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7 人は理由も無く走らない

 春の日差しも傾き、薄暗くなりつつあるグラウンド。

 各部の活動もほとんど終わり、学校全体から賑かさが薄れていた。寂しさの漂う、夜の雰囲気へと変化しつつある。


 そんな中で一人。

 後片付けを終えた知結は、部室の壁に寄りかかり空を眺めていた。


 様々な色のグラデーションが美しい。時折吹く風に雲が流れ、万華鏡のように景色は移り変わる。

 見上げる視界は人の事情をちっぽけに思わせる程に広大。自然と心は穏やかになる。

 日が更に沈んで空気も冷えてきた。ぶるっと体を震わせ、腕をさする。

 それでも知結はしばらく立ち尽くしたままだった。


「おーい、なにやってんだ。もう帰るぞ」


 呼びかけてきたのは唐行。部長としての仕事があり最後まで残っていた彼が部室の鍵を閉めに来たのだ。

 ゆっくりと壁から背中を離し、知結は応じる。


「うん。ユキ兄を待ってたの」

「……ほう。それはつまり、俺との時間を望んで、いやしかし俺はあくまで」

「真面目な話だからふざけないで」


 クールな割り込みで迅速に暴走を収めた。

 不満そうにしていた唐行だが、年上としてのしっかりした姿を見せてくれる。


「……どうした? 何か手伝う事でもあるのか?」

「そうじゃなくて、ちょっと聞きたい事というか知りたい事があって……」


 気安く話していた知結だが、ここに来て目線を泳がせ言い淀んだ。本題がなかなか言い出せない。

 自分と身内しかいないこの状況を選んで待っていたが、だからこその気恥ずかしさがあった。

 それだけの、個人的な本音に深く踏み込むつもりで臨んでいた。

 きっかけは数時間前の、過去を掘り返された時。

 それから今まで知結は考え続け、しかし納得には至らず、話を参考にしようと唐行を頼ったのだ。

 興味、好奇心。

 それ以上の、内から生まれる衝動に突き動かされるような感覚。ある種の責任感すらあっての行動だった。


 だから惑い続けそうになる意思を定め、言葉として表わす。


「ねえ。ユキ兄ってさ。なんでケイドロ始めたの」

「え? ……あー、まあ俺は、先輩に誘われたのがきっかけだったな。人数少ないから、軽い気持ちでもいいって」

「じゃあ、本格的にやろうと思ったきっかけは?」


 間髪入れずに続けた問いに、唐行がしばし固まる。そして探るような顔付きで問い返してきた。


「……また突っ込んだ事聞くんだな?」

「答えたくない?」

「いや、別にいいよ」


 承諾した彼だが、一旦短くない間を置く。話す内容を整理しているのか。知結の問いかけを真剣に捉えてくれているらしい。

 自らの長い影と問答するように下を向き、やがて名残惜しむようにゆっくりと顔を上げた。

 それからハッキリと、よく通る声で語り出す。


「……やっぱり。本格的なきっかけってなると、俺の場合はケイドロ自体よりも、人、かな。憧れとか尊敬……とはちょっと違うけど、まあ羨ましい人がケイドロ部にいて、その影響だな。遊び半分だった頃に本気の姿を見て色々思うところがあって……それからケイドロに対して真剣になったんだ」


 頬を掻きつつしみじみと語るその顔には、少々の気恥ずかしさと何処か幸せそうな笑みがあった。無意識に溢れた自然な感情なのだと察せられる。


 そんな期待以上の真摯さで答えてくれた従兄の本音に、知結は俯いてしまった。

 押し黙り、消沈した面持ち。それこそ、己を恥じるような、間違いを認め、現実に打ちのめされた姿だ。

 彼女としては部室に取り付けられた電灯に照らされる唐行が眩しく見え、自身は夕暮れの薄闇と一体化したようにも感じてしまう。


 と、ここで質問者が交代する。


「で? なんでこんな事聞いてきた訳?」

「……雨園先輩と話して……まあ色々とね。他の人はどうなのか、マネージャーになった以上は知らなきゃいけないというか……」


 途中で台詞を切り、首を横に振る。

 これは単なる、言葉を飾った言い訳。真摯に答えてくれた唐行に申し訳ないと、訂正する。


「ううん、違う。完全に私だけの都合。私は自分がスッキリしたいってだけの理由で知りたいの」


 責められる事も覚悟しての発言。

 しかし予想に反して唐行は嫌な顔もせず、むしろ微笑んでいた。


「何も言わないの?」

「……まあ、実は聞かなくても分かってたからな。知結は昔からそうだったし。ついでに言えば、何がスッキリしないのかも」

「……分かるんだ?」

「ゾネスから聞いたからな。今日何話したか」

「それで?」

「だから、まだ未練があるんじゃないか? 選手に。というか、憧れの先生みたいになる事に」


 不意を突かれ、言葉を失う。

 光利に部活を的中された時と同じ。だからこそ今回は復活は早かった。


「それは……なんでそう思うの」

「俺はお前の従兄だぞ。昔何回も話してくれただろ? 先生がー先生がーって。あれはそうそう消えるような弱い憧れじゃない」

「う……」


 図星を指され再び言葉に詰まる。

 確かに唐行には言わなかったが確かにその通りだった。ずっと引っ掛かっていた。


 先生とは、知結に大きな影響を与えた人物。

 それは小学生の頃の担任、教師になったばかりの若い女性だった。

 どんな些細な相談も聞いてくれた。間違った事はしないしさせなかった。休み時間にはよく遊んでくれた。

 優しくて、姉御肌で、スポーツ万能で、とにかく格好良い女性だった。この人みたいになりたいと夢見ていた。


 だから中学時代は先生が得意としていたバスケ部に入ったのだ。

 しかし憧れだけでは夢は実らない。

 身長も技術もまるで届かなかった。憧れの姿にはなれなかった。

 高校でマネージャーになろうとしたのは、単純に楽しめなかったから、だけでなくそれが一番の理由だ。


 ただし。部活では諦めた知結だが、他の場面では夢見た名残がある。

 通学は距離があるのに自転車。休日にはレジャー施設で体を動かす事も多い。ついでに好きで聴く音楽は、カッコいいガールズバンドや女性シンガーばかりだ。

 光利に見惚れたのも彼女の面影を見たせいだ。中身は全然違っていたのだが。

 過去のトラウマと憧れ、二つが揃った。それが考えこんでしまった原因だろう。


 懐かしさと苦しさを感じつつ、短く自問自答。若干目を伏せ気味にしながら唐行へ答える。


「未練は……うん。あるね。少し迷ってる」


 希望は未だにある。

 可能か不可能か。それを考えた結果、どうしても無理だと諦めただけだ。

 もし可能ならばやりたい。それが本音だった。


「つまりその迷いをどうにかしたい訳だな。考え直すきっかけにしたいのか? それとも諦めた事を正当化したいのか?」

「……どうだろう……そのどっちかかもしれないけど、自分でもよく分からないや。だからその為にも、理由を色んな人から聞いてみたいかな」

「……ふぅん?」


 それがとりあえずの知結の結論。


 思うところがあるのか、唐行は神妙な顔をしていた。

 思案げに少し黙る。それからポツリと独り言のように口を開いた。


「迷ってるんなら、丁度いい機会かもしれないな」

「何かあるの?」


 先を促せば、唐行はニヤリと笑って続けた。


「今度の連休中に他校との練習試合があるんだ。それも何度も大会で戦ってきたライバル校でな。ケイドロを知りたいなら生で熱い試合を見るのが一番じゃないか?」

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