8 予定調和の寸劇
「んああぁー! 負けたあぁ!」
「ほれほれ、罰ゲーム、ロシアンおにぎりだ。どっちがいい?」
「もう激辛だけで当たりは残ってねーけどな!」
「お前らもっと静かにしろよ」
「あ、部長もやります? 大富豪」
「試合に向けて集中してんだよ」
「女マネの写真見てるだけじゃないスか」
「これが一番集中するのにいいんだよ」
「…………」
知結は冷めた顔でバス最後尾の座席から男子達の騒ぎを眺めていた。
うんざりと辟易する。このやかましさはまるで遠足に行く小学生のようだった。
もっとも、この部員達が特別幼いという話でもないだろう。非日常的なイベントはちょっとした行楽気分にさせる。大人になってもはしゃぐ事はあると理解していた。
だから知結の憂鬱にはまた別の理由があった。
具体的に言えば、彼女の真横の席に。
「なんで先輩達も居るんです? 練習試合は男子だけって話でしたよね?」
「おいおい、先輩を邪魔者扱いなんて酷い後輩だな。別に居ても問題無いよなー、ぷちゃにょ?」
「二人共そういう態度は良くないのです。もっと仲良くするのです」
刺々しく見詰める知結とまともに取り合わない光利を、蒔愛が柔らかな笑顔でなだめる。その様は喧嘩する園児を見守る保母のようで、目にした知結は己の行いを反省した。
知結が唐行に相談してから時は過ぎ、連休中。競技ケイドロ部の練習試合に向かうマイクロバス車内のやりとりである。
今回の練習試合の相手は泉刻高校。
県外ではあるが互いに県の端の方にあるので、県内のケイドロ部がある他高校より近い。
だから交流も多く、練習試合は毎年恒例のものだったらしい。しかし今年の女子チームは人数不足の為に取り止めになったと聞いていた。だから知結は二人の先輩の存在を不審がっていたのだ。
「試合は無くても腐れ縁はいるからな。顔見せみたいなもんだ」
「……本当にそれだけなんですね?」
「信じられないのか? 人を疑ってばっかの人生なんて虚しいモンだぜ?」
「鍛えたのは先輩ですからね?」
「いーや、違うね。チューちゃんは元々やさぐれてただろ。天性の資質じゃねえか?」
「人のせいにしないで下さい」
「カリカリすんな。ほれ、蜂蜜レモン食うか? うまいぞ?」
光利は自分もつまみながらタッパーごと薦めてきた。
先輩二人は他にもおにぎりやバナナなど、いかにも運動部らしい品々を用意していた。多くは蒔愛の手作りだ。栄養食の知識や技能があり、以前から男女含めたケイドロ部全体は世話になっていたらしい。
「いえ、私選手じゃなくてマネージャーなので」
興味があったものの知結は断り、脱線させてはぐらかすばかりの光利から企みを聞き出そうと警戒し続けるのだった。
「本日はよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ。わざわざ遠いところを」
バスに乗り二時間程度。練習試合の相手、泉刻高校に到着した。
豊乃森よりも規模が大きく、設立も古い。広い敷地のあちこちから質実剛健な校風が感じられる。伝統あるスポーツの名門校だ。
まずは顧問の先生同士が挨拶を交わした。二人共専門外、ほとんど名ばかりの顧問である。
ここでもケイドロ部はマイナーな弱小勢力であった。
「この貴重な機会、存分に活かさせてもらいます」
「ああ。実りある練習試合を期待する」
「相変わらず固いですね。部長らしいと言えばそうですけど」
「む。たった数ヵ月で変わるものでも無いだろう」
続いて唐行と相手のキャプテンの握手。
確かに顔見知りらしく、和やかな会話からは敵対心が薄いように見える。しかし顔つきからは、互いに静かな闘志めいた雰囲気もまた感じられた。
そして次は女子のキャプテン同士。
いきなり相手方が人差し指を突き付けながら声を張り上げてきた。
「雨園光利! 今日こそは私達が勝利致します。首を洗って待っている事ですね!」
「お? お前まーだそのキャラ続けてんの? いい加減素で喋れよ」
「ちょっ、先輩!」
無礼な光利の物言いに体を強張らせる知結。流石にアウェイでもこの態度だとは思わなかったのだ。
相手方のキャプテンも唇の端をピクピクさせながら応じる。
「キャラとは一体何の話でしょう? 私は決して己を偽ってなどいませんわよ? そちらこそ野蛮な言動を改めた方が良いのでは?」
「いや、そういうのいいから。今の方がスベってて恥ずかしいぞ?」
「口が減りませんわね。仕方がありません。結果で黙らせてみせましょう」
「へっ。やれるもんならやってみな!」
挑発の応酬。なかなかの白熱具合に圧倒される。
ただし、その一方ではまた違った交流が為されていた。
「久しぶりなのですー」
「今日はよろしくねー」
蒔愛と泉刻女子部員が手を取り合い、にこやかに談笑している。きゃっきゃとはしゃぐ様は数年来の友人である。
温度差が凄い。因縁はキャプテンにしかないのか、二人の性格の問題なのか。
ただ、そもそも内容が不自然だった。ここでふと疑問を覚え、光利に尋ねる。
「先輩。熱くなってますけど、女子の方は練習試合やらないんですよね?」
「可笑しな事を仰る。試合もせず熱くなる訳ないでしょう」
「いや何言ってんだ。ウチは一年入らなかったから試合やるには人数足りないぞ」
「? ですから三人ずつ、時間半分のミニゲームを、という話でしょう?」
「いや? 女子の試合は無しって聞いてたから、アタシとぷちゃにょだけで二年は来てないぞ」
話が噛み合わない。
トラブルだろうか。それとも、意図的に引き起こされた物だろうか。知結は注意深く怪しい人物を観察する。
「これは一体どうなっているのでしょうか!?」
「どーもこーも、伝達ミスだろ。悪い。ガッカリさせちまったみたいだな」
「納得し難いですわね。本当は来ているのに、悪戯で隠しているのでは?」
「んな事ねーよ」
不満と苛立ちが伝わってくるような、聞いていて楽しくない会話が続く。
そんな中でふと、知結の目の端に気になるものが映った。
具体的に言えば唐行の挙動がおかしかった。平静を装っているが、表情は固いし背後で手が妙に忙しなく動いている。
それで知結は確信した。
この事態を仕組んだのは光利だ。だとすると、狙いは――。
「雨園光利。貴女の方こそ試合をしたくて堪らないのではありません?」
「今更仕方ねえよ。二対二じゃ流石に成立しねえし」
「……待ちなさい。あちらの彼女を含めれば良いじゃないですの!?」
「あれは野郎共のマネージャーだ。アタシも勧誘してんだが断られてんだよ」
話題に上がり身構えたが、光利は肩をすくめて否定。
しかし知結がほっとしたのも束の間。光利は顎に手を当て、今まさに考えているような素振りをしながら続ける。
「でも、まあ。助っ人としてなら可能性あるかもな」
知結の体が固まる。この流れからは嫌な予感しかしない。否、予感ではなく、確信だ。
「では彼女を加えて」
「でもなあ、アタシが勧誘しても断られてるからなあ。引き受けてくれるとは思えないんだよなあ」
「それは貴女の勧誘の仕方に問題があるせいでしょう」
「見てないクセに」
「見なくとも想像出来ます。では、私が説得の役を引き受けましょう」
言うが早いか泉刻の部長はツカツカとモデルのように綺麗な姿勢で歩いてくる。
そして目の前で、やはり綺麗な立ち姿で止まった。
「そちらの貴女、お願いがあります」
「な、なんでしょうか……?」
改めて見れば、光利程ではないが身長は高い。流れる黒い長髪は艶かで、顔立ちからも和風美人らしい印象を受ける。通常時であれば憧れるような、カッコイイ女子であった。
だが知結は今、威圧感により身を引いていた。
「私は泉刻女子ケイドロ部の部長、樽倉巴と申します。どうか試合の為に一時、貴方の手を貸して下さいませんか」
丁寧な言葉と仕草で巴は頭を下げた。
周囲から興味津々といった視線が集まる。ひそひそ話もかすかに聞こえてくる。
普通ならば快諾出来ない頼み。この状況では悩むまでもない。答えの決断まではそう長くなかった。
「……はい。分かり、ました……」
返事は渋々のイエス。知結はこの空気の中で断れる度胸を持ってはいなかったのだった。




