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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
一章【道具使いと巨人戦士ホック】
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01-10 決着!肉の傀儡



 アンジェリカの両親を殺害し、村を焼いた男。教会の孤児ネックスをアンデッドに作り変え、町の襲撃を企んだ男。

 そんな悪逆を尽くした死霊使いデードスでさえ、サーニャを名乗る何者かによる肉の傀儡に過ぎなかった。

 かつてデードスであった青肌の四本腕の怪物は、巨体ではあるが、ホックに比べれば大人と子供の差ほどはあった。

 しかしその身から放たれる黒い威圧感は空気を震わせ、乱暴に腕を振るう度、風圧の刃がホックの鎧に決して浅くない傷を付ける。


「おっと、煽り過ぎちまったかな」

 怒りに狂うデードスの意識はホックに向けられている為、その凶刃が他の仲間を襲う事が無かったのは救いである。

 だが、それ故に隙が無い。ホックは斧を構えるが、絶え間なく打ち込まれる風圧の刃を防ぐ事に追われ、なかなか攻勢に出る事ができない。

 それどころか、容赦なく襲い来る刃はホックの身を切り裂き、巨人族の無尽蔵とも思われた体力を少しずつ。だが確実に削り落として行った。


 巨人族は、文字通り無敵の存在である。

 硬質化した筋肉は生半可な刃を通さず、力自慢の重いハンマーの一撃も体の内側に響かない。ゴブリン等の魔物の攻撃など掠り傷にもならず、斧の一振りで蹴散らされていく。

 普通の人から見れば強固な鎧も、兜でさえも。ホックから見れば薄くペラペラな、身を飾る装飾品でしかない。

 かつての巨人族はこの強靭な身体によって、この世を支配した時代があったかもしれない。

 しかし現代の巨人族の多くの人柄が「大らか」「穏やか」の一言二言で済む者が多いのは、「強すぎてつまらない」事を潜在的に理解しているからかもしれない。

 小さな人間やドワーフが起こす厄介事など、巨人族の指先一つでひっくり返す事ができる。

 対等に戦えるのは、それこそ過去の遺産。駆動兵器のみ。そんな彼らは、この世界のバランスを崩す存在だと言える。

 だが、目の前の怪物にそのような理屈は通用しなかった。


「いってぇ……」

 ホックにとって、痛みとは父親の拳骨の事だった。

 子を想うが故の説教、受け入れない我が子への一撃。愛情がこもっている為、不満はあるが決して反抗しなくてはならない類の物ではない。

 逆に目の前から迫る刃は、それとは全くの正反対に位置するものだった。

 相手の命を刈り取る事だけを目的にした物。振り回されるままの暴力。決してそれを受け入れてはならない。反抗し、打ち破らねばならない。

「ちっくしょうめが……」

 それを確信したホックは、身を切りながらも前に進む事を選んだ。一歩ずつ、確実に足を前に出していく。その度に、お気に入りの鎧が切り裂かれていく。

 それでも避けて歩く選択肢は無い。避ければ後ろで倒れている者たちをズタズタに切り刻んでしまうだろう。


 一足の距離まであと数歩。ほんの少しの距離まで、身を切られながら進む。近づけば近づくほど敵の攻撃は苛烈になり、致命傷を受ける前に攻撃を仕掛ける事は難しい。

「ホックさん」

 攻めあぐねるホックは、不意に声を掛けられる。聞き覚えのある声はアンジェリカのものだった。


 振り返る事は出来ない。恐らくホックの足元で身を隠しているアンジェリカは、ホックが足をどけたその直後に、風圧の刃で切り刻まれてしまう可能性が高い。

「おう、動けるか?」「なんとか」

 そう答えるアンジェリカの息は荒い。まだ毒が抜け切っていないのだろうか。

「何人動けそうだ?」「私と、クールさんと向こうの魔道士さん」

 アンジェリカを始めとした、残りの七人も万全とは言い難かった。

「聞いて、ホックさん」

 アンジェリカは、デードスの後ろががら空きである事を指摘する。ドワーフのクールような小柄な者を後ろに回りこませ、アキレス腱を切る作戦だ。

 真正面から戦う事が出来ない大きな相手は、転倒を狙う……単純だが有効なものだ。

「あれと真正面からやりあえるのは、ホックさんだけだから。頼っていい?」

「そうだな。帰ったら、飯を奢れよ」

 アンジェリカの頼みごとに、ホックを冗談で返す。肯定の合図だった。


 ドワーフのクールが合図と共に、駆け出す。その様子を見てデードスがそちらに注意を向けると、

「おう、おう、そこの木偶の坊さんよ!お前の相手はこっちだぜぇ?」と、ホックが挑発しつつ前に出る。

 デードスがホックに向き直り、変わらず風圧の刃を打ち出した。

「ホックさん!!」「いいから後ろに隠れてろ!!」

 アンジェリカをぴしゃりと叱り付け、デードスとの距離を詰めるホック。

 デードスがこちらの意図に気付いていようが、いまいが関係は無かった。奴がクールを攻撃しようとするならば、ホックが寄って両断するだけだったからだ。

 少なくともホックはそのつもりであった。しかしそれは、唐突に打ち崩された。


 デードスの口元から濃密な紫色の霧が噴出される。勢いよく吐き出されたそれは、先ほどの毒を何倍にも濃縮した物。突如として眼前に噴き掛けられたホックはぐらり、と力が抜け膝をつく。

「ホック!!」

 うずくまったホックにクールが意識を向けてしまう。それが命取りだった。振り払ったデードスの腕が、小柄なクールを容易に吹き飛ばす。

 否。攻撃を受ける瞬間、剣を構え直撃を避けた。

「ちっ……シスター・エリー。ホックの治療を頼む!」

「わ、分かったわ」

 駆け寄るエリーに、風圧の刃は容赦なく降り注ぐ。その刃をオルトロスの炎が受け止めようとする。だが。

「ぐっ……」

 アンジェリカの精神力も限界に近かった。受け止め切れなかった刃はホックを掠め、地面を抉った。

「ホックさん、動かないで」「すまねぇ」

 先ほどと同じように、エリーが解毒の呪文を掛ける。以前の毒と同じ物であるが、濃縮された毒はホックの身体を地面へと強く縛り付けていた。

「大丈夫だ。もう動ける」

 自らを縛りつける重力を撥ね退け、立ち上がるホック。しかしその足取りは先程までより覚束なく、頼りないものだ。

「せめて、せめてアイツの動きを一瞬でも止められたなら」

 エリーの願いは誰に届く事無く、空しく掻き消えた。


「あんな化け物、どうすりゃいいんだよ……!」

 もう片方のパーティのメンバー達は、眼前の戦いに恐れ慄いていた。

 このパーティは、コール・タール一番の冒険者達だった。

 斥候の青年はクールにひけを取らないすばしっこさを持つ。剣の腕前もなかなかの物で、この辺りの魔物なら軽くあしらう事が出来た。

 魔道士の少年は、この世界では珍しい攻撃魔法の使い手。威力は高くないがバリエーションに富み、十年に一度の逸材と呼ばれていた。

 神官の男性は、教会の次期司祭と噂された徳の高い人物だ。回復呪文はエリーよりも上手で、高位な解呪や破邪の呪文を扱う事ができる。

 リーダーの剣士は、ホックのよき友人だった。ホックと共に仕事をした事もあった。剣の稽古の相手もした。打ち解けあい、朝まで酒を飲み交わした事もあった。互いに、気の置けない友人であると自認していた。

 いずれも、国が誇る実力溢れる戦士達だった。


 けれど。それでも。目の前で暴れる邪悪な魔物を見て自分達の力が敵に一切及ばない事に気付いてしまった。

 実力がある故に。才能がある故に。敵がこの世の生物ではない。次元の違う存在である事を知ってしまった。

 こんな奴は相手にしてはいけない。逃げ出したい。そう思っていた。


 アンジェリカ達は「ある意味」で愚かであった。実力の差を見る事が出来ない。あと一押しがあれば倒せると心から信じていた。

「助けて!!」

 故に、アンジェリカは叫んだ。


「う、うわああああああッ!!」

 魔道士の少年の炎の魔法が、デードスの腹に突き刺さる。

 逃げ出せない。逃げ出せるわけが無い。デードスは強い。恐ろしい。まともに戦ったら殺されてしまう。

 死んでしまえば本物の死霊使いにアンデッドにされてしまうかもしれない。

 しかし、こいつを野放しにしては。万が一外に出してしまっては。その凶刃はコール・タールに住む両親に。恋人に。友人に。子供達に。必ず向けられてしまうだろう。そんな事は絶対に阻止したかった。

「ずええええいッ!!」

 魔道士の少年に向けられた風圧の刃を、リーダーの剣士が剣で受け止める。続けざまに放たれた刃は、オルトロスの炎で相殺されていく。

 斥候の青年はこの虚を突き、クールと共にデードスの後ろへ回り込んだ。

「いくぞ、クール。いっせーのっ!!」

 デードスのアキレス腱へ同時に繰り出されるに剣の一撃。切れない。

「せーのっ!押し込め!!」

 ダメ押しのもう一撃。今度は手ごたえを感じた。身体を支える足を斬られ、デードスの身体のバランスが大きく崩れた。

 ぐらり。デードスが後ろ向きに傾く。打ち出される風圧の刃が、標的から斜め上へと逸れる。

「今です!エリーさん!!」「はいっ!!」

 神官達の唱えた聖なる呪文は光の束となり、デードスの動きをわずかだが封じる。デードスは身の自由が利かず、戸惑いに身を捩った。


「遅ぇッ!!」

 拘束できたのはほんの一瞬。しかし、ホックにはそれで十分だった。

 上段からの唐竹割りが、苦し紛れに打ち出された風圧の刃ごとデードスの身体を力任せに両断した。真っ二つに分かたれたデードスの身体は二、三回ほど痙攣したのち、ぴくりとも動かなくなる。

 死霊使い・デードスは、咆哮を上げるまもなく地に倒れ伏し――絶命した。



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