているらしい。

「そうね、居心地がよければ少しだけのんびりしていきましょう」

「わかりましたわ」

 これ以上語る事も無かったので、二人は船旅を過ごすことにした。

 水平線に落ちる夕日を眺めたり、夜空の星を数えたり、朝日を背に空を舞うかもめを見送ったり。

 退屈ながらも穏やかな船の旅行を楽しんだ。


 アンジェリカ達の乗る船が港町ディープブルーを出て三日目の朝、水平線の向こうに中央大陸が見えてきた。

「見てください、アンジェリカ様。あれが中央大陸ですわ」

「船旅は疲れたわね。早く降りて休憩をしたいよ」

 船が接岸され、乗船客がぞろぞろと降りていく。

 砂漠の大陸に向かう船は七日後に出航すると伝えられており、そのまま雪原の大陸の南側へと向かう旅行客を尻目に、砂漠の大陸を目指す乗船客一行は山の麓にあるアースの村へと歩を進めた。

「どっこいせっと。それじゃ、道中の荷物運びは頼んだわ」

 二人は木組みの馬、ヒッポカムポスに荷物を積んで行く。

 荷物を積まれたヒッポカムポスを鼻を鳴らすような動きを見せてやる気を示している。


 そんな二人に、一人の男が近づいてきた。

「随分と立派な馬だねー。君達のものかい?」

 アンジェリカとミツバが声に振り返ると、長い金髪を湛える褐色肌の男が愛想笑いを浮かべ立っていた。

 背中に一メートル半はある大きな剣を背負っている。恐らく冒険者なのだろう。

「いいでしょう?私の自慢の馬なの」

 自作の愛馬を褒められて悪い気がしないのか、アンジェリカは腰に手を当て鼻を鳴らした。

 そんなアンジェリカに咳払いを一つ。ミツバが代わりに応対をする。

「コホン。失礼ですが、貴方は?」

「あー、ごめんごめん。特に用事とかは無いんだ」

 男は両手を前に突き出し、ひらひらとさせた。

 ちょっと馬が気になっただけだよとにへらと笑っている。

「行きましょう、アンジェリカ様。ごめんあそばせ」

 話を強引に打ち切り、ミツバはぐいとアンジェリカの手を引く。

「あいたたた、ミツバ。大丈夫だってば」

「そうそう、ボクは全然怪しくないよ~」

 そう言って男は両手を挙げた。敵意は無いと言いたいのだろう。

 その様子は明らかに怪しさ満点のものであったが――

「君達、赤髪の道具使いでしょ?コール・タールの町を救ったって言う」

 男の放ったその言葉で、アンジェリカもミツバも足を止めざるを得なかった。


 道を歩きながら自己紹介をする三人。男は景山 大牙(カゲヤマ タイガ)(カゲヤマタイガ)と名乗った。

「自分は異界の出身なんだよ」と彼は言った。

 小枝を使って地面に描かれた文字は二人の知らない言葉だ。

 きっと彼の世界の言葉なのだろうと、二人は納得する事にした。

 この世界ではこれまでもいわゆる「この世界」と違った物が「異界」から流れ着くことがあった。

 それは単純な「物」であったり、「物語」であったり、稀に「異界の人間」や「駆動兵器」が突如この世界に現れることがある。

 それらは時間によって淘汰される事も多いが、ひょんなことからこの世界に定着する事もある。

 タイガが雄弁に語る岩戸に閉じ篭る女神を宴会で呼び戻す「アマ・D・ラストの永久夜」や、男神が妻の女神を地獄から助け出しに走る「凪と波と真実の愛」等の物語はアンジェリカの創作意欲を大いにかき立てた。


 続いてアンジェリカは自分の道具達の紹介もした。

 小さなのローシャ人形銃兵隊やぬいぐるみのオルトロスはすぐにタイガと打ち解け、カラッと明るい笑顔と愛想の良い人柄から、寡黙だが頼れるホックや心優しいエリーとは、

 また違ったタイプの好人物であるとアンジェリカは判断した。


「それで、タイガーさんはどこの国に向かうの?」

 単なる世間話の延長のつもりでアンジェリカは訊ねた。

 それに対しタイガは目を瞑り、顎に手を当てて唸り始める。

「ちょっとね。やんちゃなお姫様を村まで迎えに行くところなんだよ」

「お姫様!いいわね。私も呼ばれてみたいわ」

 両手を広げておどけて見せるアンジェリカ。

「あはは、ボクにとっては本当にお姫様みたいな人なんだよ」

 それが少し受けたのだろう。タイガの方も笑って返す。

 タイガが捜し求めている者は、スフィアという名の少女らしい。

 青い髪をツインテールにしたミツバと同じ年頃の娘で、少々勝気で皮肉っぽいが、タイガはそこを気に入っているとのことだった。

「ボクはしばらく村に滞在するから、もし見かけたら教えて欲しいな」

 そんな話をする頃には、アースの村は既に目前であった。


 アースの村に辿り着いたアンジェリカとミツバ。

 木陰揺らめく涼しげな風は、故郷の村を思い起こさせる。

 濡れた落ち葉を踏みしめて、二人は道を歩む。季節は既に秋に入ろうとしていた。

「いいね、この村。気に入ったわ」

「アンジェリカ様もですか? 私も同じ気持ちです」

 タイガと別れたあと、二人は懐かしい雰囲気を持つこの村を散策しようと決め、荷物とヒッポカムポスを宿に預け周囲を歩いてみる事にした。


 牧畜を中心としたこの村でアンジェリカの目を真っ先に惹いたのは、広々と取られた羊の放牧場だった。

 もこもこ、ふわふわとしたその容姿はなんとも愛嬌に溢れ、瞬くアンジェリカの心を間に奪ってしまう。

「可愛いなぁ、可愛いなぁ。ミツバ、アレが欲しいわ」

「うふふ、考えておきますわね」

 アンジェリカは、いつもミツバにぬいぐるみを作って貰っていた。

 道具として役割を与える必要のない、ただ愛でる為だけに作られた存在。

 手間ひま掛けて作った道具達を我が子とするなら、ミツバの作るぬいぐるみはペットのような物だった。

 どちらにせよ、愛すべき存在である事には違いは無かったが。


 二人が次に訪れたのは湖のほとりだった。

 娯楽の少ない村だからか、村の奥の方までやってくる者に物々しい格好をした冒険者は少ない。

 湖のほとりで昼寝をしたり、シートを敷き弁当を持参する者など、単にレジャーを楽しむつもりの人々が殆どだった。

「こんなところで、日向ぼっこをしながらお弁当を食べたら」

「ええ、とっても気持ちいいでしょうね」

 どうせなら、と二人はこの村の滞在を長めに取ることにした。

 そもそもアテの無い旅である。二人の取り決めに異を唱える者などいないだろう。

 元々通り過ぎるだけであったこの村に滞在を決めさせるほど、二人はこの村の雰囲気を気に入ってしまった。

 そう思わせてしまうほど、アンジェリカの身体は休息を無意識に欲していたのだった。


 旅の疲れはふとした時に圧し掛かる。

 草原にあお向けで眠りこけていたアンジェリカは、鼻の先がくすぐったくなって目を覚ました。

 寝ぼけたまま鼻の頭をくすぐっていた何かを払いのけると、ひゃっという声が上がり何者かが飛びのく姿がおぼろげに見えた。

「こら、いたずらをしてはいけませんよ」

 その誰かをたしなめるミツバの声が聞こえる。

 まなこを擦り目の前を見ると、舞い落ちた木の葉を摘む村の子供だろう。

 年のころ十歳ほどの男の子がこちらを興味深そうに覗き込んでいた。

「えへへ、ごめんなさい」

 見るからにやんちゃそうな男の子はバツが悪そうに舌をぺろりと出す。


 トキオと名乗るこの少年は、村長の息子であるらしい。

 長期滞在をするなら村長に挨拶をするべきだというミツバの提案で、トキオの案内を受けながら二人は道を歩いていった。

 旅芸人のような様相のアンジェリカが珍しいのか、道中でも「姉ちゃん達はどこから来たの?」「その人形なぁに?」などと質問責めに遭う。

 アンジェリカがそれに一つ一つ答えていくと、「へぇー、そうなんだ!」とトキオは一つ一つの返答にはしゃいでいた。

 人懐っこく活発な少年のようだ。


 アース村の更に奥まったところ。やや村の出口に近いところに村長の家はあった。

 家の前には天使アンジェラと思しき石像と、見知らぬ女性の石像が寄り添うように並んでいる。

 アンジェリカは、二人の女性像の前で跪き祈る人影を見つけた。

 青い髪をツインテールにしたミツバと同じ年頃の娘……アンジェリカは先程出会った青年、タイガの言葉を思い出していた。

「おおい、スフィア姉ちゃん!お客さんだぜ!」

 スフィアと呼ばれた少女はトキオの声に気付くと、答えるように手を振り返す。

「アンジェリカ様、あの方は……」

「ええ、きっと」

 タイガの探していたスフィアという少女に間違いないだろう。アンジェリカはそう確信した。




 ――空気が澄み、青空が高くなるこの季節。木の葉舞い散る、この小さな村で。

 後に勇者と呼ばれる少女スフィアと、勇者を影から支えた道具使いアンジェリカは出会いを果たしたのだった。

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