9 戦闘服を着た彼ら
「うぅぅ~~~」
折角の心地よく晴れた空の下、知結はぶすーっとした顔でベンチに座っていた。
明るい緑と水色の身軽な服装、豊之森高校ケイドロ部の正式なユニフォーム姿である。見た目はサッカーやバレーのユニフォームに近い。
ほぼ強引に練習試合へ参加させられる事になって非常に不機嫌なのだ。
それともう一つ。
二年生の三人が知結のユニフォーム姿を見て、感想を言い合ったりスマホで写真を撮ったりしているせいだった。
それを威嚇する為にも怖い顔で唸る。ただし頭を触られそうになった時程怖くはなく、むしろ余計に興味を引いており逆効果だったが。
そんな知結に、元凶の光利があっけらかんと近づいてきた。
「おぉ、似合ってる似合ってる。やっぱチューちゃんはケイドロやるべきだな!」
「いや似合うのおかしいですよね。自分で言うのもなんですけど、このサイズにピッタリの服なんてなかなかないんですよ!」
「そりゃ前から用意してたからな。目測で不安はあったが、ピッタリみたいで安心したぜ!」
「……それ、さっきのくだりが計画通りだっていう自白ですか」
ポーズを決める光利に、非難の目付きを突き刺す知結。それはもう先輩に向けるべきではないような、人を呪うような薄ら寒い視線だった。
だがやはりその程度で彼女は全く動じない。
「三バカ共撮影禁止だ! 散れ!」
「イエッサー今すぐ!」
命令を受けた彼らは即座に、蜘蛛の子を散らすようにグラウンドへ走っていった。知結の威嚇と違って効果覿面である。
とても有り難い。有り難いのだが、どう考えても目的は話題逸らしである。だから知結は非難の目付きを続行した。
「そんなに睨むなって。それより、さっさと切り替えとけよ。とりあえずはマネの仕事だしな」
「それはそうですけど……」
「おいおい、気合い入れとけよ。裏方がしっかりしてねえと勝てるもんも勝てねえんだぜ? 折角奴らも気合い入ってんだから無駄にさせんなよ」
「むう、それは……」
正論を言われ言葉に詰まる。
確かにスポーツには選手以外の人間も不可欠。マネージャーが原因で本調子を出せなかったとなれば目も当てられない事態だ。
唐行達三年生は熱心で、端から見ても気合いが入っている。彼らの為にも仕事をしなければいけない。
ただし、逃げ散った三人は今まさに唐行に叱られていた。彼らは気合いが入っているとはとても思えなかった。
この時間はそもそもウォーミングアップ中だったのである。それほど長い時間ではないとしても、試合前の貴重な時間を無駄にしていい訳はない。適当な姿勢の表れだと思えた。
そんな彼らに気力を削がれつつも、真面目な唐行達の為に立ち上がった。
今日は試合に出る予定の無い一年男子二人と共に準備を進めていく。まずはタオルやスポーツドリンクなどの用意。そして始まってからも試合の記録など、やるべき事は多い。
一旦憂鬱を忘れ、忙しく時間を過ごす。
「おし、もう始まるな」
光利の台詞に釣られて視線を動かせば、練習を終えた両チームがコートの前に整列していた。
キャプテン同士が再び握手をする。
「今日は負けませんよ」
「ああ。実りある練習試合を期待する」
「……それ、さっきも聞きましたけど」
「む? …………期待する」
「他にキャプテン候補いなかったんですかね!?」
今度こそピリピリとした緊張感のある握手になるかと思っていたら、なんだか間の抜けたものになっていた。
狭い業界で何度も戦った因縁の相手、もとい貴重なケイドロ仲間だからか。やはり結構仲が良いのかもしれない。
そしてこの競技において、先攻後攻を決めるのはじゃんけんである。結果、権利は相手方になった。
「先攻を選択する」
表情を動かさずに淡々と宣言。
すると、ケイとなる泉刻の選手が速やかにスターティングメンバーとベンチ組に別れてコートの前に並び直す。
同時にドロ、豊乃森の部員も控えはベンチに戻ってきて、スタメンはコート内に残る。そして唐行が部長として、短くしかし強い語気でもって告げる。
「お前ら、少しでも気ぃ抜くなよ」
おう、とチームの息が揃った。
そこでホイッスル。
二人は右へ。三人は左へ。音を立てないように注意しつつも、素早く移動し隠れる。静かで忍者めいた、洗練された動きだった。
この試合、コート内のフェンスは全部で十。
横に長い長方形のコートの、左奥の端から数メートル離れて縦、右に間隔を置いて斜め、中心線をまたいで二枚で直角、やはり間隔を置いて横。手前側も同様に一定感間隔で、左から横、直角、斜め、縦、と並んでいた。
ケイが動き始めるまでの三十秒を待つ間、知結は光利に尋ねた。
「相手の選手って強いんですか?」
「おう。あっちの部長は神崎龍歩ってんだがな、もう名前の時点でウチの糸コンやらカッパやらより強えだろ」
「それは名付けた先輩のせいですよね?」
「ま、名前抜きにしてもかなり速えし、強えし、巧いぞ。愛想と喋りを捨ててるだけはある」
光利は誰にでも喧嘩を売るようなスタイルなのか。同類と思われなくないと、知結は少し離れたくもなる。
ただ、ふざけている中にも、認めている感じは多少ある。素直でないだけだと楽観的に決めつける事にした。
そんなこんなで再びのホイッスル。これが事実上の、試合開始の合図だった。
「っ!?」
途端に泉刻の選手達が反転し、駆け出す。知結が呆気に取られる間にぐんぐんと小さくなっていった。
二手に別れ、それぞれがコートの端まで一気に駆け抜ける。
「ああいうの、前にも見ましたね」
「挟みローラーだな。基本パターンの一つで、泉刻がよく使う手だ」
要するに両端から追い込み、最後に中央で挟み撃つのが目的なのだ。
実際その通りに、途中のフェンスにいた豊乃森の選手達が飛び出し、真ん中へと追いやられていく。
「あれじゃあ逃げ場がないじゃないですか」
「そりゃそうだ。その為の作戦だからな」
「どうやって逃げるんですか?」
「どんなモンにもメリットがありゃデメリットもあるもんだ。ま、見てなって」
フェンスから姿を現した豊乃森チームは、合流しようと移動し出していた。
片方は二人、もう片方は三人。人数が奇数である以上、どちらかは手薄になる。
全員、三人がいる左方向に走った。
「なんであっちなんです? 裏をかいてあえて、って事ですか?」
「あえてもなにも正攻法だぞ。戦力的に薄いのは、あっちの方だからな」
「はい?」
疑問が解消されないまま、仕方なく知結はコートを見続ける。
するとまさに両校の選手が接触するところだった。
「クッソ、オレかよぉぉぉ!」
数が多い方が有利であり、そういう状況を作るのは定石。故に泉刻の戦力は一人に集中していた。
三人に追われるのは光利にカッパと呼ばれるチャラい雰囲気の男子、瓦部仁伍だ。
ジグザクに走ったりフェンスに隠れて見失わせてから方向転換したりと、器用に逃げ回っている。意外と実力派だったのかと感心する一方で、しかし誘導され孤立させられているようにも見えた。
しかも、もう一人。
新たに追いついてきた姿があった。
泉刻のキャプテン、神崎龍歩。
彼は確かに速かった。
仲間を置き去りにし、あっという間に反対側にまで。確かに数人分の戦力なのだろう。
背後から追われ、フェンスから飛び出したところに先回り。肩と腰を両手で掴んだ。仁伍も一応避けようとしたのだが、呆気なく見切られたのだ。
それでも抵抗する手段は残っている。
仁伍は体を大きくひねり、動かし、暴れていた。ルール上、捕まっても十秒以内に抜け出せばセーフなので助かろうと必死なのだ。
しかし龍歩の腕がきっちりとホールド。いくらもがいても地面を蹴っても、安定して抑え込まれてしまっている。眉一つ動かない、涼しい顔のままで。
正しく不動。石像のような重厚な迫力すら感じさせた。
そして遂には審判が確保を判断し、ホイッスル。
開始早々一人目が捕まってしまった。
龍歩と交代した泉刻選手が中央の牢へと仁伍を連行していき、見張り役の為にそのまま留まる。逮捕者はコート中央のポールに手を付き、寂しくうなだれるしかなかった。
その間もルール上試合は中断しない。
四人と四人。人数は減っても、両キャプテンを中心にした連係の取れた動きで、汗の飛び散る苛烈な追いかけっこを繰り広げていた。
「どうした? チューちゃん。顔が固まってんぞ」
「…………これ、本当にケイドロなんですか? 激し過ぎるんですけど」
「そんな激しくもないだろ。なんとかの格闘技、って呼ばれてるスポーツは結構多いんだぞ? その辺に比べりゃ全然だ」
「いえ、そういう意味ではなくてですね……」
声が思うように出ず、首の動きすらぎこちない知結。
認識の違いを思い知らされ、深い衝撃に打ちのめされる寸前だったのだった。




