5 ふたりはなかよし
春の日射しも建物や木々で遮られてしまう、グラウンドの片隅。そこがケイドロ部に割り当てられた活動場所である。マイナー部故の難点だが、かえって涼しく活動には都合がいい。
今現在も日陰で走り込みなどの基礎的なトレーニングに励んでいた。
そんな風にして部員達が練習に励む中、今日もかしましい女子の声が響く。
「さあさチューちゃん! 今日こそ移籍しようぜ!」
「すみませんお断りします」
光利の勧誘を知結は軽く断った。
顔を向けはしたが備品を運ぶ足は止めない。先輩の圧力にも負けず、マネージャーとしての仕事を全うしていた。
二日続けて乱入してきた光利。流石の族長様、さもこの行動が当然であるかのような堂々とした態度だ。大人しく自分の練習や所属しているという二年生の指導をしていて欲しいと知結は思う。
ちなみに、光利が既に二年生の三人を軽くあしらった後である。下品な目的が叶わなかった彼らは汗だくでぐったりしている。
更には唐行にも「サボってないで練習戻れ」と冷たくあしらわれていた。味方のいない世知辛さ。尚、知結に同情するつもりは全くなかった。
それよりも、問題はやはりしつこい勧誘の方。
露骨に拒絶的な態度をとってしても、全く諦める気配がないのだ。
「別にいいだろー? 一緒にやろうぜー?」
「いえ、すみません。選手よりマネージャーの方が性に合っているので」
今度は顔も向けずに適当な理由をつけて断った。
上級生への遠慮は既に無い。光利の方も全く気にしていない様子。懐が広いと捉えるべきか、単に大雑把なだけと捉えるべきか。人柄はいいのかもしれないが厄介な人物だった。
勧誘が長引いてきた頃。流石に見かねたのか、唐行も口を出してきてくれる。
「そうだぞゾネス。邪魔するな。自分の練習行け」
「ケチケチすんなよなー。それに有望な部員の勧誘も立派な活動だせ?」
「本人が嫌がってるだろ。遠慮しろ」
「遠慮なんてしてたら何も出来ねえよ。成功する人間ってのは自分を貫くもんだ。意見が通らねえって奴は、じっとしてるのが悪いんだぜ?」
なにやら格言めいた事を言う光利。
その言葉自体は反論し難い。確かにこの積極性は見習うべきかもしれない。
だからこそ知結は再び拒絶の意見を口にしようとする。
しかしその前に。
「違うのです。悪いのはミィちゃんの方なのです」
――ミィちゃん?
知結は知らない声に一瞬固まり、そして興味を持って急いで振り返る。
「後輩に迷惑かけてないで自分の練習するのです」
声の主はにこやかな笑顔の女子だった。
全体的に丸っこい、端的に言えばぽっちゃり体型。髪を二つのお団子にしている。まるで熊のぬいぐるみのような、不思議な存在感のある人物であった。
光利は突然現れた彼女に駆け寄っていく。
「そんな事言うなよ、ぷちゃにょ~」
「駄目なものは駄目なのです」
親しげに横から肩を組んで説得するも、ぷちゃにょと呼ばれた彼女はキッパリ断った。
母親とワガママを言う子供、あるいは出来た妻と駄目な夫めいたやりとりだった。
彼女は光利の手から脱出し、三人組に近寄っていく。そして持っていたカゴからスポーツドリンクを取り出した。
「はい。どうぞなのです」
「ぷちゃ先輩……ありがとうございます」
「ありざあぁーす!」
「マシあざす」
優しく介抱される三人は少々オーバー過ぎるくらいに感激し、感謝した。今までは演技だったのかという程、元気にはしゃいでいる。
気持ちは分からなくはない。
三人組の現状は自業自得ですらある、唯一温かい手を差し出した相手なのだ。それは心に響くだろう。
自分勝手な光利とはまるで違う。優しい先輩だった。
「ミィちゃんに本気で挑むのはいいのですけど、無茶は止めた方がいいのです。体を壊したら元も子もないのですよ?」
更には柔らかく忠告もした。
は~い。と男子達の返事が綺麗に揃う。
本気とも遊びとも受け取れる。慕っているのは確かだが、妙な慕われ方だ。
そんな風にじっくり謎の先輩を観察していた知結の耳に、唐突な咳払いが届いた。
「えー、遅ればせながら紹介しよう!」
注目を集めたのは光利だ。なにやら姿勢をピンと正し、腕を後ろで組んでいる。
それを受け、ぷちゃ先輩と呼ばれていた彼女も放置されていた知結の方を向く。
「このカワイイ生き物はぷちゃにょ。我がケイドロ部、いや豊之森高校を代表するマスコットだ!」
「わたしはケイドロ部女子チームの副キャプテン、房野蒔愛なのです。よろしくお願いするのです」
「あ、私は真平知結です。こちらこそよろしくお願いします」
光利のおかしな発言をスルーし、蒔愛に頭を下げる知結。
確かにフォルムといい喋り方といい、マスコットキャラクターみたいな人だとは思わないでもない。だがすでにこの短時間で、傍若無人な光利より好感を持っていた。なので、こちらの味方に付く事にしたのだった。
「言っとくがな、背中にチャックなんて無いから触るんじゃないぞ!」
「分かってますよ」
「中の人なんて居ないからな!」
「分かってますよ」
「着ぐるみなんかじゃなくて、こういう生き物なんだからな!」
「あの、房野先輩? 怒る時は怒らないと駄目ですよ」
心配げな顔で知結は心からの助言をした。アマゾネス被害者への仲間意識でもある。
当の加害者である光利は悪びれもせず口を尖らせた。
「おいおい、アタシ達の仲だ。他人が口出す問題じゃない。だよなー? ぷちゃにょ」
「なのです。気持ちは有り難いのですけど、わたしは気にしてないのですよ」
「だろー?」
二人はニヤニヤ、もしくはニコニコとしながら肩を組んでいる。確かに随分と仲は良さそうである。
しかしこれは悪い友達だ。つきあい方を考えた方が身の為だ。いずれは身を滅ぼす結果になりそうだ。
失礼にも、そう深く心配になる知結だった。
「それはそうと、早くおいとまするのです。これ以上の迷惑は見過ごせないのですよ」
「分かったよ。今日はもう戻るか」
――え?
知結は余りにも大きな衝撃に固まった。
あの光利に言うことを聞かせた。あの傍若無人なアマゾネスに。本当にそれだけの間柄なのか。
蒔愛への尊敬が更に深まった。
「じゃあな、チューちゃん。今度来た時には考え直しといてくれよ」
手を振りながらズカズカと去っていく。その後ろ姿は実に男らしい。
「知結ちゃん。迷惑をかけて申し訳ないのです」
「あ、いえいえ。そんなに気を遣わないで下さい」
先輩に頭を下げられ、身を小さくして蒔愛に恐縮する。
顔を上げた彼女は優しく温かな印象の声で言葉を続ける。
「ただ、強引なやり方なのは、ミィちゃんがケイドロに全力を懸けているからなのですよ。悪意が無い事は分かっていて欲しいのです」
丁寧な語りに、耳を傾ける。しかしその一方で知結は戸惑っていた。
凄いインパクトのある台詞だな、と。
だがそれを口には出さなかった。代わりにじっくりと考え、困惑を払った顔で向き合って答える。
「……それは……なんとなく分かります。それでも私は、ケイドロはちよっと……」
「ミィちゃんのせいで嫌いになっちゃったのです?」
「え、いえ、そうまでは……」
咄嗟に言いかけて、しかし途中で口を閉じた。
蒔愛の無言の表情に、嘘は吐けないと感じたからだ。
罪悪感めいたものを味わいつつ、こくりと頷く。
「やっぱり、後でよく言い聞かせておくのです」
蒔愛は腕を組んで頬を膨らませた。怒っているのだろうが、ビジュアルからはいまいちその感情が伝わってこない。
肝っ玉母ちゃんのような妙な貫禄とマスコットキャラクターのような愛嬌を併せ持つ仕種だった。
「わたしとしても、ケイドロを嫌いなままじゃ残念なのです。それはミィちゃんも同じなのです。結果的に逆効果になっていても、本来は好きになって欲しいだけなのです」
「……私より、他の人を誘ってくれたらいいんですけど」
「人数が足りないからってミィちゃんは誰でもいい訳ではないのですよ。見込みがあると感じたからこそ、熱心に声をかけているのです。本当に気に入っているのですよ。だから、頭から否定せずに、一度真剣に考えてみてくれると嬉しいのです」
「……はい、分かりました」
じんわりと染み入ってくる優しい声にしゅんとなる知結。光利だけでなく、自分も少し頑なだったかなと反省していた。
しかし蒔愛が去ったしばらく後ではっとなる。
これは厳しい刑事と優しい刑事二人がかりの取り調べみたいだと。飴と鞭で説得に来ているのではないかと。
――心理効果に負けちゃいけない。
拳を強く握り、心を強く持とうと決めたのだった。




