16 大切なものを盗まれました
マイクロバスの外では景色が遠ざかっていく。
窓を見つめる知結には、その景色を名残惜しむ訳でもないのに哀愁めいた影があった。
泉刻高校からの帰りである。騒々しかった行きとは異なり、静かだった。練習試合で疲れて多くの部員が眠っているせいだ。だらしなく無邪気な寝姿は、これはこれで子供のようである。
起きている人間は少ない。
一年生男子の二人が小声で話し合っている。やや興奮した面持ちなのは試合で感じるものがあったからか。
知結は一番後ろに座り、浮かない顔で床を見ている。彼女にも疲れはある。だがとても寝てはいられなかった。
いや、寝てはいけないと思っていた。
熊のぬいぐるみめいた寝顔の蒔愛を起こさないように、こっそり光利へ話しかける。
「……先輩」
「お、やーっと喋りやがったか。後輩の癖して辛気臭い面しやがって。もっとはしゃげよ。それか寝とけ」
「……でも、そんな気分じゃなくて……」
「一体なんなんだよ? 試合には勝っただろーが」
試合結果は豊乃森の勝利だった。
最後に知結が手柄を上げたのだから最高の結果といっていい。
だがそれこそが、知結の気分を沈ませていたのだ。
「……確認ですけど、私がやったのって先輩の思惑通りなんですよね?」
「ん? おう。合ってる合ってる。そもそもあんな作戦、三人ぽっちでやるようなモンじゃねえしな」
「じゃあなんで……」
「そりゃ何もかも他人任せにするよりも、自分で考えてやり遂げた方が楽しいだろ?」
容疑者は一切悪びれずに白状した。
動機も独特の感性で、勝つ為の必要悪ではなかったらしい。
それでも知結は納得した。
確かに泉刻の選手を捕まえて勝った時の快感は格別に大きかったからだ。あまりに信じられなくて夢ではないかと疑っていたし、受け入れられたら受け入れられたで派手な大声とガッツポーズが無意識に出てしまった。その瞬間を唐行にバッチリ録られていたが、笑い話だと流せるくらいに満足していた。
だが、同時に気づいてしまったのだ。
「追い込んで房野先輩が捕まえるって作戦を聞いた時、なんとなく嫌だったんですよ」
「なんだ、一人じゃ追い込めねえって気づいてたのか?」
「……違うんです。私は単純に、自分が活躍したかっただけで、それが叶わないのが嫌だっただけみたいです」
自己嫌悪により顔が歪む。穴があったら入りたいという言葉を実感していた。
思えば昔だってそうだった。
目的はバスケ自体ではなく、憧れの先生みたいになる事。その意識を改めていれば、他の道があったかもしれなかったのだ。
「私、自分で思ってたよりずっと、ワガママな人間だったんですよ」
夢破れた原因は自分自身だった。全て自業自得。
最悪だ。素直に認める事は難しい。
苦痛を感じながら、コントロール不能な心情を吐き出した。
のだが。
「んなの、最初に会ったときからそうだったろ。先輩相手に我ぁ通しまくっといて今更だろ」
「いえ、あの、今そういう話は止めて頂けると……」
光利はやはり光利で思い通りにならなかった。
しかも内容に心当たりがあって否定出来ない。あたふたと懇願するばかり。
「それでいいんだよ」
見て分かる混乱の様を全く気にせず、光利は爽やかに笑って告げてきた。
予想外の肯定に知結は口を開けて固まる。
「前も言ったろ。成功する人間ってのは自分を貫くもんだ。それにアスリートってのはワガママなもんだ。特にエースなんて呼ばれるような奴はな」
「それは……」
知結は言葉に詰まった。
他のアスリートに失礼だとか、色々と思いついた台詞はあったが、全て思考の渦に呑み込まれた。光利に揺さぶられて、元々コントロール不能になっていた感情が更にぐちゃぐちゃにかき混ぜられている。
好悪両面あって、この先輩をどう受け取ればいいのか分からない。
改めて光利という先輩を考える。
自分勝手で、厄介で、なるべく関り合いになりたくないような人物だ。
しかし、誰よりも楽しそうで、人生を謳歌していそうな人物でもある。
価値観や意見は、正しいような気もするし、ただの屁理屈のような気もする。
つまり、評価は半々だ。
だから半分くらいは、参考にしてもいいと思う。
「……先輩は本当に楽しそうですよね。羨ましいです」
「だろ? とうとうウチに転向する気になったか?」
ここに来て勧誘する光利。ニヤニヤとほくそ笑むその顔には馬鹿にしているのかと言いたくなる。
だが慣れた知結はもう嫌な気がしない。
ただ、以前聞いた唐行の言葉を思い出していた。
『ケイドロ自体よりも……人、だな』
知結も過去の経験からよく共感出来る理由である。
今まで頑なに断ってきたのが嘘のように、スルッと返事が口から出た。
「はい。先輩みたいな人が好きな事を出来ないのは……間違ってると思うんです」
「おいおい。言っとくがな、んな理由だったら入部はお断りだぞ?」
意図的に被せてきたのだろう。
思わぬ否定に、呆気に取られる知結。
「同情で自分捨てられても気分悪いだけだっての」
「強引に試合に出させといて何言ってるんですか」
「それはセーフだ。実際の経験ってのが、判断する為には必要なんだからな。よく知りもしねえモンを知らねえまま決めつけんのは恥ずかしいぞ?」
「普段は滅茶苦茶で理不尽なのに、たまに凄い正論言いますよね」
「覚えとけよ。それが先輩って存在だ」
「そうですね。先輩はそんな存在です」
途切れず遠慮の無いやり取りは仲の良い友達同士のようだった。それも真面目な話や複雑な心情も打ち明けられる、親友のような。
そんな想像をして、知結は考える。もしそうなら疲れるから嫌だ、と。
「まあ、それは置いといて、だ。チューちゃんは本当にケイドロやりたいのか?」
「……今日の試合で、悪くないとは」
「ハッキリ言えよ。それじゃ気ぃ遣ってるって言ってるようなモンだろ」
「……確かにそうですね……だったら言いますけど、正直、ケイドロはそこまで」
弱い声のまま、偽り無い本音を答えた。
あくまで入部の目的は光利から学ぶ事なのだ。今のところは。
「でも、強くなったら、好きになれるんですかね。先輩達みたいに」
「そりゃお前次第だろ」
後輩の真剣な問いかけに、突き放すような短い答え。
なんとなく意味は察した。
責任は自分で持て。恐らくそう言っているのだ。
仕方なく自問する。
思い出すのは当然、自分が活躍した瞬間。
あの感触を、もう一度味わいたいのか。
いや、違う。何度でも、だ。
初めての熱い達成感が忘れられない。
ワガママな彼女は決意する。
「……やってみたいです。先輩みたいになりたいです。だから――」
光利の目を真っ直ぐ見て、後戻り出来なくなる最後の一歩を、知結は力強く踏み出すのだ。
「私を、女子チームに転向させてもらってもいいですか?」
「おうよ、大歓迎だ!」




