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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
一章【道具使いと巨人戦士ホック】
13/64

おまけ1 道具使いと子猫探し

 


「アンジェリカ、この通りだ。頼む!」

 そう言ってアンジェリカに頼み込むのは、ドワーフの冒険者クールだ。

 クールはベテランの冒険者で、彼女もよく世話になっている。

 ドワーフは手先が器用で力持ちな種族。小柄でずんぐりむっくりな姿に愛嬌がある。

 今日はそんな彼の頼みで、仕事の依頼を手伝う事になったのだ。


「さあ、皆。行ってらっしゃい!」

 アンジェリカはコール・タールの町中で、小人の人形兵達を一斉に放つ。

 ……冒険者の仕事は魔物の討伐ばかりではない。

 たとえば人探し・物探しのような、戦闘も無く町の中だけで完結するような依頼もある。

「悪いな、仕事手伝って貰っちまって」

「ううん、一人で探すのは大変でしょう?」

 今日の依頼は猫探し。クールが取ってきたこの依頼は、教会によく餌を貰いにやってくる野良猫の行方が分からなくなってしまったというものだ。

 アンジェリカのよく知る、小さな白猫。野良猫ながら人懐っこく甘えん坊で可愛らしい子だ。

 野良猫なので教会としても探す義務はなく、冒険者としても受ける義理は無いが――どうやら報酬の高さに釣られたようだ。

「この人込みの中で探すのがこんなにやりにくいとはな。お前が来てくれて助かったよ」

「あの子、子供達とも仲良くしてくれるのよ。だから私も心配なの」

「一応俺が取ってきた仕事だからな。報酬は折半……いや、お前が七、俺が三でいい。よろしく頼む」

 ドワーフの斥候クールは申し訳なさそうに、アンジェリカに軽く頭を下げる。

 こういう律儀な所は彼のいいところだ。アンジェリカは快く受け入れ、共に猫探しを始める事にした。


 といっても、彼女のすることと言えば人魚兵達の担当箇所を決めて連絡を待つことくらいだ。

 件の猫の姿を見かけたら人形に合図を貰い、現場に直行するだけの簡単なお仕事。

「連絡が来るまで、私達はお茶でも呑んで待ってましょう」

「お、おいおい……大丈夫なのか?」

 近くの喫茶店の露店テーブルに座り、紅茶を注文するアンジェリカ。

 クールはアンジェリカの態度に不安を覚えるが、あまりに彼女が自信たっぷりなのでとりあえず従う事にした。

 アンジェリカは先程と同じような人形を懐から取り出し、テーブルの上に置く。

「この子が連絡役よ。さあ、クールさんに挨拶をしてちょうだい」

 人形兵はクールにぺこりと頭を下げ、その場にぺたりと座り込んだみ、それきり動かなくなってしまう。

 アンジェリカの方はといえば、時折人形兵の頭を撫でたりしながら配膳された紅茶の香りを楽しんでいた。




 しばしの時が流れる。

 行き交う人々の流れを見守りながら、二人の腹の中には既に三杯の紅茶とサンドイッチが詰め込まれていた。

「……本当に、大丈夫なのか?」

 渋い顔をして、クールはアンジェリカを見上げる。

 短い足をぶらぶらさせて、指先でつんつんと人形兵をつついていた。

「もー、大丈夫だってば」

 信頼されているのかされていないのか、不安を訴えるクールにアンジェリカは不満顔だ。


 やがて人形兵が突如立ち上がり、何かを訴えかけるように路地裏の方に手を差し出した。

「……あっ、見つかったみたい」

 人形兵の一体が何かを――依頼の猫を見つけた合図だ。

「見つかったのか?……やるな、こいつら」

「もちろんよ。私の自慢の人形達だもの」

 自慢気に胸を張るアンジェリカ。

 それもそのはず、彼女の人形達はそれぞれが独立した思考を持ちかつ主人に忠実だ。

 数が多い為に人海戦術にも長け、また記憶を共用している為に連絡の速さもピカイチである。

 弱点があるとすれば小型な為に非常に非力である事と、おつむの方はよろしくないので、最終的な意思決定が主人にゆだねられる事くらいだろう。

 だがアンジェリカはそれでいいと思っていた。元々戦闘用の人形ではないので、簡単な雑用ができればいい。

 後は見た目が可愛らしければそれで十分なのだ。


「よーし、偉いぞお前達」

 アンジェリカは愛おしそうに人形兵の頭を撫でる。その姿は人形を愛でる普通の少女そのものだ。

 人形もまた、アンジェリカの愛情を受けて嬉しそうな仕草を見せる。

 アンジェリカは道具達を可愛がっていたし、道具達もまたアンジェリカを愛していた。

「さぁ、行きましょクールさん。猫はこっちよ」

「おう、任せたぜ」


 人形を肩に乗せたアンジェリカに先導され、クールも彼女の背を追う。

 路地裏を通り、草むらを抜け、塀を乗り越えて――

「お、おい、町を出ちまったぞ」

 ついに町の外へと出てしまい、慌て始めるクール。

 町の外は魔物の巣窟であり、前衛の戦士ではない二人だけで魔物に出会えばひとたまりもないだろう。

「これでよし、と。さぁ、猫を探しましょ」

 アンジェリカは人形兵を新たに呼び寄せ、周囲の警戒に当たらせた。




 温暖な気候の緑の大陸は、街道を少し離れれば緑溢れる草原地帯となっていた。

 背の高い草木によって周囲の視界は悪いが、人形兵が哨戒をしてくれるなら問題はない。

 猫の居場所は西へ向かって四半刻……街道を大きく離れ、海に面した場所のようだ。

「くっそ、こんなのいくら町を探しても見つからねえじゃねーか」

 草木を掻き分けながらクールはぶつくさと愚痴を言う。

「確かにそうよね。どうしてこんな……いたたっ、こんなところまで来ちゃったのかしら?」

 生い茂る草葉で擦り傷、切り傷を作りながら更に進むアンジェリカ。

 猫は何を求めてここまでやってきたのだろうか。この先にはもう海しかないというのに。


 最後の草を手で払うと、目の前には街道が左右に伸びていた。

 大陸の北と南を繋ぐ道。北に歩き続ければ導きの洞窟と呼ばれる山間のトンネルがあり、南には港町ディープブルーへと続く道がある。

 この国の石炭以外の資源は輸入に頼る部分が多く、この街道は大陸の外を内を繋ぐ大切な道だった。

「あっ、もしかしてあの子かな?」

 街道を挟んで西側に、猫の姿を見つけたアンジェリカ。

 子猫は高い木に登り、降りられなくなっていたようだ。

 猫はアンジェリカ達の姿を見つけるとにゃあと鳴く。魔物にでも追われたのだろうか。

「ようやく俺の出番か。任せろ」

 クールは手足を器用に使ってひょいひょいと登って行った。

 子猫を抱きかかえ、これまた器用に降りていく。子猫は暴れる事もなく大人しかった。


「よーしよしよし、怖かったわね」

 クールから子猫を受け取り、腕に抱いてやるアンジェリカ。

 無理に草原地帯を抜けて来たからか、綺麗な白い毛並みは土に汚れていたが怪我などは無いようだ。

 子猫はアンジェリカの腕に抱かれてもう一度にゃあと鳴く。つぶらな瞳がなんとも愛くるしい。

「手間掛けさせやがって、この野郎」

 クールもくしゃくしゃと子猫の頭を撫でていた。子猫はにゃあにゃあと、抗議をするように声を上げる。

 どうやらまだ帰りたくないようで、しきりに鼻先を西の方へと向けていた。

「わわっ、どうしたの?」

 小首を傾げるアンジェリカ。西の方にはもう海しか残ってない。

 あとはたまに大陸から船が訪れる波止場くらいだが、船の定期便もあまり多くはない。

 ディープブルーから訪れる船で観光客や労働者の移動も賄えるからだ。

「どうする?行ってみるか?」

 帰ろうとするアンジェリカに、子猫はいやいやと首を振る。

「この子もそこに行きたがってるみたいだし、仕方ないわ」

 すっかり諦めた様子のアンジェリカに、クールはくくっと声を殺して笑った。




 コール・タールの西の海岸線に、ぽつんと置かれた小さな波止場。

 港と呼ぶにはあまりに小さく、管理小屋も放棄されて久しい。

 人のいない寂れた木の桟橋。時折聞こえる波の音とにゃあにゃあとなく鳥の声が空しく響いていた。

 子猫は相変わらずにゃあにゃあと鳴いている。どうやら場所はここで合っているようだ。

「こんなところに何があるんだろうね」

「なぁ、そろそろ帰ろうぜ」

 周囲をきょろきょろと見渡してみるが、広がるのはやはり波打つ海ばかりだ。

 ついにしびれを切らしたクールが声を上げる。

 確かにここは町の外であり、長居するのはあまり良くないだろう。

 見れば町を出る頃にはまだ高かった太陽が、既に西の空に沈み始めている。

 アンジェリカ達が帰ろうと踵を返したその時――


「おお、あんた達。こんなところでどうしたんだい?」

 後ろからしわがれた声が掛かった。

 突然の声に驚き振り向くと、そこには釣り竿を担いだ老人の姿があった。

 年の頃は五十、六十と言ったところだろうか。日除けの傘を被りニコニコと人の好さそうな笑顔を向ける。

「私達、冒険者です。この子を追ってここまで来たんですけど……」

 目の前の老人に子猫を見せると、老人はぽんと手を打った。

「おお、おお。あの時の白猫の坊やか。あの魚の味が忘れられなかったんかのう?」

「あんた、釣り人なのか?こんな魔物がいつ出るか分からん所に……」

「うむ。ここは人が来ないからよう釣れるでの」

 言うが早いか、老人は海に向かい釣り糸を垂らす。

 するとすぐさま魚が掛かり、瞬く間に釣り上げてしまった。


「わっ、すごい」

 アンジェリカが声を上げる間もなく、老人は釣り上げた魚を背中に担いだ道具を使って焼き始める。

 手始めに一尾焼き上げると、その魚をほいと子猫に差し出した。

 子猫はアンジェリカの腕から飛び出して、焼き魚をむさぼり出す。

「魚は釣りたて焼きたてが一番旨いからのう。この味を知ったらもう町の魚が喰えんわい」

「いいなあ。私にも一匹貰えますか?」

「二Eur.じゃ」

 老人は微笑みを湛えたまま右手を差し出す。そういう所はちゃっかりしているようだ。

 アンジェリカはしぶしぶお金を支払うと、老人はまたあっという間もなく釣り上げて焼き上げた。

 町でもよく見る白身魚に、たっぷりと粗塩を振りかける。

「おいしい……」

 釣りたて故か脂もぎっしりと詰まっており、一口食べるだけで幸福感がアンジェリカの中をじゅわりと駆け巡った。


「お、おい、爺さん。俺にも一匹釣ってくれ」

「五Eur.じゃよ」

 たまらずクールも声を上げた。

 老人はにやりと白い歯を見せ右手を差し出すと、先程と同じように金銭を要求した。

「なんで俺だけ高いんだよ」

「沈む夕日を肴に一杯どうかね」

 不満の声を上げるクールに、老人は白い陶器製の酒瓶を片手ににやりと口元を上げる。

 それはとっくりと呼ばれる異界の道具らしい。この老人はどうやら異界人のようだ。

「……なるほどな。付き合うぜ、爺さん」


 こうして二人の男の酒盛りが始まった。……一人の少女と一匹の子猫を置き去りにして。

「もー、クールさん。お仕事中じゃなかったの?」

 放った人形兵を回収しながら、アンジェリカは二人に不満を漏らす。

 このクールという男、どうにも酒には目が無い。

 甘い酒、辛い酒、熱い酒、冷たい酒――どれも等しくご馳走だそうだ。

 酒場で取っているクールの部屋には、いつも酒瓶が転がっている。

 時には彼の部屋を掃除する依頼が酒場で張り出される事もある。

「なんだよ、旨い酒が目の前にあるのに帰れってお前は言うのか?」

「クールさんったら。もう知らないわ」

 こうなってしまえば取り付く島もない。満足するまで酒を呑ませ、酒盛りが終われば自分で帰ってくるだろう。

 アンジェリカは子猫を抱え、魚をくわえたままの子猫を抱き上げてその場を立ち去った。


 とっぷりと日が暮れた後にも、西の空は魚を焼く焚火の火が赤々と燃え続けていた……。




「ってことがあったのよ。困った人よね」

「それは災難だったねえ」

 結局、子猫はアンジェリカ一人で連れ帰ってきた。

 日が暮れていたので届けるのは翌朝に回し、現在に至る。

 事情を聴いた酒場の店主は大層おかんむりで、朝帰りをしたクールに散々お説教をしたあとしばらくの酒禁止令を出した。当のクールは二日酔いで自室で唸っているそうだ。


「あの人の酒癖の悪さには困ったもんだね」

 そう言って笑うのは教会のドワーフのシスター、エリーだ。

 クールの酒に対する執着はこの町では有名で、彼の起こした酒に関わる問題は大体の町の人間に知られている。

 これで町一番のベテラン冒険者なのだからおかしな話である。

「じゃあ、これは今回の報酬。子猫の事はありがとうね」

 アンジェリカは報酬にいくらかのお金と、二日酔いの薬を受け取った。

 これをクールと折半するのだが、これは依頼を紹介した件と猫を助けた分を合わせて四割ほど渡しておけばいいだろう。

 依頼を放置して酒盛りをしていた男には十分だ。


 子猫はシスターに引き渡され、依頼は完遂となる。

 子猫とシスターに見送られながらアンジェリカは酒場へと足を向けた。

「それにしてもあのお魚、美味しかったな」

 昨日の焼き魚の味を思い出して、アンジェリカは思わず生唾を呑む。

 この世界にはちょっとおかしな、けれど面白い人がもっとたくさん居るのだろうとアンジェリカは思った。

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