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恋愛トリップ  作者: 智秋
7/8

第7話

 一人でチョコレートを食べる日が続く。

 そんな毎日に凛子はまいっていた。

 早苗と一緒にいられないからか全身がけだるい。体に必要な成分が足りていないようだ。

 これに危機感をおぼえた。

 このままでは倒れてしまう。


「やばい。なんとかしないと」


 だから凛子は苦肉の策として、あることを決断した。


「だれかに相談しよう」

 

 まず職員室に向かった。

 その真面目な空気がある室内に入って、大人たち数人に挨拶しながら、相談に乗ってくれる気さくな先生を探した。

 そして見つけた。

 彼女はふくよかだから、すぐにわかった。


「大沢先生。ちょっとよろしいですか」


 業務用デスクに腰をかけている大沢先生に、凛子はていねいに尋ねた。


「あらやだ朝倉さんじゃない」


 大沢先生はにこやかに応じた。

 凛子は“朝倉”と呼ばれることに、生徒と教員との距離を感じた。生徒からは“凛子”で通っているので、苗字読みだとむずかゆく思える。

 そんなのは知ることなく、血糖値の高さを笑い飛ばすアグレッシブおばちゃんは、心底愉快そうに言った。


「ここにくるなんて珍しいわね。なにか用事でもあるのかしら?」

「用事がなかったら来ないです」

「それもそうよね」


 がっはは! と手をたたきながら、大沢先生は笑った。

 彼女は音大にいたらしく、その声は打楽器のように迫力があった。

 とはいえ、なにが面白いのだろう? わからないから凛子は、とりあえず苦笑いしてごまかした。


「とにかく、お話を聞きましょうか朝倉さん」

「はい、じつは頼みがあります。あたしの相談に乗ってくれませんか」

「もちろんいいわよ。でも休み時間中は無理っぽいわね」


 大沢先生がぷっくりとした手首に巻いている、モダンな腕時計を見た。

 休み時間が残り少ない。


「放課後、相談室に待ち合わせしても大丈夫?」

「大丈夫です。では放課後にうかがいます」


 凛子は頭を下げた。


「ありがとうございます」

「お礼を言うのはまだ早いわ。朝倉さんの悩みを解決してから、その言葉を頂戴な」


 こうして相談を取り付けた。



――……――



 凛子は相談室にて大沢先生を待っていた。


「ここって相談室というより資料保管室だよね」


 腰かけたソファからきょりょりと見て、正面のソファと自分が座っているソファ以外は、書類保管用キャビネットばかり目についた。

 こんな紙だらけの場所で相談できるのだろうか? 不安が芽生える。

 ふとすると後ろのドアがあいて、大沢先生が入ってきた。


「いやぁーごめんなさいね。いろいろと遅くなっちゃって」


 申し訳ない、と言いたげに大沢先生が入ってきた。


「朝倉さん。時間は大丈夫?」

「あたしは帰宅部なんで、時間には困ってないです」

「あらそう。じゃお言葉に甘えちゃうわ」


 貫禄ある歩きでソファに近づいて、凛子の向かいにどっこらしょっと座った。


「さてさて朝倉さん。相談とはなにかしら」


 大沢先生が気持ちを切り替える。

 凛子もまた、同じようにした。


「はい……その」


 語る。でもなぜか緊張してしまい、体が熱くなっていく。

 うまく言葉を表現できないが、それでも。


「あたしには好きな人がいます。ですが、なんで好きなのかわかりません」

「なるほど。朝倉さんは私に恋の相談をしてほしいのね」

「はい」


 凛子は返事をした。


「好きなのはわかるのですが、なんで好きなのかがわからなくって。理由なく好きになるなんて、ぜったいにないと思うから」

「そうかしら」


 大沢先生がすぐ否定した。


「人を好きになる理由って、たしかにいろいろとあると思うけれど、なかには理由なんて思い浮かばないけれど好き、なんてこともあるわよ」

「それ本当ですか?」

「生徒に嘘つくわけないでしょ。これでも30年教師をやっているのだから、私を信じなさいな」


 得意げに大沢先生は鼻を鳴らした。


「と言っても知り合いからその話を聞いただけで、根拠はないけれど。でも好きになることの、理由付けなんて必要ないわ」

「それはなぜですか?」

「相手のことが好きだからよ」


 好きならば理由なく愛すればいい。大沢先生はそう言った。


「好きならば好きに甘えればいいのよ。私はそう思うわ」


 大沢先生の言葉が、頭のなかに入っていたダンベルを、ひょいっと摘まんでくれた。


「好きに甘える……あたしは、そんなの考えもしなかった」

「ならこれは朝倉さんにとって新しい発見ね」

「はい。それと、好きな人に甘えてみようと思います。ただそれには問題が」


 凛子は暗い表情で言った。


「じつはその、あたしは好きな人と付き合っています。いつまでも一緒に居たいほど好きで、かけがえのない人と」

「それは素敵ね」


 大沢先生が優しく言った。けれど凛子は、うんと沈んでいくような声で続きを語る。


「でも数週間も前に、とても苦手な体験をしました。好きな人と手をつないだときです。あれはなんというか……稲妻が体に落ちたような、それがなぜだか嫌で、とっさに手を振り払ってしまったのです」

「朝倉さんは好きな人を拒絶しちゃったわけね」

「はい。そうするつもりはなかったけれど、体が勝手に動いて……それからというもの、その子とは距離を置くようになりました」


 ここで息を吸って、言葉を紡いだ。


「好きなのに、なんで離れてしまうのでしょうか? なんで拒んでしまうのですか? あたしにはそれがわかりません。好きなのに、ずっと一緒に居たいのに、あたしだけ変なのでしょうか」


 わからなくて、ずっと考え込んでいたモノを吐露する。


「大変辛い思いをしたのね。でも大丈夫よ。それはみんな経験あるから」


 懐かしむように大沢先生は、栄養たっぷりな右手かざす。薬指にはキラリとした指輪がはめてあった。


「朝倉さんは、その人に好きって言いましたか?」


 聞かれたことを凛子は考えた。記憶を探ってみると、不思議と言ったことがなかった。


「顔を見るかぎり言ってないようね」

「はい」

「あなたが恋人から離れる理由がわかったわ。あなたがヘタレなのよ」


 ヘタレ、と言われて凛子は驚いた。


「大沢先生。もっといい言葉はなかったのですか?」

「過激になるけれどよろしい?」

「ヘタレでおねがいします」


 弾丸がとんできそうだったので、凛子はしぶしぶうなずいた。そこに大沢先生は続ける。


「人って不思議な生き物でね、ときには感情と不一致な行動をしてしまうのよ。だから離れてしまうときもある……朝倉さんは今、好きだからこそ離れたいと思っているのかも」

「それって」

「自分に素直になれていない。相手の好きに恥ずかしがっているのね」


 そう言われてみれば、納得できることがたくさんあった。

 早苗とのやり取りで、なんどか恥ずかしいと思うことが。


「なんとなくですけれど、わかった気がします。自分の悩みの正体」

「それは一歩前進ね」


 凛子は話をしてなにかつかめた気がした。

 暗かった気持ちが晴れる。


「あたし素直になります。好きな人に好きって、真正面から言えるように」

「良い覚悟ね。恋は繊細なところがあるけれど、ときには荒っぽく攻めてみるのも効果的よ。だからガンガン行きなさい!」


 がっはは、と大沢先生は豪快に笑った。これが大沢先生ならではの励まし方なのだろう。

 凛子にとっては少々うるさく感じられたが、心によく響く声援であった。


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