6 アマゾネス先輩の尋問
「シャアーイ、エイオー!」
「エイオー!」
「シャッラァーイ!」
「ラァーイ!」
グラウンドに掛け声と地を蹴る足音が力強く響く。
競技ケイドロ部員が唐行を先頭に、設置されたフェンスの間を縫いながら様々な角度とコースで走っていた。一列に並んでいるが一糸乱れず、とはいかない。上級生と新人では足運び一つとっても経験の差が窺える。
その様子を知結は観察し、ノートに記録していた。
マネージャーとして既に十日。きっかけは成り行きだったものの真面目に活動し、その仕事にも慣れてきた。
ついでに、毎度仕事を邪魔してくる乱入者にも。
「あの、邪魔なんですが」
知結は背後から頭頂部に迫っていた手を、頭上に掲げたノートで防いだ。直接目視せずに、タイミングをピッタリと合わせて。
今日も知結のセンサーは敏感に稼働中である。
振り返って距離をとり、意識してわざと迷惑そうな顔で相対する。
相手は当然光利。後輩の態度も大して気にせず、むしろ防御の腕前に感心した様子だった。
「おぉ。そんな技もあんのか」
「技じゃないです」
「確かにな。防げる範囲といい、両手が塞がるリスクといい、改良の余地はある。技と呼ぶにはまだ早いって事か。なかなか向上心があんじゃねえか」
「勝手に深い意味にしないで下さい」
一人で頷く光利に冷たいとも言える返しをする知結。
ふざけているのか本気なのか、よく分からない。目を細めて注意深く探る。
「まあ、そんなに警戒すんな。この前『いくらなんでもしつこ過ぎなのです』ってぷちゃにょに説教されてな。恐かったからもう怒らせたるつもりはない」
「先輩でも恐がるんですね」
「だから今日は趣向を変えてみようと思っててな。楽しいお喋りだけのつもりだ」
「はあ……」
知結は気のない返事をする。あからさまな無関心の意思表示だ。
だが相手はアマゾネスの族長。他人に遠慮するような神経は持ち合わせていない。知結の態度をまるで気にせず自分の話を進める。
「まずは……あれ、詳しい話は聞いてるか?」
指差したのはグラウンドの男子達。独特な練習メニューの事だろう。
マネージャーの仕事優先で無視するべきかもしれないが、流石に躊躇われた。練習から目を離さないまま渋々答える。
「……走りながらの方向転換に慣れる練習って話でしたけど」
「ふんふん、そんなもんか。じゃ詳しく説明すっか」
知結の認識を確認すると、これまでと一転。光利は真面目な雰囲気となる。
「試合じゃ決まったコースを同じスピードで走る訳じゃねえから、それに合わせた練習だな。他にもダッシュアンドストップやら、シャトルランやら、色々ある。この辺のはサッカーやらバスケなんかでもやってんだが」
「……はい、それは知ってます」
「なら分かるか? 静と動の切り換え。走りっぱなしの試合を乗り切る持久力。ここぞという時の瞬発力。必要なモンは色々あるが、ケイドロの練習として特に重要なのは切り返しだ。ケイにしろドロにしろ、スムーズに無駄なく方向転換出来る選手は強い」
「先輩も方向転換する時凄いスムーズでしたね」
初日の一件を思い出した。
裏をかいて完全に逆へ行ったのに対応が早く、すぐに追いつかれてしまった。
「話が早くて助かるな。流石はマネージャー。ちゃんと勉強してたのか?」
「いえ、特にしてませんが」
「そっかそっか。勉強してないのに話が早いとか将来有望だな。じゃあ他の練習の解説もしてやろう」
「すみませんが結構です。仕事があるので」
「そんな冷たい事言うなよ。中学ん時思い出す話ばっかだからって」
反射的に固まる知結。
目を逸らしたくなるのを抑え、光利を真っ直ぐ見つめて否定する。
「……どういう意味ですか? ケイドロの練習の話ですよね?」
「だから、似たような練習中学の部活でやってたんだろ?」
「……中学時代の部活なんて言ってませんよね?」
「だからその反応でバレバレなんだっつの。わざわざ隠す意味あんのか?」
鼻を鳴らして一蹴。確信を持った口調で問いかけてくる光利。あくまで予想のはずだが、自分が間違っているとは欠片も考えていない。流石の貫禄だった。
そんな態度に、知結は唇を強く噛んだ。
確かに事実であった。どうせ見抜かれているなら、これは無駄な抵抗なのかもしれない。
しかし隠す意味はある。あくまで個人的な心情の問題なのだが、だからこそ絶対に明かしたくはない。
反発心から口調が刺々しくなる。
「そんなの私の勝手じゃないですか。先輩だって勝手なんですから」
「だから何がそんなに嫌なんだ? ちっこい奴がバスケ部でもおかしくないだろ」
「………………なんで急にバスケ部の話になったんです?」
「お? その反応だとやっぱ正解か? だったら白状しやがれ」
光利は自信に満ちた笑みを浮かべ、知結は固まった。
上手く出来たとは自身でも思っていなかったが、精一杯の演技は余程下手だったらしい。
確かに正解である。
頭が回るのか勘が鋭いのか、非常に厄介。鎌を掛けただけなのかもしれなかったが、自信はない。否定は無意味だと悟る。
早くも完全敗北し、降参するしかない。だが逆に選択肢が無いこの状況のせいか、絶対的な存在感だった葛藤や抵抗も不思議と弱くなっていた。
軽く溜め息を吐き、大人しく白状する。
「……認めますけど。どうしてそう思ったんですか?」
「嫌がってる理由を考えてみたら、さっき言った身長の件に行き着いた。あとは練習内容だな。バレーボールはそこまで走り回らねえし。……なんてまあ、大体は野生の勘だったけどな」
「女の勘とか言わないんですね」
「そりゃ、似合わねえからな」
胸を張って光利は豪快に笑う。自虐ではなく、むしろ誇るような爽快さがあった。
そしてひとしきり笑った後、急に顔を寄せてきた。
「で? その鍛えた経験、高校で活かす気はねえのか?」
「…………はい。選手としては、もう……」
知結の声は段々と小さくなっていき、消えた。反発心から来る険しさも薄れ、沈んだ面持ちとなっている。
中学時代。
自分の意思でバスケを選んで始めた。しかし期待はしていたが、不利な体格はまるで成長しなかった。
真剣に練習に取り組んでも、それなり程度の実力だった。試合で活躍できるとは言えない。
いまいち楽しめなかった。虚しくなってしまった。
自分にスポーツは向いていない。それが結論。
だからもう断念し、マネージャーをやろうと決めたのだ。
彼女自身逃げだと思っていた。沈黙し、何を言われてもいいように覚悟する。
ところが光利はあっさりと背中を向けた。
「ま、今日のところは戻るわ。悪かったな、チューちゃんの事情ばっか掘じくりかえして。楽しいお喋りにもならなかったしな」
「……はい」
元気の無いまま見送る知結。
心中の古い痛みを感じながら、しかし違う原因による疼きも感じながらの重苦しい時間だった。
だが今はそんな私事に気を取られている場合ではない。
休憩に入った唐行に、やんわりとしたやたらと回りくどい言い回しで注意されてしまった。
あと遠目に見ただけではあるが、女子チームの練習に戻った光利も蒔愛に説教されているようだった。




