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道具使いアンジェリカ  作者: ろん
一章【道具使いと巨人戦士ホック】
1/64

01-01 その名は、道具使い

 


 火の弾ける音が聞こえる。視界が真っ赤に染まっている。喉に絡みつく煙と鼻をつく薬品の臭いが、少女にこの異常事態を報せていた。

 燃え盛る村を人が力無く歩いている。ある者は頭が無い。ある者は皮膚が溶け崩れている。

 いずれも、もはや生者ではない。火に焼かれ、腸を食われ、頭蓋を落とされた死者が邪な力によって目覚め徘徊するばかりだった。

 炎の中心に男がいた。二メートルに近い巨体の男。フードからかすかに見える青髪と緋色の眼光。

 男がこちらを向いて笑ったように見えた時、またも少女の視界が赤く染まった。

 それは皮膚を焼く炎なのか。身体の中で脈打つマグマなのか。どちらにしても、彼女にとっては変わらない。



 変わり果てた姿となった親しき者から流れていたそれは、災厄から一年経った今も、確かに彼女の心を焼き焦がしているのだから。





 炭鉱城塞コール・タール。世界有数の大きな、大きな鉱山の山脈を有する国。

 石炭、煙草、ダイヤモンドなど様々な贅沢品を大量に生産し、世界中に輸出することで一大国家を築き上げている。

 そんなコールタール城下町の広場で、赤い髪の少女による小さな人形劇が行われていた。

「こうして――勇者と天使は大魔王を倒し、世界に平和が戻ったのでした」

 おしまい。演者の女性の掛け声と同時に

 剣を持った勇者の人形と赤い髪の天使の人形がくるりと回っておじぎをすると

 人だかりからぱちぱちと、まばらに拍手が挙がった。

「次回が最終回だから、次もまた見に来てねぇ」

 演者と共に人形達が手を振ると、聴衆は皆一様に笑顔を見せながら各々の家路へと帰って行った。

 最後に残されたのは、演者たる赤い髪の少女と、彼女に付き従う人形達ばかりだ。


「ひぃ、ふぅ、みぃ……うん、結構稼いだね」

 人だかりが去り、中央広場から宿屋への帰り道。一つの赤が町を往く。

 先ほどの人形劇の演者アンジェリカは、おひねりとして貰ったEur.(ユール)銀貨を数えていた。

「宿代には十分だけど、パスを買うにはまだまだねぇ」

 トレードマークの赤い髪おさげにして、耳を掻きながら一人ごちるアンジェリカ。

 背中には様々な人形や、手入れの道具をリュックに背負っている。

 コール・タールで発行されるそれは乗船フリーパスでもあり、月に僅かな金銭を払うだけで船に乗り放題という厚遇を受けられる。

 相方と共に世界を旅するアンジェリカにとっては必需品だが……。

「ミツバには苦労を掛けそうね」

 手に残ったお金をちらりと見やり、彼女は一つため息をついた。


 コールの宿屋。大通りのはずれにあるこの小さな酒場は、場末故に荒々しい客も少なくとても静かな場所だ。

 町の喧騒に追われた初々しい冒険者たちでも、食事を楽しめるそんな場所であった。

 たとえ小さな村から出立した田舎の小娘であっても、この町で暮らす事に何の不自由も無かった。

「おじさん、オムライスとジンジャーエールね」

 田舎娘のアンジェリカは、酒場のマスターの目の前に陣取ってしまう。

 図々しいともとれるその態度だったが、パイプを吹かした髭のマスターはアンジェリカを一瞥し、出来立てのオムライスとキンキンに冷えたジンジャーエールを差し出した。

 アンジェリカはグラスを手に取り、一口付けると

「やっぱり、一仕事終えた後の一杯は最高ね」

 とうっとりする。少女の姿に、マスターも周りの客も苦笑いを隠せない。

 そんな周りの様子も露知らず、スプーンを片手にアンジェリカはディナーを楽しんでいる。

 オムライスをぺろりと平らげ、空腹を満たしたのを確認すると、アンジェリカにマスターは声を掛けた。

「食ったんならさっさと部屋に戻るんだぞ。向こうで嬢ちゃんが待ってるからな」

「ん、すぐに戻るわ」

 嬢ちゃんとは、アンジェリカの相棒であるミツバのこと。年は十五歳そこそこの、彼女にとって妹のような存在だ。

 二人は訳あって生まれ育った村を出て、冒険者とも旅行者とも付かない生活を続けている。

 一杯あおって上機嫌になったアンジェリカは千鳥足のままふらふらと自室へと戻って行こうとするが、ふと思い出したように掲示板に貼ってあった一枚の依頼書を破り、マスターの前へと見せ付けた。


「おじさん、これを受けたいわ」

 少女が見せつけた紙とは『ゴブリン退治の依頼書』だ。

 ゴブリンとは、人類と敵対する最も弱い魔物。故に、ゴブリンは初心者冒険者が最初に戦うべき相手とされているが……。

 さすがにこれにはマスターも眉を顰めずにはいられない。

「前にも言ったろう。こいつはお前さんみたいな世間知らずなお嬢さん。ましてや、一人でいなせるような相手じゃないんだよ」

「そうだぞ、お前みたいなのはおとなしく人形劇をしていればいいんだ」

「俺、あんたの人形劇好きだぞ!」

 苦言を呈すマスターに、周りの客も同調して声を上げる。その殆どは善意からくる心配であった。


 アンジェリカ・ラタトスクは、二週間ほど前にこの宿に登録された新米冒険者だ。

 職業は「道具使い」となっており、懐に隠した人形や武器で戦うというものだ。人形を扱う職業がどういった物かはマスターも理解している。

 高度に習熟した指先を使い、人形を巧みに操り戦う技巧型の戦士。しかしそれは前に出て術者を庇いながら戦う、いわゆる壁役の存在が前提である。

 なぜなら、人形遣いの本性は一般人や魔法使いと大差のない非常に脆い存在だからだ。狂暴な魔物の攻撃を受ければ瞬く間に殺されてしまうだろう。

 冒険者とは決して使い捨ての道具ではない。国によって認可された正規の労働者である。この酒場が正規の店である以上、年若い娘を魔物と一人で戦わせ訳にはいかないとマスターを始めとした酒場の男達は考えていた。

「私のことを心配してくれているのね」

 そんな彼らの心配をよそに彼女は不敵な笑みをこぼす。

「でも大丈夫。私には百の味方がいるのよ」

 明日、行くから。それだけ告げてアンジェリカは自室へと戻って行く。残されたマスターとお客たちは、困ったように顔を見合わせた。


 夜、静まり返った宿の一室。毛糸、布切れ、色とりどりのぬいぐるみ。せっせと裁縫活動に勤しむ少女の姿があった。

 少女の名前はミツバ。アンジェリカと共に生まれ育った村を出て手作りのぬいぐるみを売ることで二人の生計を助けている。

 薄く青い、短く整えられた髪を払い縫い上げているのは、明日、売りに出す予定の双頭獣オルトロスのぬいぐるみ。本来は恐ろしい魔物とされているが、フェルトで作られたそれは愛くるしいペットのようにさえ見えた。……なお、こういったぬいぐるみは男の子受けがいい。

 出来上がったぬいぐるみを胸に抱え、主人の帰りを待つミツバ。待ちきれずうとうとしようとしたところへ遠慮の無いノックの音が響く。


「ただいま、ミツバ。……もう寝ちゃった?」

「アンジェリカ様? いいえ、まだ起きていますわ」

 眠い目を擦り、ミツバはアンジェリカを甲斐甲斐しく迎えた。

「食事は済ませたのでしょう?明日に備えてもう寝なさいな」

「明日に? もしや、魔物退治に向かわれるのですか?」

「うん、ゴブリン退治にね」

 寝巻きに着替えながらあっけらかんと答える主人に、ミツバは目を見開き言った。

「そんな。わざわざ危険な事をなさらずともミツバは……」

「心配はありがたいわ。だけど、ここでちんたらしていられないの」

 ミツバを優しく諭すアンジェリカ。腕を放さない妹の背中を抱きとめ、頭を撫でてやると彼女は何かに怯えたように小さく身を固くして。その様子がなんとも愛おしくて、心のままに自分より少し幼い彼女の背中をぽんぽんと叩いてやる。


 ふと、アンジェリカは一つのぬいぐるみに目を付けた。

「ミツバ、そのぬいぐるみは?」

 ミツバが縫っていたオルトロスのぬいぐるみである。

「ああ、それは明日の商品にするつもりだったのです」

 そう聞くと、アンジェリカはにやりと口元を緩める。

「じゃあ、私がそれを買い取るわ。おいくらかしら?」

「アンジェリカ様……その、もしかして?」

 アンジェリカの考えに感づいたミツバは、じっと彼女の顔を見つめている。

「ええ、ちょっとしたお守りに。いざという時には彼に守ってもらいましょう」


 翌朝、アンジェリカは驚きと怒りの声を上げる。

「おじさん、これはどういうことかしら?」

「どういうことも、そういうことだ」

 アンジェリカが問い詰めるも、酒場のマスターは依然として、憮然とした表情を崩さない。

 彼の傍らには、アンジェリカの二倍の体躯はあろうという大男。それも、大きなバケツのようなフルフェイス被る、なんとも怪しい大男が立っていた。全身を纏う金属製の鎧をガチャガチャと揺らし、背中には大木も一撃で両断してしまいそうな鋭く巨大なオノを背負っている。

「お前さんのことはこいつに護衛して貰うことにした。見た目は怪しい男だが信頼ができる」

 マスターは口元を歪ませ、隣の大男の足をごつんと小突いた。

 アンジェリカが人形使いであるならば、その戦い方を活かす為に彼女を守る為の護衛を付けよう。巨人族の大男――ホックはまだ年若いが有望な戦士であり、コンビを組ませれば近い将来高い成果を挙げるだろう。

 それが彼が一晩考え抜いて出した結論であったようだ。


「おやっさん、そいつぁねぇよ……」

 ところが彼の思惑とは裏腹に隣にいる大男、ホックから抗議の声が上がる。見た目どおりの体躯から発せられる、太く野太い声だ。

「こんな華奢な娘一人を連れて魔物退治だ?おやっさん、冗談はよしてくれ」

「確かに金に困っちゃいるが、こんな細腕のお嬢さんを連れて取り分まで折半なんてできねぇよ」

 久々の仕事で組まされる相手が自分の半分もない、華奢な若い娘な事に不満を抱いているようだ。

「聞いてないわ、こんなの。取り分が減っちゃうじゃないの」

 アンジェリカの方もたまらず声を上げた。マスターはもちろん彼女の心配をした上での判断なのだろうが、それは彼女の冒険者としての実力を疑う事に他ならず、結果として強い不満を漏らす事になる。

「この宿からいたずらに死人を出したくないからな」

 マスターは二人の抗議の声を無視して続ける。

「依頼は南の街道のゴブリンの群れ退治。数は四十で報酬は五百Eur.」

「準備金はこれとは別に五百Eur.だ。仲良く折半してくれよ」

「おじさん!」「おやっさん!」

 更なる抗議を続ける二人に、マスターは煙を漏らし、パイプの制裁を加える。こつん。ごんごん。酒場に軽快な音が響いた。

「……あんまりうるさい様ならこの仕事自体を別の連中に任せる事にするが?」

 ぐうの音も出ない正論をぴしゃりと言われてしまった二人は、思わず顔を見合わせることとなった。



「で、馬を借りたって訳か」

「ええ。二日で五十Eur.なら安いもんだわ」

 コール・タール南の街道を荷馬車をゴトゴト鳴らしながら、アンジェリカと巨体躯のバケツ男ホックは二人で街道を南に下っていく。

「もう一度確認するぞ、敵さんの数は四十だ。奴らを二人で倒し、数の多い方が取り分も多い。いいな?」

「構わないわ」

 巨大な斧にフルプレートメイル、そしてフルフェイスを被ったホックに対しアンジェリカは村人の普段着に胸に提げた法螺貝一つ。リュックサックの中に金づちや錐などの鈍器、刃物こそ持ってはいるが、いずれも戦闘に適さないものだ。

 アンジェリカ達は話しながら、周囲の様子を伺う。

 この街から鉱山へと続く街道は一見何もない平原のように見えるが、よく目を凝らすと岩陰やまばらにゴブリンの斥候が身を潜めて隠れている。

 数は三十、否、四十。聞いていた通りだ。人とは違う鋭い瞳は爛々と輝き、しわくちゃとなった顔が奴らの陰湿さをよく表している。

 普段は魔物の出現が少ないこの街道で、油断した荷馬車を襲うつもりなのだろう。殺気を隠しもせず、襲撃の機会をうかがっているようだ。

「これで彼らをおびき寄せるから。そしたら戦闘開始よ」

「応」


 アンジェリカは大きく息を吸い、法螺貝に息を吹き込む。

 身を震わすような振動音――空気の擦れる音が遥か遠くまで響き渡った。法螺貝の音と同時に斧を構えるホック。戦いの合図だ。

 ゴブリン達が一斉に駆け出し、二人の命を奪わんと棍棒を振り上げる。

「さぁ、掛かってきやがれ雑魚どもォ!!」

「出番よ、私の道具たち!!」

 アンジェリカの掛け声と共に、馬車が揺れ動き十、二十の人形の小さな兵隊たちが銃を掲げて隊列を作っていった。

 馬車だけではない。彼女のリュックから、スカートのポケットから、帽子の中から、次々と黒い帽子を被った人形たちが飛び出していく。その様子の余りの異様さにホックは思わず駆け出す足を止めるが、無論、構えは解かない。

「三列横隊!弾丸装填!」

 アンジェリカの号令で人形たちは一斉に銃弾を込め出す。そうしている間にも、ゴブリンたちの群れは勢いのままこちらに向かってきた。

「撃てーーーーっ!!」

 号令と同時に発生する破裂音。発射された弾丸は次々とゴブリンたちを射抜いていく。

 不意を打たれたゴブリン達は悲鳴を上げながら武器を取り落とし、その命を無残にも散らしていく。まずは一手。順調な滑り出しだ。


「……百の味方、ねぇ」

 マスターに聞かされていたこの言葉。自分たちの前で整列する人形の一群。そして斉射される銃弾によって成すすべなく倒されていく魔物たち。

 ただの小娘と侮っていた自分を、ホックは恥じていた。しかしこの程度で驚いていては、戦士としての名が廃る。

「なるほど、大口を叩くだけのこたぁあるじゃねぇか。だが」

「負けてらんねぇよ。なぁ?」

 ホックは改めて斧の柄を握りなおすと、まだまだ残っているゴブリンの群れに飛び掛って行くのであった。



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