11 滴る汗は眩しく煌めく
「キャップテェーン!」
「先輩ファイットォー!」
「気合いが足りねえぞ糸コンオラァ!」
ベンチの前には、静から動へと目まぐるしく移る攻防。
長距離走のような速度だった選手が相手を見つければ、途端に激しい追走劇。コート上の全員が揃って全速力となった。端から端まで、更にはフェンスを回って、追う側も逃げる側も息を切らせて走り続ける。
豊乃森がユニフォームを掴めば、泉刻は体を回転させて振り払う。泉刻が中央の牢屋に攻め込むも、固められた守りに阻まれ通過していく。
男子の試合はもう終盤。試合の展開を見た限りはほぼ互角である。
コートの中は勿論、ベンチから投げかけられる応援にも多大な熱量があった。
知結もまた大きく口を開け、懸命に声を出す。
「ファイトォーッ!」
豊乃森二回目のケイ、試合最後の十分が始まった時点でのスコアは四対二。豐乃森が二点負けている。勝つには最低三人は捕まえて、それを試合終了まで維持しなければならない。
時間は有限。合間に僅かな小休止は挟むものの、動きっ
放しで挑んでいた。
泉刻は基本的に全員が固まって逃げる方針だった。
纏まっていればその分見つかりやすく狙われやすいが、全員でサポートしている。それ自体は豊乃森と同様だが、積極的に奪還を狙っていくスタイルでもある。攻撃こそ最大の防御と主張するかのように。更に言えば統率された集団には、それだけで相対者を萎縮させる圧迫感があった。
前半で二点だったのは、途中で捕まえた相手が解放されてしまったからだ。
対する豊乃森のケイでの戦法は、臨機応変。あるいは行き当たりばったり。
基本通りにチームプレーではあるものの、その具体的な方針は各人の自由な判断だ。背後から追い込み、待ち伏せと共に包囲。それらに事前の打ち合わせなど無い。日頃の練習、経験が物を言う柔軟な戦法。
それが結果を出し、一人は捕まえた。
そして丁度今、唐行がもう一人。これで同点。
「あと一人だな。このまま行けりゃいいが」
ニヤリとする光利の発言で、知結はチラリと残り時間を見る。
既に三分を切っていた。
「先輩は勝てると思いますか」
「さてな。まあ、見てるしかねえだろ」
知結の期待を込めた問いかけに、光利はドライな答えしか返さない。
応援する気は無いのか。どちらにも付かず、純粋に観戦しているようだ。
唐行が新たに捕まえた選手を連れていく。これで豊乃森は守りを固める二人と追い続ける二人、泉刻は牢に捕まっている一人と、逃げ続ける三人。
大分戦況は有利になった。
と思ったのも束の間。
唐行が中心に着く前に、泉刻が中央へと攻撃を仕掛けた。
「ほれ見ろ。隙突かれたぞ糸コン」
「どっちの味方なんですか。応援しましょうよ!」
笑う光利は完全に他人事を楽しんでいた。
残り時間も少なくなり、これが勝敗を決める最後の攻防になるかもしれないというのに。
ベンチの男子達にならい、知結は応援の声をより大きくする。
泉刻の生き残り全員の、一斉突撃。
二人がカーブしたりジグザクに曲がりながら攻める中、堂々と正面から直進してくる一人がいた。泉刻の部長、神崎龍歩である。
「すまんフォロー!」
連行を終え、急いで反転しようとする唐行。その指示に従い、守備要員だった要太が動いた。
スタートダッシュし、腕を広げて立ち塞がる。
しかし龍歩はその下を容易く潜り抜けた。要太が振り返るよりも素早く体勢を立て直す。
そこに唐行が間に合った。
交差するキャプテン二人の視線。巡る駆け引き。
一気に距離を詰め、手を伸ばす唐行。腕に手をかけ、しかしあっさりと振り払われる。
それでも追い、攻めきれずに龍歩は下がり中心から離れる。ただそれは一時。左右にフェイントをかけ突破を狙う。
苦戦。見かねたチームメイトが唐行のカバーに入ろうと構えた。
それをチャンスと見てか、他の選手が他方から囲みに入る。
「こっちはいい! 持ち場離れんな!」
龍歩の相手をしながらも指示。
仲間にしっかり警戒させる。
そこですかさず龍歩が加速。足捌きを混ぜつつ前へ突っ込む。
一瞬の緊張。唐行はフェイントを見極め、龍歩の腕を掴んだ。
そのまま逆側の腰に腕を回し、ホールド。
だがまだ終わらない。二人共、足が小刻みに動いている。位置取り。力の入るポジションの奪い合いだ。
見た目には僅かしか動かない地味な戦い。しかし実際には高度で激しい駆け引きの応酬。
それを証明するのが、両者の表情だった。
唐行のギラギラした瞳、龍歩のどっしり構える瞳。汗が彩り、気炎を発する。
膠着状態。強引には引き離せない。
順調に時間が経過していく。
「やりましたよ! これで――」
「流石だな。こりゃ向こうを誉めるしかねえわ」
「え?」
喜びかけた知結だったが、光利の発言に戸惑う。が、すぐに戸惑いの対象が変わった。
捕まる龍歩が、唐行を投げていたから。
勿論正確には違う。左右に暴れる勢いと体重移動を用いて大きく体を回転させ、掴む唐行を振り回したのだ。
とはいえ、その唐行は手を離さず、体が流れただけに済ませた。龍歩は捕まえられる。
だが、その流れた体が、豊乃森の道を塞ぐ。
「っ!」
誰もが反射的に足が止まる。見てしまう。目を離してしまう。
その隙こそが致命の一撃。
泉刻の選手が、助けを求める仲間の手を叩く。守りを掻い潜って、囚われの仲間を救出していた。
解放され、得点は無に返った。龍歩の分もノーカウント。残り時間では絶望的な点差である。
「走れ! 時間はまだある!」
それでもキャプテンとして唐行は吠えた。
チーム全員が諦めずに追う。死に物狂いで走り続ける。
しかしやはり、無謀な挑戦。
駆ける足音を切り裂いて、甲高い音が無情にも試合終了を告げた。
散らばっていた選手達が皆動きを止める。
応援の声や足音が消え、静寂。
「あー……っ」
顔を押さえて俯き、息を漏らす唐行。音量は小さなものだがよく通る。その仕草がなにより結果を示していた。
最終的なスコアは二対四。
男子の戦いは泉刻の勝利に終わった。
「ありがとうございました!」
整列した両チームの声が揃う。
豊乃森も泉刻も、キリッと男らしい顔つき。スポーツマンらしい爽やかな挨拶だった。
そして男子達が戻ってくる。足取りはゆっくり。顔は上げて前を向いて。敗北を恥じる事無く胸を張って。
ただし顔は悔しそうに歪んでいた。
知結もまた強く歯を噛み締める。この試合中に感情移入していのか、男子につられた無意識の仕種。気づいて少し落ち込む。
対して隣から進み出る光利は、やはりさっぱりしていた。
「よ。残念だったな」
「やっぱアイツらは強いな」
「お前ら三年は大して変わらねえだろ。下の三バカの差だ」
「そんな言い訳ダサいだろ。俺達もまだまだだよ」
素直に負けを認める唐行。敗戦から切り換え、穏やかに語る。
そして最後に、練習厳しくするからな、と真剣な顔で締めくくった。
そして、男子の試合の終わりは、次の始まりを意味していた。
「さ、次はアタシらの番だな」
「……あ、はい……」
急激に熱が冷め、目が醒める。
光利の言葉にも、知結は俯いたままで無反応。しばらく反応出来なかったのだった。




